イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第八章 流転編

裏街の夜★

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 真夜中の王都は、地域によって様々な顔を見せる。
 繁華街は夜遅くまで灯りと人通りが絶えないが、ひとつふたつ区画を隔てた裏町は、どろりと暗い闇が停滞し、たむろする者共の纏う空気もがらりと変わる。明らかに目付きの悪い男たちと、胸の大きく開いた服をだらしなく着た女たち。路上にはごみが散らかり、異臭を放っている。
 その更に裏側、真っ暗な小路を選んで、裸足の女が駆けていく。
 遠くで呼子が鳴った。
「おい、どこ行くんだよ?」
 女の行く手を、いかにも柄の悪い風体の男が塞いだ。先を阻まれた女がくるりと踵を返した先を、三人の男が塞ぐ。
 最初の男の背後からもう一人現れて、女はあっという間に五人の男に囲まれた。
(こいつらは追手じゃない)
 ファーリアは思った。じりじりと距離を詰められる。
 ファーリアの体力は限界だった。下半身が鉛のように重い。頭が朦朧としている。何も考えずにばったり倒れて眠ってしまいたかった。
「見ろよ。この女、中は素っ裸だぜ」
 男の一人が、ファーリアの上衣の襟元を掴んだ。
「――――っ!」
 ファーリアははだけかけた前を両手で掻き合わせた。その隙に、別の一人が背後に回って両肩を掴んだ。
「どっかの娼館から逃げてきたのか?」
「……放して」
 ファーリアが言ったが、誰も意に介さない。
「どこの女か知らねぇが、いい拾い物をしたな。おい」
「ああ、丁度退屈していたところだ。そこで犯っちまおうぜ」
 前の男が、くい、と顎で指した先には、空き家が黒い入り口を開けている。男たちは下卑た笑い声を上げて、ファーリアを家の中へ突き飛ばした。
「や……っ!」
 男たちの手が伸びてきて、床に倒れ込んだファーリアの上衣を乱暴に広げた。
 家の中は闇だった。開いた入り口からわずかに差し込む光に、ファーリアの肌が白く浮かび上がった。
「やめろ……」
 ファーリアは低く言った。男たちがファーリアの両脚を広げる。
 ファーリアの股の間から、つい先程までファーリアとマルスが交じりあっていた名残が流れ出た。それを手にまとわせて、男の一人が言った。
「なんだ、この女。もう濡れてやがるぜ」
「やめろ」
 ファーリアはもう一度言った。

「ほんとよ、悲鳴が聞こえたんだってば」
「そんなのほっとけよ……面倒事に巻き込まれたらどうするんだ」
「分かってるわ。ヤバそうだったら逃げるから」
 そんな会話を交わしながら、一組の男女が暗い小路に迷い込んできた。ややあって、女は一つの人影をみとめて立ち止まった。
「あんた……大丈夫かい?さっき悲鳴が……」
 恐る恐る、女が声を掛ける。
「――大丈夫だ」
 女は手にしていた燭台を掲げた。人影――小柄な男が、眩しそうに手で顔を隠す。
「ちょっとあんた、血だらけじゃないか……!」
 女は思わず駆け寄った。連れの男が、慌てて追いかける。
「おい、ザラ!まずいって!」
「あんた、怪我は!?こんなに血が」
 ザラが触れようとすると、小柄な男は一歩、身を引いた。
「……大丈夫だ。わたしの血じゃないから」
 その時、ふっと空気が揺れた。ザラはすぐ脇の空き家――入り口の扉は外れてしまっている――を見た。そこから溢れ出る、濃厚な血の臭い。
「何が……あったの……?」
 よくよく見ると、目の前の小柄な男の着ている服はやけに大きかった。どう見ても体格に寸法が合っていない。白く細い首。高い声。
「……あなた……女……?」
 ザラはそう言って、相手の手を取った。華奢なその手は、小刻みに震えていた。
「ひでえ……」
 連れの男が空き家の中を確認して、思わず呻いた。そこには大量の血と、肉の塊と成り果てた五人の男の躯が転がっていた。
 再び、呼子が聞こえた。先程よりも近い。
「――まずいわ。とにかくここを離れましょう。あなたも」
 三人は連れ立って、暗い小路の奥へと音もなく立ち去った。

 ザラたちは入り組んだ小路を奥へ奥へと進んでいった。時折、道ではない建物の中や、屋根の上まで通って、やがて建物と建物の間の細い隙間に入り、信じられないほど狭い階段を下って、目的の場所にたどり着いた。
「ただいま」
 ザラが声を掛けると、中にいた小太りの男が応じた。
「遅かったじゃないか。心配していたんだぞ」
「ごめん、兄さん。王宮の近くで何かあったみたいで、兵士がたくさん出ていたのよ」
「罪人でも逃げたか――ま、俺たちも明日は我が身だがな。くわばらくわばら」
 そう言って、小太りの男――オットーは陽気に笑った。
「で、そいつは誰だ?」
 オットーがザラの後ろにいたファーリアを指して言った。
「裏町で会ったの。ごろつきに襲われたみたいでほっとけなくて。ねえあんた、名前は?どこに住んでるの?」
「…………」
 ファーリアは答えなかった。
 今頃、シハーブの私兵がアルサーシャ中を探し回っているだろう。夜が明ければ市中警備兵も捜索に加わるかもしれない。アトゥイーとは名乗れない。
 黙りこくったファーリアを見て、ザラは溜め息をついて言った。
「言いたくないならいいわ。あたしはザラ。こっちは兄貴のオットーよ。とりあえず今夜は休んでいくといいわ。これからどうするかは、また明日考えましょ」
「おい、ザラ。いいのか?こんな得体のしれない奴を」
 仲間の一人が横から口を出した。
「じゃあ放り出すの?ついさっきひどい目にあった女の子を、スラムの真ん中に?」
「い、いや……」
「今夜一晩くらいいいじゃないの。ねえあんた、そうしなよ。ね?」
「……いや、迷惑なら、わたしは……」
 出ていく、と言い終わる前に、ファーリアはすとんとその場に座り込んでしまった。
「あ……れ……?」
 身体に力が入らない。
 ファーリアはもう立ち上がれなかった。
 三日間マルスに抱かれ続けた上に、夜の街を逃げ回ったのだ。緊張がとけた途端に、強烈な眠気が襲ってきた。
「ちょっと、あんた!」
 ザラの声が遠ざかっていく。
 ファーリアはそのまま床に倒れて、深い眠りに落ちていった。
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