楽園遊記

紅創花優雷

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後編

穏やかな日常は、魔で狂う。

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 その後、山砕が一瞬だけ起きたが、まだ眠いようで二度寝に入る。時間としてはまだ眠れる時間だ、起こす必要もない。
 それを見ていると、なんだか眠くなってきた。
「なんか、寝ている奴ら見たら俺も眠くなってきたな……寝るわ」
「ん」
 返事を聞くと、直ぐに布団に潜る。
「……」
 尖岩は寝た。やはり、眠かったようだ。夜中の暇つぶしに付き合わせたのだ、そうなるのが当然、普通だ。
 白刃も、いつもは気が付いたら知らぬ間に朝が来ている。しかし、術で一日中眠らされていたせいもあってか、今日はそれが無かった。尖岩には迷惑をかけたと思っている。
 しかし、夜が過ぎるのを一人で待つのは退屈だ。外は暗くて、何もすることがない。
 今こそ尖岩達がいるからしのげるが、前まで自然と意識が飛ぶその時まで、一人で本を読んでいるしかなかった。
 一応、これが異常なのは気が付いている。なんせ子どもの頃は普通に眠っていた。
 いつからだったか。眠れなくなったのも、人を虐めるかのような行為が愉しく感じるようになったのも、一体いつからだっただろうか。
 大人ぶった反動。尖岩が言ったその言葉を心の中で呟く。そんな事はない、そう言いたい所だが反論しきれない部分もある。我儘を言わないように、迷惑を掛けないように意識していたのは事実だ。それが大人ぶっていると言う事になるかは不明だが。
 そこまで考えて、溜息を付く。
「俺が知りたいよ、そんな事……」
 眠気はやってこない。暇だ。とても暇だ。
 そこで、まだ寝ている覇白に目が付く。
「覇白。起きろ」
 揺さぶると、起きた覇白は大体の事を察する。
「……尖岩はどうした?」
「寝た」
「そうか」
 起き上がって背伸びをする。今日はよく眠れたものだ。
「それで、何を」
 話を聞く前に、白刃は一言切り出す。
「猫」
 これが何を意味するか。あれだ、「お茶」と一言でお茶を出してほしいと言う意を表明する旦那と同じだ。
「分かった」
 猫に化けてやる。いつもは犬を所望するが、今日は猫の気分のようだ。
 毛並みが綺麗な白い猫、所謂獅子猫という奴だ。要望に応えて白刃に寄ると、膝の上に乗せられる。白髪の美青年と、美しい白猫、まぁなんとも絵になる事だ。
「ふわふわ……」
 撫でてその手触りで癒されている。ふわふわもこもこが好きみたいだ。覇白も、撫でられて自然とゴロゴロと喉が鳴っている。
 そんな中で鏡月も目が覚め、起きあがる。そして、既に起きている二人に笑みを見せる。
「おはようございます」
「おはよ」
「あぁ、おはよう鏡月」
 猫の覇白も挨拶を返すと、鏡月は「やっぱり覇白さんでしたか」と言った。そして、そのもふもふを触りたいのだろう。手を伸ばしかけた所で、一旦立ち止まって了承を得る。
「あの、撫でていいですか?」
「構わぬぞ」
 それから鏡月は、嬉しそうに猫を撫でる。ふわふわしてて、なんとも手触りが良い。
「ふわふわですねぇ」
「あぁ、中々いい」
 ただただ、癒された時間だった。小動物というのは癒されるものだ。覇白は二人になでなでされて、満更でもなさそうだ。
 それから一時間程してひと眠りした尖岩も起きた。起きた彼は、ついでに山砕も起こす。それで時間は、朝食の時間に大分近くなった。そろそろ封壁の誰かが呼びに来ても可笑しくない頃合いだろう。
「そろそろ朝食の時間か。白刃よ、戻ってもいいか?」
「あぁ」
 こちらももう満足したようだ。人が来る前に化けてしまおうと思ったが、まだ猫の覇白を撫でていない山砕と尖岩は、それを止めた。
「あ、ちょっと待って。俺も少し撫でたい」
「俺もー」
