イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第五章 恋情編

蠢動

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 ジャヤトリア直轄領は表向き、暫しの平穏を保っていた。
 アルヴィラ砦に集結した反乱軍は停戦協定を守り、武力攻撃を停止していた。が、その裏で着々と同志を増やし、武器を集め、蜂起の時を狙っていた。
「そろそろアルサーシャの様子が気になるな。カスィムにもしばらく会ってないし、イスマイルの武器もだいたい仕上がっているそうだ。一度実物を確認して、どう運ぶか考えないと」
 アルサーシャからの定期連絡を受け取ったジェイクが言った。
「王都か……ジェイク、俺も行きたい」
 窓辺で外を眺めていたユーリが、思い付いたように言った。捕虜だったスカイが言っていた刺青のある兵士がどうにも気になっていた。遊牧民の刺青があるなら、それは同志である可能性もある。アルサーシャに長く住んでいるカスィムやオットーなら、何か情報を持っているかも知れない。――それに。
(いつだったか、アトゥイーという名の兵士がいると、カイヤーンが言っていなかったか)
 繋がりそうで繋がらない断片的な情報がもどかしい。この際自分でそいつらが一体何者なのか確かめたかった。
 だが、ジェイクの返答はつれないものだった。
「何を言い出す。ダメに決まっているだろう。この間の国軍との戦闘で面が割れてるんだ。お前はカスィムに渡す塩を手配してくれ」
「面が割れているのはお前も一緒だろう。まったく、不自由な身になったものだ」
 ユーリがぶつぶつと抗議する。
「確かにな……それに俺もここを離れられん」
「俺が行こう。一度、王都を見てみたかったのだ」
 カイヤーンが名乗りを上げた。
「気をつけろカイヤーン、お前も面が割れている」
「お前らほどじゃねぇよ。とりあえずカスィムの店に行きゃいいんだな?」
「ああ。南東門のすぐ脇にある、『踊る子ブタ』って店だ。行けばすぐ分かる」

 ジェイクの言ったとおり、店はすぐに分かった。入り口で名を告げると、分厚い布で仕切られた奥の部屋に通される。中には既にファティマとカスィム、鍛冶屋のイスマイルが待っていた。
「あら!いらっしゃい、カイヤーン!相変わらずむさ苦しいわねぇ!」
「むさ苦しくて悪かったなファティマ。お前は相変わらずべっぴんだな。どうだ、そろそろ嫁に来る気になったか?」
「いやぁよ、砂漠暮らしなんて」
 カイヤーンは頼まれていた塩の袋をカスィムに渡した。
「とりあえず10キロある」
「助かったよ。これを口実に王宮に出入りしているものだからね。これが予想以上に人気で、急かされてるんだ」
 カスィムは代金を数えてカイヤーンに渡す。
 食卓には、オットーの店から仕入れている腸詰めや肉の炒めものなどが並んでいる。カイヤーンは早速料理にかぶりついて、旅の空腹を癒やした。
 もうひとつの卓上にはイスマイルが持参した武器を並べている。長剣、短剣、曲刀、クロスボウなど様々だ。
「これが二千、こっちが三千二百、これは五百……」
と、それぞれの武器の数を説明する。
「オットーの荷馬車に積んで、サヴァ商会のキャラバンに紛れ込ませる。それを砂漠街道上の市場でピックアップしてくれ」
「わかった」
 むしゃむしゃと肉を頬張っては乳酒で流し込みながら、カイヤーンは答えた。
「あ、そういえばあたし、例の『アトゥイー』に会ったわ」
「おお!あの小僧、生きていたのか!」
 カイヤーンが声を上げた。かつて21ポイントで出会った兵士のことが気になっていたのだ。
「でも本当にあんたが会った兵士と同じなのかなぁ……近衛兵の制服を着てたけど」
「アトゥイーなんて名前、そうそうないだろう。異動したんじゃないのか?」
「でもね、女の子だったのよ」
 カイヤーンの目がぎらりと光った。
「……女?」
「うん。あたし、ドレスを作るようにって国王の側室のサラ=マナ様に言われて行ったんだけどね。採寸したから確かよ」
「女か……!それで合点がいった……!」
「え?どういうこと?」
「いや、こっちの話だ。それでその女は今、近衛隊にいるのか?」
「それがよくわかんないのよね。会ったのは後宮の中だったし」
「女の『アトゥイー』か。僕もちょっと興味があるな」
 カスィムは手にした赤ワインのグラスを透かして言った。
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