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第三章 王宮編
暗殺未遂事件
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イシュラヴァール王マルスは三日に一度、第二王子バハルの母である側室のサラ=マナと寝所を共にし、その他の日は二十二人いるという姫たちを順に寝所に呼んだ。
「かつて正妃である王妃殿下がいらした頃は、他の姫を寝所に呼ぶことはなかったと聞いています。王妃殿下がお亡くなりになられてからは、今のように姫たちを順にお呼びになるようになったとか。第三王子ナジム様の母君イザベル様は、体調が優れず離宮で静養中ですから、今もその慣習を続けていらっしゃるのでしょう」
シュイユラーナが内情を教えてくれるので、アトゥイーは徐々に後宮内の人間関係を学んでいった。
――人質同然、とマルスは言った。皆平等に寝所に呼ぶのは、姫たちへの配慮なのか。
「に、しても、そんな機械的に回さなくても……」
アトゥイーは呆れた。
「女性同士の争いは、陛下はお好みにならぬそうですよ」
なるほど、昼間、マルスが政務を執る姿はいつも忙しそうだ。後宮のいざこざまで面倒見きれない、という本音は理解できなくもない。だが、それはつまり後宮には興味すらない、ということではないのか。
アトゥイーには上流階級の人々の恋愛感覚などわからないが、少なくともマルスの行動には、義務感こそあれ、個々の姫たちへの愛着は感じられない。争いを避けるためだけに寝所に呼ばれるのだとしたら。
「……それって、どうなんだろう……余計に寂しくはないのだろうか」
「アトゥイー様はお優しい」
シュイユラーナがくすりと微笑む。
「姫君たちは皆様大層美しくていらっしゃいますが、実情はドロドロとしたものかもしれませんよ」
その夜は、王の寝所には誰も呼ばれなかった。
シュイユラーナによれば、マルスは月に一度、いつもの寝所ではなく離れの間で休むという。その日だけは人払いされ、普段寝所に控えている下女もいない。
ジャスミンの咲き誇る庭に建てられた離れの間は、いつもの寝所よりひと回り狭く、調度品の装飾も控えめで落ち着いていた。壁には、どこか地方からの献上品だろうか、遊牧民の生活を描いた素朴で温かみのある絵柄のタペストリーが掛けられている。
アトゥイーはこぢんまりした離れの周囲を、ぶらぶらと巡回していた。離れで休むと聞いた時も、一人になりたいときもあるのだろう、と深くは考えていなかった。
夜の庭を、ふわりと薄衣が横切った。アトゥイーは、あれ、と思った。
今日は誰も来ないはずだ。そう聞いている。アトゥイーは人影を追った。女が一人、ジャスミンの香りをかき分けていく。その姿に見覚えがあったので、アトゥイーは声を掛けるのをやめた。
それは先日、シュイユラーナと紛れ込んだ茶会であどけなく笑っていた、あの若い姫だった。しばらく前にマルスの寝所に呼ばれたのも知っている。
(陛下の気が変わって、姫を呼んだのか?)
