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イシュラヴァール拾遺
番外編 旅の終わり 後編
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「ファーリア、愛してる」
ユーリの唇が、ファーリアの頬に、まぶたに、唇に、降り注ぐ。
「ユー……リ……っ……」
耳の裏側に、首筋に、鎖骨に、肩の丸みの先端に。
「あ、ユー……っ」
するりと衣が滑り落ちた。
形の良い丸みの先端の、紅色の蕾を、ユーリの唇が咥えた。
「や、あっ……!」
「ファーリア」
ユーリはその蕾を舌で転がしながら、右手で乳房を柔らかく揉みしだき、左手で美しい背骨のラインをなぞった。
「ファーリア――感じて、俺を」
「……んっ……」
ユーリはファーリアの履物を脱がせて投げ出し、敷物の上にそっと横たえた。そして滾る想いをぶつけるように愛撫した。大切に大切に、全身全霊をかけてファーリアを愛おしんでやりたかった。
「あ、あ、ユーリ……っ」
ファーリアの声が甘く滲んでいく。
「やぁ……ん……」
薄い脂肪に覆われた腹筋を喋み、舌先を尖らせて鼠径部に這わせると、びくんと両脚が跳ねた。
「あ!」
飛び上がった足先を捕まえて、指先をしゃぶる。
「やあ!あん、そんな……っ!」
足の指にしゃぶりつき、指と指の間をチロチロと舐める。そのまま足を高く持ち上げ、くるぶしからふくらはぎへと唇を滑らせる。
「ああ!あ、あぁんっ……!」
ファーリアがびくんと腰を震わせた。
ユーリはブッ、と口内に溜まった砂を吐き出して、手の甲で口を拭った。
見下ろしてくるユーリの顔があまりに艶かしくて、ファーリアの心臓が締め付けられるように疼いた。
「――濡れてる」
ユーリはファーリアの脚の間に手を差し入れると、襞の間に指を這わせて、囁いた。その言葉通り、そこは蜜がぬるぬると溢れ出していた。
「――っ」
ファーリアは両手で顔を覆った。その手をユーリが捕まえて、開かせる。
「や、あ……ユーリ、いじわる……っ」
頬を上気させ、瞳を潤ませたファーリアは、匂い立つほどの色香を放っていた。
たまらずユーリの下半身がぴくんと反応した。
「……欲しい?」
硬く膨張したそれをファーリアの下腹にやんわりと押し付けて、ユーリは囁いた。
「――っ、そんなこと……っ、言えな……」
ぬるりとユーリの指先がファーリアの中に侵入した。
「ぁあ!」
「でもここは、こんなに欲しがってる――」
「ん、んんんっ……!」
ファーリアは下唇を噛んで悶えた。ユーリが指を二本、三本と増やし、じゅぶじゅぶと音を立ててあたたかい粘膜を弄る。
「んんっ、ん―――っ!」
一番感じる場所を捉えられて、ファーリアは身を捩った。が、ユーリの腕が絡みついて逃れられない。
「あ、あ、ああ………っ!!」
間もなく、ファーリアが爪先を震わせて、透明な液が迸った。
「はぁっ……はぁっ……はっ……」
ユーリは、胸を上下させてぐったりとしているファーリアの両脚を開いた。襞の間から、桃色に張り詰めた陰核がひくひくとのぞいている。ユーリはそこをぺろりと舐め上げた。
「ひぁ!」
ファーリアの腰がびくんと跳ねた。
「逃げないで」
ユーリはそう囁いて、なおもそこを舌でつつき、吸った。
「やあっ……」
達したばかりで敏感になっている場所を舐め回されて、快感の波がぞくぞくと這い上がってくる。ファーリアは腰を浮かせ、内腿を痙攣させた。
「ユーリ、ユーリっ……!」
ユーリの舌は、しかし、焦らすように脚の付け根から腿の内側へと這った。それだけで、膝ががくがくと震えるほど感じてしまう。
「あ……っ、おねが……もう……」
ファーリアは懇願した。それでようやく、ユーリは服を脱ぎ、すっかり硬くなっていたそれでファーリアの入り口をなぞった。
ファーリアはそれを両手で包み込み、愛撫した。
