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第九章 海賊編
乱戦〜夜明け前〜
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街道の防衛戦はじりじりと街側へ後退していた。街道に築いた四重のバリケードは、既に三つ目まで破られていた。
「もうすぐ夜が明ける。限界だぞ、お互い」
さすがのカイヤーンも肩で息をしている。味方の兵たちの疲労はピークに達していた。
「……レーを獲れなければ、一旦船へ逃れるしかない。奴隷たちだけは逃さないと」
イランは空を見上げた。星が消えかけている。夜明けが近い。
「カイヤーン、悪いがもう少し付き合ってくれ」
イランはそう言うと、共に街道を守っている仲間たちに倉庫へ戻るように指示した。
「ここは俺とカイヤーンで食い止める。夜明けまでに奴隷たちを逃がしきってくれ。キャプテン・ドレイクと話をつけてある。ドレイクとその傘下の船に分乗させて、一旦レーを離れる」
「わかった」
イランの仲間たちが的に悟られないように海岸へと戻っていくのを見送って、カイヤーンが言った。
「おいおい、二人っきりでこの数倒すのか?」
最後に残ったバリケードの向うには、少なくとも三十人以上の敵兵がいるはずだった。
「何も全員倒す必要はない。夜明けまで足止めするだけでいい」
そう言っているそばから、銃弾が飛んでくる。
「ほざけ。カナンの奴らはなぁ、いちいち甘えんだよ!」
カイヤーンは21ポイントから携えてきた銃で応酬した。ぐはっ、という呻き声が聞こえて、銃声が止む。
「カイヤーン、俺たちは殺戮が目的じゃない。なるべく――」
「うるせえ。殺さなきゃこっちが殺られんだろが!そもそもカナンだって俺の仲間を殺しまくってたんだぜ?」
「だからだろう。人は変わる」
イランがあまりにまっすぐにそう言うので、カイヤーンは舌打ちした。
「……ちっ。どうせもう撃てねえよ。弾切れだ」
*
あれからどれくらい時間が経っただろう。
時折、遠くで銃声が響く。
砂と埃の中で時間が止まった廃墟で、ルビーは浅い微睡みから覚めた。
見上げると、ルビーの肩を抱いて座っているマルスの横顔があった。その顔からは静かな緊張感が伝わってきて、マルスが一睡もせずに外を警戒し続けていたことが分かる。
「……眠っていたのか」
「ああ、ほんの二、三十分かそこらだが」
にわかに外の通りが騒がしくなった。あちこちに潜んでいたゲリラ兵たちがばらばらと引き揚げていく。その様子を窓の破れかけた板の隙間から窺っていたマルスが言った。
「街道のバリケードが破られたな。治安部隊が来る。来い」
マルスは二階の部屋の窓からするりと抜け出ると、隣家の屋根に飛び移り、後に続くルビーに手を貸した。
「こっちだ」
統制された治安部隊から逃れようと動けば、勢い撤退していくゲリラ兵たちを追う形になる。海岸沿いの細い路地を抜けると、通りの先が開けていた。
「しっ」
そこは港に面した市場だった。その先に広がる海は薄明るくなりつつある。中央の広場では、今まさに治安部隊がゲリラ兵と衝突したところだった。
銃声と、叫び声、剣のぶつかり合う音などで、突如、広場は騒然とした。治安部隊の兵士は四、五十人はいるだろうか。銃を持った軍に対して、ゲリラ兵の殆どは剣で戦っていた。それは戦いというよりも殺戮に近い。ゲリラ兵たちは次々と撃たれて倒れていった。
「……なんてこと……」
気付けばルビーは剣を抜きかけていた。
「よせ」
マルスがルビーを止める。
「今行って何になる。貴女には貴女の戦い方があるだろう。だがそれは、今ではないはずだ」
「……わかっている」
ルビーは苦々しく吐き捨て、抜きかけた剣を鞘に収めた。その時、バシッ、と音がして、二人の顔のすぐそばの石壁に銃弾が跳ねた。
「見つかった……!」
マルスはルビーの腕を掴んでもと来た道を走った。背後で何か叫ぶ声がする。再び銃弾が追ってくる前に、二人は横道に飛び込んだ。入り組んだ路地をジグザグに駆ける。そして、壊れかけた大小の船が何隻も打ち捨てられた場所に出た。