「少しだけだぞ?」
 ごろんとして、少しだけ撫でさせてやる。
「長毛種なんだなぁ。すっげぇもこもこ」
「ねー、あったかそう。冬毛になったらすごいんじゃない? 覇白、寒くなったらもう一回化けてみてよ」
「その前に夏だろ。夏毛の猫は細い」
「あ、それ私も気になります~」
 興味津々な四人。確かに冬はもっともこもこするだろうし、夏は少しほっそりするだろう。しかし、そんなに気になるモノかと。
 ひとしきり撫でさせた所で、人の姿に戻る。それと丁度に、封壁の弟子の一人がもうすぐ朝食の時間だと言って呼びに来た。七時の丁度十分前だ。
 食事は堅壁と同じく一つの大部屋で皆集まって食べる。さっさと着替えて、その部屋に向かった。
 そこで、ばったり幻映と緑陽に合う。
「あ、叔父さん。お仕事?」
「うん。終わらせた所だから、もう帰ろうかと」
 昨日言っていた調査の方だろう。こちらにも情報は欲しいところ。白刃は幻映に尋ねる。
「何か分かった事はありましたか?」
「うん、色々と。多分、羅宇さんから話されるだろうから。私は」
 もう帰るよ、そう言いたかったのだろう。しかし、そこににゅっと羅宇が現れる。何かを察して転移してきたのだろう。
「ここまで来て、また貴方は逃げるつもりですか」
「ら、羅宇さん、いや、その……やる事やったし、いいかなーって……」
 思ってもいなかった登場に、しどろもどろになりながら答える。甥っ子の前だからか、これでも頑張っているのだろう。
「全くもって良くありませんよ。出来るだけ直ぐに終わらせますので、もう少しだけ辛抱なさい」
「幻映様、ここまで来たらやっちゃいましょう」
 緑陽にも後押しされ、幻映はうんと言わざるを得なかった。
「叔父さん、頑張って!」
「うん。なんとかするよ、なんとか」
 あまり気は進んでいなさそうだが、彼も大人だ。呑み込んでもうひと踏ん張りいくことにした。
 二人共仕事前に軽く朝食を済ませたそうで、一緒には食べないみたいだ。会議をする部屋で待っている事になった。
 白刃達は、ご飯の為に大広間に行く。集まりお行儀よく座っている弟子達を見ると、堅壁で生活していた少し前の事を思い出す。封壁と堅壁は似ていると聞いた事があるが、確かにそんな感じだ。
 この食事風景で、堅壁と違う所と言えば、黙食が規則ではない事だろうか。しかし、羅宇の放つ空気があってか、賑やかしくはない。自分の連れを除いて考えれば。
「んー、これ美味しー!」
「ですねぇ~。これ、おかわりとか貰えないんですかね?」
「やめたれやめたれ! 料理人が泣くぜ? 色んな意味でよ」
「あ、尖岩。お前確か人参食べられなかったでしょ? 食べてあげるよ」
「おめぇが食いたいだけだろそれ! とっくの昔に食えるようになってるっての!」
 鏡月はともかくだ、山砕と尖岩は借りてきた猫状態になる事はないのだろう。
「お前等、他所で食事する時くらい静かにせんか……」
 誰も気にしている様子はないが、それでもこんな大人数の所で騒がれると怖くなる。普通の店ならまだいいのだが、今は場が違う。
 怒られないか心配している覇白に、白刃は一旦箸を置いて言う。
「大丈夫ですよ、封壁は堅壁と比べれば優しいので。ただ」
「堅壁で同じ事したら、しばかれますよ」
 その一言で、二人はすっと固まる。
 そんな綺麗な笑顔で言わないでほしい。尖岩と山砕にはその「しばかれる」の部分が「しばく」に聞こえ、それから驚く程に静かに食べた。
 食事の時間もきっかり三十分と決まっている。あまり食べ過ぎても困らせてしまうだろうと、おかわりは遠慮しておいた。
 食べ終わってから、羅宇の朝礼が始まる。軽い挨拶と今日のスケジュールについての話を数分した後に解散だ。
「あぁそうだ。本日の会議は、お三方も来てください。貴方達にも情報共有をしたいので」
 もうじき本格的に魔潜と対峙するのだろう。情報を仕入れる為に、尖岩達も話を聞きに行くことになった。
