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弟vs友達は一人の少年を賭けて。
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「いてっ」
なぜ転移場所を少し高い所にしたのか。危ないじゃないか。
いきなりの事で受け身がとれず、地面に尻もちをつく。その前でリールは見事に着地した。
「さて、やりましょうか」
魔力を発し威嚇する。兄弟と言うだけあって、その力はマールのものと似ていて、とても上質だ。そしておそらく、風に特化した魔力。そこだけ考えれば、有利とも不利とも言えない。
「あぁ、そうだな」
マールの為に、負けるわけにはいかない。
立ち上がり、自身の魔力を確認する。調子は悪くない。むしろいい方だ。
「どちらかが降参するか、戦闘不能になるかまででいいですよね」
「おうよ。長くなりそうだな」
「大丈夫ですよ。すぐ終わります」
流石マールの弟、言う事が同じだ。
「随分自信あるんだな」
「ま、これでも天性の才能の弟なんで」
「年下だからって、手加減しないでくださいよ」
早々に足元に魔法陣を展開させる。発動されると、風が一気に吹きあられた。台風のようにリールの周りを囲み、姿が見えない。攻撃と言うより、防御か。
「やっぱ風か。ちょっと面倒だなぁ」
五大属性のうちの一つである「風」は他のと比べて攻撃方法が予測不能で、パデラにとっては少し苦手な属性だ。だがそのぶん風は攻撃力が低め。加えて、相手は年下だ。
しかし、こいつはマールの弟だ。これからどんなモノを仕掛けてくるかはわかったものではない。
「わりいな、リール。ちょっと強めにいかせてもらうぜ」
早めに終わらせたい。魔力を集め、リールの背後に魔法陣を展開する。
風の防御があるなら、こっちの魔力にしてしまえばいい話。リールの周りの風を魔力として吸い取り、雷に変える。
そして、いい感じに溜まってきた頃合いを見て撃ち込む。
術は成功したが、命中した感覚が無い。避けられたか。そう思い魔力をチャージしていると、風がやんだ。
「あれっ、リール?」
しかし、そこにリールはいなかった。闘技場を見渡してみるが、どこにも気配はない。少なからず、地面の上にはいないだろう。
「……ほんとにバカですね」
パデラが「?」を浮かべていると、上空から声が飛んできた。
「え、マジかよ」
魔法でも不可能な事はいくつかある。その一つが「飛ぶ事」だ。人間、魔法を使っても鳥のように飛ぶことは出来ない。翼の疑似は出来るが。
しかし、リールはそれをやってのけている。青空に白い翼を広げ、地上を見下ろしていた。
「驚きました? まあ、普通、人間は飛べませんもんね」
「お前すっげぇな! どうやったん?」
驚き半分関心半分。パデラは上空を見上げながら声を上げる。
「僕のお母さん、実は旧姓はクリエルなんです。どうやら僕はそっちの能力みたいで」
「翼で空を飛ぶ『飛翔』です」
リールが話しているのは「家系特種能力」の事だろう。一家に一つある、特別な能力だ。
クリエル家の能力は「造術」で、一生に一度だけ自分の望みを叶える術を作り出す力だ。普通は苗字と同じ能力になるから、リールの場合はレアケースだ。
「そんなことあるんだな。面白れぇ」
楽しくなってきた。それはリールも同じのようだ。
魔力で弓矢を作り地面に打ち込む。そこから展開された魔法陣から、力を固めた球が次々と発射される。
「お前、ほんとに年下か? 同級生のやつよりもつえぇじゃん」
それらを軽く避けながら、上空でこちらを眺めているリールに声を掛ける。
「けど、昨日お前の兄貴と戦ったばかりだぜ!」
飛んできた最後の一個を握り潰し、自分の魔力として吸収する。パデラでも分かる、この魔力はいいやつだ。
その魔力も使い、リールの四方八方に魔法陣を展開した。
「飛んだら攻撃当たんないと思ったか? もとより雷は、上空で起こるものだぜ!」
「一発雷!」
鋭い雷を全ての魔法陣から一斉に発射する。
すると、リールは撃ち抜かれた鳥のように言面に落ちた。
