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第四章 遠征編
焼印★
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黄昏の光の中、マルスは銀色の長い髪をうち広げて眠っている。
濡れた服は碧眼の男が奴隷に命じて脱がせた。一糸まとわぬ美しい筋肉の上に、薄い布が掛けられている。
「辺境伯にはこの男のことは喋っていないな?」
「はっ」
碧眼の男の問いかけに、見張りの兵士が答える。
「あとは俺が見張る。下がっていいぞ」
「は」
周囲に人がいなくなったのを確認して、碧眼の男は室内に入った。貴賓客用の豪奢な寝台に、マルスは蒼い顔をして横たわっていた。呼吸は浅く、額には脂汗が浮いている。
「……あれだけ探し回った女がいきなり向こうからやってきた時には目を疑ったが……まさか、こんな大物を連れてくるとはな」
碧眼の男はすらりと剣を抜き放ち、切っ先を眠っているマルスの首元に突きつけた。
「思いがけず手の内に転がり込んできた獲物だが――さて、どうするか。今殺しておくべきか、それともまだその機は訪れていないのか……」
男は剣を持っていない方の手を開いた。そこにはタジャの実が握られている。
「……それが問題だ」
マルスは、一国の王にはあるまじき無防備さでそこにいた。無防備すぎて触れるのが躊躇われるほどに。
男はその姿を見つめながらしばらく考え込んでいたが、やがて無言で剣を収めた。
*****
苛烈な陵辱に朦朧としたファーリアの目の前に、真っ赤に灼けた焼きごてが突き出された。
「…………!」
ファーリアは息を呑んだ。
そこには蓮の花の紋章と、「ファーリア」の文字。
「こんな刺青で隠しおってからに……儂のもとを離れている間に、随分と好き勝手やっていたようじゃのう」
辺境伯が肩の刺青に爪を立てる。
「まあよい。さて、今度はどこに押してやろうか?この白い乳房か?かわいい尻か?それとも太腿にしようか」
そう言って、辺境伯はファーリアの躰を撫で回した。
「アウ、アウゥ、イアゥ」
ファーリアはふるふると首を振った。涙が零れ落ちる。
辺境伯はその顔を見てにたりと嗤うと、焼きごてをファーリアの胸元に押し当てた。
「ヒィアアアーーーっ!」
シュウ……という音とともに、蛋白質が焼け焦げる臭いがした。
皮膚が引き攣れる痛みに、ファーリアは身を捩る。
「お前は永遠に儂のものじゃ――」
もう奴隷には戻らないと、心に誓ったのはいつだったか。
娼館で碧い眼の男に殴られて犯されて、必死で逃げた。イドリスを脅し、たくさんのことを教えてくれたマリアに挨拶もせず、エディの優しさを踏みにじって、逃げた。自分の運命から。
そして出会った。月光の下、銀色の光をまとった彼に。
世界を美しく調和させる存在に。
彼のおかげで、奴隷でも娼婦でもない人生を生きることができた。
世界の広さを知り、戦う意味をもらった。
だから、わたしはもう一度運命を受け容れてもいい。
それが殺してきた命への償いだというなら。
そして彼と彼の作る世界が美しくあり続けるためなら、また奴隷に戻ってもいい。
そう、思った。
濡れた服は碧眼の男が奴隷に命じて脱がせた。一糸まとわぬ美しい筋肉の上に、薄い布が掛けられている。
「辺境伯にはこの男のことは喋っていないな?」
「はっ」
碧眼の男の問いかけに、見張りの兵士が答える。
「あとは俺が見張る。下がっていいぞ」
「は」
周囲に人がいなくなったのを確認して、碧眼の男は室内に入った。貴賓客用の豪奢な寝台に、マルスは蒼い顔をして横たわっていた。呼吸は浅く、額には脂汗が浮いている。
「……あれだけ探し回った女がいきなり向こうからやってきた時には目を疑ったが……まさか、こんな大物を連れてくるとはな」
碧眼の男はすらりと剣を抜き放ち、切っ先を眠っているマルスの首元に突きつけた。
「思いがけず手の内に転がり込んできた獲物だが――さて、どうするか。今殺しておくべきか、それともまだその機は訪れていないのか……」
男は剣を持っていない方の手を開いた。そこにはタジャの実が握られている。
「……それが問題だ」
マルスは、一国の王にはあるまじき無防備さでそこにいた。無防備すぎて触れるのが躊躇われるほどに。
男はその姿を見つめながらしばらく考え込んでいたが、やがて無言で剣を収めた。
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苛烈な陵辱に朦朧としたファーリアの目の前に、真っ赤に灼けた焼きごてが突き出された。
「…………!」
ファーリアは息を呑んだ。
そこには蓮の花の紋章と、「ファーリア」の文字。
「こんな刺青で隠しおってからに……儂のもとを離れている間に、随分と好き勝手やっていたようじゃのう」
辺境伯が肩の刺青に爪を立てる。
「まあよい。さて、今度はどこに押してやろうか?この白い乳房か?かわいい尻か?それとも太腿にしようか」
そう言って、辺境伯はファーリアの躰を撫で回した。
「アウ、アウゥ、イアゥ」
ファーリアはふるふると首を振った。涙が零れ落ちる。
辺境伯はその顔を見てにたりと嗤うと、焼きごてをファーリアの胸元に押し当てた。
「ヒィアアアーーーっ!」
シュウ……という音とともに、蛋白質が焼け焦げる臭いがした。
皮膚が引き攣れる痛みに、ファーリアは身を捩る。
「お前は永遠に儂のものじゃ――」
もう奴隷には戻らないと、心に誓ったのはいつだったか。
娼館で碧い眼の男に殴られて犯されて、必死で逃げた。イドリスを脅し、たくさんのことを教えてくれたマリアに挨拶もせず、エディの優しさを踏みにじって、逃げた。自分の運命から。
そして出会った。月光の下、銀色の光をまとった彼に。
世界を美しく調和させる存在に。
彼のおかげで、奴隷でも娼婦でもない人生を生きることができた。
世界の広さを知り、戦う意味をもらった。
だから、わたしはもう一度運命を受け容れてもいい。
それが殺してきた命への償いだというなら。
そして彼と彼の作る世界が美しくあり続けるためなら、また奴隷に戻ってもいい。
そう、思った。
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