暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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弟vs友達は一人の少年を賭けて。

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「いてっ」
 なぜ転移場所を少し高い所にしたのか。危ないじゃないか。
 いきなりの事で受け身がとれず、地面に尻もちをつく。その前でリールは見事に着地した。
「さて、やりましょうか」
 魔力を発し威嚇する。兄弟と言うだけあって、その力はマールのものと似ていて、とても上質だ。そしておそらく、風に特化した魔力。そこだけ考えれば、有利とも不利とも言えない。
「あぁ、そうだな」
 マールの為に、負けるわけにはいかない。
 立ち上がり、自身の魔力を確認する。調子は悪くない。むしろいい方だ。
「どちらかが降参するか、戦闘不能になるかまででいいですよね」
「おうよ。長くなりそうだな」
「大丈夫ですよ。すぐ終わります」
 流石マールの弟、言う事が同じだ。
「随分自信あるんだな」
「ま、これでも天性の才能の弟なんで」
「年下だからって、手加減しないでくださいよ」
 早々に足元に魔法陣を展開させる。発動されると、風が一気に吹きあられた。台風のようにリールの周りを囲み、姿が見えない。攻撃と言うより、防御か。
「やっぱ風か。ちょっと面倒だなぁ」
 五大属性のうちの一つである「風」は他のと比べて攻撃方法が予測不能で、パデラにとっては少し苦手な属性だ。だがそのぶん風は攻撃力が低め。加えて、相手は年下だ。
 しかし、こいつはマールの弟だ。これからどんなモノを仕掛けてくるかはわかったものではない。
「わりいな、リール。ちょっと強めにいかせてもらうぜ」
 早めに終わらせたい。魔力を集め、リールの背後に魔法陣を展開する。
 風の防御があるなら、こっちの魔力にしてしまえばいい話。リールの周りの風を魔力として吸い取り、雷に変える。
 そして、いい感じに溜まってきた頃合いを見て撃ち込む。
 術は成功したが、命中した感覚が無い。避けられたか。そう思い魔力をチャージしていると、風がやんだ。
「あれっ、リール?」
 しかし、そこにリールはいなかった。闘技場を見渡してみるが、どこにも気配はない。少なからず、地面の上にはいないだろう。
「……ほんとにバカですね」
 パデラが「?」を浮かべていると、上空から声が飛んできた。
「え、マジかよ」
 魔法でも不可能な事はいくつかある。その一つが「飛ぶ事」だ。人間、魔法を使っても鳥のように飛ぶことは出来ない。翼の疑似は出来るが。
 しかし、リールはそれをやってのけている。青空に白い翼を広げ、地上を見下ろしていた。
「驚きました? まあ、普通、人間は飛べませんもんね」
「お前すっげぇな! どうやったん?」
 驚き半分関心半分。パデラは上空を見上げながら声を上げる。
「僕のお母さん、実は旧姓はクリエルなんです。どうやら僕はそっちの能力みたいで」
「翼で空を飛ぶ『飛翔』です」
 リールが話しているのは「家系特種能力」の事だろう。一家に一つある、特別な能力だ。
 クリエル家の能力は「造術」で、一生に一度だけ自分の望みを叶える術を作り出す力だ。普通は苗字と同じ能力になるから、リールの場合はレアケースだ。
「そんなことあるんだな。面白れぇ」
 楽しくなってきた。それはリールも同じのようだ。
 魔力で弓矢を作り地面に打ち込む。そこから展開された魔法陣から、力を固めた球が次々と発射される。
「お前、ほんとに年下か? 同級生のやつよりもつえぇじゃん」
 それらを軽く避けながら、上空でこちらを眺めているリールに声を掛ける。
「けど、昨日お前の兄貴と戦ったばかりだぜ!」
 飛んできた最後の一個を握り潰し、自分の魔力として吸収する。パデラでも分かる、この魔力はいいやつだ。
 その魔力も使い、リールの四方八方に魔法陣を展開した。
「飛んだら攻撃当たんないと思ったか? もとより雷は、上空で起こるものだぜ!」
「一発雷!」
 鋭い雷を全ての魔法陣から一斉に発射する。
 すると、リールは撃ち抜かれた鳥のように言面に落ちた。