ドンっと鈍い音が鳴り、翼が消える。
「おーい、リール。大丈夫か?」
声を掛けてみる。しかし反応はない。突いてみても、動く気配がない。
やばい、年下相手にやり過ぎたかもしれない。
「リール、おいリール」
いや、まだ息はある。今のうちに回復させて……。そんなことを考えていると、自分の足元に魔法陣が現れた。
自分が出したモノではない。魔法陣は見えない何かでパデラの動きを封じていた。
「年下相手だからって手加減するなって、言ったじゃないですか」
ゆっくりと立ち上がり、ほこりを掃う。
リールは大きなダメージは受けているが、動けない程ではない。先程のは演技だったのか。そんな事を考えている暇はない。今は、どうしたらこの魔法陣の束縛を逃れるかだ。
「僕だって、兄さんほどじゃないけどそれなりの実力はあるんですからね」
しかし、そんな暇は与えてくれない。
リールは魔力を集め、小刀を作り出す。
「パデラさん。僕はね、ただ兄さんにまた笑ってほしいだけなんです」
「このくらいで、死なないでくださいね」
奇怪な程に愛想のいい笑顔。
リールは小刀をパデラのお腹に突き刺す。そして、勝ちを確信したように笑った。
「さすが、マールの弟」
そう聞こえると、刺したその感覚が空気となった。
「なにが……」
可笑しい。リールは小刀を魔力に戻し、周りを確認する。
「おーい、ここここ! お前とやったこと同じだぞー!」
まさか……。
あり得ない。そう思いつつも、空に視線をやる。
いた。確かに刺したはずのパデラが、空を飛んでいる。
「え、何で」
もう一度言う。普通、人間は飛べない。どんな優秀な魔法使いでもだ。
「お前。俺の名前知ってる?」
驚くリールを見て、パデラはそう訊く。
「名前ですか、パデラ……」
そう言えば苗字を知らない。
「パデラ・エレズ。エレズだぜ。聞き覚えないか? エレズの家系特種能力」
聞いた事がある。確か、エレズは……。
「『複製』……」
相手の発動した術を、戦闘中に一度だけ使用できる「複製」。それがエレズの能力だ。
「そーそ」
「まさか刺されるなんてな。マージで痛かった、死ぬかと思ったぜ」
「けど、お前の風の魔力のおかげで逃げれたわ。ありがとな!」
そこまで言われて、粗方理解した。
風の魔法には、一瞬だけ霧になり相手の攻撃を避ける「気体化」がある。リールの魔力を使ってそれを行ったのだろう。そして、攻撃から逃れ、飛翔を複製したのだ。
「なるほど……僕の予習不足ですか」
「降参します。僕の力じゃ貴方には勝てません」
リールはすんなりとそう宣言する。
意外だ。まだだとか言ってくるのを構えていたのだが。
「意外と潔いんだな」
「もとより勝てるなんて思ってませんでしたよ。兄さんがあんなに簡単に今後を託す人に敵う訳ありません」
「え、じゃあなんで」
勝負を挑んできたのだ。勝てないと分かっているなら、別の方法を探すはずだ。
訊くと、リールは少し恥ずかしそうに説明してくれた。
「……風の噂で、兄さんが貴方に懐いたと聞きました。だから、パデラという人がどんな人か、確かめたくって」
なるほどな、だから俺に。パデラはひとりでに納得し、頷いた。
「ご存知ですか。ルキラは感情表現が苦手なんです」
「聞いたことあるな」
家系ごとにある大まかな特徴の話だろう。それなら小さい頃に父親から話を聞いた。
「はい。そして、相手の感情に気付きにくい家系でもあります」
「大袈裟くらいじゃないと、伝わらないんです」
リールが何を伝えたいのか、分からなかった。なぜならパデラはバカだから。間接的に伝えられても理解できない。たまに出来る時があるが。
とりあえず頷くと、リールは伝わってない事に気付き一瞬だけ顔をしかめた。
言わせんなよ。と、いいだげだ。だが仕方ないだろ? 分かんないのだから。
「……兄さんをよろしくお願いします。バカラさん」
そう言う事か。やっと理解できた。
それなら任せとけ! だが、一つだけ可笑しい所がある。
いい感じの雰囲気だったのに、この弟は……。パデラはもう何度目か分からない訂正を入れた。
「おう! ……って、パ! デ! ラ!」
「そうでしたそうでした……」
