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第四章 遠征編
ジャヤトリアの勅令
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ぐらり、と、ファーリアの腰を掴んでいた奴隷男の身体が傾いだ。肉から剣を引き抜く鈍い音の後、血飛沫を上げて奴隷男は地面に沈んだ。続けてヒュン、ヒュン、と剣閃が光り、ファーリアの両脚が自由になった。
三人が瞬く間に躯になったのを見て、残り二人の奴隷はファーリアから手を離して身構えた。その一人の眼前に剣が突きつけられる。
「死にたくなくば、口枷を外せ」
その声はどこまでも冷たく、有無を言わせぬ力があった。
奴隷たちは慌ててファーリアの口から口枷を外した。それを舌から引き抜かれた衝撃で、ファーリアは意識を取り戻した。
「あ……はっ、けほ、げほっ……」
反射的にむせ返る。唾液や血や精液や薬や、色々なものが口の周りにこびりついていた。
脚に力が入らない。逃げ場のない快感に内側から責め立てられて、ファーリアは床の上を転げ回って悶えた。ぐらぐらと視界が揺れる。誰でもいいから触れてほしくて、ファーリアは手を伸ばした。
その手を、長い指をした手が優しく包み込む。
「誰じゃ!儂の屋敷で、何を勝手なことをしておる。おい、誰か!誰かおらぬか!」
「私の国で勝手なことをしているのはお前だろう」
「なに……?」
ジャヤトリア辺境伯は、まじまじと相手を見つめた。そして下卑た笑みを浮かべた。
「これはこれは……どこかで見た顔だと思ったら、青二才の国王殿ではないか。一体何の用があって儂の屋敷にいらしたのかな?」
慇懃な声音とは裏腹に、相手を舐め切った態度で辺境伯は言った。マルスはそれには答えずに、辺境伯に鋭利な視線を投げた。
「この悪趣味な部屋で、何をしている」
「見たままじゃ。一年と少し前だったか――逃げた奴隷が戻ってきたから折檻をしておったまで。奴隷を甘やかすと付け上がるでな……国王殿も共に愉しまれるか?ちょうど今、極上の淫薬を飲ませたところじゃ。いい具合に蕩けておる頃合いだぞ」
「……悪趣味な」
マルスは吐き捨てた。
「儂の奴隷をどう扱おうが、国王殿には関係なかろう」
「こいつはお前の奴隷ではない。私の兵士だ。返してもらおう」
マルスの声が、凛々と響く。
辺境伯はさも可笑しそうに高笑いした。
「兵士?これが?これは言葉も知らず、腰を振るしか脳のない奴隷ぞ。儂はよく知っておる。ほんの幼い頃から見てきたからな。十の歳から儂を咥えこんできた淫売よ」
「……下衆が……」
マルスの眉が嫌悪に歪んだ。
「それを、王よ、兵士だと?ぐはははは!何を寝惚けたことをおっしゃる。さあ用がないならさっさと出てゆかれるが良い。辺境は儂がきっちり治めておる。何の問題もなく、な」
「誰のお陰でこの辺境の地を治めることができたと思っている」
「あんたこそ、儂のお陰で領土を拡げたんだろうが!」
国王への礼儀や忠誠心は、首都から離れるにつれて薄くなっていた。殊に、辺境を治めている領主たちは元々が豪族として自領に君臨していたこともあって、ともすれば国王ですら自らと同列に見て敬意を払わず、王国への依存心もないような者も多かった。
「その節は前王にもあんたにも世話になったな。だが戦は短すぎた……儂の剣は今も血を欲して夜毎啼いておる……こいつが俺を慰めてくれんと、儂は退屈で気が狂いそうじゃ――」
辺境伯が歩み寄ってきて、ファーリアの顎をくいと持ち上げる。ファーリアはびくっと躰を震わせた。まだ薬が効いている。
「二十年前の戦いで、お前の冷酷さは重宝した。だがもはや、お前はただの下衆で暗愚な老人だ。私の臣下に無能と下衆は要らん」
マルスはそう言い切ると、ヒュン、と剣を一閃させた。
「……うぎゃあああああ!!」
辺境伯の、獣のような声が屋敷に響き渡った。血飛沫を上げた両の手首から先は、斬り落とされて床にころころと転がった。
「お前がしてきた非道をそのままその身体に返してやりたいところだが、生憎私は嗜虐の趣味はない。その手で罪を贖って何処へなり消え失せろ」
「あがあああああ!ああああ!」
「これよりジャヤトリア辺境伯領は廃領し、国王直轄地とする。すべてのジャヤトリア兵は、我が麾下となるか、もしくは禄を捨て野に下るか、どちらか選ぶが良い!」
辺境伯の叫びを聞いて駆け付けてきた兵士たちに、マルスは言い放った。兵士たちは事の次第が飲み込めずに、呆然と立ち尽くしている。マルスの号令に真っ先に応えたのは、白い髭の老人だった。
