イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第四章 遠征編

停戦交渉

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「援軍だと?」
 アルヴィラ砦にはカイヤーンが合流していた。
 砦の上層、市街全域を見渡せる一室に、反乱軍の司令部が置かれている。見下ろすと、夕闇に沈んでいく市街ではあちこちで松明が焚かれ始めていた。
「国王がジャヤトリア騎兵団を引き連れて現れた。どうやら毒は効かなかったようだな」
 ジェイクは節くれたつるに咲いた黒紫色の花弁を弄んでいる。
「……スナカズラか!」
 カイヤーンがその花を見て言った。
「スナカズラは遅効性だし、解毒剤がある。確実性に欠けるな」
「仕方ないだろう、毒見役を買って出てくれたハッサを死なせるわけにいかん。なに、今回は足止めが目的だった。十分だろう。あんたの奇襲も成功したしな。あの数の国軍本隊相手に、さすがだよカイヤーン」
「あんたらこそ、解毒剤があったとしても大した度胸だぜ。ユーリ・アトゥイーの仲間はみんな命知らずか?」
 カイヤーンが呆れたという風に言うと、ジェイクはふふっと微笑った。
「まあ、俺に言わせれば馬鹿ばっかりだな」
 ハッサに言わせれば、「スナカズラあんなもんはちょっと強い水煙草と一緒」なのだそうだ。
「おいジェイク、聞こえてるぞ」
 部屋の隅、少し高くなっている石段に仰向けに寝転がっていたユーリが言った。足元には酒瓶が転がっている。
「起きてたのか」
「頭が痛い」
「飲みすぎだ、馬鹿」
「また馬鹿と言ったな。そう言うが、俺の一番の友はお前だジェイク。ということはお前も馬――」
「絡むな絡むな。それより国王様のお出ましだぞ。どうする?アトゥイー」
 ユーリはのっそりと起き上がり、窓の外を見た。
「……どうするもこうするも、策を考えるのはお前の仕事だ。俺はお前に言われたとーり手足のよーに動きますよ、どうせ馬鹿だからな」
「突っかかるな。褒め言葉だ」
「嘘をつけ。ああ、頭が痛い」
 ユーリはまた石段に戻ってどっかりと腰を下ろした。
「お前に一服いっぷく盛るのは簡単だろうなぁ……」
 ジェイクは空の酒瓶を拾い上げて溜息をつく。
 二人のやり取りを見ていたカイヤーンはくっくっくと笑った。
「あんたら、緊張感ねぇなぁ」
「ほっとけ。それよりこの後だが、国王とまともにやり合う気はない。俺たちの目的はこの砦だ。……で、おいアトゥイー」
「なんだ」
捕虜エサはどんな様子だ?」
「殺しちゃいないよ。さっき見たらだいぶ回復していた。そのうち逃げ出すぞ、あいつ」
「もう動けるのか!?あの傷で!」
「いや、立って歩くのが精一杯だろうけどな。包帯替えにいった女に軽口叩いてたよ。あれは女を籠絡して手引させる気だな」
「――逃げられる前に使おう。手札を出し惜しむのは苦手なんだ」
 ジェイクは捕虜の男の容姿を思い出して、やれやれと瞑目する。それを見たカイヤーンはまたくっくっと笑った。
「あんた、苦労人だな」
 その捕虜――金髪碧眼の爽やか好青年は、ベッドの上で、身体はともかく口だけは絶好調に回っていた。
「ねえ、君なら王都で女優になれるよ。なんなら王立劇場に大学時代の友人がいるから紹介しようか。君、ほんとキレイな顔してるよね。ウェストもこーんなに細くて、世が世なら後宮にいたっておかしくない器量だよ。え?言われない?おっかしいなぁ。単に僕好み、っていうだけなのかな?あははっ」
「もう、からかうんじゃないよっ」
 女はそう言いながらもまんざらでもなさそうだ。水差しを替えに来ただけなのに、かれこれ15分も喋っている。
「楽しそうなところ悪いが、外してくれ」
 壁をコンコン、とノックして、ジェイクが言った。
「あっ、ジェイクさん!……すいません!」
 女がそそくさと出ていくと、ジェイクは部屋の隅にあった椅子を引き寄せて座った。
「見張りを四名つけている。そう簡単には逃げられんよ」
「……ユーリ・アトゥイーよりも弱いやつなら、何人いたって逃げてみせるさ」
「無理するな。十日は動けない傷のはずだ」
「なら今のうちに殺しておくんだな」
「重傷のくせに威勢がいいな。あんたは殺さないよ。今、下に国王が来ている。あんたには交渉材料になってもらう」
「――陛下が!」
「ああ、見たところ大きな傷も負っていないようで、ピンピンしてる。しかも、なにをどう手懐けたのか知らんが、ジャヤトリア騎兵団を引き連れてな。ジャヤトリア辺境伯には、いずれ反乱軍こっち側につくよう説得する予定だったんだが……先を越されたようだ」
「……生きて……!良かっ――」
 スカイは緊張が解けて、思わず目を潤ませた。それから、自嘲するように呟いた。
「……交渉材料など……屈辱も甚だしいな……」
「そう言うな。こっちも打てる手数は限られてるんだ」
「ジェイクさん」
 廊下から兵士に呼ばれ、ジェイクは席を立った。廊下で何事か話していたが、やがてスカイの横に戻ってきて言った。
「これから交渉だ。くれぐれも変な真似をするなよ。見張りを増やしておく」
 そう言って、ジェイクは部屋を出ていった。
 入れ替わりに入ってきた男を見て、スカイは天井を仰いで嘆息した。ジェイクはよりによって、絶対に逃げ切れそうにもない男を見張りにつけていったのだ。
「傷の具合はどうだ、スカイ・アブドラ」
「お陰様で、だんだん腕が上がるようになってきたよ。ユーリ・アトゥイー」
「無理をするな。縫合が開く」
 捕虜の部屋には窓はない。ユーリは扉の前に寄り掛かって腕組みをした。
 ふと、スカイがその腕を見てぽつりと言った。
「……ねぇ、ユーリ・アトゥイー」
「なんだ」
「その刺青は遊牧民なら誰でもしているのか?それともあんたの部族だけの模様?」
「このあたりでは割とよくある図柄だ。太陽と月の神話が基になっている……なんでだ?」
「いや、なに。僕の部下に、そんな刺青をしている子がいてね」
「……王都に、この刺青を?」
 ユーリは思わず寝台の上のスカイに詰め寄った。
「女か?男か?歳は?」
「ああ、確か十七、八くらいの――」
 ――やはりか、とスカイは心中で確信した。ユーリ・アトゥイーは無愛想だが顔に出るタイプらしい。パズルのピースがはまるように、彼の反応は期待以上に予想通りだった。
「若い男、だよ」