「もうっ」
「ははっ、面白い人。兄さんが懐くわけだ」
リールは独り言のようにそう放ち、背を向ける。
「そうそう、今日は引きますけど、諦めてませんからね。兄さんは、僕の兄さんです」
それだけ言うと、空間移動を発動し、帰ろうとする。パデラはそんなリールを急いで呼び止めた。
「ちょっと待て、一つだけいい?」
立ち止まってくれた。リールは振り向いて、首を傾げる。
「なんですか?」
「あのさ、天性の才能ってなに」
マールに訊くことは出来なかった。触れるのが億劫だったのだ。しかし、弟のリールなら大丈夫な気がした。
確かにマールは強かった。だが、なぜそう呼ばれているかが知りたい。
訊くとリールはころころと笑う。
「ほんと、バカですね貴方は」
「バカは否定しないけどよ……」
「なんの捻りもありません。言葉そのまんまです」
だからそれが分からないと言っている。だが、これ以上教えてくれそうもない。
……ところで、先程からリールに遊ばれてばかりだ。
パデラは年上としてのよくわからないプライドで、少し弄ってやろうと企む。
「あとさあとさ」
「一つって言ったじゃないですか。まあ、いいですけど」
明らかに不快そうに顔をしかめるその表情。本当にマールにそっくりだ。そんな感想持ちながら、パデラは最初から思っていた事を言った。
「お前、ブラコンだよな」
「……否定は、しません」
顔が真っ赤に染まり、決まり悪そうに答える。すると、返事も待たずにリールは去っていった。
「案外、可愛い反応もするんだな。あいつ」
とりあえず自分も教室に戻るかと、パデラも闘技場を後にした。
〇
兄のあんな表情、初めて見た。
自分に対する冷たい目。物心ついた時から、兄から敵視されていた。それは、魔法使いとしてではなく一人の子供として。
ただでさえ強い兄が、全てから心を閉ざしたあの時。自分ではどうにも出来なかった。力の差を見せつけられただけだった。
兄を救えるのは……氷を融かせるのはきっと彼しかいないのだろう。
「少し、悔しいな」
空を仰ぎ、リールはそう呟いた。
〇
少しだけ昔の話。ごく一般的な夫婦に子供が生まれた。元気な男の子だった。それはもう、大層喜んださ。結婚して数年、待ちに待った息子だ。
この世界の赤子は、生まれた時は瞳も髪も黒色もしくは茶色だ。しかし、魔力が覚醒すると同時に様々な色になる。この子も、生まれたばかりでまだ髪は黒く瞳も茶色だ。しかし、あと数年で、魔力が覚醒し色を持ち出す。
その時が待ち遠しい。この子は一体どんな魔力を持っているのだろうか。しかし、まだ先の話だろう。
しかし、それは夫婦が思っていたのよりも大分早かった。生後三ヶ月程。ある朝起きたら、息子の魔力がすでに覚醒し始めていた。まだ、首がすわり始めたくらいの息子がだ。何かの間違いか、しかしこれは明らかに息子が放っている。
その時、夫婦は初めて息子の才能に気が付いた。
〇
パデラが教室に戻ると、すでに授業は終わっていた。
そりゃそうだろう。ここから闘技場までは歩いて三十分ほどかかる。残念ながら、まだパデラは空間移動を使えない。
教室にはサフィラとマールだけがいた。
「お帰りなさい、パデラ」
パデラが戻ってきたことに気付いたサフィラが、そう話しかけてきた。
「おう、戻ったぜ」
笑い返すと、マールの元に駆け寄り「ちゃんと出来たぞ」と自慢気に言う。
「……ありがとう」
すると、少しだけマールが笑みを見せてくれた。目は合わせてくれなかったが、確実に微笑んだ。
「おう! どーいたしましてだぜ」
友達として、認めてくれたかもしれない。それが何より嬉しくて。パデラはマールの手を取り、笑った。
思いがけない所でパデラがいきなり喜ぶものだから、マールは少し困惑しつつも、その手を払いはしなかった。
「パデラ、マール。貴方達もそろそろ部屋に戻りなさい」
「はーい! 行こうぜ、マール」
「うん」
そのままマールの手を引き、走って出て行った二人。
「……あぁ、もう。最高のカップリング」
その姿が見えなくなると同時に、サフィラの微笑みが崩れ、だらしなく頬を緩めた。しかし直ぐにすました顔に戻り、彼女もその場から去っていった。
