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第五章 恋情編
側近たちの憂鬱
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その日の参議会は、概ね予定通りに進んだ。マルスが何ひとつ口を出さなかったので、議題は余程のことがない限りは意義も出ずに、「通例通り」処断された。会議の間、マルスは終始、心此処に在らずといった風情だった。
「……呆けすぎ」
参議がぞろぞろと退出したのを見計らって、シハーブが言った。
「寝惚けすぎ」
スカイも畳み掛ける。
「……寝てはいない」
マルスが苦しい反論をする。
「じゃ、やりすぎ」
「おい」
「溺れすぎ、ですな」
シハーブがダメ押しする。
「……いかんな」
マルスも自覚していた。今のところ政務に支障は出ていないが、身が入っていないのは事実だった。
「……ちょっと休む」
そう言ってマルスは執務室に籠もった。スカイとシハーブは衛兵に警護を託して一旦表に出る。
「あの様子だと、もしかすると、もしかするかもしれませんね」
「お前もそう思うか?」
スカイは頷いた。
「ここ十年絶えていた、御子の御誕生の兆し……あり得るかと」
反乱軍との戦闘で傷を追ったスカイは、ひと月入院、と言われたところを二週間で仕事に復帰していた。まだ本調子ではないが、あまり動かずにすむ仕事は以前のようにこなしていた。
「……まさか、あの娘とそういうことになっていたとはな」
「僕は薄々、わかってましたけどね。まあここまでご執心とは僕も予想していませんでしたが」
「――なんだと?いつから!?」
「割と最初からー?だって、あからさまだったじゃないですか」
「どこが!?」
「そもそも興味がないのに街で出会っただけの子を王宮に引き入れませんよ。その後も、用もないのに何かと声を掛けていたし……後宮付きにする件も、戦闘で怪我を負ったことで陛下が心配されて」
「そんな私情で人事を動かしやがったのか?奴は!兵士舐めてんのか?」
シハーブは呆れ返って、語調がどんどん荒くなる。スカイは苦笑しながら、まあまあとなだめて言った。
「だから言ったでしょ、中佐の一件がバレたら首が飛ぶって。……でも尚更、アトゥイーの出自をはっきりさせる必要がありますねぇ」
「そのことだが、マルス様はもう良いと」
「それはつまり、陛下はもうご存知だということですか?」
「そのようだな。アトゥイー本人の口から聞いたのか……だが明らかにあの遠征から変わられた。ジャヤトリアもしくはその周辺で何かあったとしか思えん」
その時、衛兵が駆けてきた。マルスが午睡から目覚めたことを報せに来たのだ。きっかり十五分仮眠したことになる。これからシハーブと共に謁見だ。
「陛下……どこまでご存知なんだろう……」
一人残されたスカイは、ぽつりと言った。
もしスカイの推測どおりであれば、二人の進む先には波乱が待ち受けているに違いない――。
*****
「……っつ……」
「我慢しなされ。すぐ終わる」
アトゥイーの部屋には、マルスが手配したという医師が来ていた。
医師は、アトゥイーの胸元に新たに押された焼印を消す処置を施していた。焼印が押された箇所の皮膚を切開し、両側から皮膚を引き寄せて縫い合わせていく。
「この傷がくっついたら、もう一回残りの半分を同じように切開し、縫い合わせて終わり。若いですからの。治りも早いでしょう」
医師の言う通り、ちょうど「ファーリア」と名が刻まれた部分が消えていた。残り半分、蓮の花の紋章部分だけが残っている。
「では今日の傷が消えた頃にまた見せてもらおう。さて、今日はこれでお終いじゃ」
「ありがとうございます、医師……あの、これとは別に、お願いがあるのですが」
「ん?なんじゃ?」
アトゥイーは、どうか陛下には内緒で、と前置きして、ある相談をした。
「もし手に入れば、薬がほしくて……」
「……呆けすぎ」
参議がぞろぞろと退出したのを見計らって、シハーブが言った。
「寝惚けすぎ」
スカイも畳み掛ける。
「……寝てはいない」
マルスが苦しい反論をする。
「じゃ、やりすぎ」
「おい」
「溺れすぎ、ですな」
シハーブがダメ押しする。
「……いかんな」
マルスも自覚していた。今のところ政務に支障は出ていないが、身が入っていないのは事実だった。
「……ちょっと休む」
そう言ってマルスは執務室に籠もった。スカイとシハーブは衛兵に警護を託して一旦表に出る。
「あの様子だと、もしかすると、もしかするかもしれませんね」
「お前もそう思うか?」
スカイは頷いた。
「ここ十年絶えていた、御子の御誕生の兆し……あり得るかと」
反乱軍との戦闘で傷を追ったスカイは、ひと月入院、と言われたところを二週間で仕事に復帰していた。まだ本調子ではないが、あまり動かずにすむ仕事は以前のようにこなしていた。
「……まさか、あの娘とそういうことになっていたとはな」
「僕は薄々、わかってましたけどね。まあここまでご執心とは僕も予想していませんでしたが」
「――なんだと?いつから!?」
「割と最初からー?だって、あからさまだったじゃないですか」
「どこが!?」
「そもそも興味がないのに街で出会っただけの子を王宮に引き入れませんよ。その後も、用もないのに何かと声を掛けていたし……後宮付きにする件も、戦闘で怪我を負ったことで陛下が心配されて」
「そんな私情で人事を動かしやがったのか?奴は!兵士舐めてんのか?」
シハーブは呆れ返って、語調がどんどん荒くなる。スカイは苦笑しながら、まあまあとなだめて言った。
「だから言ったでしょ、中佐の一件がバレたら首が飛ぶって。……でも尚更、アトゥイーの出自をはっきりさせる必要がありますねぇ」
「そのことだが、マルス様はもう良いと」
「それはつまり、陛下はもうご存知だということですか?」
「そのようだな。アトゥイー本人の口から聞いたのか……だが明らかにあの遠征から変わられた。ジャヤトリアもしくはその周辺で何かあったとしか思えん」
その時、衛兵が駆けてきた。マルスが午睡から目覚めたことを報せに来たのだ。きっかり十五分仮眠したことになる。これからシハーブと共に謁見だ。
「陛下……どこまでご存知なんだろう……」
一人残されたスカイは、ぽつりと言った。
もしスカイの推測どおりであれば、二人の進む先には波乱が待ち受けているに違いない――。
*****
「……っつ……」
「我慢しなされ。すぐ終わる」
アトゥイーの部屋には、マルスが手配したという医師が来ていた。
医師は、アトゥイーの胸元に新たに押された焼印を消す処置を施していた。焼印が押された箇所の皮膚を切開し、両側から皮膚を引き寄せて縫い合わせていく。
「この傷がくっついたら、もう一回残りの半分を同じように切開し、縫い合わせて終わり。若いですからの。治りも早いでしょう」
医師の言う通り、ちょうど「ファーリア」と名が刻まれた部分が消えていた。残り半分、蓮の花の紋章部分だけが残っている。
「では今日の傷が消えた頃にまた見せてもらおう。さて、今日はこれでお終いじゃ」
「ありがとうございます、医師……あの、これとは別に、お願いがあるのですが」
「ん?なんじゃ?」
アトゥイーは、どうか陛下には内緒で、と前置きして、ある相談をした。
「もし手に入れば、薬がほしくて……」
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