イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
上 下
157 / 230
第九章 海賊編

乱戦〜夜明け前〜

しおりを挟む
 街道の防衛戦はじりじりと街側へ後退していた。街道に築いた四重のバリケードは、既に三つ目まで破られていた。
「もうすぐ夜が明ける。限界だぞ、お互い」
 さすがのカイヤーンも肩で息をしている。味方の兵たちの疲労はピークに達していた。
「……レーを獲れなければ、一旦船へ逃れるしかない。奴隷たちだけは逃さないと」
 イランは空を見上げた。星が消えかけている。夜明けが近い。
「カイヤーン、悪いがもう少し付き合ってくれ」
 イランはそう言うと、共に街道を守っている仲間たちに倉庫へ戻るように指示した。
「ここは俺とカイヤーンで食い止める。夜明けまでに奴隷たちを逃がしきってくれ。キャプテン・ドレイクと話をつけてある。ドレイクとその傘下の船に分乗させて、一旦レーを離れる」
「わかった」
 イランの仲間たちが的に悟られないように海岸へと戻っていくのを見送って、カイヤーンが言った。
「おいおい、二人っきりでこの数倒すのか?」
 最後に残ったバリケードの向うには、少なくとも三十人以上の敵兵がいるはずだった。
「何も全員倒す必要はない。夜明けまで足止めするだけでいい」
 そう言っているそばから、銃弾が飛んでくる。
「ほざけ。カナンの奴らはなぁ、いちいち甘えんだよ!」
 カイヤーンは21ポイントから携えてきた銃で応酬した。ぐはっ、という呻き声が聞こえて、銃声が止む。
「カイヤーン、俺たちは殺戮が目的じゃない。なるべく――」
「うるせえ。殺さなきゃこっちがられんだろが!そもそもカナンあの女だって俺の仲間を殺しまくってたんだぜ?」
「だからだろう。人は変わる」
 イランがあまりにまっすぐにそう言うので、カイヤーンは舌打ちした。
「……ちっ。どうせもう撃てねえよ。弾切れだ」

 *

 あれからどれくらい時間が経っただろう。
 時折、遠くで銃声が響く。
 砂と埃の中で時間が止まった廃墟で、ルビーは浅い微睡みから覚めた。
 見上げると、ルビーの肩を抱いて座っているマルスの横顔があった。その顔からは静かな緊張感が伝わってきて、マルスが一睡もせずに外を警戒し続けていたことが分かる。
「……眠っていたのか」
「ああ、ほんの二、三十分かそこらだが」
 にわかに外の通りが騒がしくなった。あちこちに潜んでいたゲリラ兵たちがばらばらと引き揚げていく。その様子を窓の破れかけた板の隙間から窺っていたマルスが言った。
「街道のバリケードが破られたな。治安部隊が来る。来い」
 マルスは二階の部屋の窓からするりと抜け出ると、隣家の屋根に飛び移り、後に続くルビーに手を貸した。
「こっちだ」
 統制された治安部隊から逃れようと動けば、勢い撤退していくゲリラ兵たちを追う形になる。海岸沿いの細い路地を抜けると、通りの先が開けていた。
「しっ」
 そこは港に面した市場だった。その先に広がる海は薄明るくなりつつある。中央の広場では、今まさに治安部隊がゲリラ兵と衝突したところだった。
 銃声と、叫び声、剣のぶつかり合う音などで、突如、広場は騒然とした。治安部隊の兵士は四、五十人はいるだろうか。銃を持った軍に対して、ゲリラ兵の殆どは剣で戦っていた。それは戦いというよりも殺戮に近い。ゲリラ兵たちは次々と撃たれて倒れていった。
「……なんてこと……」
 気付けばルビーは剣を抜きかけていた。
「よせ」
 マルスがルビーを止める。
「今行って何になる。貴女には貴女の戦い方があるだろう。だがそれは、今ではないはずだ」
「……わかっている」
 ルビーは苦々しく吐き捨て、抜きかけた剣を鞘に収めた。その時、バシッ、と音がして、二人の顔のすぐそばの石壁に銃弾が跳ねた。
「見つかった……!」
 マルスはルビーの腕を掴んでもと来た道を走った。背後で何か叫ぶ声がする。再び銃弾が追ってくる前に、二人は横道に飛び込んだ。入り組んだ路地をジグザグに駆ける。そして、壊れかけた大小の船が何隻も打ち捨てられた場所に出た。
「船の墓場か」
 古くなったり壊れたりして使えなくなった船が集められているのだ。船は適宜解体されて、再利用される。
 マルスは一隻の大きな船の、船底の破損部分から中に入って、身を隠した。戦闘の音が近付いてくる。二人は息を潜めた。
 錆びた船体の隙間から外を覗くと、明け方の空に逃げ惑うゲリラ兵が浮かび上がる。銃声がして、兵が一瞬静止し、地面に倒れた。助けに駆け寄った仲間も撃たれて倒れた。
「こんな……酷い……こんな一方的な」
 ルビーは声を震わせた。その眼には恐怖よりも怒りが浮かんでいる。
「貴女がそれを言うのか、ブラッディ・ルビー」
「こんなのはフェアじゃないわ。弱い者を力で屈服させるのは間違ってる。わたしは弱い人たちに戦う武器を売り続けるわ」
「それでは流れる血の量が増えるだけだ」
「ではみすみす殺されるしかないと!?」
「静かに」
 声を荒げたルビーの口を、マルスの手が塞いだ。銃声が近い。
「戦いは銃がもたらすのではない。戦いを始めるのも、終わらせるのも、人でしかない」
 ルビーはマルスの手から逃れるようにいやいやと首を振った。
「あなたがそれを言うの?マルス=ミカ・イシュラヴァール!では終わらせてみせなさいよ、すべての戦いを、あなたの力で、今すぐに!」
 叫んだルビーの口を、マルスの口が塞いだ。
「…………っ!」

 *

「カナンがいない?」
 市庁舎のスカイは聞き返した。街はもうあらかた奪回し、あとは倉庫と市場を残すのみである。市場では、敵の最後の抵抗が繰り広げられていた。カナンがいるとすれば、市場だろうと踏んでいた。だが、市場で戦闘に当たった部隊に、その姿を見たものはいなかった。
 そこへ王都から伝令が来た。俊足のカイヤーンに遅れること数時間、それは21ポイントの戦況を伝えるものだった。
 つまり、21ポイントはダレイ王子の参戦により反乱軍の勝利、だが敵の勇将ユーリ・アトゥイーを確保、王都へ連行した――と。
「しまった――!カナンはもうレーここにはいない!」
 それもまた勘でしかなかったが、強い確信のもとにスカイは市庁舎を飛び出した。レーの奪還は時間の問題だ。あとは部下に任せても大丈夫――そう判断した。
 しかし、その判断は間違っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...