「宰相のイーサー・カターダと申す。伯の横暴には常々心を痛めており申した。これより後、一族郎党、国王陛下に忠誠を誓うことを約束致しまする」
イーサーはマルスの足元に跪き、胸に手を当てて礼を執る。
集まった兵士たちも、それに倣って次々に跪いた。
三人が瞬く間に躯になったのを見て、残り二人の奴隷はファーリアから手を離して身構えた。その一人の眼前に剣が突きつけられる。
「死にたくなくば、口枷を外せ」
その声はどこまでも冷たく、有無を言わせぬ力があった。
奴隷たちは慌ててファーリアの口から口枷を外した。それを舌から引き抜かれた衝撃で、ファーリアは意識を取り戻した。
「あ……はっ、けほ、げほっ……」
反射的にむせ返る。唾液や血や精液や薬や、色々なものが口の周りにこびりついていた。
脚に力が入らない。逃げ場のない快感に内側から責め立てられて、ファーリアは床の上を転げ回って悶えた。ぐらぐらと視界が揺れる。誰でもいいから触れてほしくて、ファーリアは手を伸ばした。
その手を、長い指をした手が優しく包み込む。
「誰じゃ!儂の屋敷で、何を勝手なことをしておる。おい、誰か!誰かおらぬか!」
「私の国で勝手なことをしているのはお前だろう」
「なに……?」
ジャヤトリア辺境伯は、まじまじと相手を見つめた。そして下卑た笑みを浮かべた。
「これはこれは……どこかで見た顔だと思ったら、青二才の国王殿ではないか。一体何の用があって儂の屋敷にいらしたのかな?」
慇懃な声音とは裏腹に、相手を舐め切った態度で辺境伯は言った。マルスはそれには答えずに、辺境伯に鋭利な視線を投げた。
「この悪趣味な部屋で、何をしている」
「見たままじゃ。一年と少し前だったか――逃げた奴隷が戻ってきたから折檻をしておったまで。奴隷を甘やかすと付け上がるでな……国王殿も共に愉しまれるか?ちょうど今、極上の淫薬を飲ませたところじゃ。いい具合に蕩けておる頃合いだぞ」
「……悪趣味な」
マルスは吐き捨てた。
「儂の奴隷をどう扱おうが、国王殿には関係なかろう」
「こいつはお前の奴隷ではない。私の兵士だ。返してもらおう」
マルスの声が、凛々と響く。
辺境伯はさも可笑しそうに高笑いした。
「兵士?これが?これは言葉も知らず、腰を振るしか脳のない奴隷ぞ。儂はよく知っておる。ほんの幼い頃から見てきたからな。十の歳から儂を咥えこんできた淫売よ」
「……下衆が……」
マルスの眉が嫌悪に歪んだ。
「それを、王よ、兵士だと?ぐはははは!何を寝惚けたことをおっしゃる。さあ用がないならさっさと出てゆかれるが良い。辺境は儂がきっちり治めておる。何の問題もなく、な」
「誰のお陰でこの辺境の地を治めることができたと思っている」
「あんたこそ、儂のお陰で領土を拡げたんだろうが!」
国王への礼儀や忠誠心は、首都から離れるにつれて薄くなっていた。殊に、辺境を治めている領主たちは元々が豪族として自領に君臨していたこともあって、ともすれば国王ですら自らと同列に見て敬意を払わず、王国への依存心もないような者も多かった。
「その節は前王にもあんたにも世話になったな。だが戦は短すぎた……儂の剣は今も血を欲して夜毎啼いておる……こいつが俺を慰めてくれんと、儂は退屈で気が狂いそうじゃ――」
辺境伯が歩み寄ってきて、ファーリアの顎をくいと持ち上げる。ファーリアはびくっと躰を震わせた。まだ薬が効いている。
「二十年前の戦いで、お前の冷酷さは重宝した。だがもはや、お前はただの下衆で暗愚な老人だ。私の臣下に無能と下衆は要らん」
マルスはそう言い切ると、ヒュン、と剣を一閃させた。
「……うぎゃあああああ!!」
辺境伯の、獣のような声が屋敷に響き渡った。血飛沫を上げた両の手首から先は、斬り落とされて床にころころと転がった。
「お前がしてきた非道をそのままその身体に返してやりたいところだが、生憎私は嗜虐の趣味はない。その手で罪を贖って何処へなり消え失せろ」
「あがあああああ!ああああ!」
「これよりジャヤトリア辺境伯領は廃領し、国王直轄地とする。すべてのジャヤトリア兵は、我が麾下となるか、もしくは禄を捨て野に下るか、どちらか選ぶが良い!」
辺境伯の叫びを聞いて駆け付けてきた兵士たちに、マルスは言い放った。兵士たちは事の次第が飲み込めずに、呆然と立ち尽くしている。マルスの号令に真っ先に応えたのは、白い髭の老人だった。
「宰相のイーサー・カターダと申す。伯の横暴には常々心を痛めており申した。これより後、一族郎党、国王陛下に忠誠を誓うことを約束致しまする」
イーサーはマルスの足元に跪き、胸に手を当てて礼を執る。
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