 ドンっと鈍い音が鳴り、翼が消える。
「おーい、リール。大丈夫か?」
 声を掛けてみる。しかし反応はない。突いてみても、動く気配がない。
 やばい、年下相手にやり過ぎたかもしれない。
「リール、おいリール」
 いや、まだ息はある。今のうちに回復させて……。そんなことを考えていると、自分の足元に魔法陣が現れた。
 自分が出したモノではない。魔法陣は見えない何かでパデラの動きを封じていた。
「年下相手だからって手加減するなって、言ったじゃないですか」
 ゆっくりと立ち上がり、ほこりを掃う。
 リールは大きなダメージは受けているが、動けない程ではない。先程のは演技だったのか。そんな事を考えている暇はない。今は、どうしたらこの魔法陣の束縛を逃れるかだ。
「僕だって、兄さんほどじゃないけどそれなりの実力はあるんですからね」
 しかし、そんな暇は与えてくれない。
 リールは魔力を集め、小刀を作り出す。
「パデラさん。僕はね、ただ兄さんにまた笑ってほしいだけなんです」
「このくらいで、死なないでくださいね」
 奇怪な程に愛想のいい笑顔。
 リールは小刀をパデラのお腹に突き刺す。そして、勝ちを確信したように笑った。
「さすが、マールの弟」
 そう聞こえると、刺したその感覚が空気となった。
「なにが……」
 可笑しい。リールは小刀を魔力に戻し、周りを確認する。
「おーい、ここここ! お前とやったこと同じだぞー!」
 まさか……。
 あり得ない。そう思いつつも、空に視線をやる。
 いた。確かに刺したはずのパデラが、空を飛んでいる。
「え、何で」
 もう一度言う。普通、人間は飛べない。どんな優秀な魔法使いでもだ。
「お前。俺の名前知ってる?」
 驚くリールを見て、パデラはそう訊く。
「名前ですか、パデラ……」
 そう言えば苗字を知らない。
「パデラ・エレズ。エレズだぜ。聞き覚えないか? エレズの家系特種能力」
 聞いた事がある。確か、エレズは……。
「『複製』……」
 相手の発動した術を、戦闘中に一度だけ使用できる「複製」。それがエレズの能力だ。
「そーそ」
「まさか刺されるなんてな。マージで痛かった、死ぬかと思ったぜ」
「けど、お前の風の魔力のおかげで逃げれたわ。ありがとな!」
 そこまで言われて、粗方理解した。
 風の魔法には、一瞬だけ霧になり相手の攻撃を避ける「気体化」がある。リールの魔力を使ってそれを行ったのだろう。そして、攻撃から逃れ、飛翔を複製したのだ。
「なるほど……僕の予習不足ですか」
「降参します。僕の力じゃ貴方には勝てません」
 リールはすんなりとそう宣言する。
 意外だ。まだだとか言ってくるのを構えていたのだが。
「意外と潔いんだな」
「もとより勝てるなんて思ってませんでしたよ。兄さんがあんなに簡単に今後を託す人に敵う訳ありません」
「え、じゃあなんで」
 勝負を挑んできたのだ。勝てないと分かっているなら、別の方法を探すはずだ。
 訊くと、リールは少し恥ずかしそうに説明してくれた。
「……風の噂で、兄さんが貴方に懐いたと聞きました。だから、パデラという人がどんな人か、確かめたくって」
 なるほどな、だから俺に。パデラはひとりでに納得し、頷いた。
「ご存知ですか。ルキラは感情表現が苦手なんです」
「聞いたことあるな」
 家系ごとにある大まかな特徴の話だろう。それなら小さい頃に父親から話を聞いた。
「はい。そして、相手の感情に気付きにくい家系でもあります」
「大袈裟くらいじゃないと、伝わらないんです」
 リールが何を伝えたいのか、分からなかった。なぜならパデラはバカだから。間接的に伝えられても理解できない。たまに出来る時があるが。
 とりあえず頷くと、リールは伝わってない事に気付き一瞬だけ顔をしかめた。
 言わせんなよ。と、いいだげだ。だが仕方ないだろ? 分かんないのだから。
「……兄さんをよろしくお願いします。バカラさん」
 そう言う事か。やっと理解できた。
 それなら任せとけ! だが、一つだけ可笑しい所がある。
 いい感じの雰囲気だったのに、この弟は……。パデラはもう何度目か分からない訂正を入れた。
「おう! ……って、パ! デ! ラ!」
「そうでしたそうでした……」
「もうっ」
「ははっ、面白い人。兄さんが懐くわけだ」