「船の墓場か」
古くなったり壊れたりして使えなくなった船が集められているのだ。船は適宜解体されて、再利用される。
マルスは一隻の大きな船の、船底の破損部分から中に入って、身を隠した。戦闘の音が近付いてくる。二人は息を潜めた。
錆びた船体の隙間から外を覗くと、明け方の空に逃げ惑うゲリラ兵が浮かび上がる。銃声がして、兵が一瞬静止し、地面に倒れた。助けに駆け寄った仲間も撃たれて倒れた。
「こんな……酷い……こんな一方的な」
ルビーは声を震わせた。その眼には恐怖よりも怒りが浮かんでいる。
「貴女がそれを言うのか、ブラッディ・ルビー」
「こんなのはフェアじゃないわ。弱い者を力で屈服させるのは間違ってる。わたしは弱い人たちに戦う武器を売り続けるわ」
「それでは流れる血の量が増えるだけだ」
「ではみすみす殺されるしかないと!?」
「静かに」
声を荒げたルビーの口を、マルスの手が塞いだ。銃声が近い。
「戦いは銃がもたらすのではない。戦いを始めるのも、終わらせるのも、人でしかない」
ルビーはマルスの手から逃れるようにいやいやと首を振った。
「あなたがそれを言うの?マルス=ミカ・イシュラヴァール!では終わらせてみせなさいよ、すべての戦いを、あなたの力で、今すぐに!」
叫んだルビーの口を、マルスの口が塞いだ。
「…………っ!」
*
「カナンがいない?」
市庁舎のスカイは聞き返した。街はもうあらかた奪回し、あとは倉庫と市場を残すのみである。市場では、敵の最後の抵抗が繰り広げられていた。カナンがいるとすれば、市場だろうと踏んでいた。だが、市場で戦闘に当たった部隊に、その姿を見たものはいなかった。
そこへ王都から伝令が来た。俊足のカイヤーンに遅れること数時間、それは21ポイントの戦況を伝えるものだった。
つまり、21ポイントはダレイ王子の参戦により反乱軍の勝利、だが敵の勇将ユーリ・アトゥイーを確保、王都へ連行した――と。
「しまった――!カナンはもうレーにはいない!」
それもまた勘でしかなかったが、強い確信のもとにスカイは市庁舎を飛び出した。レーの奪還は時間の問題だ。あとは部下に任せても大丈夫――そう判断した。
しかし、その判断は間違っていた。
「もうすぐ夜が明ける。限界だぞ、お互い」
さすがのカイヤーンも肩で息をしている。味方の兵たちの疲労はピークに達していた。
「……レーを獲れなければ、一旦船へ逃れるしかない。奴隷たちだけは逃さないと」
イランは空を見上げた。星が消えかけている。夜明けが近い。
「カイヤーン、悪いがもう少し付き合ってくれ」
イランはそう言うと、共に街道を守っている仲間たちに倉庫へ戻るように指示した。
「ここは俺とカイヤーンで食い止める。夜明けまでに奴隷たちを逃がしきってくれ。キャプテン・ドレイクと話をつけてある。ドレイクとその傘下の船に分乗させて、一旦レーを離れる」
「わかった」
イランの仲間たちが的に悟られないように海岸へと戻っていくのを見送って、カイヤーンが言った。
「おいおい、二人っきりでこの数倒すのか?」
最後に残ったバリケードの向うには、少なくとも三十人以上の敵兵がいるはずだった。
「何も全員倒す必要はない。夜明けまで足止めするだけでいい」
そう言っているそばから、銃弾が飛んでくる。
「ほざけ。カナンの奴らはなぁ、いちいち甘えんだよ!」
カイヤーンは21ポイントから携えてきた銃で応酬した。ぐはっ、という呻き声が聞こえて、銃声が止む。
「カイヤーン、俺たちは殺戮が目的じゃない。なるべく――」
「うるせえ。殺さなきゃこっちが殺られんだろが!そもそもカナンだって俺の仲間を殺しまくってたんだぜ?」
「だからだろう。人は変わる」
イランがあまりにまっすぐにそう言うので、カイヤーンは舌打ちした。
「……ちっ。どうせもう撃てねえよ。弾切れだ」
*
あれからどれくらい時間が経っただろう。
時折、遠くで銃声が響く。
砂と埃の中で時間が止まった廃墟で、ルビーは浅い微睡みから覚めた。
見上げると、ルビーの肩を抱いて座っているマルスの横顔があった。その顔からは静かな緊張感が伝わってきて、マルスが一睡もせずに外を警戒し続けていたことが分かる。
