楽園遊記

紅創花優雷

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前編

天ノ下の在処。

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 その電撃は、勿論覇白まで届いていた。
「いっ……白刃だな」
 飛行中にしてくるとは。下手に動くなと言う咎めか、いや、これは何となくだろう。上に誰か乗せていたら落としてしまう所だった。
 まぁそれはともかくだ。場所に付いては目星がついてきた気がする。進んでいるうちに勘が確信に進んでいるのだ。
「これが龍の本能か」
 気ままな自由人の主を探し出すために最初の龍が身に着けた技術。彼はこれからも龍は超越者に仕えるだろうと考え、その技術を潜在能力とし遺伝子に刻み込んだ。また、主に従う本能も彼が遺伝子に組み込んだもの。龍が独立した種になるとは考えてもいなかったのだろう。
 とはいえ、それでも尚振り回されるのだ。龍の元祖が刻み込んだそれは良い判断だったと思う。お陰で自分は犬に化ける羽目になったのだが。
 飛んでいるうちにそれが近くなってくる。そして直ぐに、眩しい光と共に視界が白く染まると、その場所にたどり着く。
 ここが天ノ下だ。訊いていた通りの場所だなと思いながら奴を探す。すると、その横を知らない奴が通り過ぎた。おそらく、人型の時の自分よりも大きいであろう巨体だ。
 知らないが、ここにいると言う事は超越者の関係者で、遺脱者だろう。
「おい、そこの者。超越者は知らぬか」
 声を掛けると、そいつは振り向く。
「お、超越者なら向こうにいるぜ」
「分かった。ありがとう」
 礼を告げ、言われた通りの方向に行こうとすると、そいつは笑顔で言葉を返す。
「おう、じゃあな覇白」
「あぁ。……?」
 今、名前を呼ばれたような。気のせいか、もしかしたら知り合いだったか。気になるが、追って確かめる程でもなかった。
 言われた方向に向かうと、超越者がいた。確かに、いたにはいたのだが、そこにはもう一人いた。
 その子は覇白を目にして驚いた様子。予想外の事に覇白も固まっていた。
『あ、覇白。一人?』
「あ、あぁ。私が先に場所を見つけてそこに向かう事になってだな。そんな事よりもだ、その子はどうした」
『この子? この子はねぇ、最近拾った子!』
 肩を抱き、自慢気に見せてくる。そう言えば前に新しい事拾ったとかなんとか言っていたっけか。確かに変わり種だろうと言う感じはする。
 むやみやたらに拾うもんじゃないと思いつつも、覇白は挨拶をする。
「私は覇白。見ての通り龍だ」
「えっと、おれは」
 向こうも名乗ろうとした所に、超越者が割り込んできた。
『名前は言っちゃダメだよ? 君はまだこの世界の人間じゃないんだ』
「この世界の人間ではない?」
『うん。異世界の子だからね。ほら、服にしろ見た目にしろ、どう見てもここの子じゃないでしょ』
「確かに」
 言われてみればそうだ、この世界の者ではないのは見て分かる。
 異世界か。ついにそこまで手を伸ばしたかと、関心半分呆れ半分。まぁそんな事は良くてだ。
「超越者。今から白刃達に場所を報告してまた向かう。場所を変えるでないぞ」
 釘をさしておくと、超越者は笑う。
『分かった分かった。流石の僕でもそんな意地悪はしないよ』
 あまり信憑性が無いのだが。用が終わった為急いで戻ろうとすると、超越者はついでにと引き留める。
『あ、そうだ覇白』
「なんだ?」
 超越者は、珍しく真剣な顔をしている。
『今も昔も世界は魔潜みの世、魔は何処にでも沸いてくる』
『いいかい? 気を強く、そして、自分の名前を忘れないように』
「あぁ分かった」
 念のため注意しておく事にして、覇白は天ノ下から去る。寄り道はせずに、真っ直ぐとだ。白刃に逃げた判定をされたら後が怖いから。
 その最中、前方方向から黒龍のような何かが襲い掛かって来る。行き以上のスピードを出したせいだろう、反応が遅れそれに纏わりつかれた。
「な、なんだこれは! っく……離れろ!」
 気持ち悪い。その一心で暴れ、それを振り払おうとしているが、まるで効果はない。
 黒龍のように見えるそれが、覇白の体に牙を立てる。
「いっ……な、なんだ貴様は!」
 それは答えず、そして喋らない。だが、その一瞬で出来た隙をついて距離を取る。
 そして気が付いた。これは、黒龍ではない。龍の形をしているが、それはまるでその影だけを切り取られたような、ただの黒い靄だ。
