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イシュラヴァール拾遺
番外編 東方異聞 中編
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【63 星空】と【65 奴隷市】の間くらい。
*****
船から飛び降りたタリムは、港の明かりを目指して泳いだ。
レーの港に泳ぎ着くと、腕に結びつけていた靴紐をほどいて、靴の中の水をあけ、履いた。そして目星をつけた酒場のドアを開けた。
「おいおい、誰かと思ったら、タリムじゃねぇか」
「久しぶりだね、キャプテン・ドレイク」
真っ先に目当ての人物に会えて、タリムは自分の幸運に感謝した。ドレイクを探して夜のレーを歩き回る体力は残っていない。
「しかし、なんて格好だ。奴隷船狩りに遭ったって聞いたが、船から放り出されでもしたか?」
ドレイクは、頭の天辺から足の先までずぶ濡れのタリムをしげしげと見た。
「いや、自分で降りたのさ。もうあの船に用はなくなったからね」
「強がるねぇ。で、お前さんの船は今どこだ?」
「強がるもなにも、船はカナン自由民に乗っ取られて、沖に停泊してる。奴隷商人は廃業だよ。悔しいけど」
「何も廃業するこたねえだろう。どういう心境の変化だ」
「別に。飽きただけさ。それよりキャプテン・ドレイク、明日、ここは戦場になるぜ」
「なんだって?」
「カナン自由民が奴隷市を狙ってる。奴隷市に向けて、レーには千人からの奴隷が集まっているだろう。それをそっくり解放する気だよ」
ドレイクがヒュウっと口笛を吹いた。
「おいおい、聞いてねぇぞ」
「明日、あっちの幹部から接触があるはずだ。奴隷市が襲撃されたら、市長が黙っていない。恐らく王都に兵を要請するだろう。おいキャプテン、あんたはどっちにつく?」
「そりゃあ俺は海賊だからな。今更市長側にはつけねぇよ。といってカナン自由民にゃ、なんの義理もねぇしなぁ」
「じゃあ黙って傍観するのかい?この海域を牛耳るキャプテン・ドレイクともあろう者が?」
「煽るなよ、タリム。俺にどうしろってんだ」
ドレイクは苦い顔をして言った。タリムの細い目がにっこりと微笑んだ。
「僕はね、奴隷市襲撃までは成功するだろうと踏んでいる。明日はアルサーシャは花祭だ。レーの警備はスカスカだろう。だが問題はその後だ。国軍が派兵されるとしたら、早くて夜、遅ければ明後日の朝だが、カナン自由民に国軍とやり合うほどの兵力はない」
「しかも、逃した千人の奴隷を無事に逃がさねぇとならん。戦うっても、それだけの足手まとい抱えてちゃあな……って、ちょっと待てよ。じゃあ明日、カナンは負ける?」
「それだよ、ドレイク。いいか、レーはシャルナクやリアラベルデと繋がる、イシュラヴァールで一番の要港だ。これをこの機に、国王からいただいてしまえよ」
「……なんだって!?」
「ドレイク、この機に乗り遅れて良いのか?内陸ではアルヴィラの奴らが着々と拠点を増やしてる。ぼやぼやしてるとレーもアルヴィラに先を越されるぞ。それに知っての通り、レーの市長は食わせ者だ。僕らの足元を見ちゃあ金をふっかけてくる。あいつを追い出して、カナンとドレイクの連名でレーを独立させれば」
「……悪くねぇな」
ドレイクは呟いた。
「いつだったか、ルビーの姐御も似たようなことを言ってたな……レーがほしいとかなんとか。だがその、俺たち海賊がカナンと組んだとして、勝算はあるかねぇ?」
「なんだ、弱気だな、キャプテン」
タリムは片頬を上げてふっと微笑った。
「だから煽るなって。実際俺たちは海には強いが、陸戦は慣れてないぜ。砲撃をかますことはできても、兵隊の数が足りん」
「その兵隊だが、奴隷千人をお荷物だと考えるからいけない。彼らを兵力にするんだ。カナンたちが劣勢になる前に、奴隷を小隊に分けて、ドレイク、あんたの手下たちに指揮させろ」
「……だいたい話はわかったが……タリム、お前さんはどうするんだ?」
「僕は逃げるよ。カナンの連中に見つかったら、何されるかわからないしね」
タリムは肩をすくめて言った。
「なんだよ、ひとをさんざん煽っておきながら、自分は」
ドレイクは呆れて、椅子の上でのけぞった。
「僕はその後のことをね。ドレイク、解放された奴隷たちには仕事が必要だよね?」
「まあそうだろうな。霞を食って生きてけるわけじゃねぇ」
「僕はその仕事を世話するよ。シャルナクやリアラベルデでも、東のアルナハブにも、人手が欲しいところはいくらでもあるからね。せっかく奴隷から解放されたのに、悪い斡旋業者にはまってまた奴隷に逆戻りしないよう、ちゃんと面倒見てやらないと」
「おいおい、その悪徳斡旋業者ってお前さんじゃねぇのか?」
「うるさいよ」
タリムは細い目を僅かに釣り上げてみせた。
「まあ、話は大体わかった。あとはカナンの連中と話してみるさ……しかし、お前さんが奴隷商人を廃業するとはねぇ」
ドレイクは大きなカップに残っていた酒を飲み干して言った。
「ま、時代の流れ、ってヤツ?……っくしゅん!」
「いい加減着替えろよ。風邪ひくぞ、タリム」
ドレイクが酒場の奥の階段を指して言った。酒場の二階は宿屋になっている。
「ああそうだ、着替えもだけど、そもそも金がないんだった。ドレイク、あんたの船に泊めてくれない?」
「タリム、そういう話は一番先にするもんだぜ」
ドレイクはまた呆れ返った。
