暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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最初の手合わせ。その横で、上品さに興奮を添えて。

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 ルージュ家の教育は厳しい。特に女の子に対しては「ルージュの名に恥じぬように、美しく上品に」と幼い頃から教えられる。そして、もとよりそういう子が生まれやすい家系でもあるのだ。
 しかし、どんな子が生まれるかもその時による。加えて、その教育が上手くいくとは限らないわけで。
「はぁ……。いい。尊い。やっぱりパデマルよね! そうよね、エーベネ」
 ルージュ家に生まれた見目麗しい女子が、バリバリの腐女子に育つ事だってあり得ない話ではない。その一例が、サフィラだ。
 女性らしい上品な部屋の中。サフィラはクッションに座り、目の前で浮いている使い魔に話しかけた。
 教師としての上品な笑みとは打って変わってだらしなく頬を緩める。そんな彼女の使い魔であるエーベネは、相変わらずの主の様子に呆れ半分。いつものように言葉を発した。
『サフィラ。控えめに言って気持ち悪いわ』
 このセリフ、何回目だろうか。
 ほぼ毎日のように繰り返されるコントのような会話。内と外での主のギャップにも、もう慣れたものだ。
『生徒でBL妄想する教師とか、どうかと思うわよ。今に始まった事じゃないけど』
 そう、この第一学年管理責任者を担う優秀な魔法使いサフィラ・ルージュは、とても強大な腐女子。好きなモノを曲線的に言うならば男の友情。ド直球に言うとBLだ。
 と言ってもBLなら何でもいい訳ではない。まず、第一条件として「ラブラブ」があげられる。このような感じで、こだわりは強い方だ。
 どうやら、新入生のパデラとマールはサフィラの好みにどストライクだったようで。試験の時に初めて見てから「この組み合わせは絶対いいわ」とエーベネに豪語していた。
「どう考えたってマールが受けよね。ツンデレ受けの良さ、エーベネには分からないでしょうけど」
 サフィラの中ではもう決まっている。マールは受け、それはもうバリネコだ。
『分からないわよ。というか、生徒でBL妄想する貴女の思考回路がまず意味不明よ』
「分からないかしらねぇ。男同士のロマン。イチャラブしているののなんと尊い事か」
 そう言いながらも、サフィラは手際よく軽い化粧を済ませる。
 生まれつきの美もあり、言い寄ってくる男はいままで沢山いたさ。だが、サフィラはこの一言でいつも切っていた。「女と恋愛している暇あったら、仲のいい男友達と(自己規制)しろ」と。そしたらどうだろうか、あくまでもノンケである男たちは己のけつは守りたいようで静かに帰って行った。
「よし、行ってくるわね。エーベネ」
 そんな事を思い出しながら、頬を叩き、気合を入れる。
 ここからは教師としての自分だ。妄想は、また帰ってきてから。
『あぁ、今日は私もついていくわ』
「あらそう? じゃあ、おいで」
 サフィラとエーベネは、一緒に部屋から出て行った。
 教師寮から出ると、噴水がある広場がある。そこから校舎に向かう。
 今日の授業場は外で、闘技場スペースで行われる。授業内容はごく簡単。先日組んだペアと勝負してもらうのだ。入学して最初の本気の手合わせ。生徒達も楽しみにしているだろう。それまでサフィラは職員室で別の仕事をする予定だ。