だとしたら制止するのは野暮なのか。しかし、姫が女官も下女も伴わずに単身で現れるなど、初めてのことだ。妙だ、と思う気持ちと、万一逢瀬の邪魔だったらという躊躇いの間で、暫時、アトゥイーに迷いが生じた。
その僅かの間に、姫はするりと離れに滑り込んだ。
「――誰だ」
人の気配に目覚めたマルスは、枕元に置いた剣に手を伸ばした。
「あ……あ……陛下、わたくしでございます……」
若い姫は、声を震わせて言った。
「陛下、どうか、わたくしを抱いてくださいませ……陛下のお子が欲しゅうございます……どうか、どうか」
姫は細い指でマルスの胸板に縋った。そのままその身体に口づける。
「……離せ。今夜は誰とも寝ない」
マルスの声に力がこもる。姫は構わずに、マルスの下腹へと手を伸ばして愛撫した。
「陛下、なぜ、なぜ抱いてくださらぬのです?はじめてお呼び頂いたとき、わたくし嬉しくて嬉しくて……なのに、なぜあのような……?わたくし、なにかお気に触ることでもしたのかと……」
その会話は外で様子を窺っていたアトゥイーにも聞こえた。つい聞き耳を立ててしまったのは、アトゥイーも不思議に思っていたからだ。マルスは毎晩閨に姫たちを呼んでおきながら、誰とも最後までは交合しないようなのだ。
「陛下、わたくし、なんでもいたしますわ。陛下がお喜びになるなら……ですから、どうか」
「部屋へ戻れ、姫。私を怒らせるな」
「嫌です、陛下、どうか、抱いてくださいませ。陛下のお子を、産ませてくださいませ……!」
姫の細い手が、固くなりかけたマルスの男根を自らの股に導く。
「やめろ――穢れる」
マルスは姫を払い除けた。勢い余って、姫は床に倒れ込んだ。
「抱いてくださらないなら――、わたくし、ここで死にますわ!」
姫は懐に隠し持っていた短剣を出すと、自身の首筋に当てた。マルスはそれを冷ややかな目で一瞥する。
「私を脅迫するつもりか。死ぬのは勝手だが、ここを血で汚すな」
「なん……なんて……ひどい……っ」
瞳を濡らした涙が、憎しみの光に変わる。
「ここで亡くなられた方が、そんなに愛しいのですか――!ではもろともに御許へ逝かれるがよろしゅうございますわ……!」
瞬間、アトゥイーは地面を蹴った。部屋に躍り込み、姫の手からナイフを叩き落とす。
「アトゥイー!」
マルスが呼んだ時には、姫はアトゥイーによって床に組み伏せられていた。
「あああ、あーーーっ……」
姫が泣き崩れた。
「外へ出せ」
命じられるまま、アトゥイーは姫を庭に引き立てた。
「誰か――」
呼んでみたが、一帯は人払いされていたので警備が遠い。騒ぎに気付いて宦官が駆け付けてくるより前に、マルスが冷酷に言い放った。
「殺せ」
アトゥイーの膝の下で、姫の身体が恐怖に震えだす。
「陛下――それは、さすがに……」
アトゥイーは狼狽えた。これまで何人も手にかけてきたが、無抵抗の、それも自分より若い姫君を殺すのは、さすがに躊躇われた。
「殺せと言っている」
マルスの声も表情も、どこまでも冷酷だ。冷たい色の瞳は澄んで輝き、少しの迷いもない。流れ落ちる銀髪が月明かりを浴びて、残酷なまでに美しい光を放っている。
逆らえない――だが、アトゥイーは気圧されながらも食い下がった。
「……どうか、ご厚情を」
「では生かしてどうする。一生涯牢に繋ぐか。生国に返すか。返された姫はどういう処遇を受けるのか。不始末を責められ自害するかもしれぬ。だが、国を上げて私に叛旗を翻すかもしれぬ。いずれにせよ――」
「嘘よ!若い女に勃たないことを言いふらされたくないんだわ!」
アトゥイーはびっくりした。深窓の姫君だとばかり思っていた彼女の口から出たとんでもない暴言に、唖然とする。当のマルスは侮辱など意に介さぬようで、ふっと笑ってみせた。
「――いずれにせよ、生かしておくことで良いことなどひとつもない、誰にとっても。殺さなければ、私が殺される可能性がひとつ増えるだけだ。そして私は死ぬわけにはいかぬ、何があっても」
殺さなければ、殺される――。
わかっている。アトゥイーだって、これまでそうやって、殺してきた。そうやって――生きてきた。
「……はい」
むせ返るような花の芳香に、血の臭いが混ざったような気がした、その時。
「マルス様――!」
アトゥイーはすんでのところで剣を振り下ろす手を止めた。宦官と共に姿を表したのはシハーブだった。
「シハーブ」
「マルス様、お怪我は――!?」
普段落ち着き払っているシハーブが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「ない。アトゥイーがいたからな」
シハーブの顔に安堵の色が浮かぶ。
