イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
上 下
88 / 230
第六章 アルナハブ編

要塞都市

しおりを挟む
 エクバターナは天然の複雑な地形を利用した要塞のような都市である。
 中央部の小高い丘に月光宮と呼ばれる王宮があり、高低差のある斜面に沿って入り組んだ街が形成されている。灌漑が発達しているようで、丘の麓に広がる平野部には農耕地が広がっていた。
 エディたち一行は夕刻エクバターナに到着した。二人を宿に残し、日没後、人目を避けて通用口から月光宮を訪れた。
「こちらでございます」
 案内する兵の声は低く、緊張が伺われる。
 会見には、エディと近衛兵二名、治安部隊から四名の、計七名が出席した。アルナハブ語のわからないアトゥイーを含め、残りの二十名は謁見の間の外側に巡らされた回廊に控えている。
「国王シャー・アルナハブは伏せっている。私、ハリー王子が応対する」
 ややあって現れたアルナハブの第一王子は、イシュラヴァール王よりも高齢だった。平服のようだったが、金糸の縁飾りで彩られた上等な布地の衣を纏っている。この地方の伝統か、国王含め周囲に侍る人々の衣類も総じて色鮮やかだ。
 対してエディたちは、武器を預け、それぞれの軍服の上に正装である揃いの白い長衣とターバンを身に着けて会見に臨んだ。
 エディが王子の前に進み出て、膝を折って礼を取る。
「イシュラヴァール王より命を受けて参じました、エディアカラです。状況が切迫していますので、早速本題に入ることをお許しください。つきましては国境に展開している部隊を撤退させていただきたく、いくつか条件を携えてまいりました。まず第一に、貴国の意図を今一度、確認させてもらえますか」
「……こちらとしても少々行き違いがあったようだ……その、聞いたところでは先にそちらの国境警備兵が攻撃を仕掛けてきたと」
 王子の返答はどこか歯切れが悪い。眉間に皺を刻んだ複雑な表情で、傍らの宰相に後を委ねるように目配せした。
「こちらに入っている報告ではそのような事実はありません。が、当該地域が武装解除されたら直ちに調査団を……」
 そう、エディが言ったときだ。
 タァン、と銃声が鳴った。
 ホールの壁面二階にはぐるりと一周するようにテラスが巡らされている。その足場に、ターバンで覆面をした兵士がばらばらっとなだれ込み、ホールを取り囲んだ。兵士たちは弓を構えてエディたちを狙う。
 六人の兵たちは、素早くエディを囲むように身構えた。人数もさることながら、剣を預けているので、戦うとなると圧倒的に不利だ。
「どういうおつもりですか?使節に手を出したら協定を破ることになりますよ?」
 エディがハリー王子を見据えて言った。
「元から協定なんて守るつもりはないのさ」
 銃を手にした男が高みから言い放つ。
「ダレイ!貴様、使節に何ということを!すぐに弓を下ろせ!」
 ハリー王子が銃の男に怒鳴った。
「ダレイ、第六王子です。やはり現れましたね」
 近衛兵の一人がエディに囁き、エディが頷き返す。
「黙れ兄貴。俺がこの国をでかくしてやる。アルナハブは東も北も大国に囲まれ、西のシャルナクとの交易はイシュラヴァールに阻まれている。父上や兄貴のぬるいやり方では生き残っていけない」
 ダレイはそう言い返して、エディたちを見下ろした。
「交渉に使えそうなのはその小僧だけだな」
 エディを顎で指して、ダレイが言う。
「他の者は?」
「殺せ」
 ダレイ王子のひと言で、二階から一斉に矢が放たれる。エディをまもっていた兵たちは間一髪で飛び退って逃れた。
「エディ!剣を!」
 エディが護衛から完全に孤立したのを見て、アトゥイーが自らの長剣を鞘ごと投げた。エディは手を高く上げてそれを受け取り、抜き放つ。
 矢を逃れた六人の護衛たちは、事態に対応できていないハリー王子付きの高官たちから剣を奪い取った。
 一階にもダレイ王子の麾下がなだれ込んでくる。
「殺すな!全面戦争になる!殺すな!」
 敵の剣を受けながら、エディが仲間に言い渡した。
「無茶言わないでくださいよ……っ!」
 エディに毒づきながらも、イシュラヴァール兵たちは相手の急所を避けて戦う。
 離れた場所ではアトゥイーたち待機組が戦っていた。リンが拳銃で弾き飛ばした敵の剣を、アトゥイーが拾い上げる。
 あとは乱戦になった。
「護衛、三十人でも足りなかったかな」
 倒しても倒しても、次から次へと湧いて出てくる敵に辟易して、エディは言った。
「エディアカラ少佐、冗談になってませんっ……」
 近くで戦っていた若い兵卒が喘ぐように言う。
 視界に入るのが敵ばかりになって、まずいな、とエディは思った。敵味方が入り混じり、エディたちはそれぞれが徐々に孤立しつつあった。
「おいエディ、きりがないぞ。退路を確保して一旦引こう!」
 少し離れた場所から、近衛兵のマフディが叫んだ。
 だが退路を確保しようにも、エディには味方の位置が既に把握できなかった。
「もう――遅い!」
「アウッ……」
 近くにいた若い兵卒が剣撃を受けて倒れた。とどめを刺そうと敵が群がる。エディは傷ついた兵卒を背中に庇い、差し向けられた剣を二つ三つ跳ね飛ばした。
「ダレイ王子!」
 敵に囲まれたエディが叫ぶ。
「ダレイ王子!協定を反故にされた是非はともかく、降りて私と剣を交えられよ!我らはみすみす殺されはしない、これ以上は双方犠牲が増えるだけだ!王子、降りて私と剣を交えられよ!」
 ダレイ王子が右手を軽く上げると、王子麾下の兵たちは動きを止めた。王子は唇を歪めて嘲笑う。
「大使殿は状況が分かっていないのか。俺が出るまでもなく、貴様らに勝ち目はない。貴様の命だけはまだ預かっておいてやる。さっさと投稿しろ」
「私の部下全て殺すとおっしゃるならば、私のみ生き延びる意味などない。だから双方犠牲が増えるのみだと申し上げたでしょう。ですが、僕だってただで皆の命を助けろとは言いませんよ。王子、私があなたに勝てたらでいい、部下の命も助けていただきたい。そのため一戦勝負していただきたいと伏してお願いしているのだ」
「馬鹿馬鹿しい、一国の王子たるこの俺が何故、一介の使節と剣を交えねばならぬ」
「一国の王子、一軍の将たればこそ、その身を以て示すのが道理ではありませぬか」
「我に説教するか。伏して願う態度か、それが」
「礼を欠いたことは謝ります。なにぶん余裕がないもので」
 エディは食い下がる。
(なんでもいい。時間を稼がないと――)
 じりじりと膠着した周囲にちらりと目を走らせる。
(アトゥイーの姿が、見えない)
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

級友への隷従

BL / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:44

犬用オ●ホ工場~兄アナル凌辱雌穴化計画~

BL / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:77

支配者達の遊戯

BL / 連載中 24h.ポイント:2,698pt お気に入り:864

皇太子殿下の愛奴隷【第一部完結】

BL / 連載中 24h.ポイント:717pt お気に入り:459

王女への献上品と、その調教師

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:10

【完結・R18】下々を玩具にした姫の末路

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:245

【館】 House of Sex Slaves

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:175

処理中です...