楽園遊記

紅創花優雷

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中編

覇白の夢

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 外は雪が降っていて、地面が一面真っ白だ。寒さなど物ともしない子どもたちは、珍しい雪にはしゃいで、龍の姿で飛び回る者もいれば、人に化けて雪遊びをしている者もいる。
 部屋の中はとても暖かい。寒いのは嫌だが、自分も少し、遊びに行きたかった。しかし、そうはいかない。だって、自分は王子なのだから。何かあったら、父親が困ってしまう。
 だからこうして今日も一人遊んでいる。そろそろ新しく買って貰った玩具にも飽きてしまった。
 カーペットの上に横たわる。普段なら「はしたない」と怒られてしまう事だが、今は怒る人はいない。ここにあるのは我が身と喋らない玩具達のみだ。
 そんな所で、とんとんと扉がノックされ、慌てて姿勢を正す。
「坊ちゃん。龍王様と第一王子様がお帰りになられましたよ」
「ほんと?」
「えぇ。行きましょうか」
「うん!」
 使用人の彼と一緒に、帰って来た二人を嬉しそうに出迎える。
「おかえりなさいませ、お父様、お兄様」
 司白は覇白に気が付くと、その視線に合わせてしゃがみ、微笑みながらその子の頭を撫でてやった。
「ただいま、覇白。ちゃんとご飯食べてた?」
「はい!」
 元気なお返事だ。統白は元気そうな子供の様子に安心し、一つ頷く。
「うむ、大事なさそうでなにより。覇白、土産は青羽に渡しておる、部屋に戻ったら遊ぶと良い」
「ありがとうございます、お父様」
 嬉しそうな覇白。明日は遊んでくれるのかなと考えているのが二人にも伝わり、申し訳なさが沸き上がった。
「あぁ。……覇白。すまぬが、明日からまた少し開ける事になった。いつ頃帰りになるかは分かり次第連絡する」
「そうですか……分かりました」
「折角帰って来れたのに、一緒に遊んであげられなくてごめんね。次の仕事が済んだら私達も母上も少し休みが出来そうだから、そうしたら皆でお出かけしようか」
 その提案に、しょぼんとしていた覇白の表情が明るくなる。
 次のお仕事が終わったら、家族皆の時間が出来る。皆で遊べる。それがどれ程嬉しい事か。彼は元気よく返事をする。
「はい!」
 また行ってしまうみたいだが、今日は家にいるみたいだ。二人共疲れているようで、遊べはしないが夕飯は一緒に食べられるだろう。しかし、それだけで嬉しい。
「坊ちゃん、お土産が何か知りたいですか?」
「うん、知りたい」
「では、お部屋に戻りましょうか」
 小さい覇白は、先程の使用人と一緒に部屋に戻る。
 すたすたと去って行くと、見られないとは分かっているがなんとなく隠れていた二人が、柱の影から出てくる。
「やっぱ身長やべぇ奴にも俺より小さい時期があったんだなぁ」
 いつも物理的に見下してくる高身長野郎共を思い出し、そして今の白刃に目をやる。子どもの時なのだから、そりゃ勿論自分より小さい。
「……なんだ?」
「ずっとそのままでいいんじゃない?」
「断る」
 尖岩の意図は伝わったらしい。ここまで即答をかまされると清々しいモノだ。
 まぁそんな事はともかく。これは覇白の夢の中、正確に言えば夢ではないのだが。起こしてやらなければいけない。
 部外者が城の中を歩いていたら大変な事になるが、やはり向こうはこちらには気が付かない様子。覇白の部屋まで難なく辿り着き、中に入った。
 使用人は仕事に戻ったようだ。覇白は一人で新しい玩具で遊んでいる。
 先程、白刃に声を掛けた所、白刃はいつもの白刃に戻った。と言う事は、この場合も話しかければいいのだろう。
 尖岩は後ろから肩を叩き、呼びかける。
