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エピローグ OLユリカ★引退します!
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佐伯の事務所はなくなった。
あの事件に前後して、社長が亡くなっていた。もう十年以上寝たきりで、あの小さな事務所の、佐伯が実質の社長だった。
佐伯は会社を畳んで、伊勢崎への借金を清算した。
抱えていた女優やマネージャーや制作スタッフは、散り散りになっていった。
元々誰の本名も定かではない。もう二度と会うこともないだろう。
蘭子さんやほなみさん、みゆさんにも。
正体がわからずじまいだった専務にも。
あたしの躰を通り過ぎていった、男優さんたちみんな。
そして、あたしをあの世界に引っ張り込んだ男にも。
きっともう、会うことはない。
*****
夜の8時を回ってそろそろ帰ろうかと思っていたところに、役員室の秘書からメッセージが来た。
『武藤さん、専務がお呼びです。手が空きましたら役員室までお越しください』
武藤はため息をひとつついて、PCの電源を落とした。ログインしているといつまでも仕事を振られてしまう。
「失礼します」
「ああ武藤くん。すまんね遅くに」
「お気遣いなく。そろそろ帰って修論を進めたいなと思っていただけですから」
「もうそんな季節か。今度こそ卒業するんだろ?」
「修論次第ですね」
「言葉尻に棘があるな。まさか院に進むと思わなかったからなぁ。あの時はだいぶ人事の予定が狂わされたよ」
「すみません。ちょっとMBA欲しくなっちゃったんですよね」
「まあ卒業はしてもらうとして、今やってもらってる動画サイトなんだけど、2月から海外向けにも展開する予定でね。法律関係は今年中にほぼクリアする見通しが立ったから、準備を進めてほしい」
「専務、僕の話、聞いてました?修論で忙しいんですってば」
「君ならできるだろ。論文提出後で構わんよ」
「専務……僕まだバイトだって分かってます?」
「君の父上からは、実戦が何よりの勉強だから遠慮せず使ってくれと言われたものでね」
武藤はまたため息をひとつついた。
*****
夜9時。銀座のクラブなんて一年以上来ていないな、と思いながらドアを開けると、きらきらとした夜の世界が待っていた。
「あら聖さん、久しぶりじゃない。元気だった?」
「元気元気。ママもお美しさに磨きがかかって」
「ママって呼ばないでよ。なんだかこそばゆいわ」
「蘭子って呼ぶとヤリたくなっちゃうから」
「呆れた。まだ売れっ子男優なの?」
「お陰様で」
「それはそれは。なんか一瞬、干されてるって小耳に挟んで、心配してたのよ」
「ああ、去年かな。いやー、知り合いの社長を手伝った時にちょっとね」
「その辺りの話、あたし全然知らなかったんだけど。ね、ヤクザのしっぽでも踏んづけちゃったの?」
「あの時はやっちゃったなー。当時引き抜こうとしてた娘のマネージャーが、実はMOMグループの社長の御曹司で」
「まあ」
MOMグループは、アダルトコンテンツを中心に広く事業拡大している大手企業だ。
「蘭子さんも知ってるんじゃないかな。ユリカちゃんっていう」
「あー、あなたが好きだった娘?」
聖は水割りを吹いた。
「いや、蘭子さん、ちょっと、何?」
「え、違うの?」
「違う、っていうか……いや、なんか、もうこの話やめましょうか」
「やだ、何赤くなってるの?やだもう。あはははは」
*****
「そこの綺麗なお姉さん、ちょっとお茶でもどうですか」
渋谷の雑踏で呼び止められて、あたしは夢でも見てるのかと思った。
「……誘い方が昭和だよ、佐伯さん」