なぜ転移場所を少し高い所にしたのか。危ないじゃないか。
いきなりの事で受け身がとれず、地面に尻もちをつく。その前でリールは見事に着地した。
「さて、やりましょうか」
魔力を発し威嚇する。兄弟と言うだけあって、その力はマールのものと似ていて、とても上質だ。そしておそらく、風に特化した魔力。そこだけ考えれば、有利とも不利とも言えない。
「あぁ、そうだな」
マールの為に、負けるわけにはいかない。
立ち上がり、自身の魔力を確認する。調子は悪くない。むしろいい方だ。
「どちらかが降参するか、戦闘不能になるかまででいいですよね」
「おうよ。長くなりそうだな」
「大丈夫ですよ。すぐ終わります」
流石マールの弟、言う事が同じだ。
「随分自信あるんだな」
「ま、これでも天性の才能の弟なんで」
「年下だからって、手加減しないでくださいよ」
早々に足元に魔法陣を展開させる。発動されると、風が一気に吹きあられた。台風のようにリールの周りを囲み、姿が見えない。攻撃と言うより、防御か。
「やっぱ風か。ちょっと面倒だなぁ」
五大属性のうちの一つである「風」は他のと比べて攻撃方法が予測不能で、パデラにとっては少し苦手な属性だ。だがそのぶん風は攻撃力が低め。加えて、相手は年下だ。
しかし、こいつはマールの弟だ。これからどんなモノを仕掛けてくるかはわかったものではない。
「わりいな、リール。ちょっと強めにいかせてもらうぜ」
早めに終わらせたい。魔力を集め、リールの背後に魔法陣を展開する。
風の防御があるなら、こっちの魔力にしてしまえばいい話。リールの周りの風を魔力として吸い取り、雷に変える。
そして、いい感じに溜まってきた頃合いを見て撃ち込む。
術は成功したが、命中した感覚が無い。避けられたか。そう思い魔力をチャージしていると、風がやんだ。
「あれっ、リール?」
しかし、そこにリールはいなかった。闘技場を見渡してみるが、どこにも気配はない。少なからず、地面の上にはいないだろう。
「……ほんとにバカですね」
パデラが「?」を浮かべていると、上空から声が飛んできた。
「え、マジかよ」
魔法でも不可能な事はいくつかある。その一つが「飛ぶ事」だ。人間、魔法を使っても鳥のように飛ぶことは出来ない。翼の疑似は出来るが。
しかし、リールはそれをやってのけている。青空に白い翼を広げ、地上を見下ろしていた。
「驚きました? まあ、普通、人間は飛べませんもんね」
「お前すっげぇな! どうやったん?」
驚き半分関心半分。パデラは上空を見上げながら声を上げる。
「僕のお母さん、実は旧姓はクリエルなんです。どうやら僕はそっちの能力みたいで」
「翼で空を飛ぶ『飛翔』です」
リールが話しているのは「家系特種能力」の事だろう。一家に一つある、特別な能力だ。
クリエル家の能力は「造術」で、一生に一度だけ自分の望みを叶える術を作り出す力だ。普通は苗字と同じ能力になるから、リールの場合はレアケースだ。
「そんなことあるんだな。面白れぇ」
楽しくなってきた。それはリールも同じのようだ。
魔力で弓矢を作り地面に打ち込む。そこから展開された魔法陣から、力を固めた球が次々と発射される。
「お前、ほんとに年下か? 同級生のやつよりもつえぇじゃん」
それらを軽く避けながら、上空でこちらを眺めているリールに声を掛ける。
「けど、昨日お前の兄貴と戦ったばかりだぜ!」
飛んできた最後の一個を握り潰し、自分の魔力として吸収する。パデラでも分かる、この魔力はいいやつだ。
その魔力も使い、リールの四方八方に魔法陣を展開した。
「飛んだら攻撃当たんないと思ったか? もとより雷は、上空で起こるものだぜ!」
「一発雷!」
鋭い雷を全ての魔法陣から一斉に発射する。
すると、リールは撃ち抜かれた鳥のように言面に落ちた。
ドンっと鈍い音が鳴り、翼が消える。
「おーい、リール。大丈夫か?」
声を掛けてみる。しかし反応はない。突いてみても、動く気配がない。
やばい、年下相手にやり過ぎたかもしれない。
「リール、おいリール」