 そしてもう一つ。これは、魔の者だ。龍で魔の者に堕ちたとされるのは、たった一匹だけ。
『我は……』
 その靄から、渋い声が引き出される。長年言葉を放たなかったような、しゃがれた声だった。覇白は逃げようとしたが、こいつが何を言おうとしているのかが気になり、耳を傾ける。
『我は、誰なのだ』
 小さい声で呟くと、その様子が急変する。
『若き龍よ! 我の事が分かるか!? 我は誰だ、何故肉体を持たぬのだ!』
「あ、そ、その……私も、貴方の名前は分かりかねる。しかし、肉体を持たぬのは、貴方が魔の者であるからで――」
 魔の者、その言葉に明らかな反応を見せた。しかし、それは良くない方の反応で、その言葉を聞くや否や、理性が失ったように再び覇白に襲い掛かろうとした。
 これは不味いと、覇白は全力で走る。だが、相手も龍だ、自分と同じくらい速い。しかも頻りに攻撃もしてくるではないか。それを避けながら、白刃達の所へ戻っていくが、その途中で、今この状態で帰ったら不味いと思い、咄嗟に引き返そうとする。
 幸い、覇白は龍の中でも持久力がある方だ。その時。
『っ――!』
 一発の激しい銃声と共に、龍の呻き声が聞こえる。音のした方向を見ると、鏡月が撃ったようで、四人が栗三号に乗って来ていた。
「覇白さん! 大丈夫ですか?!」
「お前等! 何故ここに」
「そりゃ、おめぇも白刃のモンだからだよ! いいからこっち来い! そいつ、魔の者じゃねぇか!」
 色々と言いたいことはあったが、今は尖岩の言う事を聞くことにした。そちらに行くと、白刃に額に触れられ、一瞬で体が小さくなった。実に手のひらサイズだ。こんな事も出来るなんて、知らなかった。
 心の中で呟くと、すっと懐にしまわれる。ここで大人しくしてろとでも言いたいのだろう。
 少しだけ顔を出しながらも、大人しくしている事にする。
「待ってろ、俺が一回話して来るから」
 尖岩は栗三号から飛び降り、龍の上に立つ。魔の者に実態はないはずだが、陰の上に乗り、問いかける。
「おーい、聞こえるか魔の者。あまり暴れない方が良いぜ」
『黙れ黙れ黙れっ!! 我はっ、堕ちてなどいない!』
「諦めろ、お前はとっくの昔に死んでいるんだ。何でそこに意識が戻っちまったか知らんけど、いい加減眠った方が楽だぜ?」
 魔の物を誑かした事があるだけある。尖岩が諭すように話すと、龍の抵抗が少しだけ弱まる。
『……嫌だ。我は、生きていたい』
「ふーん。だけどよ、そんな体で生きてどうなる? 魔の者は人間に狩られて終わるだけだぜ。龍的にそれってどうなのよ?」
『……』
 龍は黙り込んでしまった。しかし、まだ諦めたくはないようだ。
 魔は記憶と連結している。黙っている龍に手を当てそれを感じ取ると、へぇと声を漏らす。どうやらこの龍を呑んだその魔は、「恨み」のようだ。
「ふーん。人間に息子殺されて、それで復讐したら止まらなくなってそのまま堕ちた、と。なるほどなぁ」
「なんだ、復讐は終わってるじゃん。今更何に執着しているんだ?」
 言ってやると、龍は少しだけ反応を見せる。
『そうか。我はもう、終わらせていたのか……』
「そゆ事」
「そんで。名前、思い出せた?」
 その時、少しだけ魔が晴れ、元の龍の姿が見えた。
 美しい青い鱗が覗き、その実態が現れた。
「我は……」
「我の名は、文積だ」
 その名を口にした時、その魔は完全になくなり、そこには魂だけが残る。そしてその魂も、直ぐに姿を消した。
 消える前に栗三号に戻る。
「終わったぜ白刃」
「あぁ。よくやった」
 白刃は懐から覇白を出してやり、大きさを元に戻す。
「お、見ろよ覇白」
「なんだ?」
 尖岩が握っていた手を解き、覇白にも見せてくれる。それは、青い龍の鱗だった。
「あの龍がお礼にくれたのかもなぁ。お前にやるよ、同じ龍だし、何かしら使い道思いつくだろ」
 自分は光物への類いには興味は皆無なため、高級品とも言われる龍の鱗にもまた興味が無い。覇白は同じ龍だしと思ったのだ。
「使い道と言ってもな。売って金にするか、擂って薬にするかくらいだぞ」
「まぁ普通に綺麗だし、お守り代わりに持っててもいいんじゃない?」
「いいですねぇ、そういう髪飾りとかありますもんね」
 会話を交わしながら、栗三号と覇白は地上に降る。元居た岩山の付近に降り立ち、覇白は人の姿に化けた。
 久しぶりにあんなに飛んだから、少し疲れた。岩に腰を下ろすと、山砕からどこで買ったのか饅頭を渡され、ありがたく頂く。どうやら栗饅頭のようだ。