 授業の始まりが少し遅く、今は午後三時だ。闘技場スペースにはすでに生徒達が集まっている。
 真ん中の戦うスペースを囲うように連なる椅子に集まって座っているのが一学年の生徒だ。
 ここは、授業だけでなくイベントなどにも使われたりする。だからこんなにも広いのだ。生徒三十人が座っても、上空から見たら席はがら空きだ。
 サフィラはチャイムのちょっと前に現れた。授業始まりの合図が鳴り響くのを聞いてから、集まった子どもたちに向けて声を上げる。
「皆さん。おはようございます」
「今日の授業は、簡単に皆さんの実力を見せてもらいます。先日組んだペアの子と今の全力をぶつけあってください」
 そう聞くとパデラはわくわくした表情で、マールに話しかけた。
「お前と戦えるのか。楽しみ~」
「すぐ終わらせる」
 マールは表情一つ変えずに一言だけ放つ。
 自分が負けるわけがないと、自信ありげだ。
「バカにすんなよ~。俺もまあまあ強いから」
 パデラも同じで、自分の腕には自信がある。
 パデラがマールの存在を知ったのは入学式の時。ずば抜けて一番の奴と聞いて、戦ってみたかったのだ。
「では、ペアを一組ごとに呼んでいくので、呼ばれたらこちらに来てください。戦闘時間は長くとも十分とします」
 説明の後、早速最初のペアが呼ばれた。
 まだ入学したての何も習っていない状態だから、戦闘と言っても大したモノではない。
 入学試験である「実力試験」で見られるのは厳密に言えば「実力」ではなく「魔力の質」である。だから、まだ魔法に不慣れな様子の奴も何人かいた。
 十分の時間を全て使った組はなかった。初心者通しの戦い、直ぐに蹴りが付くのだ。サフィラはそんな拙い戦いを真剣に観察し、記録を残していた。
「さて、次で最後ですね。マール、パデラ。前へ」
 ついにマール達の番になった。
「頑張ろうな、マール」
 そう言われると、マールは一拍開けてから頷く。
 適当にやり過ごすのも手だが、二番目の奴となら十分楽しめそうだ。
 どうせなら、やるだけやった方が徳だろう。
「それでは、始めっ!」
 サフィラの合図と共に、霧状になった魔力が立ち込めた。一瞬だけ何が起こったか分からなかったが、これは魔法の衝突により発生されたものだと直ぐに分かった。
「やるな。褒めてやるよ、パデラ」
 マールは心なしか愉快そうに瞳を歪め、新たに魔法陣を展開する。
「サンキュ。こう見えても、魔法は得意なんでよ!」
 それに応えるように、パデラも魔法陣を描く。
「氷霰」
「落雷!」
 二人の魔力の籠った声が響き、それに反応して魔法が発動されたのはほぼ同時だった。
 パデラの魔法陣からは稲妻が、マールの魔法陣からは氷の粒が勢いよく放たれる。
 魔力をまとった氷は、見た目に反してかなり威力が強い。打ち負かされそうになったところで、パデラは稲妻に宿る魔力を操り、術を変えた。
「行け、雷蛇だ!」
 雷は左右に分かれ、マール本人ではなく魔法陣に焦点を合わせる。そして、一気に貫いた。
 今の術によって上書きされた魔法陣は、間髪開けずに雷を撃ちだす。蛇の形をした、それがマールの体に巻き電気を流した。
「どうだマール。いてぇだろこれ」
 自信ありげな表情だ。
 確かに痛い。走る電気で体が引き千切れそうだ。
「あぁ。だが、このくらいなら」
 しかし、それなら自分が千切れる前に蛇を千切ってしまえばいい。
 マールは体に巻き付く蛇を両手でつかみ、蛇を切る。二つに分かれた蛇は、雷の残骸をパチパチと弱く放出している。
「そんな事できんの! すっげぇ! 今度教えて」
 まさかそんな風に破られるとは思っていなかったようだ。左目を輝かせ、興奮気味に話す。
「気が向いたらな」
 パデラの事は軽く流し、マールは蛇の片方は自分の魔力として吸収し、もう片方を宙に投げる。
 投げ出された蛇は当然のように地面に落ちると思ったが、予想を裏切り途中で静止する。そして、そこを中心に魔法陣が展開された。
「氷柱」
 合図と共にツララが飛び出し、一本二本と牙をむく。しかし全てパデラにかわされ、ツララは地面に突き刺さった。
「わぁ……当たってたら死ぬわこれ」
 随分ぐっさり行っている。こんなので貫かれたらいくらなんでも堪ったもんじゃない。
「お前なら死なないだろ」
 流石に死ぬわ。
 そんなツッコミは呑み込んで、パデラは笑みを浮かべる。
「褒め言葉として受け取らせてもらうぜ」
 その言葉を聞いて、マールは内心高揚していた。
 こいつとなら全力で楽しめる気がする。これは一発、本気を見せてやろう。
 召喚の時と同じく出せるだけの魔力を発し、地面一帯に魔法陣を展開する。
「すっげぇ、どうやって避けよう」
 防御して耐えるしかないか。パデラが防御態勢を取った時、ギャラリーから話し声が聞こえた。
「お母さんが言ってたの、嘘じゃなかったんだ」
「ねー。本当だったんだね『天性の才能』って」
 なんの話だが分からなかったし、それどころじゃない。聞き流し、攻撃に構える。
 しかし、その衝撃は来ない。不思議に思い、足元にあるはずの魔法陣を確認する。
 なぜだろうか。魔法陣に宿る魔力が薄くなり、消えかけている。
「マール?」
 呼んでみるが、反応が無い。
 無表情の奴は感情が把握しづらくて困る。
 何度呼びかけても反応しないマールに対してどう声を掛ければいいのか分からずに、数秒の沈黙が流れた。
「すまない」
 やっと反応してくれたかと思ったら、マールは小さな声で軽く謝ってきただけでそれ以上なにも言わなかった。
「やめっ!」
 空気が可笑しくなったことに気付くと、サフィラはぐにが終了の合図を出す。
 どちらにせよもう授業時間も終わりそうだ。
「お疲れ様です。席に戻っていいですよ」
 サフィラは、そう言って優しく微笑みかけた。
「お、うん。マール、行くぞ」
「あぁ」
 パデラは小さく頷くと、マールの手を引いて席に戻っていった。

 授業が終わった。サフィラは生徒を解散させると、闘技場の後片付けを始めた。魔法発動により発せられた魔力の残骸を片付けるのだ。これをしないと次使うときに術の発動に影響を及ぼす可能性がある。
 杖を取り出し、この場にただよう魔力を全て吸収する。
 エーベネは、横でその様子を眺めながら、サフィラに話しかけた。
『暗竜様のおっしゃる通りね。いい原石ばかりだわ』
 素があの力なら、数年後には優秀な魔法使いになるだろう。使い魔としての長年の勘がそう言っている。
「えぇ。あの子達は素晴らしい魔力を持っているわ。……それに、いいカップリングもたっくさん。パデマルだけじゃないのよ」
『結局そういう目なのね、貴女は』
「当たり前じゃない。男の友情。最高よ」
 ウインクをし、いい笑顔で闘技場を後にする。
『貴女の場合は、男同士の愛情でしょうが』
 エーベネはため息を漏らし、主の後をついていった。
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