 堅壁、封壁、陽壁、陰壁の四つの影の長がこう集まっていると、その空気はかなり厳格な物に感じる。なんなら超越者よりも。いやこれを言ったら流石の彼奴も怒るだろう。
「では、先程陰壁より報告された情報を共有したいと思います」
「まず、第二組織内にて発見された人間は男性十七名、女性十四名、子ども二名の計二十三名。名簿によれば三十六名が在籍しているとの事です」
 もっと多くいる組織だと思っていた宴我は、一クラス分くらいの在籍人数に対して意外そうに反応する。
「お、意外とすくねぇんだな」
「えぇ。先程安真に確認しましたが、彼がそこにいた時も大体そのくらいの人がいたそうなので、間違いないでしょう」
「その中の長である寝心という者ですが、人でない可能性、もっと言えば、魔の者に近しい存在である可能性が極めて高い事が分かったそうです。緑陽、説明を」
 この話は見た本人がした方が良い。幻映が人前で喋る事のできる文量ではない為、緑陽に話を振った。
 緑陽はそれに応えて、皆に報告をする。
「はい。わたしと幻映様は、今朝その寝心という者に少しだけ対面しました。その時に感じられた魔は、白刃くんの言う通り通常ではあり得ない魔を持ち合わせておりました。本来でしたら、とっくに呑まれているはずです」
「自我を持つ魔の者の可能性も考えましたが、彼は名前を憶えているようですので、主に考えられるのは、彼が魔の者であり人間でもある、魔の者擬きであるという事です」
 魔の者擬きと言うのは、その名の通り魔の者に近しい人間の事。完全に落ちてはいないが、精神や力の状態が魔の者に成りかけているそんな奴等だ。
「魔の者擬き、か」
「私もそれだと思います。これも安真から聞いた事ですが、その方は彼が幼い頃から一切歳を取っていないとの事。この時点で普通の人間ではない事は確定です」
 羅宇のその意見に宴我も頷く。どんな奴でも老けていくことを、宴我はその身で証明しているのだ。
「そりゃ誰だって老けるからなぁ。しっかし、魔の者擬きとなると、ちと厄介だぞ。どう処理する?」
「救えるようなら救った方が良いでしょう。しかし、場合によっては処分せざるを得なくなります」
 やはり、そうなるだろう。大将も異議はなく、「そうだな」と頷く。
 魔の者擬きは、判定としては魔の者に堕ちかけている人間になる。その場合、救える可能性があるのだ。実際、白刃と出会う前の鏡月もそれであったが、今はこうして可愛らしい少年だ。
 魔のせいで狂っているとするなら、それをどうにか取り払えれば本来の人間性を取り戻せる。その可能性があるなら、そうした方が良い。
 しかし、問題はそれが難しい場合もあると言う事だ。
 頭を抱えている師匠達。そんな中、山砕は思い出した。
「そういや尖岩。この前あの龍の魔祓ったじゃん。あれ出来ないの?」
 なんとなく言うと、その言葉は大将達の耳にも入り、何故か納得した様子を見せる。
「そうか、お前は魔の者を操り暴れさせたと言うかの大悪党ではないか」
 大将がそう言うと、羅宇も宴我も確かにと頷く。
 この流れ、自分に何かが来そうだ。そう気が付いた尖岩は、山砕のちょっとした誤解を解こうとする。
「おい三歳児、あれは違うぞ。あいつは本当の魔の者だ。魔を祓った訳じゃ」
「しかし、あの時文積という龍は擬きと同じような状態でしたよ」
 しようとしたのに、白刃がそんな後押しをする。だから尖岩は、こいつも道連れにした。
「だったらよ、お前も魔の者浄化してたじゃん! そんでもって女の子にお姉さんだと思われていたじゃんか」
「白刃、そんな事出来たのか?」
 お姉さんに間違われた事には触れないのは、大将のちょっとした優しさだろう。
 自分の愛弟子が強いのは知っているが、魔の者を「浄化」出来るのは、余程の力の持ち主くらいだ。それは白刃も知っている。
「そんな、私はただ追い払っただけでして」
「いや嘘つけ!」