「遅れて申し訳ありません、市内で火事がありまして」
「火事?どこだ」
「6区の酒場と12区のスラムです」
「二箇所も?」
「今のところ関連はないと。6区は酔って喧嘩のはずみとやらで、12区はまだ調査中ですが、溜まったごみに地下ガスが引火したようだと報告を受けています」
そこへ、伝令が駆けてきた。
「シハーブ殿!申し上げます、アルヴィラ砦が本日夕刻、襲撃を受けました――!」
シハーブの顔色が変わった。
「――まさか……!」
「関連がない、だと?」
マルスの頬が不機嫌に歪む。
「前も言っただろう、偶然などない、繋がりが見えていないだけだ、と」
「この騒ぎは、アルヴィラ襲撃の陽動か――!」
「そう考えるのが妥当だな。首謀者を引っ捕らえて締め上げろ」
「御意」
そう言うと、シハーブはちらりと姫を見た。
「そちらの姫君はどうされますか」
「ああ――気が変わった、アトゥイー。姫は生かしたまま塔へお連れしろ。自害されぬよう、鎖でつないで口枷をつけておけ」
アトゥイーの顔から血の気が引いていく。このきらびやかな絹に包まれた姫が、口枷をはめられ、鎖に繋がれるのだ。口の中に、かつて噛まされていた鉄の味が広がった。
「まさかこの私を本気で暗殺しようなど、そこまで浅はかな女だとは思っていないが……一体誰がこの阿呆の姫に入れ知恵してお粗末な刺客に仕立て上げたのかは、処刑する前に聞き出しておかねばな。命拾いとは程遠い思いをするだろうが、仕方あるまい」
マルスは姫には一瞥もくれずに言い放つ。そして、
「この手口には覚えがある……どうも気に入らん」
と、独り言のように付け加えた。一見関係のない事件が、立て続けにあちこちで発生する――。
「シャルナク船が拿捕された時も、都合よく21ポイントが攻撃を受けた……」
シハーブも考えを巡らせる。ただの局地戦と思っていたが、砦襲撃のタイミングを関連のなさそうな他の事件に被せてくるのは、戦闘民族が国軍の動きを読んでいるのか。それとも、その事件自体が仕組まれた餌なのか。
「誰か、いるはずだ。姫を焚き付けた輩が」
「かつて正妃である王妃殿下がいらした頃は、他の姫を寝所に呼ぶことはなかったと聞いています。王妃殿下がお亡くなりになられてからは、今のように姫たちを順にお呼びになるようになったとか。第三王子ナジム様の母君イザベル様は、体調が優れず離宮で静養中ですから、今もその慣習を続けていらっしゃるのでしょう」
シュイユラーナが内情を教えてくれるので、アトゥイーは徐々に後宮内の人間関係を学んでいった。
――人質同然、とマルスは言った。皆平等に寝所に呼ぶのは、姫たちへの配慮なのか。
「に、しても、そんな機械的に回さなくても……」
アトゥイーは呆れた。
「女性同士の争いは、陛下はお好みにならぬそうですよ」
なるほど、昼間、マルスが政務を執る姿はいつも忙しそうだ。後宮のいざこざまで面倒見きれない、という本音は理解できなくもない。だが、それはつまり後宮には興味すらない、ということではないのか。
アトゥイーには上流階級の人々の恋愛感覚などわからないが、少なくともマルスの行動には、義務感こそあれ、個々の姫たちへの愛着は感じられない。争いを避けるためだけに寝所に呼ばれるのだとしたら。
「……それって、どうなんだろう……余計に寂しくはないのだろうか」
「アトゥイー様はお優しい」
シュイユラーナがくすりと微笑む。
「姫君たちは皆様大層美しくていらっしゃいますが、実情はドロドロとしたものかもしれませんよ」
その夜は、王の寝所には誰も呼ばれなかった。
シュイユラーナによれば、マルスは月に一度、いつもの寝所ではなく離れの間で休むという。その日だけは人払いされ、普段寝所に控えている下女もいない。
ジャスミンの咲き誇る庭に建てられた離れの間は、いつもの寝所よりひと回り狭く、調度品の装飾も控えめで落ち着いていた。壁には、どこか地方からの献上品だろうか、遊牧民の生活を描いた素朴で温かみのある絵柄のタペストリーが掛けられている。
アトゥイーはこぢんまりした離れの周囲を、ぶらぶらと巡回していた。離れで休むと聞いた時も、一人になりたいときもあるのだろう、と深くは考えていなかった。
夜の庭を、ふわりと薄衣が横切った。アトゥイーは、あれ、と思った。
今日は誰も来ないはずだ。そう聞いている。アトゥイーは人影を追った。女が一人、ジャスミンの香りをかき分けていく。その姿に見覚えがあったので、アトゥイーは声を掛けるのをやめた。
それは先日、シュイユラーナと紛れ込んだ茶会であどけなく笑っていた、あの若い姫だった。しばらく前にマルスの寝所に呼ばれたのも知っている。
(陛下の気が変わって、姫を呼んだのか?)