「……っは……」
たまらずユーリの口から熱い息が漏れる。ファーリアは自分からそれを自分の中へと導いた。
「――――っ…………」
二人の吐息が重なった。
ユーリがゆっくりと奥まで突き入れる。
「あ、ユー……っ!」
硬い。熱い。
既にとろとろに蕩けているのに、更にそこを押し広げるように侵入してくる。
「ああ、あ」
まるで野生動物のような靭やかでまっすぐな動きで、ユーリはファーリアの奥深くを貫いた。
「あ…………っ」
「あんまり……締め付けないで、ファーリア」
「……っ!」
ファーリアが赤面して見上げると、そこには切なげに眉を寄せたユーリの顔があった。たまらずファーリアの内部が、きゅうっと収縮した。
「くっ――、だから……!」
完全に余裕を失ったユーリは、ファーリアの両脚を持ち上げて肩に掛けた。
「きゃ……」
身体を折り曲げられ腰が浮き上がった体勢のファーリアに、ユーリが激しく腰を打ちつけた。
「あ!や、ああ!」
ユーリの先端が一番奥へと到達し、何度も突き上げる。
ファーリアはユーリの下で身動きできないまま、突き抜けるような感覚に翻弄された。
「ああ、ああっ!」
「ファーリア……」
「や、そこ……っ!」
「ファーリア」
砂漠の涸れ谷を一瞬で駆け抜ける激流のように、ユーリの猛りがファーリアの中で荒れ狂った。
ずっと欲しかった。ようやく捕まえたと思うたびに、すり抜けていった。
何度も、何度も。
敵に追われ、味方に裏切られ、安らかに眠れる場所はどこにもなくなって、とうとうファーリアのもとへ帰るのを諦めた。
ファーリアを幸せにしたかった。でもそれは、自分には叶えられない。
「ユー……リっ……」
でも、来てくれた。ファーリアの方から。
「ファーリア……愛してる」
ユーリを探して、不毛の砂漠を越えて、地の果ての町まで。
「愛してる……」
「あああ……!」
ファーリアの内側がどくどくと脈打って、ユーリの放ったものを飲み込んだ。
奥深く繋がって、溶け合う。
乾ききっていた心を、潤していく。
空には静かに星が瞬いている。
果てた後も、二人は繋がったまま抱き合っていた。逢えなかった時間を埋めるように、お互いの温度を全身で感じていた。
「……俺はもう戦場へは戻らない。アルヴィラの汚名を雪ぐ気もない。塩を売って、駱駝を飼って、お前と共にヌールを育てる。それでもいいか」
ユーリが言った。
「ええ、ユーリ」
ファーリアはユーリの腕の中で言った。
(ようやくここに戻ってこれた――)
長かった。
長い長い時間と、遠い遠い道をこえて、ユーリに逢うためだけにここまで来た。
遠い日に、やはり砂漠の星空の下で夢見た未来を、ようやく手に入れた。
「わたしはユーリと暮らすためにここまで来たの。何も後悔はないわ」
テントの中では、ヌールが安らかな顔をして眠っていた。
その両側に寄り添うように、二人は横になった。
「かわいいな」
ユーリは本心からそう言った。
子供の頃に一族と別れてから何年も一人で過ごしていたユーリは、これほど小さな子供を見る機会はあまりなかった。そんなユーリにとって、ヌールとの時間は新鮮な驚きに満ちたものだった。産まれたての赤子はどこか神々しかったが、同時にちょっとしたことで命が消えてしまいそうな恐怖も感じた。今のヌールにはそういった危うさはなく、むしろ起きていても寝ていても常にむくむくと成長しているエネルギーを感じる。そういうことを抜きにしても、おぼつかない足取りで駆け回り、片言で懸命に話す姿は、単純にかわいらしかった。
「ええ」
ファーリアが愛おしげに小さな頬を撫で、柔らかな銀の髪を梳いた。
ヌールは父親譲りの銀髪だが、マルスの流れるような髪とは違って、軽くカールしている。
「赤ちゃんの間だけ、巻毛の子もいるって、レーにいた頃に聞いたの。そういう子は一度髪を切ると真っ直ぐになるって」
