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第六章 アルナハブ編
お家騒動
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「やめいよ」
緊迫したホールに凛とした声が響いた。
いつの間に現れたのか、先程までダレイ王子麾下の兵が囲んでいた二階テラスに、一人の女性がいた。女性の周囲には武装した男女がずらりと展開している。
「――王妃!」
誰かが――恐らくはハリー王子の側近の一人か――言った。女性はアルナハブ王妃ニケだった。
ダレイはその顔にあからさまに怒りの色を浮かべた。
「婆あが……邪魔しやがって――!」
「慎め」
ニケ王妃のすぐ脇にいた女兵士が朗々とした声で一喝する。
エディは記憶を辿る。
ララ=アルサーシャで密命を受けた時、シハーブに一通の密書を渡された。
『王妃に直接謁見はできん。エクバターナの王宮に入ったら、これを王妃付きの女官に手渡せ。女官は見れば分かる――書面を受け渡す旨はエクバターナに潜ませている間諜から符牒で伝えておく』
シハーブの言った通り、宮殿内を行き交う女官たちの中でも別格に威厳がある女官が一人いた。エディたちを案内する高官も兵士も、その女官のことを目上の者として扱い、一歩引いた態度をとっている。
なるほど、と納得し、人目が逸れた瞬間に丁度すれ違ってきた女官に、服の陰から密書を渡した。
それが、小一時間ほど前。
(間に合った――のか?)
エディは生唾を飲み込んだ。密書を渡したとて、王妃が動くかどうか。それは賭けだった。現状、イシュラヴァール側にはアルナハブ王家の内情はわかっていない。だがしかし、ダレイの初太刀は逃げ切った。
「ダレイよ。イシュラヴァールとの協定を反故にすること、国王の望むところではない。一旦兵を引けい」
王妃は齢六十に幾つか足りないくらいか。年齢以前に、圧倒的な威圧感と威厳があった。化粧は厚いが、まだ十分に美しい。
(直接謁見できない、とシハーブ様は言ったけど……この王妃と面と向かったら、気圧されてまともに話せる気はしないな)
エディは心の中で苦笑した。
左右に展開した兵士らも、階下にいる兵士たちとは一味違う。華やかな色合いの衣類の上に、美しい型が押された揃いの鎧を着け、鮮やかな緑のマントには黄色い糸で細やかな模様が織り込まれている。とにかく、見た目が派手なのだ。顎を上げて辺りを睥睨するような顔つきも、どこか普通の兵士とは異なっている。その雰囲気にふと既視感を覚えて、エディは王妃の兵たちを見回した。
(――いた!)
そう、あの書面を渡した女官である。
案内の兵士らが礼を執ったのも道理で、王妃の女官たちは皆、王妃の専属兵士なのだった。階級もだいぶ高いのだろう。
ハッ、とダレイが笑い声を上げた。
「王妃殿、あの耄碌爺に望むところも何もあるものか。そも老いて治世に興味を失くした王をいいことに、実権を握ろうと必死なのは貴女ではないか」
「慎め、根拠もないことを!」
「よい」
いきり立つ女官を王妃は制し、続けた。
「ではダレイ、そなた国王と我に逆らうと申すか」
「ああ、俺はもう末子の辛酸を舐めるのは御免だからな。俺が今までどれだけの謀略に嵌められ続けてきたか、貴女もご存知だろう?ここからは俺の番だ」
「……浅はかな」
王妃は溜息をついた。
そして、つい、と手を挙げる。
「謀反人じゃ。捕らえよ」
ダダダダダッ、と荒い足音が響き、謁見の間に続く廊下が王妃側の兵で埋まった。テラスからは矢が狙っている。ダレイたちは包囲された格好になった。
「そう簡単に行くか!」
不敵な笑みを浮かべたダレイが言い放つと、ざわ、と王妃の周囲が浮足立った。
「ぎゃあっ!」
「ぐっ!」
テラスにいた兵士が二人ほど、弓をつがえたままもんどり打って階下に落下した。背には矢が刺さっている。二階テラスに外側から矢が射込まれたのだ。
「――王妃様をお守りせよ!」
武装女官たちが王妃を護って、安全な場所へと逃れる。
「あれは――アルヴィラ解放戦線――!」
誰かが叫んだ。
王宮の門を破り、塀を乗り越えて、武装した遊牧民姿の戦士たちがなだれ込んでくる。
「おのれ、ダレイ!アルナハブの誇りを捨て異民族の力をたのんだか……!」
王妃の声が怒りに震える。
「あんたがたこそ、古い考えを捨てられないからいつまでも勝てないのだ!もう時代は変わる!俺が変える!!アルヴィラ解放戦線はイシュラヴァール打倒のため立ち上がった盟友だ!!」
ダレイが高々と言い放った。
謁見の間は敵味方が入り乱れ、再び戦場と化した。
「我々は王妃につく!皆、散るな!王妃軍と合流して活路を開け!」
エディが叫ぶ。その場にいたイシュラヴァール兵たちは、黄緑のマントを目印に謁見の間から脱出した。
緊迫したホールに凛とした声が響いた。
いつの間に現れたのか、先程までダレイ王子麾下の兵が囲んでいた二階テラスに、一人の女性がいた。女性の周囲には武装した男女がずらりと展開している。
「――王妃!」
誰かが――恐らくはハリー王子の側近の一人か――言った。女性はアルナハブ王妃ニケだった。
ダレイはその顔にあからさまに怒りの色を浮かべた。
「婆あが……邪魔しやがって――!」
「慎め」
ニケ王妃のすぐ脇にいた女兵士が朗々とした声で一喝する。
エディは記憶を辿る。
ララ=アルサーシャで密命を受けた時、シハーブに一通の密書を渡された。
『王妃に直接謁見はできん。エクバターナの王宮に入ったら、これを王妃付きの女官に手渡せ。女官は見れば分かる――書面を受け渡す旨はエクバターナに潜ませている間諜から符牒で伝えておく』
シハーブの言った通り、宮殿内を行き交う女官たちの中でも別格に威厳がある女官が一人いた。エディたちを案内する高官も兵士も、その女官のことを目上の者として扱い、一歩引いた態度をとっている。
なるほど、と納得し、人目が逸れた瞬間に丁度すれ違ってきた女官に、服の陰から密書を渡した。
それが、小一時間ほど前。
(間に合った――のか?)
