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第八章 流転編
確信
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アルサーシャから遠く離れた、王国の南西岸の海で、海賊の動きが活発化しているという話をエディが聞いたのは、その後まもなくのことだった。
市中警備兵たちは、情報収集も兼ねてよく街の酒場に行く。その日もエディは仲間と共に、あまり得意ではない酒をちびちびと舐めていた。
仲間の兵士もエディも私服だ。酒場には兵士の他にも顔見知りの客が何人かいて、わいわいと話に興じている。
「最近またキャプテン・ドレイクが暴れ回ってるって話だな」
「それが、他にもいるらしいぜ。ドレイクと肩を並べているのはなんと、ブラッディルビーとかいう女海賊だとか。これがとんでもなく美人らしい」
「そいつは一度お目にかかってみたいな。それから、奴隷船ばかり狙っているのもいるな。確か――」
「ああ、聞いたことがあるぞ!名前を……なんだったかな……あれも女頭領じゃなかったか?」
「そうなのか?俺はそこまでは知らんが、乗組員はアルナハブ人だって話だって聞いたな」
黙って会話を聞いていたエディが、ぽつりと呟いた。
「アルナハブ……」
奴隷船ばかり狙う海賊。女頭領。
エディの頭の中で、バラバラのピースが引っかかる。何かを示唆しているのに、それが何なのかは情報が少なすぎてわからない。ただ、直感だけがあった。
「アトゥイーは……生きてる……」
*****
滅多に政庁に出てこなくなった国王の代わりに、シハーブは奔走していた。
反乱軍は政府の予想を大きく超えて膨れ上がっていた。国軍の半数を投入して尚、戦いは激化するばかりで収束の気配がない。シハーブは紛糾する議会をなだめながら、参謀本部で連日戦略会議を続けていた。
王に指示を仰いでも、「殲滅せよ」の一点張りだ。
そして反乱軍の他にも、更にシハーブの頭を悩ませる問題が勃発していた。王国の西岸に海賊が増えているという。貿易船が襲撃を受けて、周辺国も頭を痛めていた。
忙殺される日々の中で、シハーブには気に掛かっていることがあった。その日、海賊対策のための会議に呼ばれて顔を出したスカイを、ようやく捕まえた。
「スカイ!」
会議の後、近衛隊の詰所に戻ろうとしたスカイを呼び止める。
「シハーブ様」
「どういうつもりだ?アトゥイーが死んだなどと吹聴して回ってるとか」
周囲に聞かれないよう声を落として、シハーブは問い詰めた。
「吹聴とは酷いなぁ。聞いた通りですよ。スラムで殺し合いがあったと通報があって、行ってみたら彼女があの夜に着ていたものがあった。遺体は五人分。バラバラに解体されて腐乱しかけていた――処刑する手間が省けましたね」
「そんなふざけた話があるか。マルス様はご存知なのか?」
「なぜその必要が?一介の兵士の死など、わざわざ陛下のお耳に入れることでもございますまい」
スカイはさらりと言った。シハーブは眉をひそめた。
「スカイ……お前、何を企んでいる?」
「言ったでしょう、アトゥイーには死んでもらうと。陛下に刃を向けた者が生きていてもらっちゃ困りますからね。あとは適当な女を連れてきて名を与えればいい。陛下はきっと新しい女をお気に召しますよ」
「……やはり、アトゥイーを連れ戻す気か……だが名ばかり変えても、顔を知っている者がいるだろう」
「どこに?サラ=マナさまはもういないし、陛下はもう後宮には行かないでしょう。奴隷たちは何も言いませんよ」
「それでエディを遠ざけたのか」
シハーブの合点がいった。シハーブ家から王宮に戻って以来、王は「星の間」に引きこもっている。スカイを除けば、エディは近衛兵の中で唯一「星の間」に入ることが許されていたのだ。
スカイは困ったように微笑った。
「彼は優秀すぎるんですよ。賢くて誠実で腕が立つ。そして優しい。陛下への忠誠心と友情との間で苦しむのは可哀想だ」
「……どこにいるんだ?その女は」
「シハーブ様、海賊船の拿捕には僕が向かいますよ」
突然スカイが話題を変えた。
「何をいきなり――まさか!?」
