イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第三章 王宮編

邂逅

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 男は初めて、アトゥイーの顔を正面から見た。
 男の頭の片隅に、微弱な電流が走った。古い古い記憶を、小さな棘で引っ掻かれたような気がして、剣をアトゥィーに向けたまま攻撃に踏み切れない。
(――何だ?)
 アトゥイーが先手を繰り出した。その剣をただ受け流す。
(なんで、斬れない?こんな小僧一人)
 男は部族の中でも飛び抜けて腕が立った。歳を取って若干腕は衰えたが、まだまだ若い戦士たちには劣らない自負があった。だから奇襲攻撃の先鋒も買って出た。実際、勘が良いとはいえ、ひと月ふた月訓練しただけのアトゥイーなど敵ではない。数回剣を交わらせただけでも、その差は歴然だった。
 なのに、斬り込めない。殺してはだめだと、本能が囁く。
(何故だ……)
 脳の深い深い場所が、指先を流れる血の一滴が、躊躇わせる。
 ――血。
 男ははっとする。
「カナン……?」
 男が呟いたその瞬間、首元を狙ってアトゥイーの剣が突きを繰り出した。男は咄嗟に避ける。
 男の赤いターバンが、はらりと取れて、風に舞った。ちらりと目をやると、少年たちが幼い妹に駆け寄り、固く抱き合っている。その向こうに、駆けてくる国軍兵士のマントが見えた。――ウラジーミルたちがアトゥイーの加勢に駆けつけたのだ。
(子に親を殺させた、これが報いか――)
 男は悟った。自分にこの兵士を殺すことはできない。仲間はまだ着かない。投降すれば、仲間を聞き出すための苛烈な拷問の末に、処刑が待っている。捕まるわけにはいかない。
(許せ――)
 男は空を仰いだ。黄色い大気が、その瞬間、さあっと青く晴れた。
 助走をつけて、アトゥイーが剣を振りかぶる。迷いが剣を鈍らせた。空を切り裂く音がして振り下ろされた剣が、男の身体を袈裟懸けに裂いた。
 血を吹き出して倒れ込みながら、男が何事か言った。
「……何故、お前はそちら側にいる……?」
「……え?」
 アトゥイーはひざまずき、倒れた男の顔に耳を寄せた。
「お前の身体……には、遊牧の……民の血が……流れている、はずだ……俺と、同じ……血……ともに、たたか……」
 がふっ、と血泡を吐いて、言葉が途切れる。男は震える手で腰に手をやると、短剣を鞘ごと外してアトゥイーの胸に押し付けた。最期の言葉は、声にならなかった。そしてアトゥイーの頬をひと撫でし、小さく笑った。
「アトゥイー!」
 ウラジーミルが駆け寄ってきて、事切れた男を見て言った。
「よくやったな。これは敵の首領だ」
 返事のないのを怪訝に思い、ウラジーミルはアトゥイーの顔を覗き込んだ。
「……どうした?」
「……なんでもない……」
 アトゥイーは、男の最後の言葉の意味を考えていた。
(わたしに遊牧民の血が流れている……そう言っていた……)
 奴隷だったアトゥイーの、自分でも知らない出自を、何故この男が知っているのだろう。それとも死の間際で幻影でも見たのだろうか。
 ふと思い立って、受け取った短剣を抜いてみる。
 刀身には小さく文字が彫られていた。
『カナンのために』
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