暗竜伝説魔法論

紅創花優雷

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入学式・二人の少年

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 昔々のお話。この世界の神である暗竜様が民に告げた。
『この世界でもっとも強い者を長にせよ』
 なんに前ぶりもなく発せられたその言葉。訳は延べられなかったが、民は暗竜様の為にと至急に人を用意した。
 選ばれたのは若い男。当時、最強と言われていた魔法使いだ。
 しかし、次の日。暗竜様は再び民の元に訪れて言った。
『もっと強い奴を用意しろ。お前等なら出来るはずだ』
 それだけ言うと暗竜様は帰っていく。あれ程の実力の持ち主でも、暗竜様の納得のいく者ではなかったらしい。
 ……これは、この世界に知られる伝説の一部、「暗竜伝説」だ。
 当時のお告げは、今でも世界に色濃く反映されている。その代表的な例が、強い魔法使いを育成する学校。「暗竜魔法術学園」。
 そう、ここは魔法の世界。一匹の黒竜が治める、魔力のクニだ。

【暗竜伝説魔法論】

 春になると、この世界でも入学式が行われる。十三になる男女を対象に実力試験を行い、上位三十名が入学するのだ。
 今日は入学式の日だ。しかしここで言う入学式というのは、きっと魔法が無いクニとは違うのだろう。
 まず、生徒三十人と教師一名が森の奥にある暗竜様の城に向かうのだ。そこまで大体一日くらい歩く。それから暗竜と対面し、儀式を行うのだ。
 木々がざわめく中、海をバックにぽつり佇む城の中。その一番奥の部屋には暗竜様と、真新しい紫の制服を着た三十人の子ども達、そして女教師がいた。
「暗竜様。今年の新入生達です」
 十段ほどの階段の上のスペースに座る、大きな黒竜……暗竜様を前にして、女教師がそう声を掛ける。すると暗竜様はゆっくりと目を開き、子ども達を眺めた。
 まるで値踏みでもするかのようで、静まり返った空気が緊張で苦しく感じる。
 そんな中、生徒達は真っ直ぐ暗竜様を見ていた。
『ふむ。今年も中々質のいい』
 こんな空気も、暗竜様は慣れっこみたいだ。物ともせずに話す。
『では、これから入学の儀式を行う。各自名前が呼ばれたら前に出てこい』
『マール・ルキラ』
 一息置いてから名前が呼ばれた。
「はい」
 返事をしたこの金髪の少年がマールだ。冷たい青色の瞳の左目には魔法陣が浮かび上がっていて、服でほとんど隠れているが首元にも同じものが見られる。
 マールは、暗竜様の座るところに向かい、階段を上る。
 暗竜様は目の前にやってきた少年をまじまじと見詰めた。
『マール、話は聞いた。これまでの中で最も優秀な成績だったとな』
 マールは同じく暗竜様を見詰め、何も言わずに軽く頷いただけだった。
『期待しておる』
 尻尾の先に魔力を集め、それで杖を作る。先端には拳くらいの大きさの水晶が付いている。出来たことを確認すると、それをマールに授けた。
 マールはぺこりと一礼し、席に戻る。一切感情を感じられない少年だった。
 また一息置き、次の名前が呼ばれた。
『パデラ・エレズ』
 返事が無い。いない訳が無いのだが、場は静まり返ったままだ。
「パデラ。いないのですか?」
 教師が声を上げると、丁度マールの後ろから「あ、俺か」と声が聞こえた。
「はーい! あ、ちょっと待って、靴紐ほどけた!」
 とにかく明るい声。少しして、暗竜様の前に駆け出して来た。
「俺こういう空気苦手でさ。危なく寝るところだったぜ」
 笑顔で話す赤髪の少年。こいつがパデラだ。
 穢れの一片も感じない、暖かな橙の瞳。暗竜様を目の前にして嬉しそうに輝いている。
 しかしこの正式な場において取り繕って礼儀を弁えない辺り、純粋と言うか率直に言えば、バカなのだろう。
『パデラ。お前もマールよりかは劣るが、二番目に優秀な成績を残したと』
「お、俺二番目? よっしゃ」
 パデラは一番へのこだわりは持っていない。だから二番目でも普通に嬉しかった。
『期待している』
 マールの時と同じく、杖を作り出しパデラに授ける。
「ありがとな、暗竜様」
 パデラはニコッっと笑い、席に戻っていく。ルンルンと上機嫌な様子だ。
 マールは少しだけ後ろを見てみると、パデラと目が合った。そいつは愛想よく笑みを見せたが、無視して視線を元に戻す。
 アイツとは関わりたくない。マールは直感的にそう思った。

 入学式が終わると、学校の敷地内にある寮に向かう。
 暗竜魔法術学園は、この世界に唯一の学校だという事もあって随分立派な造りだ。校庭は広く、二つある。校庭というより一種の広場だ。
 二つの校庭の噴水がある方に隣接する建物が寮。建物側から見て、左が生徒寮、右が教師寮だ。
 生徒寮の中に入ると、受付がありそこに「新入生部屋割り表」が貼られている。
 二人一部屋だが、広々としているらしい。あと、ベッドがふかふかだとも聞いた。
 マールは同じ部屋の者は一切気にせずに、部屋番号だけ確認した。誰であろうと関わる事はない、そう思っていた。
 割り当てられた部屋は「313」だ。三階の十三番目の部屋だと案内された通りに廊下を行くと、マールのと同じ部屋番号が書かれたドアにたどりついた。ドアノブに手をかけ魔力を籠めると鍵が開く。
 風呂は明日にするか……。そう考えながら部屋の中に入る。そして気付いた。
 サイドテーブルを挟んで並ぶ二つのベッド。その片方に妙な箱が置いてあり、中からは人の気配を感じる。
「…………」
 しょうもな。
 マールは心の中で呟き、最初だけ付き合ってやると箱に手をかけた。
 少しだけ開けると、あとは勝手に飛び出してきた。
「誰だと思った? 俺でーすっ!」
 その異様に明るい声と共に、勢いよく突き出してきた少年。あたまのアホ毛がぴょこんと跳ね、やけに輝く笑顔で蓋を後ろに飛ばした。
「……」
 ガタンと蓋が地面に落ちる音が響く。
 マールは出てきた奴を確認すると、直ぐにベッドに横たわった。
「ちょちょちょ、寝るなよ! そんなノー反応で寝られたら流石の俺も傷付くぞ!」
「お前マールだろ? お前の事気になってたんだ! 俺パデラ・エレズだぜ? 二番目の? 凄くね? 一番のお前に言っても自慢にならんか」
 思いっきり体を揺さぶり、声を上げる。非常にうるさい。
「……よりによってお前かよ」
 そう、箱から飛び出てきたルームメイトは、つい先程関わりたくないと感じたばかりのパデラだ。
「わー、明らかに嫌そー」
 表情には出てないが、言葉から良いものとされていないのはバカでも分かる。
「嫌に決まってるだろお前みたいな騒がしい奴……」
「僕はお前と関わりたくない。話しかけるな」
 それ以上は話そうとせず、マールはブレザーだけ脱いで椅子の背もたれに掛ける。本来ならパジャマに着替えるが、今日は疲れたからいいやとそのまま寝た。
 パデラは何も言わずにそれを見ていた。

 疲れていたからか、良く寝られた。
 いつも見る夢も見なかった。
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