「まったく、お前はほんと昔っから変わってねぇよ!」
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船から飛び降りたタリムは、港の明かりを目指して泳いだ。
レーの港に泳ぎ着くと、腕に結びつけていた靴紐をほどいて、靴の中の水をあけ、履いた。そして目星をつけた酒場のドアを開けた。
「おいおい、誰かと思ったら、タリムじゃねぇか」
「久しぶりだね、キャプテン・ドレイク」
真っ先に目当ての人物に会えて、タリムは自分の幸運に感謝した。ドレイクを探して夜のレーを歩き回る体力は残っていない。
「しかし、なんて格好だ。奴隷船狩りに遭ったって聞いたが、船から放り出されでもしたか?」
ドレイクは、頭の天辺から足の先までずぶ濡れのタリムをしげしげと見た。
「いや、自分で降りたのさ。もうあの船に用はなくなったからね」
「強がるねぇ。で、お前さんの船は今どこだ?」
「強がるもなにも、船はカナン自由民に乗っ取られて、沖に停泊してる。奴隷商人は廃業だよ。悔しいけど」
「何も廃業するこたねえだろう。どういう心境の変化だ」
「別に。飽きただけさ。それよりキャプテン・ドレイク、明日、ここは戦場になるぜ」
「なんだって?」
「カナン自由民が奴隷市を狙ってる。奴隷市に向けて、レーには千人からの奴隷が集まっているだろう。それをそっくり解放する気だよ」
ドレイクがヒュウっと口笛を吹いた。
「おいおい、聞いてねぇぞ」
「明日、あっちの幹部から接触があるはずだ。奴隷市が襲撃されたら、市長が黙っていない。恐らく王都に兵を要請するだろう。おいキャプテン、あんたはどっちにつく?」
「そりゃあ俺は海賊だからな。今更市長側にはつけねぇよ。といってカナン自由民にゃ、なんの義理もねぇしなぁ」
「じゃあ黙って傍観するのかい?この海域を牛耳るキャプテン・ドレイクともあろう者が?」
「煽るなよ、タリム。俺にどうしろってんだ」
ドレイクは苦い顔をして言った。タリムの細い目がにっこりと微笑んだ。
「僕はね、奴隷市襲撃までは成功するだろうと踏んでいる。明日はアルサーシャは花祭だ。レーの警備はスカスカだろう。だが問題はその後だ。国軍が派兵されるとしたら、早くて夜、遅ければ明後日の朝だが、カナン自由民に国軍とやり合うほどの兵力はない」
「しかも、逃した千人の奴隷を無事に逃がさねぇとならん。戦うっても、それだけの足手まとい抱えてちゃあな……って、ちょっと待てよ。じゃあ明日、カナンは負ける?」
「それだよ、ドレイク。いいか、レーはシャルナクやリアラベルデと繋がる、イシュラヴァールで一番の要港だ。これをこの機に、国王からいただいてしまえよ」
「……なんだって!?」
「ドレイク、この機に乗り遅れて良いのか?内陸ではアルヴィラの奴らが着々と拠点を増やしてる。ぼやぼやしてるとレーもアルヴィラに先を越されるぞ。それに知っての通り、レーの市長は食わせ者だ。僕らの足元を見ちゃあ金をふっかけてくる。あいつを追い出して、カナンとドレイクの連名でレーを独立させれば」
「……悪くねぇな」
ドレイクは呟いた。
「いつだったか、ルビーの姐御も似たようなことを言ってたな……レーがほしいとかなんとか。だがその、俺たち海賊がカナンと組んだとして、勝算はあるかねぇ?」
「なんだ、弱気だな、キャプテン」
タリムは片頬を上げてふっと微笑った。
「だから煽るなって。実際俺たちは海には強いが、陸戦は慣れてないぜ。砲撃をかますことはできても、兵隊の数が足りん」
「その兵隊だが、奴隷千人をお荷物だと考えるからいけない。彼らを兵力にするんだ。カナンたちが劣勢になる前に、奴隷を小隊に分けて、ドレイク、あんたの手下たちに指揮させろ」
「……だいたい話はわかったが……タリム、お前さんはどうするんだ?」
「僕は逃げるよ。カナンの連中に見つかったら、何されるかわからないしね」
タリムは肩をすくめて言った。
「なんだよ、ひとをさんざん煽っておきながら、自分は」
ドレイクは呆れて、椅子の上でのけぞった。
「僕はその後のことをね。ドレイク、解放された奴隷たちには仕事が必要だよね?」
「まあそうだろうな。霞を食って生きてけるわけじゃねぇ」
「僕はその仕事を世話するよ。シャルナクやリアラベルデでも、東のアルナハブにも、人手が欲しいところはいくらでもあるからね。せっかく奴隷から解放されたのに、悪い斡旋業者にはまってまた奴隷に逆戻りしないよう、ちゃんと面倒見てやらないと」
「おいおい、その悪徳斡旋業者ってお前さんじゃねぇのか?」
「うるさいよ」
タリムは細い目を僅かに釣り上げてみせた。
「まあ、話は大体わかった。あとはカナンの連中と話してみるさ……しかし、お前さんが奴隷商人を廃業するとはねぇ」
ドレイクは大きなカップに残っていた酒を飲み干して言った。
「ま、時代の流れ、ってヤツ?……っくしゅん!」
「いい加減着替えろよ。風邪ひくぞ、タリム」
ドレイクが酒場の奥の階段を指して言った。酒場の二階は宿屋になっている。
「ああそうだ、着替えもだけど、そもそも金がないんだった。ドレイク、あんたの船に泊めてくれない?」
「タリム、そういう話は一番先にするもんだぜ」
ドレイクはまた呆れ返った。
「まったく、お前はほんと昔っから変わってねぇよ!」
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