イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
上 下
27 / 230
第三章 王宮編

短剣

しおりを挟む
 その音に最初に気づいたのはウラジーミルだった。
 ほぼ同時に、砦の塔の上でも異変を察知していた。
「パブロ!あれを!」
 砂漠の彼方から砂煙を上げて、騎馬の一団が砦に向かってきていた。
「まずい、部族の本体が駆けつけてきやがった……!」
「40……いや、50騎はいる!」
 リンが叫ぶ。
「お前はここで見張ってろ!近づく敵がいたら馬を狙って撃て!」
 そう言って、パブロは剣を掴んで塔から駆け下りた。残りの部下たちもそれに続く。
 アトゥイーたちは馬に乗って、襲い来る敵を迎え撃った。
 アトゥイーはその素早い剣さばきで善戦した。歴戦の猛者であるウラジーミルと部下二人も、それぞれ数人ずつを相手に剛剣を振り回している。だが相手は砂漠の戦闘民族だ。馬を駆るスピードが違う。あっという間に敵に囲まれ、退路を絶たれそうになる。
「数が多すぎる……!アトゥイー!一旦退却だ!」
 ウラジミールが叫んだ。完全に囲まれてしまったらお終いだ。まだ敵の薄い場所を見つけてウラジーミルが突破し、二人の部下が続く。その後を追おうとして、アトゥイーは敵に阻まれた。
「あっ」
 一騎、アトゥイーの行く手を塞いだ。後ろも左右も敵だらけだ。そのまま突破しようとして、アトゥイーは馬の腹を蹴った。アトゥイーの乗った馬は、行く手を阻んだ騎馬とぶつかり合い、競り負けて倒れた。
 アトゥイーは地面に投げ出された。瞬く間にその周りを敵の騎馬が幾重にも取り囲んだ。
「アトゥイーーーっ!」
 ウラジーミルが気付いて叫ぶ。
「隊長、退きましょう!今は無理だ!」
 部下の一人が言った。部下の言う通りだった。敵の数が多すぎる。砦に戻って態勢を立て直すのが先決だ。
「あああああっ!!!!」
 ウラジーミルは咆えた。諦めきれない思いを無理矢理に断ち切って、砦へと馬を向けた。
(ライラ……生き延びてくれ……!)
 敵に囲まれたアトゥイーに、無数の刃が向けられていた。
「族長は?」
 馬が一頭、前に進み出てくる。
「カイヤーン」
 周囲の馬が道をあける。中の一人がカイヤーンと呼ばれた男に答えた。
「族長は死んだ。これを」
 差し出された赤いターバンを、カイヤーンが受け取る。
「それじゃあ俺が族長だな」
 そう言って、カイヤーンはターバンを自身の頭に巻きつけた。
「そいつか?族長を殺ったのは」
 カイヤーンがアトゥイーを見て言った。
「さあ」
「待て、こいつらが見ていたはずだ」
 別の男に引き立てられてきたのは、攫われた子供たちだった。逃げ遅れて捕まったのだ。
「おい、あの男を殺したのはこいつか?」
 死んだ男を指して、男たちが子供に尋ねる。子供たちは震えていて答えられない。
「おい!どっちだ!」
 大声で凄まれて、上の兄が震えながら頷いた。
「だってよ。どうする?」
 カイヤーンは剣を抜いて、アトゥイーに突きつけた。
「殺す」
 アトゥイーはまだ握っていた剣で、カイヤーンの剣を弾いた。僅かな隙に上体を起こし、立て続けに襲いかかるカイヤーンの剣撃をすべて受け止める。
 アトゥイーが立ち上がった時、周囲にいた仲間たちが剣を構えた。
「手を出すな!」
 カイヤーンが言った。
「なかなかやるな。だが、まだだ!」
 カイヤーンの剣が、アトゥイーの剣を高く弾き飛ばした。剣を失ったアトゥイーは、短剣を抜く。
 カイヤーンの顔色が変わった。
「お前、短剣それを死者から奪ったのか?」
 皆が色めき立つのが分かった。たとえ敵でも、死者から物を盗むのは戦場において最も恥ずべきこととされていた。
「違う」
 アトゥイーは答えた。
「じゃあ何故お前がそれを持っている!」
「あの男に渡されたのだ。彼が死ぬ間際に」
「…………」
 しばしの沈黙の後、カイヤーンは剣を収めた。
「族長が渡したなら、お前のものだ。お前、何者だ?名は何という?」
「アトゥイー」
 取り囲んだ人々の間にざわめきが起こる。
「アトゥイーだって?」
「まさか……」
 その時だった。群衆の向こうから、緊迫した声が飛んできた。
「カイヤーン!国軍の援軍が来たぞ!20騎はいる!」
 動揺が伝わり、騎馬の囲みが崩れる。別の方角からも急を告げる声がした。
「砦からも、国軍が出てきた!こっちも20……いや、それ以上だ!」
「仕方ないな……一旦撤退だ。子供たちは連れて行く」
 カイヤーンは馬に跨る。
「おい、アトゥイー。お前も一緒に来るか?」
「え……?」
 考えてもみなかった言葉に、アトゥイーは唖然とした。
 どういう意味だろう。彼らは敵で、アトゥイーは国王の軍で戦っていて。だが彼らと一緒に行くということは、国軍を捨てること――。
(そんなことはできない。できるはずがない……でも……わたしは、なんのために戦っているんだろう……?)
「……ふ。まあ、また会うかもな」
 混乱するアトゥイーにそう言い残して、カイヤーンは馬の腹を蹴った。
「はっ!」
 駆け出したカイヤーンの後に続いて、一団は砂漠の向こうへと走り去っていった。
「アトゥイー!無事か!?」
 味方を引き連れて駆けつけたウラジーミルに抱きすくめられ、アトゥイーは面食らった。
「隊長、どうして――」
「援軍が来たんだ。勝ったぞ!」
 アトゥイーが振り向くと、そこにはザハロフ隊とは別の一団がいた。
「エディアカラ中尉以下、第3区第6騎馬小隊20名、応援に来ました!」
 先頭の青年が、爽やかな笑顔で敬礼する。
「丁度近くを巡回していたところで報せを受けて駆け付けたのですが、ちょっと遅かったみたいですね。役に立たず、面目ありません」
「いや、助かった。我々だけであの人数と戦っていたら、かなり苦戦していただろうからな」
 ウラジーミルと話している相手を見て、アトゥイーは息を呑んだ。
「……エディ?」
「ライラ……!?」
 エディも驚きに目を見開く。
「……知り合いか?」
 ウラジーミルが二人を見比べた。
「え、ああ、はい。あの……」
「エディ」
 説明に困ったエディを、アトゥイーが遮った。
「昔の友人です、隊長」
 アトゥイーはそのまま踵を返し、砦へ戻っていった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...