エディは生唾を飲み込んだ。密書を渡したとて、王妃が動くかどうか。それは賭けだった。現状、イシュラヴァール側にはアルナハブ王家の内情はわかっていない。だがしかし、ダレイの初太刀は逃げ切った。
「ダレイよ。イシュラヴァールとの協定を反故にすること、国王の望むところではない。一旦兵を引けい」
王妃は齢六十に幾つか足りないくらいか。年齢以前に、圧倒的な威圧感と威厳があった。化粧は厚いが、まだ十分に美しい。
(直接謁見できない、とシハーブ様は言ったけど……この王妃と面と向かったら、気圧されてまともに話せる気はしないな)
エディは心の中で苦笑した。
左右に展開した兵士らも、階下にいる兵士たちとは一味違う。華やかな色合いの衣類の上に、美しい型が押された揃いの鎧を着け、鮮やかな緑のマントには黄色い糸で細やかな模様が織り込まれている。とにかく、見た目が派手なのだ。顎を上げて辺りを睥睨するような顔つきも、どこか普通の兵士とは異なっている。その雰囲気にふと既視感を覚えて、エディは王妃の兵たちを見回した。
(――いた!)
そう、あの書面を渡した女官である。
案内の兵士らが礼を執ったのも道理で、王妃の女官たちは皆、王妃の専属兵士なのだった。階級もだいぶ高いのだろう。
ハッ、とダレイが笑い声を上げた。
「王妃殿、あの耄碌爺に望むところも何もあるものか。そも老いて治世に興味を失くした王をいいことに、実権を握ろうと必死なのは貴女ではないか」
「慎め、根拠もないことを!」
「よい」
いきり立つ女官を王妃は制し、続けた。
「ではダレイ、そなた国王と我に逆らうと申すか」
「ああ、俺はもう末子の辛酸を舐めるのは御免だからな。俺が今までどれだけの謀略に嵌められ続けてきたか、貴女もご存知だろう?ここからは俺の番だ」
「……浅はかな」
王妃は溜息をついた。
そして、つい、と手を挙げる。
「謀反人じゃ。捕らえよ」
ダダダダダッ、と荒い足音が響き、謁見の間に続く廊下が王妃側の兵で埋まった。テラスからは矢が狙っている。ダレイたちは包囲された格好になった。
「そう簡単に行くか!」
不敵な笑みを浮かべたダレイが言い放つと、ざわ、と王妃の周囲が浮足立った。
「ぎゃあっ!」
「ぐっ!」
テラスにいた兵士が二人ほど、弓をつがえたままもんどり打って階下に落下した。背には矢が刺さっている。二階テラスに外側から矢が射込まれたのだ。
「――王妃様をお守りせよ!」
武装女官たちが王妃を護って、安全な場所へと逃れる。
「あれは――アルヴィラ解放戦線――!」
誰かが叫んだ。
王宮の門を破り、塀を乗り越えて、武装した遊牧民姿の戦士たちがなだれ込んでくる。
「おのれ、ダレイ!アルナハブの誇りを捨て異民族の力をたのんだか……!」
王妃の声が怒りに震える。
「あんたがたこそ、古い考えを捨てられないからいつまでも勝てないのだ!もう時代は変わる!俺が変える!!アルヴィラ解放戦線はイシュラヴァール打倒のため立ち上がった盟友だ!!」
ダレイが高々と言い放った。
謁見の間は敵味方が入り乱れ、再び戦場と化した。
「我々は王妃につく!皆、散るな!王妃軍と合流して活路を開け!」
エディが叫ぶ。その場にいたイシュラヴァール兵たちは、黄緑のマントを目印に謁見の間から脱出した。
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