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第七章 愛執編
亀裂
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アルナハブ王国の地下で保護された第五王子ヤーシャールは、無事にララ=アルサーシャに亡命を果たし、王宮の一角に客分として滞在していた。
エディアカラ以下、エクバターナ近辺でファーリアを捜索していた兵たちも、ファーリアが保護されたという報を受けて、アルサーシャへの帰路についた。
そんな中、シハーブとファーリアもアルサーシャへ帰還した。流石にファーリアを檻に入れたまま市内を運ぶわけにはいかないので、兵の一人が先行して軍部に戻り、馬を一頭連れてきた。ファーリアは市外で馬に乗り換え、アルサーシャに入った。
半月ぶりのアルサーシャの街並みは、出発した時とはまったく違って見えた。
エクバターナで敵に囲まれ、地下に迷い込んだときには、絶対に生きてここに帰ると思った。
だが、ユーリと出会い、もうここには戻らないかも知れないと思ったのは、つい数日前のこと。
(結局、戻ってきてしまった)
ファーリアの眼に、アルサーシャの街は、どこか色褪せて映った。
ファーリアは王宮に行く前にシハーブの屋敷へ寄った。
長旅の間、着たきりだった軍服を脱ぎ、用意してもらった湯で身体を洗う。清潔な服――女物の――に着替えて自室から出ると、帰還を聞きつけたマルスが訪れていた。ファーリアが王宮に来るまで待ちきれなかったらしい。
「よく無事で帰ってきた――ファーリア」
マルスが駆け寄ってきて、ファーリアを抱き締める。
さらりと銀の髪がファーリアを包んだ。
(――あ)
ファーリアはマルスの発するむせ返るような芳香に、くらりとする。そばにいる時は気付かなかったその香りが、数日離れていただけでこんなにも懐かしい。
シハーブと、マルスに付き従ってきたスカイは、気を利かせて席を外した。
「そなたが行方知れずと聞いて、どれだけ心配したか知れぬ」
耳に馴染んだ涼やかな声が、ファーリアの鼓膜を震わせる。
「マルスさま――」
マルスの匂いを、声を、体温を、ファーリアの身体が記憶している。それを思い知る。
だが、マルスの彫刻のような唇がファーリアの桜色の唇に重ねられようとした、その瞬間。
ファーリアは、咄嗟に顔を背けていた。
「……ファーリア……?」
マルスの長い指が、ファーリアの髪を優しく梳く。
「…………ファーリア………………?」
合わない視線を追いかけるように、マルスがファーリアの顔を覗き込む。
ファーリアは観念したように、マルスを見返した。
その潤んだ瞳が、言葉以上のものを語っていた。
そこに浮かんだ、迷いと、後悔と、後ろめたさと、愚かさと、罪と。
瞬間、マルスは悟った。
ファーリアの裏切りを。
マルスは突如真っ暗な闇の中にただ一人放り出されたような感覚に陥った。
「陛下――!どちらへ!?」
「お待ち下さい!陛下!」
廊下に控えていた侍従の制止も虚しく、マルスは大股で歩き去る。ファーリアはマルスに腕を掴まれて、引きずられるようについていく。
シハーブとスカイが顔色を変えて追いかけた。
マルスはシハーブ家の構造は熟知していた。共に育ったシハーブの家には、宮殿から近いこともあり、子供の頃からよく遊びに来ていた。マルスは真っ直ぐに、ファーリアとの逢瀬のために用意させた西棟へと向かう。マルスの発する青い炎のような殺気に、誰もが弾かれるように道を開けた。
「人払いせよ――!皆、西棟から出ろ!早く!」
シハーブの指示に、使用人たちはおろおろと西棟から下がった。
「シハーブ様、アトゥイーはアルヴィラにいたんですよね?」
スカイがシハーブに確認する。
「ああ、捕虜になっていた。どこで捕まったのかまでは聞けていないが」
「……それ、本当に、捕虜でした?」
「…………!」
シハーブとスカイが顔を見合わせる。
「……お前もそう思うか」
スカイは頷いた。
「――ユーリ・アトゥイーも、アルヴィラにいる」
二人のアトゥイーの謎は、元々繋がりがあったとすれば納得がいく。
「親類か、もしくは――」
その先を口にするのは憚られた。が、シハーブとスカイは同じことを考えていた。何よりも、王の剣幕がその可能性を裏付けていた。
そしてシハーブは、最悪の事態をも懸念していた。
(マルス様はファーリアを手に掛けるかもしれない――)
そんなことになったら大騒ぎだ。シハーブ家もただでは済まない。