ファーリアはくるりとした毛先に指を絡ませた。ん、と小さな声を上げて、ヌールが伸びをする。
「ヌールが王の子だと、誰か他に知っているのか?」
ファーリアは首を振った。
「誰にも言ってないわ。――でも、イランは知っているかもしれない。何も言わないけど」
イランはマルスと会ったことがあると言う。ユーリとも面識がある。何事か察してはいるだろう。
だがイランは、ファーリアが答えに困るようなことをわざわざ口に出したりはしなかった。分かっていればそれでいい。そういう男だ。
「マルスの子だと知られたら、たとえ中立地帯のレーでも危険だわ。この子は戦いとは無縁な場所で育てたい……」
ファーリアは小さくあくびをした。もうだいぶ夜が遅い。
「殺したり殺されたりは……もうたくさん……」
そこまで言うと、ファーリアの瞼が落ちた。
ユーリはまだ眠れなかった。ファーリアはヌールを抱いて、満たされたような顔で眠っている。
この幸福はいつまで続くのだろう、とユーリは思った。
新政府がアルヴィラと同盟関係にあるため、国軍とアルヴィラ軍の戦いは終結した。
だが、マルスは王座を奪回するチャンスを窺っている。いずれまたこの国に戦乱が起こる。
それに――。
(……アトラスは強い)
ユーリはファーリアに、もう戦場には戻らないと言った。だがアトラスだけはそうはいかない。
(ファーリアがヌールを――王の息子を産み、そして育てている限り、いつかはアトラスと決着をつける時が来る)
父親譲りの銀の髪。それはこの幼い子供が重すぎる運命を背負っていることの証だ。
いずれ本人の望むと望まざるとに関わらず、波乱が訪れるだろう。その時、一番の敵は恐らくアトラスだ。
(俺はこの二人を守りきれるだろうか。あの男と戦って、勝てるのだろうか)
ユーリは脇に置いてある剣を握り締めた。この幸福な寝顔を、守り通さなければならない。そう心に誓う。
(――いつか必ず、あいつを倒す。たとえ刺し違えてでも)
戦いはまだ、終わっていない。
*****
次回はマルス編の予定です。
ユーリの唇が、ファーリアの頬に、まぶたに、唇に、降り注ぐ。
「ユー……リ……っ……」
耳の裏側に、首筋に、鎖骨に、肩の丸みの先端に。
「あ、ユー……っ」
するりと衣が滑り落ちた。
形の良い丸みの先端の、紅色の蕾を、ユーリの唇が咥えた。
「や、あっ……!」
「ファーリア」
ユーリはその蕾を舌で転がしながら、右手で乳房を柔らかく揉みしだき、左手で美しい背骨のラインをなぞった。
「ファーリア――感じて、俺を」
「……んっ……」
ユーリはファーリアの履物を脱がせて投げ出し、敷物の上にそっと横たえた。そして滾る想いをぶつけるように愛撫した。大切に大切に、全身全霊をかけてファーリアを愛おしんでやりたかった。
「あ、あ、ユーリ……っ」
ファーリアの声が甘く滲んでいく。
「やぁ……ん……」
薄い脂肪に覆われた腹筋を喋み、舌先を尖らせて鼠径部に這わせると、びくんと両脚が跳ねた。
「あ!」
飛び上がった足先を捕まえて、指先をしゃぶる。
「やあ!あん、そんな……っ!」
足の指にしゃぶりつき、指と指の間をチロチロと舐める。そのまま足を高く持ち上げ、くるぶしからふくらはぎへと唇を滑らせる。
「ああ!あ、あぁんっ……!」
ファーリアがびくんと腰を震わせた。
ユーリはブッ、と口内に溜まった砂を吐き出して、手の甲で口を拭った。
見下ろしてくるユーリの顔があまりに艶かしくて、ファーリアの心臓が締め付けられるように疼いた。
「――濡れてる」
ユーリはファーリアの脚の間に手を差し入れると、襞の間に指を這わせて、囁いた。その言葉通り、そこは蜜がぬるぬると溢れ出していた。
「――っ」
ファーリアは両手で顔を覆った。その手をユーリが捕まえて、開かせる。
「や、あ……ユーリ、いじわる……っ」
頬を上気させ、瞳を潤ませたファーリアは、匂い立つほどの色香を放っていた。