夏の夕暮れ時だった。あたしたちはこじんまりとしたビストロに入った。ビールとスパークリングワインで乾杯する。
「佐伯さん、借金返せなくてヤクザに東京湾に沈められたんじゃなかったの?」
「お前も大概発想が古いな。金はちゃんと弁護士立てて、ギリギリ払いきったぜ。ま、おかげですっからかんだけど。あ、そういや、これ渡そうと思ってたんだ」
そう言って、佐伯は通帳を一冊とカード、印鑑のセットをテーブルに置いた。
「いちじゅうひゃくせん……え、なに!!?」
残高は一千万円。
「なにこれ!?」
「示談金」
「え、何の?」
意味が全然わからない。
「まあ、深く考えるなよ。とにかく全部お前の金だから。貯金してもいいし治療費に使ってもいいし」
「治療費……」
ああ、そうか、と思い出す。そういえば、母が入院してるという話をしたことがあった。
「母、亡くなったんですよ。年末に」
「……そっか」
「十年って、植物状態にしてはよくもったほうみたいですよ。だから全然――」
すっかり吹っ切れているはずなのに、涙がこみ上げてきてあたしは言葉を切った。佐伯は黙って頭を撫でてくれる。
それであたしはまた、ふと気になったことを不用意に聞いてしまった。
「佐伯さん、AVやめて前の奥さんのところに戻ったのかと思ってた」
「は?なんだいきなり」
「なんとなく……子供もいるって言ってたし」
「お前な、俺の娘いくつだと思ってんだ」
「……え?」
「今年、二十歳だぞ」
「えー!?」
てっきり小学生くらいの小さな子を想像していたあたしは、先入観の恐ろしさに震えた。
「もう親父なんていらねぇよ。しかもこんな貧乏ななー」
あはは、と笑い合う。
なんとなく別れ難くてそのまま二軒目、三軒目とはしごして、あたしは久しぶりにたくさんお酒を飲んだ。
「おい、大丈夫か?」
歩道の段差につまづいてよろけると、佐伯があたしの腕を支えて言った。
「あはは、だいじょうぶですよー」
「めちゃめちゃ酔っ払ってんじゃねぇか。ひとりで帰れるか?」
「あはは、帰れませんー」
「おいおい」
喧騒に包まれる。ぎゃははは。まじでー?次どこ行く?飲みすぎたわー。おつかれ!ちょっと聞いてよー。いま何してんの?ないわー。やだぁ。もう一軒行こうぜ。これこないだ買ったんだけどさー。終電ヤバいよー。お前家どこ?つかマジむかつくんだけどー。あはははは。サイテー。見てこれやばくない?きったねぇ!ねえどこ行くの?明日仕事行きたくねー。信じらんなーい。きゃはははは。
「……おいおい」
触れ合った口唇同士のすき間から、佐伯はもう一度言った。
「……帰ります」
あたしは佐伯に背を向けた。
このまままっすぐ行けば駅だ。
さようなら。
また逢えますか。
そのとき、あなたは誰と生きていますか。
言えない言葉を呑み込んで、あたしは歩き出した。
「――ユリカ!」
佐伯が懐かしい名前であたしを呼んだ。
「……泣くなよ」
「無理です……」
追ってきた佐伯があたしの頭を抱き寄せたので、このまま時間が止まったらいいのにと思った。
高層ビルの上層階にある、シティホテルの一室。
部屋のドアが閉まるのも待ちきれずに、お互いの身体に腕を絡めてキスをする。
佐伯の噛み付くようなキス。あたしはこのキスが好き。一番好き。
佐伯があたしの服を脱がせていく。あたしも佐伯の上衣を脱がせていく。口唇を貪り合いながら。
裸になったあたしのそこに佐伯が触れて、もう十分に濡れているのを確認する。
「……ごめん、ちょっと我慢、できない」
熱っぽく言うと、佐伯はあたしを壁に押し付けたまま挿入した。
「あ……んっ……」
大きく膨らんだペニスに、少しだけあたしの入り口が戸惑う。
「あ……あ……」
あたしの躰が割り開かれていく。あたしは佐伯にしがみついて、それを受け入れる。