 リールは独り言のようにそう放ち、背を向ける。
「そうそう、今日は引きますけど、諦めてませんからね。兄さんは、僕の兄さんです」
 それだけ言うと、空間移動を発動し、帰ろうとする。パデラはそんなリールを急いで呼び止めた。
「ちょっと待て、一つだけいい?」
 立ち止まってくれた。リールは振り向いて、首を傾げる。
「なんですか?」
「あのさ、天性の才能ってなに」
 マールに訊くことは出来なかった。触れるのが億劫だったのだ。しかし、弟のリールなら大丈夫な気がした。
 確かにマールは強かった。だが、なぜそう呼ばれているかが知りたい。
 訊くとリールはころころと笑う。
「ほんと、バカですね貴方は」
「バカは否定しないけどよ……」
「なんの捻りもありません。言葉そのまんまです」
 だからそれが分からないと言っている。だが、これ以上教えてくれそうもない。
 ……ところで、先程からリールに遊ばれてばかりだ。
 パデラは年上としてのよくわからないプライドで、少し弄ってやろうと企む。
「あとさあとさ」
「一つって言ったじゃないですか。まあ、いいですけど」
 明らかに不快そうに顔をしかめるその表情。本当にマールにそっくりだ。そんな感想持ちながら、パデラは最初から思っていた事を言った。
「お前、ブラコンだよな」
「……否定は、しません」
 顔が真っ赤に染まり、決まり悪そうに答える。すると、返事も待たずにリールは去っていった。
「案外、可愛い反応もするんだな。あいつ」
 とりあえず自分も教室に戻るかと、パデラも闘技場を後にした。



 兄のあんな表情、初めて見た。
 自分に対する冷たい目。物心ついた時から、兄から敵視されていた。それは、魔法使いとしてではなく一人の子供として。
 ただでさえ強い兄が、全てから心を閉ざしたあの時。自分ではどうにも出来なかった。力の差を見せつけられただけだった。
 兄を救えるのは……氷を融かせるのはきっと彼しかいないのだろう。
「少し、悔しいな」
 空を仰ぎ、リールはそう呟いた。




 少しだけ昔の話。ごく一般的な夫婦に子供が生まれた。元気な男の子だった。それはもう、大層喜んださ。結婚して数年、待ちに待った息子だ。
 この世界の赤子は、生まれた時は瞳も髪も黒色もしくは茶色だ。しかし、魔力が覚醒すると同時に様々な色になる。この子も、生まれたばかりでまだ髪は黒く瞳も茶色だ。しかし、あと数年で、魔力が覚醒し色を持ち出す。
 その時が待ち遠しい。この子は一体どんな魔力を持っているのだろうか。しかし、まだ先の話だろう。
 しかし、それは夫婦が思っていたのよりも大分早かった。生後三ヶ月程。ある朝起きたら、息子の魔力がすでに覚醒し始めていた。まだ、首がすわり始めたくらいの息子がだ。何かの間違いか、しかしこれは明らかに息子が放っている。
 その時、夫婦は初めて息子の才能に気が付いた。



 パデラが教室に戻ると、すでに授業は終わっていた。
 そりゃそうだろう。ここから闘技場までは歩いて三十分ほどかかる。残念ながら、まだパデラは空間移動を使えない。
 教室にはサフィラとマールだけがいた。
「お帰りなさい、パデラ」
 パデラが戻ってきたことに気付いたサフィラが、そう話しかけてきた。
「おう、戻ったぜ」
 笑い返すと、マールの元に駆け寄り「ちゃんと出来たぞ」と自慢気に言う。
「……ありがとう」
 すると、少しだけマールが笑みを見せてくれた。目は合わせてくれなかったが、確実に微笑んだ。
「おう! どーいたしましてだぜ」
 友達として、認めてくれたかもしれない。それが何より嬉しくて。パデラはマールの手を取り、笑った。
 思いがけない所でパデラがいきなり喜ぶものだから、マールは少し困惑しつつも、その手を払いはしなかった。
「パデラ、マール。貴方達もそろそろ部屋に戻りなさい」
「はーい! 行こうぜ、マール」
「うん」
 そのままマールの手を引き、走って出て行った二人。
「……あぁ、もう。最高のカップリング」
 その姿が見えなくなると同時に、サフィラの微笑みが崩れ、だらしなく頬を緩めた。しかし直ぐにすました顔に戻り、彼女もその場から去っていった。
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