暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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兄弟喧嘩を目の前でやられても困るだろ?

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 鏡を覗くと、輝く銀髪が目に入った。毛先を軽くいじり、頬に触れてみる。
 兄と似ているのはこの顔だけで、髪色と性格は全く違う。
「ねぇ、お母さん。僕ってなんで兄さんとそんな似てないんだろうね」
「そう? 充分そっくりだと思うけど。目つきは若干違うけど」
 母親に尋ねてみると、案の定見た目についての話だと思われた。
「外じゃなくて中」
 訂正を入れると、納得したようで「あー」と声を漏らす。
「そうね。確かにそこは似てない。どちらかというと、私似なのよ。多分」
「ルキラの血はどうしても感情薄くなりがちだからね」
 確かに、言われてみればルキラは昔から感情がない。無と言うわけではないが、お世辞にも表情豊かとはいえないだろう。
「じゃあ、僕は中に関してはクリエルの血?」
「そう言う事ね」
「へー……」
 なるほど、自分の性格は母方の遺伝なのか。それなら兄は見た目も性格もまるっきりルキラなのだろう。
 まあ、そんな事はどうでもいいのだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。遅くならないようにね」
 母親の返事を聞くと愛想よく笑い返す。手を振って外に出かけていった。
 向かうのは学校。そう、兄が入学したところだ。



 今日の授業は「炎」の授業。ついに魔法の基礎、五大属性について学ぶのだ。
 各自お昼ご飯を食べてから、実戦室に集まった生徒達。
「火炎」
 マールはその前でお手本がてら軽く炎を出した。サフィラにやってみてくれと言われたからやったが、こんなの学ばなくとも出来るだろ? そんな言葉は呑み込み、席に戻った。
「はい、ありがとうございますマール。このように、炎はその気になれば一瞬で物を消し炭にでき、五大属性の中でも強い威力を持ちます。自身の魔力との相性にもよりますが、戦闘においてもっとも攻撃力を持ちますので、積極的に使っていくといいでしょう」
「いきなり火炎は難しいと思いますので、まずは皆で軽く『火の粉』の練習としましょうか。燃え盛る炎をイメージして、魔力に熱を込めてください」
 サフィラがそう言うと、生徒達は早速取り掛かった。
 各自、言われた通りに魔力を手のひらに集める。すると、ろうそくに灯った火のような小さな炎が浮かび上がった。
 マールにとってはこのくらい簡単な話。だが、他もそういう訳ではない。
 隣でパデラが小さな炎をたくさん生み出し、それで遊んでいる。その様子を見るに、こいつにとっても難しいことではないだろう。あんなに雷を撃ってくる奴が火の粉の一つも出せないわけがないが。
「皆さんできましたね。流石です」
「いいですか、炎にしろ水にしろ、魔法に大切なのはイメージです。頭の中に浮かぶものが形にされる。それを意識して、各自十分間でどこまで大きな炎を出せるかやってみてください。何かあったら呼んでくださいね」
 何人かの生徒が「はーい」と声を上げた。その一人がパデラだ。子どもか。そのセリフは言わないでおいた。