「白刃よ、それは流石に嘘だ。あれは完全に消えていただろ」
 二人に一斉にツッコまれる。
 白刃はなんだか物言いたげだが、師匠がいる手前下手に素顔を見せる事はない。
 その会話で疑問を持った鏡月が、叔父に尋ねる。
「ねぇ叔父さん。浄化って、お祓いしたり普通に倒すのとなんか違うの?」
「あ、そうだな。浄化は消えてなくなるって事なんだけど、祓うって言うのは追い出す事で、倒すのは、やっつけてその魔を一時的に潰すって感じかな?」
「そうですね。鏡月くん、魔の者は普通に倒しても完全には消えないんだよ。ただ、小さくなるって言ったら分かりやすいかな。また刺激があったら生き返っちゃうんだ」
「そうなんだ」
 疑問への正しい答えは、幻映と緑陽の説明そのものだ。
 魔の者が現れた際の対処は倒して一時的に鎮めるという手法が主だ。根本的な解決にはなっていないと思うだろうが、そもそも浄化という行為は限られた人間しか出来ない。それでこそ、四壁の長と呼ばれる立場の人でも普通に習得できるものではない行為。
「白刃、本当にやったのか?」
 師匠に真面目に問われ、それ以上の嘘が言えなくなった。
「はい。しかし、私も意識してやった訳ではなく、普通に倒そうとしただけでして。やれと言われて出来るかどうかは、ちょっと」
「それでもすげぇぞ。流石爺さんの愛弟子だな」
「えぇ。貴方の噂自体は二十年程前から伺っておりましたが、本物のようですね」
 こうなるから言いたくなかったのだが。とりあえず、笑みを浮かべておいた。
 困った白刃になんとなく気が付いたのだろう、羅宇は次に移る。
「私達が今まで潰してきた魔潜の組織は、第二組織の指示により動いていた者達である事が分かりました。第二組織より下には重要な情報は伝えてはいないようで、捨て駒であったのでしょう」
 捨て駒は捨てるためにあるのだから、いくら倒されたとて大した傷にはならない。
 そりゃいくら潰したところで一時的な減退にしかならない訳だ。
「ほー。どーりで誰に尋問しても知らないの一点張りの訳だ。かつ丼とか食わせてみたんだけどよ」
「貴方はその異世界のよく分からない風習を取り入れないでよろしい」
 かつ丼の下りは軽く掴んで、空に放り投げる。宴我のこれはボケではないのだ。
 さて、真面目な話をするとしよう。
「それで、これは私の考えなのですが」
「ずっと疑問に思っていたのです。何故こんなにも多くの人が魔に魅入られ、悪さをするのか。金銭目的の者は納得できますが、そうでもない者も多数います。そう言った人たちは、何故そんな事をするのでしょう」
「それは、寝心という者が人の魔を刺激し、増幅させているからではないでしょうか」
 羅宇の考察はそんな所だ。
 潜入捜査から戻ってきた幻映は、魔に当てられ過去の魔を鮮明に思い出してしまっていた。それと似たような手段で、上手い事利用する事も可能ではないか。そう考えた。
「堕ちない程度に魔を刺激し、それに正気を奪わせる。不可能な話ではないな」
「その線ありだな。とにかく、その寝心ちゃんをどーにかせんといかねぇ訳だ」
「そのようですね」
 兎にも角にも、まずは第二組織をどうにか処理しないといけない。やる事は何時もと同じ、ただ相手が少しばかり大きくなったくらいだろう。
 世間を護る四つの巨壁。やるべき事は一つ、己の正義を貫く事だ。魔を使って世を掻き乱そうなど、放っておいていい事ではない。
 四人の長は、心を決める。今回は白刃達五人も一緒に付いて行くのだ。超越者に言い渡された、彼の長男の問題を済ませる為。全くもって情報がないが、きっとこれでそれも分かるだろう。
 何処にいるか、そして本当に悪さをしているのは彼なのか。疑問は沢山あるのだ。
 四壁は待っている弟子達を連れて集合する為に、一旦自身の屋敷に引き返そうとする。その丁度だ。
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