楽園遊記

紅創花優雷

文字の大きさ
上 下
11 / 87
前編

龍と超越者

しおりを挟む
 尖岩は驚いていた。何に驚いたって、鏡月の胃袋の大きさだ。山砕が大食らいであることはとっくの昔に知っているが、鏡月に関してはその細い体の何処にそんなに収納できるのかが分からない。
 何て言ったって、先ほど饅頭をたらふく食べていたと言うのに彼が注文したのは味噌ラーメンのメガ盛りだ。思わず店中で「嘘だろ!」と言ってしまったではないか。しかも、それをとても美味しそうに食べている。完食くらいは余裕であろう。
 そして、隣の白刃は逆に少ない。醤油ラーメンのミニだ。これはあまり食べられない小さな子どもが頼む奴だろう。しかしそれで腹いっぱいのようだ。
「何お前等、極端」
 そう呟いて、自分が頼んだ餃子半人前を口にする。見てみれば、覇白が食べているのは普通の炒飯だ。なんだ、こいつは普通の胃袋かと謎の安心感を覚えた。
 覚えたのだが、その矢先に覇白は手を止める。
「うむ……やはり普通盛では多かったか。山砕、もしくは鏡月。残り食べてくれないか?」
「いいのですか? ありがとうございます~!」
「お、食べる食べるー」
 どうやら普通の胃袋の持ち主は自分だけのようだ。何だろう、おそらくこの中で一番ヤバい事をしでかしたのは自分だと思うのだが、自分がとてもまともに思えてくるこの錯覚。
「尖岩」
「んー、どした白刃」
「これ食べてみろよ」
 見せられたメニューの中で、白刃が指さしていたのは「王が認めた最高峰の辛さ! メガ盛りを完食出来た方には、もれなく二千円分の商品券プレゼント!」と大きく書かれている麻婆豆腐。はっきりと断言できる、食える訳がないだろうと。
「白刃、何をどう思って俺に食わせようと思ったんだ?」
「面白そうだから」
 その理由に関しては案の定の為、何も言わなくていい。
 何も言わずに視線を逸らし、拒否を示した。
 その時、ふとドアベルが鳴り、店員たちが一斉にいらっしゃいませと言う。客が店に入ると、カウンター側の店員の一人があっと声を上げた。
「第一王子ではありませんか! よくぞいらっしゃいました」
 その声を聞いた途端、覇白は立ち上がって入口の方を見た。
 第一王子、それはつまり龍王の長子。覇白から見れば、兄に値する。
「あ、覇白! やっぱりここいたか」
 司白は弟を見つけると、嬉しそうにそこに向かう。
「兄上、どうしてここに」
「丁度ご飯の時間だからね、ここにいるかなーって思って。隣失礼するよ」
「あ、はい。どうぞ」
 開いているもう一席に座って、司白は白刃達に挨拶をした。
「どうも初めまして、私は龍ノ川の第一王子、司白と申します。弟がお世話になっております」
 顔は似ているが、覇白とは違うタイプのようだ。尖岩は兄弟を交互に見て、あぁ兄弟だなぁと感じる。
 白刃からこちらも名乗ろうとしたが、それより先に司白が喋る。
「迷惑かけていません? この子ったら、いい子なんですけど如何せん騙されやすい子でして。子どもの頃何て、家臣の冗談を真に受けて大泣きしちゃって。よからぬ輩に騙されないよう、その辺りは注意してくださいね。あと、この子炒飯が好きなんですけど」
「ちょ、ちょと兄上! そんな事話さなくて大丈夫ですから」
「別にいいだろ、これからもお世話になるのだからね、知っておいてもらわないと」
 弟話をしたくてたまらない事はそれだけでも伝わってくる。そして覇白の慌てもしっかりと。それを理解したうえで、白刃が言った。
「第一王子、そちらの話、詳しくお願いします」
「これに関しては本当によしてくれ白刃」
「んー、そんなに恥ずかしいかい? あ、じゃあまたこの子がいない時に」
「あぁ、まぁそれなら……」
 それならいいやと言おうとしたが、よくよく考えてみればよくない。全然よろしくない。もう、兄が無駄に語りださない事を願うしかない。
「あ、そうだ! 弟がお世話になっているお礼です、皆さんが食べた物奢りますよ。こう見えて王子ですので、お金の方は腐るほどあるのですよ」
「よろしいのですか?」
「えぇ、腐るほどあるので」
 あまりそこは強調しない方が良いと思うが、誰も何も言わなかったからスルーした。腐るほどあるのは事実なのだろうし。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
「えぇ」
 会計は一回のご飯代と考えると結構行っているが、大丈夫なのだろう。伝票を見ても顔色一つ変えなかった。
 懐からお金が入った袋を取り出し、そこから紙幣を八枚と小銭をいくつかを出して、伝票と共に店員に渡す。その後に、白刃を見て話し出した。
