イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第三章 王宮編

後宮の昼

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 朝早く、後宮を出て政庁に向かう王に付き従って、近衛兵のいる第二政庁の入り口まで王を警護するのがアトゥイーの仕事だ。実際はその手前に広がる中庭のどこかでシハーブが待っていて、連れ立って政庁へ向かう。
「ご苦労、アトゥイー。スカイから伝言だ。午後四時から剣術訓練があるから参加するようにと」
「わかりました、シハーブ様」
 アトゥイーは一礼して下がる。
 後宮に戻ると、朝食の盆を手にしたシュイユラーナと鉢合わせた。
「ちょうど良うございました、今お部屋にお持ちするところでした」
「ありがとう、ここでいい」
 アトゥイーは盆を受け取って、自室へと向かった。途中、すれ違う女官たちがちらちらと視線を投げて寄越す。アトゥイーがそちらを見ると、女官たちは慌てて顔を背け、くすくすと笑いさざめきながら小走りに逃げていく。
「どうかお気を悪くなさらず」
 その様子を見ていたシュイユラーナが苦笑して言った。
 女ばかりの後宮は、アトゥイーは戸惑うことばかりだった。姫たちはいつも数人の女官を従えている。女官同士も、いつも数人が固まって行動する。ここでは、女が一人でいるところを見たことがない。気付くとアトゥイーの傍らにも、常にシュイユラーナか下女が一~二人付き従っている。
 そして女たちは、絶えず何事か話している。何が楽しいのか、いつも笑いながら。
「大したことは話していませんよ。アトゥイー様は近衛兵でいらっしゃるので、ここでは珍しいのでしょう」
「いや、なんだか楽しそうだ。いったい何を話しているのか……わたしはあまりうまく話せないので、羨ましい」
「そんなことは……ああ、でも」
 シュイユラーナは何事か思い付いたように言った。
「もしよろしければ、お茶会に参りませぬか?三時にお迎えに上がります」
 丁度、部屋の前についたところだった。アトゥイーは首を傾げながらも「では三時に」と約束をして、軽い食事をとって眠りについた。

「これを、着るのか?」
「はい、私は外に出ておりますので」
 そう言ってドア越しに女官の着物を渡したシュイユラーナは、なんと女装していた。
 女官に扮した二人は、顔を隠すタイプのヴェールを巻いて、後宮の中庭へと出る。
 王の寝所の前の中庭と違って、こちらには広々とした芝生が広がっている。女官を従えた姫君たちは思い思いの場所に陣取ると、奴隷たちが巨大な日傘を差し掛けた下にゴブラン織りの敷物を広げ、茶器と菓子を並べて楽しんでいる。また、立ち歩いて別の姫のところへと挨拶に回る姫たちもいる。
「隅にいればわかりませんよ。話しかけられたら適当に話を合わせてください」
「わかった」
 アトゥイーとシュイユラーナはひそひそと囁き交わし、紛れ込みやすそうな大きな集団に目をつけた。どうやら三人の姫君とそれぞれのお付きの女官たちのグループのようだ。女官は通常、姫君たちの近縁か高官の娘などが充てがわれ、身辺の世話や話し相手を務める。
「ねぇ、ご覧になった?あの、新しい警護の方」
 一番年上らしい姫が口火を切った。
「アトゥイー様ね?今朝見ましたわ」
 もうひとりの姫が答えると、きゃああ、と女官たちから嬌声が上がる。いきなり名指しされたアトゥイーは、危うく持っていた茶器を取り落とすところだった。
「近衛兵の軍服姿が凛々しくて!」
「陛下と並ばれると、一層絵になりますわよね!」
「あの涼やかな目元が麗しくて」
「お口数が少なくていらっしゃるのも、魅力ですわ……」
「わかりますわ。おしゃべりな宦官よりずっと素敵!」
「わたくし、まだお会いできてないわ……そんなに素敵なの?」
 その場では一番若い姫がおっとりと言う。
「まあ姫さま、それはもう!」
「陛下のお床に呼ばれあそばしたら、拝見できてよ」
 二番目の姫が言った。挑発めいた言葉はしかし、若い姫には通じなかったようだ。一方、挑発に気付いた若い姫付きの女官は気を回して話題を逸らす。
「あのシュイユラーナ様も目の保養ですけれど、アトゥイー様の凛々しさには敵いませんわね」
「何を仰るの、アトゥイー様といえど、シュイユラーナ様の麗しさは揺るぎませんわ」
 今度はヴェールの下でシュイユラーナが赤面する番だ。そして話は思わぬ方向に転がり出した。
「ところでアトゥイー様って、男の方?それとも女の方なの?」
 若い姫が無邪気に尋ねる。一瞬、その場を沈黙が包んだ。
「あら……そりゃあ男の方でしょう。ちょっと小柄でいらっしゃるけど」
「え、それじゃあアトゥイー様も手術を……?」
 女官の一人が声を低めて言う。
「まあ、わたくしは女性の方だと思っておりましたわ」
「わたくしも!」
 居たたまれなくなって、アトゥイーとシュイユラーナはそっとその場を離れた。どちらにせよ、そろそろ着替えて出仕しないと訓練の時間に間に合わない。
「……まあ、面白い話を聞けた。ありがとう、シュイユラーナ」
 中庭から十分離れたところで、アトゥイーは言った。
「なんだか変な話ばかり聞かせてしまいましたね」
 シュイユラーナが面目めんぼくなさそうに言うので、アトゥイーもつい吹き出してしまった。二人はくすくすと声を潜めて笑い合った。

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