「はーびゃーくっ」
「うわっ! だ、誰? なんでここに入れるの?」
 この反応からして、これだけでは駄目なのだろう。さて、なんて説明したものか。
 言葉に詰まっていると、幼い覇白はそれを察して話を切り替える。
「まぁ、いいや。ねぇお兄さん達、一緒に遊ぼ。私一人じゃつまらないんだ」
 積み木の一つを尖岩と白刃に渡す。どうやらお土産というのは積み木だったようだ。所謂、知育玩具と言った所か。その気になればパッケージの写真と同じく、龍も作れるみたいだ。とは言え、流石に子どもにこれはレベルが高すぎるが。
 一人で黙々と出来る玩具ではあるが、やはり誰かと遊びたいのだろう。白刃は覇白をじっと見て、一つ尋ねる。
「友達とかはいないのか?」
「ちょ、白刃」
 答えを知っている問いをするものではない。何を訊いているんだと尖岩が口を挟もうとすると、小声で「黙ってろ」と言われる。
 そんな事には気付かずに、覇白は質問に答える。
「いないよ。下手に行動して何かあったら、お父様を困らせてしまう。私、これでも王子なんだ」
「そうか」
 王家の事情は良く知らないが、粗方想像は付く。白刃は軽い返事をして、積み木を積む覇白を横目で見た。
 王子だろうと子どもは子どもだ。自制はしているようだが、やはり一人は寂しいのだろう。本人は気付いていなさそうが、全て表情に出ている。
「友達かぁ。私にも、いつか出来るかな」
 そう、控えめな声で話した。
「ま、大体六百年後くらいだろうな」
「その時には、今のお兄様と同じくらいの年齢か。遠いなぁ……」
 小さな覇白は、突然出された大きな数字に苦笑い、思いつく。
「あ、そうだ! ねぇ、お兄さん達。友達、なろ!」
 伸ばしてきた手を取り、白刃はその頭を撫でる。そうすると、まるで褒められた犬のように素直に喜ばれた。
「覇白」
「なに?」
 呼ばれると、こてんと首をかしげて答えてくる。純粋無垢な子どもに、白刃は言った。
「馬になってみろ」
 それはもう、何の脈拍もない突然の要求だった。
 覇白はぽかんとなり、自分が何を言われたかを脳内で処理する。そしてその言葉の意味を理解すると、顔を赤くして白刃の体を叩いた。
「こ、こんな所で何を言うのだ貴様は!」
「あ、戻った」
 まさか馬になる事を命じられて戻って来るとは。尖岩が驚き混じりに声を出すと、覇白も自分の明らかに小さい体に気が付く。
「おかえり」
「えっと、ただいま?」
 状況把握が追い付かないが、おかえりと言われたらただいまと返すのが道理だ。立ち上がって歩こうとすると、幼体のバランス感覚が掴めずに、二人の前で盛大に転げてしまった。久しぶりに感じた転んだ時の痛みと、心身共に幼い頃に戻っていた事もありそれだけで泣きそうになる。
 しかし、中身は大人に戻っている為、泣くのはプライドが許さなかった。それは、傍から見れば子どもが頑張って泣くのを堪えているかのようだろう。
 そんな覇白を目に、白刃は言う。
「なんか、虐めたくなるな」
 今すぐ実行に移しかねない雰囲気だったが、流石に今は自重してくれるみたいだ。言うだけ言って、先に急ぐ。
 必死にとてとてと付いてくる覇白がなんとも可愛らしかった。しかし、途中で本人もわざわざ歩く必要はないと思い出し、龍の姿に化けて白刃の横を平行して飛ぶ事にした。
 白刃から「なんだ、可愛かったのに」という残念そうな声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
 知っている龍よりも大分お手頃サイズの覇白と一緒に、次の夢に入る。夢と夢の繋ぎ目を超えると、また次の記憶の中に入った。
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