イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
52 / 230
第四章 遠征編

ジャヤトリアの勅令

しおりを挟む
 ぐらり、と、ファーリアの腰を掴んでいた奴隷男の身体が傾いだ。肉から剣を引き抜く鈍い音の後、血飛沫を上げて奴隷男は地面に沈んだ。続けてヒュン、ヒュン、と剣閃が光り、ファーリアの両脚が自由になった。
 三人が瞬く間にむくろになったのを見て、残り二人の奴隷はファーリアから手を離して身構えた。その一人の眼前に剣が突きつけられる。
「死にたくなくば、口枷これを外せ」
 その声はどこまでも冷たく、有無を言わせぬ力があった。
 奴隷たちは慌ててファーリアの口から口枷を外した。それを舌から引き抜かれた衝撃で、ファーリアは意識を取り戻した。
「あ……はっ、けほ、げほっ……」
 反射的にむせ返る。唾液や血や精液や薬や、色々なものが口の周りにこびりついていた。
 脚に力が入らない。逃げ場のない快感に内側から責め立てられて、ファーリアは床の上を転げ回って悶えた。ぐらぐらと視界が揺れる。誰でもいいから触れてほしくて、ファーリアは手を伸ばした。
 その手を、長い指をした手が優しく包み込む。
「誰じゃ!儂の屋敷で、何を勝手なことをしておる。おい、誰か!誰かおらぬか!」
「私の国で勝手なことをしているのはお前だろう」
「なに……?」
 ジャヤトリア辺境伯は、まじまじと相手を見つめた。そして下卑た笑みを浮かべた。
「これはこれは……どこかで見た顔だと思ったら、青二才の国王殿ではないか。一体何の用があって儂の屋敷にいらしたのかな?」
 慇懃な声音とは裏腹に、相手を舐め切った態度で辺境伯は言った。マルスはそれには答えずに、辺境伯に鋭利な視線を投げた。
「この悪趣味な部屋で、何をしている」
「見たままじゃ。一年と少し前だったか――逃げた奴隷が戻ってきたから折檻をしておったまで。奴隷を甘やかすと付け上がるでな……国王殿も共に愉しまれるか?ちょうど今、極上の淫薬を飲ませたところじゃ。いい具合に蕩けておる頃合いだぞ」
「……悪趣味な」
 マルスは吐き捨てた。
「儂の奴隷をどう扱おうが、国王殿には関係なかろう」
「こいつはお前の奴隷ではない。私の兵士だ。返してもらおう」
 マルスの声が、凛々りんりんと響く。
 辺境伯はさも可笑しそうに高笑いした。
「兵士?が?これは言葉も知らず、腰を振るしか脳のない奴隷ぞ。儂はよく知っておる。ほんの幼い頃から見てきたからな。とおの歳から儂を咥えこんできた淫売よ」
「……下衆が……」
 マルスの眉が嫌悪に歪んだ。
「それを、王よ、兵士だと?ぐはははは!何を寝惚けたことをおっしゃる。さあ用がないならさっさと出てゆかれるが良い。辺境は儂がきっちり治めておる。何の問題もなく、な」
「誰のお陰でこの辺境の地を治めることができたと思っている」
「あんたこそ、儂のお陰で領土を拡げたんだろうが!」
 国王への礼儀や忠誠心は、首都から離れるにつれて薄くなっていた。殊に、辺境を治めている領主たちは元々が豪族として自領に君臨していたこともあって、ともすれば国王ですら自らと同列に見て敬意を払わず、王国への依存心もないような者も多かった。
「その節は前王にもあんたにも世話になったな。だが戦は短すぎた……儂の剣は今も血を欲して夜毎啼いておる……こいつが俺を慰めてくれんと、儂は退屈で気が狂いそうじゃ――」
 辺境伯が歩み寄ってきて、ファーリアの顎をくいと持ち上げる。ファーリアはびくっと躰を震わせた。まだ薬が効いている。
「二十年前の戦いで、お前の冷酷さは重宝した。だがもはや、お前はただの下衆で暗愚な老人だ。私の臣下に無能と下衆は要らん」
 マルスはそう言い切ると、ヒュン、と剣を一閃させた。
「……うぎゃあああああ!!」
 辺境伯の、獣のような声が屋敷に響き渡った。血飛沫を上げた両の手首から先は、斬り落とされて床にころころと転がった。
「お前がしてきた非道をそのままその身体に返してやりたいところだが、生憎私は嗜虐の趣味はない。その手で罪を贖って何処へなり消え失せろ」
「あがあああああ!ああああ!」
「これよりジャヤトリア辺境伯領は廃領し、国王直轄地とする。すべてのジャヤトリア兵は、我が麾下となるか、もしくは禄を捨て野に下るか、どちらか選ぶが良い!」
 辺境伯の叫びを聞いて駆け付けてきた兵士たちに、マルスは言い放った。兵士たちは事の次第が飲み込めずに、呆然と立ち尽くしている。マルスの号令に真っ先に応えたのは、白い髭の老人だった。
「宰相のイーサー・カターダと申す。伯の横暴には常々心を痛めており申した。これよりのち、一族郎党、国王陛下に忠誠を誓うことを約束致しまする」
 イーサーはマルスの足元に跪き、胸に手を当てて礼を執る。
 集まった兵士たちも、それに倣って次々に跪いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...