シハーブはあらためて命じる。
「――人払いせよ!俺が指示するまで、誰一人として西棟へは近付けるな――!」
エディアカラ以下、エクバターナ近辺でファーリアを捜索していた兵たちも、ファーリアが保護されたという報を受けて、アルサーシャへの帰路についた。
そんな中、シハーブとファーリアもアルサーシャへ帰還した。流石にファーリアを檻に入れたまま市内を運ぶわけにはいかないので、兵の一人が先行して軍部に戻り、馬を一頭連れてきた。ファーリアは市外で馬に乗り換え、アルサーシャに入った。
半月ぶりのアルサーシャの街並みは、出発した時とはまったく違って見えた。
エクバターナで敵に囲まれ、地下に迷い込んだときには、絶対に生きてここに帰ると思った。
だが、ユーリと出会い、もうここには戻らないかも知れないと思ったのは、つい数日前のこと。
(結局、戻ってきてしまった)
ファーリアの眼に、アルサーシャの街は、どこか色褪せて映った。
ファーリアは王宮に行く前にシハーブの屋敷へ寄った。
長旅の間、着たきりだった軍服を脱ぎ、用意してもらった湯で身体を洗う。清潔な服――女物の――に着替えて自室から出ると、帰還を聞きつけたマルスが訪れていた。ファーリアが王宮に来るまで待ちきれなかったらしい。
「よく無事で帰ってきた――ファーリア」
マルスが駆け寄ってきて、ファーリアを抱き締める。
さらりと銀の髪がファーリアを包んだ。
(――あ)
ファーリアはマルスの発するむせ返るような芳香に、くらりとする。そばにいる時は気付かなかったその香りが、数日離れていただけでこんなにも懐かしい。
シハーブと、マルスに付き従ってきたスカイは、気を利かせて席を外した。
「そなたが行方知れずと聞いて、どれだけ心配したか知れぬ」
耳に馴染んだ涼やかな声が、ファーリアの鼓膜を震わせる。
「マルスさま――」
マルスの匂いを、声を、体温を、ファーリアの身体が記憶している。それを思い知る。
だが、マルスの彫刻のような唇がファーリアの桜色の唇に重ねられようとした、その瞬間。
ファーリアは、咄嗟に顔を背けていた。
「……ファーリア……?」
マルスの長い指が、ファーリアの髪を優しく梳く。
「…………ファーリア………………?」
合わない視線を追いかけるように、マルスがファーリアの顔を覗き込む。
ファーリアは観念したように、マルスを見返した。
その潤んだ瞳が、言葉以上のものを語っていた。
そこに浮かんだ、迷いと、後悔と、後ろめたさと、愚かさと、罪と。
瞬間、マルスは悟った。
ファーリアの裏切りを。
マルスは突如真っ暗な闇の中にただ一人放り出されたような感覚に陥った。
「陛下――!どちらへ!?」
「お待ち下さい!陛下!」
廊下に控えていた侍従の制止も虚しく、マルスは大股で歩き去る。ファーリアはマルスに腕を掴まれて、引きずられるようについていく。
シハーブとスカイが顔色を変えて追いかけた。
マルスはシハーブ家の構造は熟知していた。共に育ったシハーブの家には、宮殿から近いこともあり、子供の頃からよく遊びに来ていた。マルスは真っ直ぐに、ファーリアとの逢瀬のために用意させた西棟へと向かう。マルスの発する青い炎のような殺気に、誰もが弾かれるように道を開けた。
「人払いせよ――!皆、西棟から出ろ!早く!」
シハーブの指示に、使用人たちはおろおろと西棟から下がった。
「シハーブ様、アトゥイーはアルヴィラにいたんですよね?」
スカイがシハーブに確認する。
「ああ、捕虜になっていた。どこで捕まったのかまでは聞けていないが」
「……それ、本当に、捕虜でした?」
「…………!」
シハーブとスカイが顔を見合わせる。
「……お前もそう思うか」
スカイは頷いた。
「――ユーリ・アトゥイーも、アルヴィラにいる」
二人のアトゥイーの謎は、元々繋がりがあったとすれば納得がいく。
「親類か、もしくは――」
その先を口にするのは憚られた。が、シハーブとスカイは同じことを考えていた。何よりも、王の剣幕がその可能性を裏付けていた。
そしてシハーブは、最悪の事態をも懸念していた。
(マルス様はファーリアを手に掛けるかもしれない――)
そんなことになったら大騒ぎだ。シハーブ家もただでは済まない。
シハーブはあらためて命じる。
「――人払いせよ!俺が指示するまで、誰一人として西棟へは近付けるな――!」
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