ああ、これが欲しかったの。躰中があなたを待っていたの。嬉しくて、爆発しそう。脳ではないどこかから、感情が全身に広がっていく。
「あっ……!」
奥に達した。そのままあたしを突き上げる。
「や、あ、あ、あんっ……」
もう性感帯がどこだとかそんなことどうでもよくて、佐伯をたくさん感じたくてあたしはぎゅうぎゅう締め付けた。
「きっつ……」
佐伯の顔が切なげに歪む。ああ、この顔だ。初めて会った時に一瞬だけ見せた顔。
もう一度あたしの奥深くを貫いて、佐伯は射精した。
「……シャワー、浴びるか」
佐伯はあたしを抱き上げて、バスルームへ行く。そしてたっぷりの泡であたしを洗う。それから背中をシャワーで流しながら、うなじにキスをする。そのまま佐伯の口唇は背筋を滑り下り、お尻の割れ目のちょっと上、背骨の終わる場所を、ぺろりと舐める。
「やんっ!」
「脚、ひらいて」
佐伯はそう言って、あたしの片脚をバスタブの上に乗せた。あたしは羞恥に震える。
「やあ……ああっ……」
ぱくりと開かれたそこを指でくちゅくちゅと弄られて、あたしはまた濡れてくる。佐伯はあたしの首筋にキスをしながら、もう片方の手であたしの乳房を愛撫する。
「ユリカ、見てご覧」
そう言われて顔を上げると、洗面台の広い鏡にあたしたちの姿が映っていた。
「――っ!」
あまりに扇情的な光景に、目眩がするほど感じてしまう。
その瞬間、あたしは後ろから貫かれた。さっきよりも激しく突かれて、あたしはすぐに溢れそうになる。
「ああっ、あんっ……さえ、きさ……っ……もう、あたしっ……」
「逝けよ、ユリカ」
「あああ――――」
びくびくと痙攣して達したあたしを、佐伯が抱き止めた。
「お前、綺麗になったよなぁ」
湯船にお湯を溜めて、後ろから抱かれながら浸かる。
「何、いきなり……あんっ……やあん……」
佐伯は指であたしのクリトリスを転がしている。おかげであたしの言葉は全然文章にならない。
「最初っからすげぇエロかったけど。お前」
「ひど……そんっ……な、あぁんっ……ひとを、変態みたい、にっ……あぁっ」
佐伯は腕の中で悶えるあたしを見つめて、キスをした。それが嬉しくて、あたしは子犬が尻尾を振るように佐伯の首に抱きついた
「雰囲気が変わった……前より凛としてて、大人になって」
そんなことを言いながら、指は相変わらずあたしを感じ狂わせることに余念がない。
「やあ、ぁあ、あぁあっ……」
「……色っぽくなった」
そしてまたキスを交わしながら、お風呂の栓を抜いて、ふかふかのバスタオルで身体を拭く。そして佐伯はまたあたしを抱き上げると、ベッドの上にそっと寝かせた。
「……どうしてさっき、帰そうとしたの?」
佐伯はあたしを見下ろして、形のきれいな指で髪を梳いた。
「こんないい女、抱いていいのかって思ってさ」
なんてことを言うのだろう。あの頃佐伯に触れたくても触れられなかったのはあたしの方なのに。
そんなことを言われたら泣きたくなってしまう。
「……なんて表情してんだよ」
佐伯があたしの睫毛にキスをする。そのまま口唇が頬を滑り降り、あたしの口唇をついばむ。
そしてまたあたしたちは繋がった。
「んっ……」
もう性急さはない。代わりにあたしの反応を確かめながら、一番感じる場所を探り当てていく。
次から次へと襲ってくる波に耐えきれず、あたしは佐伯の腕の中で身をくねらせる。
「さえきさ……っ、あたし、もう……もう、イッちゃ……」
「だめ」
「ああ……っ」
「まだ」
びくんびくんと腰が跳ねる。あたしは何度も絶頂に達しているのに、佐伯はまだ突き上げてくる。
「おねが……もう、ゆるして……っ、あたし、おかしくなりそう……」
感じすぎて朦朧としているのに、佐伯が動くたびに躰のあちこちが敏感に反応する。