「父上を説得できるなんて、凄い方です。父上は龍王たるもの、誰がなんと言おうと仕事に私情を混ぜようとしません。今回も、私情を無視し続け、私の話さえもも聞いてくれなかったと言うのに……」
「失礼かもしれませんが、白刃さん。ご両親のお名前を教えていただけないでしょうか」
 その問いに、白刃は少し考えてから答える。
 両親の名前は、幼い頃に師匠から聞いたくらいだから、すっと出て来なかったのだ。
「確か……父が春風、母が桜花だったと思います」
 その名を聞いて、司白は驚きと懐かしさを両立させた反応を見せた。
「春風くんの! あのちまっこかった幼子が子を残していたとは。これは感慨深い」
「お知り合いで?」
「えぇ! 覇白も覚えているだろ? あの子だよ、華玉叔母様の息子くん。幼い頃はよく遊びに来てたじゃない」
 言われて覇白にもピンときた。確かに今、ばっちし重なった。今まで気が付かなかったのが可笑しいくらいだ。
「そう言えば、あやつと似ていますね!」
 確信出来たところで、司白は不思議そうにしている白刃に告げた。
「道理で。白刃殿、厳密に言えばですけど、貴方、人の子じゃないですよ」
「春風くんは、私達の叔母と人の子の間に出来た子供です。ですので、貴方から見て私達は従伯父になります」
 父の母の姉の息子、要約すれば大叔母の息子に値する、つまりは従伯父だ。となると、白刃は龍と人のクォーターになる。人の子と呼んでも大間違いではないが、正確に言えば正解ではない。
「お前、そうだったのか?」
 白刃は驚いている様に見えなかった。知っていたのかと思ったが、本人も初めて知ったようだ。
「いや、俺も初めて知った」
 よく見れば、白刃もその事実には一驚しているように見える。
 どう思い返しても、そんな話は聞いたことはない。両親と顔を合わせた覚えはないのだから、知る由もないのだが。
「これは、父上と母上にも知らせなければ。覇白、用があったら城に来てくれれば私も父上もいるからね」
 司白は嬉々として飛んでいく。従弟に息子がいたことが嬉しいのだろう。もしも、その従弟が既に死んでいると知ったら、彼は悲しむだろうか。
 そんな事を関揚げていると、覇白がこちらをじっと見ている事に気付く。言いたいことはその表情で粗方伝わる。
「気が付かなかったのか?」
 訊いてみると、覇白は小さく笑う。
「気が付かなかった。春風はお前とは全く違う性格だったし、私が最後に奴の顔を見た時は、は、奴もまだ子どもだった」
 それにしても、血縁か。覇白は白刃を見て思った。確かに白髪は白龍一族の特徴の一つで、言われてみれば違和感のある話ではない。
 春風。幼い頃は一カ月に一回くらいの頻度で遊びに来ていたが、最後に顔を合わせたのは、何時頃だったか。
「そうだ、春風は元気か?」
 訊くと、白刃は迷う素振りもなく答える。
「元気も何も、とっくの昔に死んでるぞ」
 これは、質問を間違えた。
 年数だけを考えれば、人の子でも生きていてもなんら変な話ではないが、人の子も何時何処で死ぬかも分からないのだ。
 無神経だっただろうかと、覇白は口にしたことを後悔する。
「すまない、そうとは知らず」
「問題ない。記憶にない者は最初からいないと同じだ」
 謝ると、白刃は特になんとも思っていなさそうに返答した。それを聞いて、尖岩があーと声を漏らし、同意する。
「それ分かるわ。俺も両親なんて見た事ねぇもん、んなもんいないと一緒だよなぁ」
「確かに。俺も見た事も聞いたこともない」
 尖岩と山砕に至ってはそもそも存在も知らないのだ。生物としては当然、いるにはいるのだろう。しかし、記憶にない時点でそれは自分を「作った人」であり「親」ではない。
 白刃からしても似たようなモノで、もしもの仮定をした事はあるが、見た事のない者の死は悲しめない。ただ思う事があるとするなら、「会ってみたかった」と言うちょっとしたないものねだりだ。少なくとも、そうであると思っている。
 店から出て、ふと白刃が言う。
「そう言えば、天ノ下の事訊き忘れた」
 それによって、四人とも同時にそれを思い出した。
 さっき司白がいたのだから、訊けば良かったのに。見事に忘れていた。
「誰か一人は覚えていろよ……」
「すみません、ご飯が美味しくてつい」
 帰る前に思い出してよかった。その一言に尽きる。
 仕方ない、もう一度龍王に会いにいくとするとしよう。一行は城の方へ向かった。
 四人の会話を聞き流しながら歩いていると、尖岩の肩にいた小猿が白刃に飛び乗って、その場に落ち着く。
「あーわりぃ白刃。ほら猿吉、戻ってこい」
「ウキャー、キャ、ウッキー」
 猿は何かを尖岩に言う。その言葉が何を伝えようとしているかは全く分からないが、尖岩の反応を見れば大体わかる。
「あのなぁ、俺が小さいんじゃないくてそいつがデカいんだって」