いや、まだ息はある。今のうちに回復させて……。そんなことを考えていると、自分の足元に魔法陣が現れた。
自分が出したモノではない。魔法陣は見えない何かでパデラの動きを封じていた。
「年下相手だからって手加減するなって、言ったじゃないですか」
ゆっくりと立ち上がり、ほこりを掃う。
リールは大きなダメージは受けているが、動けない程ではない。先程のは演技だったのか。そんな事を考えている暇はない。今は、どうしたらこの魔法陣の束縛を逃れるかだ。
「僕だって、兄さんほどじゃないけどそれなりの実力はあるんですからね」
しかし、そんな暇は与えてくれない。
リールは魔力を集め、小刀を作り出す。
「パデラさん。僕はね、ただ兄さんにまた笑ってほしいだけなんです」
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「さすが、マールの弟」
そう聞こえると、刺したその感覚が空気となった。
「なにが……」
可笑しい。リールは小刀を魔力に戻し、周りを確認する。
「おーい、ここここ! お前とやったこと同じだぞー!」
まさか……。
あり得ない。そう思いつつも、空に視線をやる。
いた。確かに刺したはずのパデラが、空を飛んでいる。
「え、何で」
もう一度言う。普通、人間は飛べない。どんな優秀な魔法使いでもだ。
「お前。俺の名前知ってる?」
驚くリールを見て、パデラはそう訊く。
「名前ですか、パデラ……」
そう言えば苗字を知らない。
「パデラ・エレズ。エレズだぜ。聞き覚えないか? エレズの家系特種能力」
聞いた事がある。確か、エレズは……。
「『複製』……」
相手の発動した術を、戦闘中に一度だけ使用できる「複製」。それがエレズの能力だ。
「そーそ」
「まさか刺されるなんてな。マージで痛かった、死ぬかと思ったぜ」
「けど、お前の風の魔力のおかげで逃げれたわ。ありがとな!」
そこまで言われて、粗方理解した。
風の魔法には、一瞬だけ霧になり相手の攻撃を避ける「気体化」がある。リールの魔力を使ってそれを行ったのだろう。そして、攻撃から逃れ、飛翔を複製したのだ。
「なるほど……僕の予習不足ですか」
「降参します。僕の力じゃ貴方には勝てません」
リールはすんなりとそう宣言する。
意外だ。まだだとか言ってくるのを構えていたのだが。
「意外と潔いんだな」
「もとより勝てるなんて思ってませんでしたよ。兄さんがあんなに簡単に今後を託す人に敵う訳ありません」
「え、じゃあなんで」
勝負を挑んできたのだ。勝てないと分かっているなら、別の方法を探すはずだ。
訊くと、リールは少し恥ずかしそうに説明してくれた。
「……風の噂で、兄さんが貴方に懐いたと聞きました。だから、パデラという人がどんな人か、確かめたくって」
なるほどな、だから俺に。パデラはひとりでに納得し、頷いた。
「ご存知ですか。ルキラは感情表現が苦手なんです」
「聞いたことあるな」
家系ごとにある大まかな特徴の話だろう。それなら小さい頃に父親から話を聞いた。
「はい。そして、相手の感情に気付きにくい家系でもあります」
「大袈裟くらいじゃないと、伝わらないんです」
リールが何を伝えたいのか、分からなかった。なぜならパデラはバカだから。間接的に伝えられても理解できない。たまに出来る時があるが。
とりあえず頷くと、リールは伝わってない事に気付き一瞬だけ顔をしかめた。
言わせんなよ。と、いいだげだ。だが仕方ないだろ? 分かんないのだから。
「……兄さんをよろしくお願いします。バカラさん」
そう言う事か。やっと理解できた。
それなら任せとけ! だが、一つだけ可笑しい所がある。
いい感じの雰囲気だったのに、この弟は……。パデラはもう何度目か分からない訂正を入れた。
「おう! ……って、パ! デ! ラ!」
「そうでしたそうでした……」
「もうっ」
「ははっ、面白い人。兄さんが懐くわけだ」
リールは独り言のようにそう放ち、背を向ける。
「そうそう、今日は引きますけど、諦めてませんからね。兄さんは、僕の兄さんです」
それだけ言うと、空間移動を発動し、帰ろうとする。パデラはそんなリールを急いで呼び止めた。