 マールとパデラは教室の奥の方で、他の奴がどのくらいか確認してみていた。
 見る限り筋の良い奴は多いが、マールの他に火炎ができる奴はまだいない。もしかしたら、パデラは出来るのかもしれないが。
「意外と上手い奴もいるなぁ、こりゃ負けてらんないな。俺等もやろうぜ」
 気合を入れ、パデラは杖を手に取る。
「あぁ」
 マールも短く言葉を返す。
 そうやって、二人も練習しようとした時。
「兄さん!」
 自分たちより少し幼い声が、入口のほうから聞こえた。
「あぁ、兄さん。久しぶりだね。何年ぶりかな? 懐かしいなぁ」
 その「兄さん」という言葉は、明らかにマールに向けられている。
 弟いたんだ。そんな単純な感想よりも、パデラはマールの表情に気を取られていた。
 どう見ても、弟が会いに来てくれた時の兄貴の表情ではない。どちらかと言うと……嫌がっている。
「……なんだよ」
 マールが発した声は、初対面の時にパデラに向かって出したモノと同じだった。
「何? 三年あってないだけで忘れちゃった? 僕だよ、リール。兄さんの弟」
 嫌がるマールの事なんて気にせず、弟は兄に詰め寄り、笑顔を見せる。
 近寄りがたい雰囲気。周りで練習をしていた生徒達が、そっと兄弟から距離を取った。
「忘れてはいない。僕が言いたいのは何のようだという事だ」
 流石に忘れるわけがない。数年前まで一緒に暮らしていた、三歳年下の実の弟だ。
 マールが冷たい声で話すと、リールの表情が真剣なモノに変わった。
「兄さん、単刀直入に言うよ」
「帰ってきて」
 発せられたその一言。おそらくなんらかの家庭事情だろう。それなら、他人が首を突っ込んでいいものではない。他の生徒達も、静かに聞き耳を立てていたが魔法の練習に戻った。
「お願いだから、僕達の事、もう一度家族って言ってよ」
 周りの事などきにせず、リールは必死に言葉を紡ぐ。心からの願いであることには間違いないだろう。しかし、すでにマールの中で答えは決まっていた。
「家族と言って? 何を今更。僕を家族だと見なかったのはそっちだろ」
 感情のこもらない冷たい言葉だった。
「やっぱそうだよね……。素直に聞いてくれるなんて思ってなかったよ、兄さんは頑固者だからね」
 リールはぎゅっと手を握り、一瞬だけ兄から視線を逸らす。再びマールを見詰めた瞳はまっすぐとしていた。
「兄さん。僕と勝負しよ? 兄さんが勝ったら、戻ってこなくてもいいよ。けど、僕が勝ったら、帰ってきてもらう。どう?」
 こてんと首を傾げる。可愛らしい仕草だが、表情はどこか挑発的だ。
「いいだろう。もう一度、力の差ってのを見せてやる」
 今にも始まりそうな兄弟喧嘩。これはまずい。リールから発せられる魔力が年齢に不釣り合いで、マールのも桁違いに強い。どちらも本気だ。
「ちょちょ! お前等! つかめないんだけど、何?」
 そんな兄弟の間にパデラが割り込んだ。
 もう、状況がわからない。
「あぁ、兄さんの友達の……」
 パデラの姿を見て、わざとらしく考える素振りをする。
「バカラさんでしたっけ」
「パデラね」
 その間違いは確実にわざとだ。にやにやするその表情がそれを物語っている。
「あ、そうだ。ねぇ、バカラさん」
「パデラだっての」
 パデラのツッコみは無視して、リールは話し続ける。
「兄さんに帰ってほしくないですか?」
「そりゃそうだ。やっと仲良くなれたかなーって頃合いなのによ。マールが帰りたがっているなら話は別だけどよ」
 正直な回答だ。
 折角距離が縮んできたというのに、ここで手放したくはない。
「じゃあ、僕と戦いません。条件はさっきと同じです」
「俺はいいけど……。マール、俺に任せて大丈夫か?」
 本人の意思を知らずに返事は出来ない。
「……お前なら、いい」
 マールの返事は一言だけだった。しかし、それでも伝えたい意思は理解できた。
「わかったぜ。じゃあ、ちょっと待ってな」
「センセー」
 ここで戦う訳もいかない。闘技場が空いているか確認しようと、サフィラに声を掛ける。
「闘技場なら空いてますよ」
 何が言われるかは分かっていたようだ。サフィラは、にこりと微笑み「程々にしなさいね」と言った。
「じゃあ、行きましょうかバカラさん」
「だからぁ」
 文句を言う前に、リールが転移魔法を発動させた。
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