佐伯の指や口唇に触れられた場所が、針で突かれたように疼く。
「綺麗だなぁ――なんか、もったいなくて終われねぇ――」
「酷い……っ」
佐伯が愛おしむようにあたしの髪を掻き上げる。
「もう、AVなんかに出せねぇな……」
そう言って佐伯はようやく果てた。
広い窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
きらきらと光る海に沈んでいくように、眠りに落ちていく。
真夜中にふと目が覚めた。
佐伯がいない。
「……佐伯さん?」
あたしはベッドをおりて、バスルームをのぞく。つめたく冷えた部屋のどこにも佐伯はいなかった。
「佐伯、さん」
呼んでみても、静けさが返ってくるだけ。
「佐伯さん、佐伯さん」
あたしは迷子のように佐伯の名を繰り返した。
足元から力が抜けていって、立っていられない。そのまま床に座りこむ。
カチャリ、とドアが開いた。
「え……おい、ユリカ、大丈夫か?」
「あ……あああ……」
ぼろぼろ泣いているあたしを、佐伯がソファに座らせる。
「ああ……あたし、佐伯さんが……いなく、なっちゃ……たかと」
「タバコ吸いに行ってただけだよ。ごめんな」
佐伯は隣に座ると、あたしの頭を抱き寄せて撫でた。
「……佐伯さん」
「んー?」
「あたし、まだ……佐伯さんの近くにいたい……AVでもなんでもいいから」
「……俺はもうAVの仕事は振ってやれないし、お前をAVに出したくもない」
「……」
わかってる、そんなこと。だけど。
そんなふうに、困ったように言わないで――。
「――再婚も、今は」
あたしはぶんぶんと首を振った。その先を聞きたくなかった。
佐伯の首に腕を回して、口唇を口唇で塞ぐ。そのまま佐伯に跨って、ワイシャツのボタンを外し、ベルトも外す。
口に含むと、ペニスはすぐに硬くなった。
あたしはそれを丹念に舐め回して、啜り上げた。
「……くっ……は」
佐伯が吐息を漏らす。
その表情が愛しくて、あたしは喉奥深くそれを咥え込む。
「……っ!」
唐突に佐伯は腰を引いた。あたしの顔を両手で包むと、親指で口唇をなぞる。
「泣きながら咥えんなよ……おかしな気分になるじゃねぇか」
佐伯はあたしにキスをすると、あたしを腰の上に乗せて下から突き上げた。
「やぁん……っ!」
騎乗位なのに完璧に佐伯のペースで振り回される。内側から掻き乱されたあたしは大きく仰け反って、乗っているのがやっとだ。
「ああ、あーーーっ……」
その夜何度目かの射精を受け止めて、あたしは佐伯の胸の上に突っ伏した。
その後もあたしたちは、空が薄紫色に明けてくるまで、肌を重ね合った。
――朝。
すうすうと寝息を立てている佐伯の腕をすり抜けて、あたしは洗面所に立った。
濃厚すぎた夜の代償に、腰に力が入らない。下腹部はまだじんわりと熱を帯びている。
大きな鏡の前で歯磨きをしていると、佐伯が起きてくる。
「早いな」
背後からあたしを抱きしめると、また胸やお尻を撫で回し始める。
「フゴフゴフゴ」
「何言ってんだよ」
歯磨き粉で喋れないあたしにお構いなしに、佐伯は背後からあたしに挿入した。
「かふっ……!」
あたしは後ろから突かれながら、口をゆすぐ。
「綺麗だよ、ユリカ」
佐伯は鏡に映ったあたしを眺めて、更に激しく動く。
「やっ、あん……もう、朝から……っ」
「ああもう限界だ。年寄りに何回やらしてんだよ、お前は」
「そんっ……なのっ……じこせきに、んっ……やぁあっ!」
一晩中愛された膣は熟れきって、すぐに絶頂に昇りつめる。
「いや、お前がエロすぎるせいだ」
佐伯があたしの首元に腕を回して顔を上げさせる。
「顔、見せろよ」
鏡に写った、重なり合うあたしと佐伯が目に飛び込んでくる。
「――ゃ……っ」