だとしたら制止するのは野暮なのか。しかし、姫が女官も下女も伴わずに単身で現れるなど、初めてのことだ。妙だ、と思う気持ちと、万一逢瀬の邪魔だったらという躊躇いの間で、暫時、アトゥイーに迷いが生じた。
その僅かの間に、姫はするりと離れに滑り込んだ。
「――誰だ」
人の気配に目覚めたマルスは、枕元に置いた剣に手を伸ばした。
「あ……あ……陛下、わたくしでございます……」
若い姫は、声を震わせて言った。
「陛下、どうか、わたくしを抱いてくださいませ……陛下のお子が欲しゅうございます……どうか、どうか」
姫は細い指でマルスの胸板に縋った。そのままその身体に口づける。
「……離せ。今夜は誰とも寝ない」
マルスの声に力がこもる。姫は構わずに、マルスの下腹へと手を伸ばして愛撫した。
「陛下、なぜ、なぜ抱いてくださらぬのです?はじめてお呼び頂いたとき、わたくし嬉しくて嬉しくて……なのに、なぜあのような……?わたくし、なにかお気に触ることでもしたのかと……」
その会話は外で様子を窺っていたアトゥイーにも聞こえた。つい聞き耳を立ててしまったのは、アトゥイーも不思議に思っていたからだ。マルスは毎晩閨に姫たちを呼んでおきながら、誰とも最後までは交合しないようなのだ。
「陛下、わたくし、なんでもいたしますわ。陛下がお喜びになるなら……ですから、どうか」
「部屋へ戻れ、姫。私を怒らせるな」
「嫌です、陛下、どうか、抱いてくださいませ。陛下のお子を、産ませてくださいませ……!」
姫の細い手が、固くなりかけたマルスの男根を自らの股に導く。
「やめろ――穢れる」
マルスは姫を払い除けた。勢い余って、姫は床に倒れ込んだ。
「抱いてくださらないなら――、わたくし、ここで死にますわ!」
姫は懐に隠し持っていた短剣を出すと、自身の首筋に当てた。マルスはそれを冷ややかな目で一瞥する。
「私を脅迫するつもりか。死ぬのは勝手だが、ここを血で汚すな」
「なん……なんて……ひどい……っ」
瞳を濡らした涙が、憎しみの光に変わる。
「ここで亡くなられた方が、そんなに愛しいのですか――!ではもろともに御許へ逝かれるがよろしゅうございますわ……!」
瞬間、アトゥイーは地面を蹴った。部屋に躍り込み、姫の手からナイフを叩き落とす。
「アトゥイー!」
マルスが呼んだ時には、姫はアトゥイーによって床に組み伏せられていた。
「あああ、あーーーっ……」
姫が泣き崩れた。
「外へ出せ」
命じられるまま、アトゥイーは姫を庭に引き立てた。
「誰か――」
呼んでみたが、一帯は人払いされていたので警備が遠い。騒ぎに気付いて宦官が駆け付けてくるより前に、マルスが冷酷に言い放った。
「殺せ」
アトゥイーの膝の下で、姫の身体が恐怖に震えだす。
「陛下――それは、さすがに……」
アトゥイーは狼狽えた。これまで何人も手にかけてきたが、無抵抗の、それも自分より若い姫君を殺すのは、さすがに躊躇われた。
「殺せと言っている」
マルスの声も表情も、どこまでも冷酷だ。冷たい色の瞳は澄んで輝き、少しの迷いもない。流れ落ちる銀髪が月明かりを浴びて、残酷なまでに美しい光を放っている。
逆らえない――だが、アトゥイーは気圧されながらも食い下がった。
「……どうか、ご厚情を」
「では生かしてどうする。一生涯牢に繋ぐか。生国に返すか。返された姫はどういう処遇を受けるのか。不始末を責められ自害するかもしれぬ。だが、国を上げて私に叛旗を翻すかもしれぬ。いずれにせよ――」