「それで、天ノ下はどうだった」
「あぁ、間違いなくあったぞ。動かすなとは言っておいたから、多分大丈夫であろう」
「方面は?」
「覚えている。基本は西方面だ」
 その方向を見る。歩いていくにはそこそこ遠い場所だろう。しかし、己の背に乗せて向かうにしても、大幅に速度が落ちる事を考えると時間がかかるだろう。それに、流石に四人を乗せて飛ぶのは心臓に悪いのだ。
 答えると、白刃が褒めてくれた。
「よくやった」
 そして飼い犬や子どもを褒めるように撫でられる。しかし覇白は犬ではないし、子どもでもない。
「確認しておくが、私はお前の犬ではないぞ」
「俺の龍だ」
「それならいいのだが」
 言ってから、あまり良くないんじゃないかなぁー? なんて思ったが、気にしない事にした。龍として見られているだけまだいい。まぁ、玩具とも思われているのだろうが。
 休んでいると、鏡月が先ほど使った銃の残り弾数を確認していた。
 使われるのは初めて見たが、粗方見た目で読み取れた物と同じだろう。
「それにしても、鏡月。お前その武器の扱いに慣れているのな」
「えぇ。ずっと使っていた物と同じ奴でしたので。便利ですよ、接近しなくても殺せますしね」
 そう話すと、近くにあった木に一発かましてみる。木葉を狙ったのだろう、少し逸れて枝に当たる。それから「少し腕は落ちちゃいましたが」とはにかんだ。
 すると、尖岩と山砕が白刃の背後に回って、震えている。
「あれ、どうかしましたか皆さん?」
「お前、怖いよ」
 尖岩が答えると、山砕も頷く。
 先程は魔の者に気を取られて鏡月の事は見ていなかったが、顔がガチだった。本気で殺しにかかっている顔だった。殺されると本能的な危険察知だ。
 しかし、鏡月は銃で怖がらせたと思ったのだろう。咄嗟にそれを隠した。
「え、あ、すみません!」
「だ、大丈夫。ちょっとショックが大きかったけど」
 いつも通りの鏡月を見て、山砕は内心安心していた。そうこれだ、鏡月はこれなのだ。
「鏡月、もう一個饅頭いる? さっきと違う味」
「いいんですか! 頂きます~、これ美味しいですよね」
 あげてやると、無邪気な子どものように喜ぶ。やはり子どもは笑っているのが一番だ。とは言え、鏡月は子どもと言う年齢ではないかもしれないが。
 そんな中で、白刃は考えていた。魔潜に使われていたのであろうその数年の時間は、鏡月は鏡月であり鏡月ではなかった。思考の寄生虫と言うのはそういうモノだ。少し格好つけて言うのであれば、もう一人の自分が生まれると言ったところか。
 いくら寄生虫が作り出した人格だとしても、それが存在していた事実は確かに脳に刻まれている。
 その間に起こった事や、それに抱いた感情もはっきりと思えているはずだ。しかし、それは別の自分が感じた物。寄生虫が無くなり主人格が目覚めると、それが本来抱くはずの感情を持つ。よってその数年の間のみ、自分が二人いると言う事になる。
 そして、脳に刻まれた自分であって自分でないそれは、表立ちはしないが意識の奥深くには残っているはずなのだ。それが蘇る可能性は極めて低いが、可能性がない訳ではない。何かをきっかけに、再び現れるかもしれない。
 何かきっかけがあれば蘇るかもしれない。その何かは、鏡月の場合銃を撃つ事なのではないか。彼の言う事から考えれば、彼が銃で人を殺させられていたことは察しが付く。確かに鏡月は、銃を構えた時に人が変わっているように見えるのだ。
 万が一にでもその人格が本格的に目覚めた時、一体どうなるのだろうか。
 白刃は饅頭を頬張る鏡月を目に、彼を呼び掛ける。
「鏡月」
「はい、何ですか白刃さん」
「それ、あまり撃つな。緊急事態でも、他に策があるならそっちを使え」
 注意しておくと、未だに背後に回っている二人がうんうんと頷いた。
「子どもに汚れ仕事させる訳にもいかんからな! 俺に頼れ、な?」
「そうそう! こう見えて俺等、結構戦えるからさ!」
 まぁこの二人は怖がっているだけだろうが。
 鏡月は理由までは汲み取っていなさそうだが、白刃の忠告には素直に応じた。
 覇白ももう問題ないと言う事なので、天ノ下があった場所まで向かう事にしよう。幸い、超越者は道を動かさないでくれるみたいだし。あとは向かうだけ、なんとも簡単な事だ。簡単な事、のはずなのだが。
 ここらで改まって告げておこう。これは、彼らの楽園への遊記である。
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