たまらずユーリの下半身がぴくんと反応した。
「……欲しい?」
硬く膨張したそれをファーリアの下腹にやんわりと押し付けて、ユーリは囁いた。
「――っ、そんなこと……っ、言えな……」
ぬるりとユーリの指先がファーリアの中に侵入した。
「ぁあ!」
「でもここは、こんなに欲しがってる――」
「ん、んんんっ……!」
ファーリアは下唇を噛んで悶えた。ユーリが指を二本、三本と増やし、じゅぶじゅぶと音を立ててあたたかい粘膜を弄る。
「んんっ、ん―――っ!」
一番感じる場所を捉えられて、ファーリアは身を捩った。が、ユーリの腕が絡みついて逃れられない。
「あ、あ、ああ………っ!!」
間もなく、ファーリアが爪先を震わせて、透明な液が迸った。
「はぁっ……はぁっ……はっ……」
ユーリは、胸を上下させてぐったりとしているファーリアの両脚を開いた。襞の間から、桃色に張り詰めた陰核がひくひくとのぞいている。ユーリはそこをぺろりと舐め上げた。
「ひぁ!」
ファーリアの腰がびくんと跳ねた。
「逃げないで」
ユーリはそう囁いて、なおもそこを舌でつつき、吸った。
「やあっ……」
達したばかりで敏感になっている場所を舐め回されて、快感の波がぞくぞくと這い上がってくる。ファーリアは腰を浮かせ、内腿を痙攣させた。
「ユーリ、ユーリっ……!」
ユーリの舌は、しかし、焦らすように脚の付け根から腿の内側へと這った。それだけで、膝ががくがくと震えるほど感じてしまう。
「あ……っ、おねが……もう……」
ファーリアは懇願した。それでようやく、ユーリは服を脱ぎ、すっかり硬くなっていたそれでファーリアの入り口をなぞった。
ファーリアはそれを両手で包み込み、愛撫した。
「……っは……」
たまらずユーリの口から熱い息が漏れる。ファーリアは自分からそれを自分の中へと導いた。
「――――っ…………」
二人の吐息が重なった。
ユーリがゆっくりと奥まで突き入れる。
「あ、ユー……っ!」
硬い。熱い。
既にとろとろに蕩けているのに、更にそこを押し広げるように侵入してくる。
「ああ、あ」
まるで野生動物のような靭やかでまっすぐな動きで、ユーリはファーリアの奥深くを貫いた。
「あ…………っ」
「あんまり……締め付けないで、ファーリア」
「……っ!」
ファーリアが赤面して見上げると、そこには切なげに眉を寄せたユーリの顔があった。たまらずファーリアの内部が、きゅうっと収縮した。
「くっ――、だから……!」
完全に余裕を失ったユーリは、ファーリアの両脚を持ち上げて肩に掛けた。
「きゃ……」
身体を折り曲げられ腰が浮き上がった体勢のファーリアに、ユーリが激しく腰を打ちつけた。
「あ!や、ああ!」
ユーリの先端が一番奥へと到達し、何度も突き上げる。
ファーリアはユーリの下で身動きできないまま、突き抜けるような感覚に翻弄された。
「ああ、ああっ!」
「ファーリア……」
「や、そこ……っ!」
「ファーリア」
砂漠の涸れ谷を一瞬で駆け抜ける激流のように、ユーリの猛りがファーリアの中で荒れ狂った。
ずっと欲しかった。ようやく捕まえたと思うたびに、すり抜けていった。
何度も、何度も。
敵に追われ、味方に裏切られ、安らかに眠れる場所はどこにもなくなって、とうとうファーリアのもとへ帰るのを諦めた。
ファーリアを幸せにしたかった。でもそれは、自分には叶えられない。
「ユー……リっ……」
でも、来てくれた。ファーリアの方から。
「ファーリア……愛してる」
ユーリを探して、不毛の砂漠を越えて、地の果ての町まで。
「愛してる……」
「あああ……!」
ファーリアの内側がどくどくと脈打って、ユーリの放ったものを飲み込んだ。
奥深く繋がって、溶け合う。
乾ききっていた心を、潤していく。
空には静かに星が瞬いている。
果てた後も、二人は繋がったまま抱き合っていた。逢えなかった時間を埋めるように、お互いの温度を全身で感じていた。