「まあ、ただの勘ですけどね。あのじゃじゃ馬娘が、そうそう大人しく隠れていられるわけがない」
スカイはにっこりと笑って言った。
市中警備兵たちは、情報収集も兼ねてよく街の酒場に行く。その日もエディは仲間と共に、あまり得意ではない酒をちびちびと舐めていた。
仲間の兵士もエディも私服だ。酒場には兵士の他にも顔見知りの客が何人かいて、わいわいと話に興じている。
「最近またキャプテン・ドレイクが暴れ回ってるって話だな」
「それが、他にもいるらしいぜ。ドレイクと肩を並べているのはなんと、ブラッディルビーとかいう女海賊だとか。これがとんでもなく美人らしい」
「そいつは一度お目にかかってみたいな。それから、奴隷船ばかり狙っているのもいるな。確か――」
「ああ、聞いたことがあるぞ!名前を……なんだったかな……あれも女頭領じゃなかったか?」
「そうなのか?俺はそこまでは知らんが、乗組員はアルナハブ人だって話だって聞いたな」
黙って会話を聞いていたエディが、ぽつりと呟いた。
「アルナハブ……」
奴隷船ばかり狙う海賊。女頭領。
エディの頭の中で、バラバラのピースが引っかかる。何かを示唆しているのに、それが何なのかは情報が少なすぎてわからない。ただ、直感だけがあった。
「アトゥイーは……生きてる……」
*****
滅多に政庁に出てこなくなった国王の代わりに、シハーブは奔走していた。
反乱軍は政府の予想を大きく超えて膨れ上がっていた。国軍の半数を投入して尚、戦いは激化するばかりで収束の気配がない。シハーブは紛糾する議会をなだめながら、参謀本部で連日戦略会議を続けていた。
王に指示を仰いでも、「殲滅せよ」の一点張りだ。
そして反乱軍の他にも、更にシハーブの頭を悩ませる問題が勃発していた。王国の西岸に海賊が増えているという。貿易船が襲撃を受けて、周辺国も頭を痛めていた。
忙殺される日々の中で、シハーブには気に掛かっていることがあった。その日、海賊対策のための会議に呼ばれて顔を出したスカイを、ようやく捕まえた。
「スカイ!」
会議の後、近衛隊の詰所に戻ろうとしたスカイを呼び止める。
「シハーブ様」
「どういうつもりだ?アトゥイーが死んだなどと吹聴して回ってるとか」
周囲に聞かれないよう声を落として、シハーブは問い詰めた。
「吹聴とは酷いなぁ。聞いた通りですよ。スラムで殺し合いがあったと通報があって、行ってみたら彼女があの夜に着ていたものがあった。遺体は五人分。バラバラに解体されて腐乱しかけていた――処刑する手間が省けましたね」
「そんなふざけた話があるか。マルス様はご存知なのか?」
「なぜその必要が?一介の兵士の死など、わざわざ陛下のお耳に入れることでもございますまい」
スカイはさらりと言った。シハーブは眉をひそめた。
「スカイ……お前、何を企んでいる?」
「言ったでしょう、アトゥイーには死んでもらうと。陛下に刃を向けた者が生きていてもらっちゃ困りますからね。あとは適当な女を連れてきて名を与えればいい。陛下はきっと新しい女をお気に召しますよ」
「……やはり、アトゥイーを連れ戻す気か……だが名ばかり変えても、顔を知っている者がいるだろう」
「どこに?サラ=マナさまはもういないし、陛下はもう後宮には行かないでしょう。奴隷たちは何も言いませんよ」
「それでエディを遠ざけたのか」
シハーブの合点がいった。シハーブ家から王宮に戻って以来、王は「星の間」に引きこもっている。スカイを除けば、エディは近衛兵の中で唯一「星の間」に入ることが許されていたのだ。
スカイは困ったように微笑った。
「彼は優秀すぎるんですよ。賢くて誠実で腕が立つ。そして優しい。陛下への忠誠心と友情との間で苦しむのは可哀想だ」
「……どこにいるんだ?その女は」
「シハーブ様、海賊船の拿捕には僕が向かいますよ」
突然スカイが話題を変えた。
「何をいきなり――まさか!?」
「まあ、ただの勘ですけどね。あのじゃじゃ馬娘が、そうそう大人しく隠れていられるわけがない」
スカイはにっこりと笑って言った。
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