「ちょっと待て、一つだけいい?」
立ち止まってくれた。リールは振り向いて、首を傾げる。
「なんですか?」
「あのさ、天性の才能ってなに」
マールに訊くことは出来なかった。触れるのが億劫だったのだ。しかし、弟のリールなら大丈夫な気がした。
確かにマールは強かった。だが、なぜそう呼ばれているかが知りたい。
訊くとリールはころころと笑う。
「ほんと、バカですね貴方は」
「バカは否定しないけどよ……」
「なんの捻りもありません。言葉そのまんまです」
だからそれが分からないと言っている。だが、これ以上教えてくれそうもない。
……ところで、先程からリールに遊ばれてばかりだ。
パデラは年上としてのよくわからないプライドで、少し弄ってやろうと企む。
「あとさあとさ」
「一つって言ったじゃないですか。まあ、いいですけど」
明らかに不快そうに顔をしかめるその表情。本当にマールにそっくりだ。そんな感想持ちながら、パデラは最初から思っていた事を言った。
「お前、ブラコンだよな」
「……否定は、しません」
顔が真っ赤に染まり、決まり悪そうに答える。すると、返事も待たずにリールは去っていった。
「案外、可愛い反応もするんだな。あいつ」
とりあえず自分も教室に戻るかと、パデラも闘技場を後にした。
〇
兄のあんな表情、初めて見た。
自分に対する冷たい目。物心ついた時から、兄から敵視されていた。それは、魔法使いとしてではなく一人の子供として。
ただでさえ強い兄が、全てから心を閉ざしたあの時。自分ではどうにも出来なかった。力の差を見せつけられただけだった。
兄を救えるのは……氷を融かせるのはきっと彼しかいないのだろう。
「少し、悔しいな」
空を仰ぎ、リールはそう呟いた。
〇
少しだけ昔の話。ごく一般的な夫婦に子供が生まれた。元気な男の子だった。それはもう、大層喜んださ。結婚して数年、待ちに待った息子だ。
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その時が待ち遠しい。この子は一体どんな魔力を持っているのだろうか。しかし、まだ先の話だろう。
しかし、それは夫婦が思っていたのよりも大分早かった。生後三ヶ月程。ある朝起きたら、息子の魔力がすでに覚醒し始めていた。まだ、首がすわり始めたくらいの息子がだ。何かの間違いか、しかしこれは明らかに息子が放っている。
その時、夫婦は初めて息子の才能に気が付いた。
〇
パデラが教室に戻ると、すでに授業は終わっていた。
そりゃそうだろう。ここから闘技場までは歩いて三十分ほどかかる。残念ながら、まだパデラは空間移動を使えない。
教室にはサフィラとマールだけがいた。
「お帰りなさい、パデラ」
パデラが戻ってきたことに気付いたサフィラが、そう話しかけてきた。
「おう、戻ったぜ」
笑い返すと、マールの元に駆け寄り「ちゃんと出来たぞ」と自慢気に言う。
「……ありがとう」
すると、少しだけマールが笑みを見せてくれた。目は合わせてくれなかったが、確実に微笑んだ。
「おう! どーいたしましてだぜ」
友達として、認めてくれたかもしれない。それが何より嬉しくて。パデラはマールの手を取り、笑った。
思いがけない所でパデラがいきなり喜ぶものだから、マールは少し困惑しつつも、その手を払いはしなかった。
「パデラ、マール。貴方達もそろそろ部屋に戻りなさい」
「はーい! 行こうぜ、マール」
「うん」
そのままマールの手を引き、走って出て行った二人。
「……あぁ、もう。最高のカップリング」
その姿が見えなくなると同時に、サフィラの微笑みが崩れ、だらしなく頬を緩めた。しかし直ぐにすました顔に戻り、彼女もその場から去っていった。
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けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
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