「……俺はもう戦場へは戻らない。アルヴィラの汚名を雪ぐ気もない。塩を売って、駱駝を飼って、お前と共にヌールを育てる。それでもいいか」
ユーリが言った。
「ええ、ユーリ」
ファーリアはユーリの腕の中で言った。
(ようやくここに戻ってこれた――)
長かった。
長い長い時間と、遠い遠い道をこえて、ユーリに逢うためだけにここまで来た。
遠い日に、やはり砂漠の星空の下で夢見た未来を、ようやく手に入れた。
「わたしはユーリと暮らすためにここまで来たの。何も後悔はないわ」
テントの中では、ヌールが安らかな顔をして眠っていた。
その両側に寄り添うように、二人は横になった。
「かわいいな」
ユーリは本心からそう言った。
子供の頃に一族と別れてから何年も一人で過ごしていたユーリは、これほど小さな子供を見る機会はあまりなかった。そんなユーリにとって、ヌールとの時間は新鮮な驚きに満ちたものだった。産まれたての赤子はどこか神々しかったが、同時にちょっとしたことで命が消えてしまいそうな恐怖も感じた。今のヌールにはそういった危うさはなく、むしろ起きていても寝ていても常にむくむくと成長しているエネルギーを感じる。そういうことを抜きにしても、おぼつかない足取りで駆け回り、片言で懸命に話す姿は、単純にかわいらしかった。
「ええ」
ファーリアが愛おしげに小さな頬を撫で、柔らかな銀の髪を梳いた。
ヌールは父親譲りの銀髪だが、マルスの流れるような髪とは違って、軽くカールしている。
「赤ちゃんの間だけ、巻毛の子もいるって、レーにいた頃に聞いたの。そういう子は一度髪を切ると真っ直ぐになるって」
ファーリアはくるりとした毛先に指を絡ませた。ん、と小さな声を上げて、ヌールが伸びをする。
「ヌールが王の子だと、誰か他に知っているのか?」
ファーリアは首を振った。
「誰にも言ってないわ。――でも、イランは知っているかもしれない。何も言わないけど」
イランはマルスと会ったことがあると言う。ユーリとも面識がある。何事か察してはいるだろう。
だがイランは、ファーリアが答えに困るようなことをわざわざ口に出したりはしなかった。分かっていればそれでいい。そういう男だ。
「マルスの子だと知られたら、たとえ中立地帯のレーでも危険だわ。この子は戦いとは無縁な場所で育てたい……」
ファーリアは小さくあくびをした。もうだいぶ夜が遅い。
「殺したり殺されたりは……もうたくさん……」
そこまで言うと、ファーリアの瞼が落ちた。
ユーリはまだ眠れなかった。ファーリアはヌールを抱いて、満たされたような顔で眠っている。
この幸福はいつまで続くのだろう、とユーリは思った。
新政府がアルヴィラと同盟関係にあるため、国軍とアルヴィラ軍の戦いは終結した。
だが、マルスは王座を奪回するチャンスを窺っている。いずれまたこの国に戦乱が起こる。
それに――。
(……アトラスは強い)
ユーリはファーリアに、もう戦場には戻らないと言った。だがアトラスだけはそうはいかない。
(ファーリアがヌールを――王の息子を産み、そして育てている限り、いつかはアトラスと決着をつける時が来る)
父親譲りの銀の髪。それはこの幼い子供が重すぎる運命を背負っていることの証だ。
いずれ本人の望むと望まざるとに関わらず、波乱が訪れるだろう。その時、一番の敵は恐らくアトラスだ。
(俺はこの二人を守りきれるだろうか。あの男と戦って、勝てるのだろうか)
ユーリは脇に置いてある剣を握り締めた。この幸福な寝顔を、守り通さなければならない。そう心に誓う。
(――いつか必ず、あいつを倒す。たとえ刺し違えてでも)
戦いはまだ、終わっていない。
*****
次回はマルス編の予定です。
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