 停戦交渉に赴いたのはシハーブとエディだ。シハーブの白い長衣と白いターバンが夜目にも眩しい。
 砦を守る城門の下を中立地帯とし、協議はそこで行われた。
 反乱軍側の代表はジェイク、横にはカイヤーンが控えている。
「率直に言おう。アルヴィラ砦を我々に譲り渡し、速やかに軍を撤退させて欲しい」
 ジェイクが口火を切った。
「こちらの要求は我が軍の司令官スカイ・アブドラ以下捕虜全員の引き渡しだ。提示する条件は、そちらが一両日中に砦を放棄するならば我々はこの一件、不問に処そう。こちらの捕虜も解放する」
「では決裂だな。わかっているのか?我々はここを放棄するくらいなら、最後の一兵まで戦ってでも死守する。捕虜も殺す。もとより我々はここを死地と覚悟してこの戦いに身を投じている。彼らを助けたいなら、あなた方は撤退するより他に道はない」
「……ここを手に入れて、その後はどうするつもりだ?」
「我々の目的は、この砂漠に我々の国家を築くことだ。二十年前まで、砂漠は遊牧民族のものだった。それぞれの部族がそれぞれの文化を持ち、尊重しあって生きていた。それが、二十年前、イシュラヴァール王の侵攻によって我々の平和は崩れ去った。王国は勝手に我々の土地を区切り、辺境伯らに下賜した。それから二十年、我々は各地の辺境伯らに搾取され、虐げられてきた。集落を追われ、ある者は砂漠を捨て、ある者は奴隷に身を落とし……遊牧の民はもはや風前の灯だ。だが、我々はまだ生きている。我々の存在が完全に失われる前に、土地と権利を回復する」
「……あのときイシュラヴァールがここを平定せねば、いずれ隣国アルナハブの手に落ちていた。君たちには、仕える主が変わるだけで本質は変わらない――あるいはもっと酷い未来が待っていただろう。イシュラヴァール王家に感謝こそすれ、反旗を翻すとは心得違いも甚だしい」
「甚だしいのはてめぇらの傲慢さだ」
 カイヤーンが吐き捨てた。
「問題をすり替えて正当化するんじゃねぇ。大昔の「もしも」の話を持ち出したところで、俺らが直面しているこの状況は紛れもねぇ事実だ。あんたたちは二十年かけて砂漠ここ規律ルールをめちゃくちゃにしやがった。王家に救われたなんて思ってる奴は一人もいねぇよ」
「――ともかく、一旦停戦としましょう!」
 それまで黙っていたエディが言った。
「ここで争うのは我々の本意ではありません。前例に倣い、捕虜は双方、返還し、一旦停戦としましょう。我々は軍を撤退させ、この砦の所有権に関しては対応を保留させていただきます。そちらが武装を解除していたずらな掠奪行為をやめるならば、遊牧民族の処遇について議会に進言する用意があります。但し――」
 エディがちらりとシハーブを見た。シハーブは後を続けた。
「但し、イシュラヴァール国内でこれ以上の武力行動を行った場合には、停戦を解除し国軍の総力を上げて攻撃を開始する。これが今出せる精一杯の条件だ」
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