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第七章 愛執編
砂漠の朝
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身体の下に硬い地面を感じて、ファーリアは今いるのが砂漠だったことを思い出した。
まだ眠っているユーリの両腕の間からすり抜けると、ちょうど空と地平線をオレンジ色に染めて朝日が昇ってくるところだった。
「ん……」
ユーリの腕が、起きかけたファーリアに絡みついてくる。
まるで片時も離したくないとでも言いたげに、抱き寄せて、唇を重ねる。
「起きてるの?」
ファーリアが尋ねると、ユーリは目を瞑ったまま、ふるると首を振った。
「水を汲んでくる」
そう言って立ち上がりかけたファーリアを、またユーリの腕が引き止める。
「……行くな」
「すぐ戻る」
「行くな」
ユーリはファーリアをきつく抱き締めて繰り返した。
ファーリアは起きるのを諦めた。野宿しているのは日陰になる岩陰だ。少し歩けば水場もある。もうしばらくこうしていても大丈夫だろう。
エクバターナを出て何日経っただろうか。
ここ数日、ユーリとファーリアは明確にどこへ向かうともなく、なんとなく西へと馬を進めていた。ユーリはファーリアを解放戦線に引き入れていいものか迷っていたが、このままジェイクや逃がしてくれたハッサらと訣別するのも気が引けた。結果、アルヴィラ砦のすぐ近くまで来てはいたものの、なんとなく帰りづらくて脚が鈍っていた。
ファーリアもまた迷っていた。帰らなければ、と思うが、もう帰れない、とも思う。
(このまま帰らなければ、陛下はわたしのことなど忘れるだろうか)
そもそも後宮にはマルスの側室候補の姫がたくさんいるのだ。サラ=マナや大勢の姫たちを差し置いてファーリアが寵を受け続けることなどあるのだろうか。ファーリアはまだ後宮に入る決心すらできていないというのに。
『――逃げて逃げて、いつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?』
スカイの言葉が胸に突き刺さる。
(また逃げるの?今度はユーリまで巻き込んで?)
ファーリアはユーリの寝顔を眺める。黒くまっすぐな眉、黒い睫毛、日に焼けた肌。くっきりとした唇が少しだけ開き、かすかに寝息を漏らしている。もういちど逢いたいと思い続けた顔が、すぐ目の前にある。
(離れたくない――だけど)
思えばずっと逃げてきた。ジャヤトリアから、娼館から、後宮から。逃げて逃げて逃げ続けて。
(わたしは逃げることしかできないのか……?)
ファーリアはそっとユーリの顔に触れた。
ユーリがぱちりと目を開ける。
そしておもむろにうつ伏せになった。ファーリアを片腕で抱いたまま、無言で前方を窺っている。
「……ユーリ?」
ファーリアはユーリの身体の下から訊いた。ユーリの筋肉が緊張しているのを感じる。
「国軍だ」
ユーリが呟いた。
ファーリアはユーリの視線を追った。遠く砂煙が巻き上がるのが見える。――騎馬隊が駆けていく。
「――アルヴィラへ向かっている」
そう言うなり、ユーリは起き上がって岩陰づたいに馬のそばへ向かった。
「アルヴィラへ行くの?」
「……」
ユーリは答えない。手早く荷をまとめて馬につけている。そして自身も馬に跨ると、ファーリアに手を差し伸べた。
「お前も来い、ファーリア」
そして答えを聞くのも待たずに、ユーリはファーリアを馬上に引っ張り上げた。
まだ眠っているユーリの両腕の間からすり抜けると、ちょうど空と地平線をオレンジ色に染めて朝日が昇ってくるところだった。
「ん……」
ユーリの腕が、起きかけたファーリアに絡みついてくる。
まるで片時も離したくないとでも言いたげに、抱き寄せて、唇を重ねる。
「起きてるの?」
ファーリアが尋ねると、ユーリは目を瞑ったまま、ふるると首を振った。
「水を汲んでくる」
そう言って立ち上がりかけたファーリアを、またユーリの腕が引き止める。
「……行くな」
「すぐ戻る」
「行くな」
ユーリはファーリアをきつく抱き締めて繰り返した。
ファーリアは起きるのを諦めた。野宿しているのは日陰になる岩陰だ。少し歩けば水場もある。もうしばらくこうしていても大丈夫だろう。
エクバターナを出て何日経っただろうか。
ここ数日、ユーリとファーリアは明確にどこへ向かうともなく、なんとなく西へと馬を進めていた。ユーリはファーリアを解放戦線に引き入れていいものか迷っていたが、このままジェイクや逃がしてくれたハッサらと訣別するのも気が引けた。結果、アルヴィラ砦のすぐ近くまで来てはいたものの、なんとなく帰りづらくて脚が鈍っていた。
ファーリアもまた迷っていた。帰らなければ、と思うが、もう帰れない、とも思う。
(このまま帰らなければ、陛下はわたしのことなど忘れるだろうか)
そもそも後宮にはマルスの側室候補の姫がたくさんいるのだ。サラ=マナや大勢の姫たちを差し置いてファーリアが寵を受け続けることなどあるのだろうか。ファーリアはまだ後宮に入る決心すらできていないというのに。
『――逃げて逃げて、いつまでも追ってきてもらえるとでも思ってる?』
スカイの言葉が胸に突き刺さる。
(また逃げるの?今度はユーリまで巻き込んで?)
ファーリアはユーリの寝顔を眺める。黒くまっすぐな眉、黒い睫毛、日に焼けた肌。くっきりとした唇が少しだけ開き、かすかに寝息を漏らしている。もういちど逢いたいと思い続けた顔が、すぐ目の前にある。
(離れたくない――だけど)
思えばずっと逃げてきた。ジャヤトリアから、娼館から、後宮から。逃げて逃げて逃げ続けて。
(わたしは逃げることしかできないのか……?)
ファーリアはそっとユーリの顔に触れた。
ユーリがぱちりと目を開ける。
そしておもむろにうつ伏せになった。ファーリアを片腕で抱いたまま、無言で前方を窺っている。
「……ユーリ?」
ファーリアはユーリの身体の下から訊いた。ユーリの筋肉が緊張しているのを感じる。
「国軍だ」
ユーリが呟いた。
ファーリアはユーリの視線を追った。遠く砂煙が巻き上がるのが見える。――騎馬隊が駆けていく。
「――アルヴィラへ向かっている」
そう言うなり、ユーリは起き上がって岩陰づたいに馬のそばへ向かった。
「アルヴィラへ行くの?」
「……」
ユーリは答えない。手早く荷をまとめて馬につけている。そして自身も馬に跨ると、ファーリアに手を差し伸べた。
「お前も来い、ファーリア」
そして答えを聞くのも待たずに、ユーリはファーリアを馬上に引っ張り上げた。
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