「嘘よ!若い女に勃たないことを言いふらされたくないんだわ!」
アトゥイーはびっくりした。深窓の姫君だとばかり思っていた彼女の口から出たとんでもない暴言に、唖然とする。当のマルスは侮辱など意に介さぬようで、ふっと笑ってみせた。
「――いずれにせよ、生かしておくことで良いことなどひとつもない、誰にとっても。殺さなければ、私が殺される可能性がひとつ増えるだけだ。そして私は死ぬわけにはいかぬ、何があっても」
殺さなければ、殺される――。
わかっている。アトゥイーだって、これまでそうやって、殺してきた。そうやって――生きてきた。
「……はい」
むせ返るような花の芳香に、血の臭いが混ざったような気がした、その時。
「マルス様――!」
アトゥイーはすんでのところで剣を振り下ろす手を止めた。宦官と共に姿を表したのはシハーブだった。
「シハーブ」
「マルス様、お怪我は――!?」
普段落ち着き払っているシハーブが、血相を変えて駆け寄ってくる。
「ない。アトゥイーがいたからな」
シハーブの顔に安堵の色が浮かぶ。
「遅れて申し訳ありません、市内で火事がありまして」
「火事?どこだ」
「6区の酒場と12区のスラムです」
「二箇所も?」
「今のところ関連はないと。6区は酔って喧嘩のはずみとやらで、12区はまだ調査中ですが、溜まったごみに地下ガスが引火したようだと報告を受けています」
そこへ、伝令が駆けてきた。
「シハーブ殿!申し上げます、アルヴィラ砦が本日夕刻、襲撃を受けました――!」
シハーブの顔色が変わった。
「――まさか……!」
「関連がない、だと?」
マルスの頬が不機嫌に歪む。
「前も言っただろう、偶然などない、繋がりが見えていないだけだ、と」
「この騒ぎは、アルヴィラ襲撃の陽動か――!」
「そう考えるのが妥当だな。首謀者を引っ捕らえて締め上げろ」
「御意」
そう言うと、シハーブはちらりと姫を見た。
「そちらの姫君はどうされますか」
「ああ――気が変わった、アトゥイー。姫は生かしたまま塔へお連れしろ。自害されぬよう、鎖でつないで口枷をつけておけ」
アトゥイーの顔から血の気が引いていく。このきらびやかな絹に包まれた姫が、口枷をはめられ、鎖に繋がれるのだ。口の中に、かつて噛まされていた鉄の味が広がった。
「まさかこの私を本気で暗殺しようなど、そこまで浅はかな女だとは思っていないが……一体誰がこの阿呆の姫に入れ知恵してお粗末な刺客に仕立て上げたのかは、処刑する前に聞き出しておかねばな。命拾いとは程遠い思いをするだろうが、仕方あるまい」
マルスは姫には一瞥もくれずに言い放つ。そして、
「この手口には覚えがある……どうも気に入らん」
と、独り言のように付け加えた。一見関係のない事件が、立て続けにあちこちで発生する――。
「シャルナク船が拿捕された時も、都合よく21ポイントが攻撃を受けた……」
シハーブも考えを巡らせる。ただの局地戦と思っていたが、砦襲撃のタイミングを関連のなさそうな他の事件に被せてくるのは、戦闘民族が国軍の動きを読んでいるのか。それとも、その事件自体が仕組まれた餌なのか。
「誰か、いるはずだ。姫を焚き付けた輩が」
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