暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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悪夢に打ち勝つ暖かさ

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 戻ってからは、お風呂に入ってご飯を食べ……と普通に生活していた。そうしていると、あっという間に夜になった。
 八時過ぎ頃。直ぐそばでパデラがピピルと遊んでいる。
「おーし、行くぞー」
 やわらかいボールを握り、ピピルに見せる。
 ボールは握られると、プヒョと音を鳴らし自分をアピールする。その音に反応したのか、ピピルは楽し気に笑った。
『よっしゃこーい!』
 ピピルもノリノリで体を持ち上げ、やる気満々に声を出す。
「とってこーい」
 二人がやっているのは、ボールを投げて犬に取ってこさせる遊びだ。
 そもそもこの使い魔は犬じゃないし、室内でやる遊びでもない。しかし、本人たちが楽しそうだから良いか。と、マールはその姿を眺める。
『主よ』
「ん? 何」
『我の準備はいつでもできてるぞ』
 期待した目で見詰められた。
 いきなり声を掛けてきてなんかと思ったら、あれをやりたいのか。
「やんないからね」
 申し訳ないが、自分には出来ない。というか、やりたくない。
『そうか……』
 拒否されると、ディータは心なしか寂しそうに答える。
 そんなしょんぼりしないで欲しい。出来ないモノは出来ない。マールはもう眠いのだ。
「……パデラ。僕は寝るから。大人しく遊んでろ」
「おう、いいぜ」
 夜だというのにやけに元気な返事。それを聞くと、マールは布団に潜った。





 まだ夜中だというのに目が覚めた。背中に嫌な汗が伝っている。
「……またか」
 マールは頭を押さえ、だるそうに呟く。
 いつもの夢だが、こうも夜中に起こされては気が滅入る。
「ん……どした、マール」
 そうすると、直ぐ近くからパデラの声が聞こえた。寝起きのはっきりとしない声だ。
 しかし、違和感があった。
 まるで直ぐ隣で寝ているみたいな距離から声が聞こえる。それが違和感の正体だろう。加えて、真横から暖かい何かを感じる。手を少し動かすと、それに触れられた。
 まさか……。
 確認してみると、予想通り。同じベッドの上にパデラが寝ていた。
 なぜ隣にいる。なぜ人のベッドに入ろうとした。そしてそれをなぜ実行に移した。マールは色々思ったが、それらを全て魔力として足に籠め、パデラを思いっきり蹴った。
「っ! ちょ、マール。あとちょっとずれてたら大変なことになってたぞ!」
 蹴られたパデラは、涙目になりながら飛び起きる。
 しかし、マールはそんなパデラを無視して問うた。
「なぜいる」
 冷たい声を聞く限り、怒っているのか。分からなかったが、パデラは慌てて訳を説明した。
「だってだって! マール、唸ってたから、怖い夢でも見てんのかなって!」
 あせあせと手を動かし、必死だ。
「俺の魔力、結構癒し効果あるからさ。ほら」
 そう言うと、右手に魔力を集めマールの頬に触れる。
 パデラの言う通り、とても暖かい。心地のいい魔力だ。
「確かに……」
「だろ?」
 落ち着くマールを見て、パデラはニコッっと笑う。
 この癒し効果は、よく父親に使っていた。実際どうかは半信半疑だったが、この様子だとそれであっているようだ。
「……別問題だ」
 だが、それとこれじゃあ別の話。
 手を握り、潰す勢いで力を込める。マールは非力な方だが、魔力さえあれば関係ないのだ。
「痛い痛い痛い! マール! 痛いから! やめて!」
 痛いと連呼するその様子が、なにか面白くて。マールはもっとやろうかななんて一瞬考えたが、そんな考えはなくなるほどにうるさかった。それに、心配してやってくれたことに怒るのも何か違う気がする。
 魔力を引っ込め、手を放した。
「ま、心配してくれたのは……感謝する」
 静かになった部屋。マールはぽすんとベッドに腰かけ、枕を抱く。すると、パデラも隣に座ってきた。どけとその身体を押してみるがびくともしない。
 一度完全に起きてしまったから、また寝ようという気にはなれなかった。
 なるべくパデラと目を合わせないように、マールはクッションの上で寝ているディータを見ている。暗い中だが、月明かりで鱗が輝いているように見えて綺麗だ。一方ピピルは良くわからん寝相で、なんか面白い。
 寝ている時くらい帽子外せばいいのに。なんて、ぼーっと観察していると、パデラから声が掛かった。
「なぁ、マール」
「ん?」
 横目でパデラを確認してみる。窓の方を向いており、表情は把握できない。
「お前、俺の事嫌い?」
 マールの方には視線をやらずに、月を見たまま訊いてくる。
 質問の意はくみ取れない。
「……さぁな」
 答えると、パデラは少しだけ笑ったような気がした。
「なんだよ」
「いやぁ。思ってたよりも簡単に友達になれそうだなって」
 嬉しそうに笑っているその表情を、今度ははっきりと見る事が出来た。
 目が合った。マールは咄嗟に逸らしたが、パデラの表情が脳裏にやけに残ってくる。
「……お前はさ」
 言葉は途中。しかし、それを言うのは思いはばかった。
 まだ、認めたくない。
「……やっぱいいや」
「おいおい、それめっちゃ気になるヤツ! 何? 何言おうとしたの?」
 一体何を言おうとしたのか。それだけが気になり、パデラはマールの体を揺さぶる。
「うるさい」
「教えてくれたっていいじゃんよぉ」
 そう言いつつもそれ以上の追及はせずに、手を下ろした。

 それから眠くなるまで二人は起きていた。主にパデラが一方的に喋っていただけだったが、なんだか楽しそうだった。
 一時を過ぎた頃。マールはそろそろ寝ないとまずいと思い横になる。パデラも一緒に入ってきた。
「おい、お前は戻れよ」
「別にいーじゃん。夏じゃないんだし」
 そう言って、出て行く気配はこれっぽちっちも感じられない。力尽くで追い出すことは無理そうだから、仕方なくそのままにした。
 距離を取ろうにも、ベッドの上。広々しているが、元々一人用の物だ。せめてもと背中を向ける。
 背中から伝わる暖かい魔力。それで心なしか安らいだのは、パデラには内緒だ。
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