鏡の中の自分が、感じすぎて潤んだ瞳であたしを見返している。
「あ――……たまんねぇな、この表情――」
佐伯は鏡越しにあたしを見つめながら、ゆっくりと奥深く、あたしを突き上げてくる。
その動きに合わせて、鏡の中のあたしの乳房が揺れる。ウェストの細くくびれたところを、佐伯の手が撫でる。朝の光が肌の表面に集まって、柔らかく輝いている。
「ユリカ、最っ高に綺麗だ――」
「……そんな……きれい、なんかじゃ……あぁっ……」
あたしは知ってる。自分が汚れきっていることを。
男に犯されて、汚されて、それでようやく自分を少しだけ好きでいられることを。
そんなあたしに。
「綺麗だよ。ユリカ」
そう言って佐伯は、深く深くあたしに沈む。
「……んっ……」
「綺麗だよ」
何度も、何度も、囁く。
深く、沈みながら。
「……ぁあ……っ……」
あたしの内部がきゅうっと佐伯を絞り上げる。
「……っく……」
佐伯が小さく喘いだ。それが愛しくて、あたしはまた佐伯を締めつける。
「あー……独り占めしてぇ――」
呪いのような言葉をあたしに刻み込んで、佐伯は放った。
そしてあたしは二度と自分を汚すことができなくなった。
シャワーが二人の汗を流していく。
明るい朝の光が細かい粒になってあたしの身体に降り注いでいる。
佐伯はあたしの肩を抱いて言った。
「寂しくなったら電話してこいよ。いつだって抱いてやる」
「……うん。佐伯さん」
*****
「はいカットォー!」
「お疲れさまでしたー!」
「ちょっと佐伯さーん、あっこはちゃいますやろー!『ユリカ、結婚しよう』てゆうとこですがな!」
「まあまあ梅やん、なんでも言葉にしたらええってもんでもないんやないの?東京の人らは」
「理解できひんわ!なぁ?ユリカちゃん?」
あたしはクスクス笑う。久々の梅鮫漫才だ。
「でも佐伯さんがプロポーズとか、想像できない」
「確かに!」
ガチャリ、とドアが開いて、仙波さんとみゆさんが顔を出す。
「終わったー?」
「はい!お疲れさまです!」
「いやー、今日でラストかぁー。ユリカちゃんともう一回、現場入りたかったなー」
「ちょっと!」
みゆさんが仙波さんの耳を引っ張る。
「いてててて!ごめんみゆ、冗談冗談!リップサービス!」
「もう!」
「おー、こわ。あ、これね、聖さんから」
そう言って、仙波さんは大きな花束をあたしにくれた。
「わあ!ありがとうございます!」
「今日来られなくて残念がってたよ」
「伊勢崎さんもね」
二人の後ろから顔を出したのはほなみさんだ。
「伊勢崎が?冗談だろ」
佐伯が心底嫌そうな顔をする。
「ホントですよー。かなり残念そうだったんですから。ほんとはあの日、佐伯さんと武藤さんを地下室の檻に入れて目の前でユリカちゃん輪姦すつもりだったんですって。悔しがってましたよー」
「……どこまで悪趣味なんだ、あの野郎は」
「じゃ、気を取り直して、打ち上げ行こーぜ!打ち上げ!」
「もうみんなお店に移動してますよ。さ、ユリカちゃん早く!」
「待って待って!ラストカット、ユリカちゃん、最後締めて!」
梅屋敷さんがカメラを回す。あたしはカメラに駆け寄って両手を振った。
「OLユリカ、AV女優、引退します!」
あの事件に前後して、社長が亡くなっていた。もう十年以上寝たきりで、あの小さな事務所の、佐伯が実質の社長だった。
佐伯は会社を畳んで、伊勢崎への借金を清算した。
抱えていた女優やマネージャーや制作スタッフは、散り散りになっていった。
元々誰の本名も定かではない。もう二度と会うこともないだろう。
蘭子さんやほなみさん、みゆさんにも。
正体がわからずじまいだった専務にも。
あたしの躰を通り過ぎていった、男優さんたちみんな。
そして、あたしをあの世界に引っ張り込んだ男にも。
きっともう、会うことはない。