 どうやら身長の事を言われたみたいだ。粗方「お前は身長が低いから、もっと高いところから景色が見たい」とでも言われたのだろう。
「ウッキィ?」
「余計なお世話だっての!」
 猿に煽られている。山砕がそれにツボって笑うと、猿もキャッキャと笑う。
 猿をつまんで尖岩に返すと、猿は少し不満げに声を上げが聞かなかった事にした。
「いつも同じ猿なのか?」
 白刃が訊くと、尖岩は肩の小猿を撫でながら答える。
「大きさが同じなら同じ奴だろ。な、猿吉」
「キー」
 小猿はそうだと言いたげに頷く。この反応から、この猿は猿吉でいいのだろう。
 猿吉を片手でコロコロしながら、尖岩は考える。
「しっかし、相変わらず超越者の奴は何考えてるのかわかんねぇな。なんで俺等で天ノ下に行くんだ」
 ちょっとした、いや結構大きい疑問だ。
 場所を知ってそこに行くのは別に構わないのだが、そもそも何故だと言う話。超越者は昔から重要な所まで省く。例えば、「明日は大事な客人が来るから部屋を綺麗にしておけ」という事を、「部屋綺麗にしておいてねー」だけで済ますのだ。それでどう客人が来ると言うところまで読み取れと。
 だから、今回の件も何かあるはずだ、「天ノ下に来い」の文の前に、何か大事な要件が入っているはずなのだ。それは分かるのだが、肝心なその何かが分からない。人選もよく分からないし。
「まぁ、行けば分かるだろ」
 白刃のその返答は適当なものだが、実際そうとしか言えなかった。
 これも行けば分かる事だ。場所さえ分かれば九割終わったような物だろう。
 しかし、白刃が思っていた以上に、超越者は気まぐれの自由人のようだ。
 城に付き、王のもとに訪れる。そして肝心な要件を言ってみると、龍王はこう答えた。
「うむ……何といったらいいか、天ノ下への道は、奴の気まぐれで変わるのだ」
「え?」
 道が気まぐれで変わる。それは、どういう事だと。山砕が声を漏らすと、続けて王は溜息を付く。
「超越者はその名の通り、全てを超越する者だ。通ずる道もまた奴の思い通りに変わる。あの方は自由人なんて言葉では示しきれぬ。この私がどれ程奴に遊ばれるか……」
 半分彼の私情が混ざっているが、これが答えだ。場所と言う場所を表すことは出来ない、何故なら気まぐれで変わるから。だから何処にあると訊かれても、誰も答えられないのだ。
 しかし、それでもそこへの道を見つける方法はある。
「天ノ下の場所を探し当てるのに必要なのは、龍の第六感。簡単に言えば、勘だ」
 一見ふざけているかのような回答だが、彼は至って真面目だ。
 どういう事かと疑問符を浮かべている一向に説明する。
「本来、龍は超越者の使いとして作り出された種だ。ちょこまかちょこまかと姿を消す超越者を見つけ出せるよう、奴の気配を直感的に見つけ出す勘を持っておる。それでどうにか探し出している」
「覇白、覚えているであろう。昔、超越者が訪れた時『今からかくれんぼするぞぉ~、僕が隠れるから探してね! 一時間以内に見つけないとお仕置きしちゃうぞぉ~』とか言って範囲制限なしのかくれんぼを始めた事を」
「あんな無茶な条件をクリアできたのは、この龍の勘のお陰だ」
 それは考えるだけでも途方もないかくれんぼだ。龍ノ川だけならまだしも、そこも超えてなおかつ一時間以内。考えたくもない。
 つまり、それと同じ要領でやれと言う事だ。勘を頼りに、超越者を探せと。
「私がどれ程苦労したか……。かくれんぼと言うから一所にとどまっていればいいモノを、あ奴はそんな時でもちょろちょろちょろちょろと動く。もう少し大人しく出来ないものなのか。あれはかくれんぼではなくかくれ鬼であろうが……」
 これはただの愚痴だ。
 なんだろう、とても後先が大変な気がしてきた。最も、それを感じたのは覇白であっただろう。これから父が言う事は容易く想定できる。
「とにかくだな。覇白、お前の勘で進め。そしたらそのうちたどり着くであろう」
 荷が重いなぁと思いたいところだが、王子として龍ノ川にいるよりかは重くないかなぁなんて。まぁ第二王子なわけだが。しかし、この場合どちらが重いと言うのはあまり関係なく。何て言ったって、今この状況においてしていい返事はたった一つなのだ。
「分かりました」
 返事をすると、王は一瞬の間を開けてから「うむ」と頷く。過去の心労が再び脳裏に過り、何もしていないと言うのに疲れがのしかかって来たのだ。そんなことは知らずに、彼等は礼を言って去って行った。
 龍もとっくの昔に独立した種となったはずなのに、超越者やその類いの者たちに振り回される宿命は変わらぬようだ。
『やっほー、統白! 遊びにきたよ~』
 耳に届いたフランクな声。聞かなかった事にしたかったが、それは叶なわなそうだ。
しおりを挟む

処理中です...