「……眠っていたのか」
「ああ、ほんの二、三十分かそこらだが」
にわかに外の通りが騒がしくなった。あちこちに潜んでいたゲリラ兵たちがばらばらと引き揚げていく。その様子を窓の破れかけた板の隙間から窺っていたマルスが言った。
「街道のバリケードが破られたな。治安部隊が来る。来い」
マルスは二階の部屋の窓からするりと抜け出ると、隣家の屋根に飛び移り、後に続くルビーに手を貸した。
「こっちだ」
統制された治安部隊から逃れようと動けば、勢い撤退していくゲリラ兵たちを追う形になる。海岸沿いの細い路地を抜けると、通りの先が開けていた。
「しっ」
そこは港に面した市場だった。その先に広がる海は薄明るくなりつつある。中央の広場では、今まさに治安部隊がゲリラ兵と衝突したところだった。
銃声と、叫び声、剣のぶつかり合う音などで、突如、広場は騒然とした。治安部隊の兵士は四、五十人はいるだろうか。銃を持った軍に対して、ゲリラ兵の殆どは剣で戦っていた。それは戦いというよりも殺戮に近い。ゲリラ兵たちは次々と撃たれて倒れていった。
「……なんてこと……」
気付けばルビーは剣を抜きかけていた。
「よせ」
マルスがルビーを止める。
「今行って何になる。貴女には貴女の戦い方があるだろう。だがそれは、今ではないはずだ」
「……わかっている」
ルビーは苦々しく吐き捨て、抜きかけた剣を鞘に収めた。その時、バシッ、と音がして、二人の顔のすぐそばの石壁に銃弾が跳ねた。
「見つかった……!」
マルスはルビーの腕を掴んでもと来た道を走った。背後で何か叫ぶ声がする。再び銃弾が追ってくる前に、二人は横道に飛び込んだ。入り組んだ路地をジグザグに駆ける。そして、壊れかけた大小の船が何隻も打ち捨てられた場所に出た。
「船の墓場か」
古くなったり壊れたりして使えなくなった船が集められているのだ。船は適宜解体されて、再利用される。
マルスは一隻の大きな船の、船底の破損部分から中に入って、身を隠した。戦闘の音が近付いてくる。二人は息を潜めた。
錆びた船体の隙間から外を覗くと、明け方の空に逃げ惑うゲリラ兵が浮かび上がる。銃声がして、兵が一瞬静止し、地面に倒れた。助けに駆け寄った仲間も撃たれて倒れた。
「こんな……酷い……こんな一方的な」
ルビーは声を震わせた。その眼には恐怖よりも怒りが浮かんでいる。
「貴女がそれを言うのか、ブラッディ・ルビー」
「こんなのはフェアじゃないわ。弱い者を力で屈服させるのは間違ってる。わたしは弱い人たちに戦う武器を売り続けるわ」
「それでは流れる血の量が増えるだけだ」
「ではみすみす殺されるしかないと!?」
「静かに」
声を荒げたルビーの口を、マルスの手が塞いだ。銃声が近い。
「戦いは銃がもたらすのではない。戦いを始めるのも、終わらせるのも、人でしかない」
ルビーはマルスの手から逃れるようにいやいやと首を振った。
「あなたがそれを言うの?マルス=ミカ・イシュラヴァール!では終わらせてみせなさいよ、すべての戦いを、あなたの力で、今すぐに!」
叫んだルビーの口を、マルスの口が塞いだ。
「…………っ!」
*
「カナンがいない?」
市庁舎のスカイは聞き返した。街はもうあらかた奪回し、あとは倉庫と市場を残すのみである。市場では、敵の最後の抵抗が繰り広げられていた。カナンがいるとすれば、市場だろうと踏んでいた。だが、市場で戦闘に当たった部隊に、その姿を見たものはいなかった。
そこへ王都から伝令が来た。俊足のカイヤーンに遅れること数時間、それは21ポイントの戦況を伝えるものだった。
つまり、21ポイントはダレイ王子の参戦により反乱軍の勝利、だが敵の勇将ユーリ・アトゥイーを確保、王都へ連行した――と。
「しまった――!カナンはもうレーにはいない!」
それもまた勘でしかなかったが、強い確信のもとにスカイは市庁舎を飛び出した。レーの奪還は時間の問題だ。あとは部下に任せても大丈夫――そう判断した。
しかし、その判断は間違っていた。
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