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夜の8時を回ってそろそろ帰ろうかと思っていたところに、役員室の秘書からメッセージが来た。
『武藤さん、専務がお呼びです。手が空きましたら役員室までお越しください』
武藤はため息をひとつついて、PCの電源を落とした。ログインしているといつまでも仕事を振られてしまう。
「失礼します」
「ああ武藤くん。すまんね遅くに」
「お気遣いなく。そろそろ帰って修論を進めたいなと思っていただけですから」
「もうそんな季節か。今度こそ卒業するんだろ?」
「修論次第ですね」
「言葉尻に棘があるな。まさか院に進むと思わなかったからなぁ。あの時はだいぶ人事の予定が狂わされたよ」
「すみません。ちょっとMBA欲しくなっちゃったんですよね」
「まあ卒業はしてもらうとして、今やってもらってる動画サイトなんだけど、2月から海外向けにも展開する予定でね。法律関係は今年中にほぼクリアする見通しが立ったから、準備を進めてほしい」
「専務、僕の話、聞いてました?修論で忙しいんですってば」
「君ならできるだろ。論文提出後で構わんよ」
「専務……僕まだバイトだって分かってます?」
「君の父上からは、実戦が何よりの勉強だから遠慮せず使ってくれと言われたものでね」
武藤はまたため息をひとつついた。
*****
夜9時。銀座のクラブなんて一年以上来ていないな、と思いながらドアを開けると、きらきらとした夜の世界が待っていた。
「あら聖さん、久しぶりじゃない。元気だった?」
「元気元気。ママもお美しさに磨きがかかって」
「ママって呼ばないでよ。なんだかこそばゆいわ」
「蘭子って呼ぶとヤリたくなっちゃうから」
「呆れた。まだ売れっ子男優なの?」
「お陰様で」
「それはそれは。なんか一瞬、干されてるって小耳に挟んで、心配してたのよ」
「ああ、去年かな。いやー、知り合いの社長を手伝った時にちょっとね」
「その辺りの話、あたし全然知らなかったんだけど。ね、ヤクザのしっぽでも踏んづけちゃったの?」
「あの時はやっちゃったなー。当時引き抜こうとしてた娘のマネージャーが、実はMOMグループの社長の御曹司で」
「まあ」
MOMグループは、アダルトコンテンツを中心に広く事業拡大している大手企業だ。
「蘭子さんも知ってるんじゃないかな。ユリカちゃんっていう」
「あー、あなたが好きだった娘?」
聖は水割りを吹いた。
「いや、蘭子さん、ちょっと、何?」
「え、違うの?」
「違う、っていうか……いや、なんか、もうこの話やめましょうか」
「やだ、何赤くなってるの?やだもう。あはははは」
*****
「そこの綺麗なお姉さん、ちょっとお茶でもどうですか」
渋谷の雑踏で呼び止められて、あたしは夢でも見てるのかと思った。
「……誘い方が昭和だよ、佐伯さん」
夏の夕暮れ時だった。あたしたちはこじんまりとしたビストロに入った。ビールとスパークリングワインで乾杯する。
「佐伯さん、借金返せなくてヤクザに東京湾に沈められたんじゃなかったの?」
「お前も大概発想が古いな。金はちゃんと弁護士立てて、ギリギリ払いきったぜ。ま、おかげですっからかんだけど。あ、そういや、これ渡そうと思ってたんだ」
そう言って、佐伯は通帳を一冊とカード、印鑑のセットをテーブルに置いた。
「いちじゅうひゃくせん……え、なに!!?」
残高は一千万円。
「なにこれ!?」
「示談金」
「え、何の?」
意味が全然わからない。
「まあ、深く考えるなよ。とにかく全部お前の金だから。貯金してもいいし治療費に使ってもいいし」
「治療費……」
ああ、そうか、と思い出す。そういえば、母が入院してるという話をしたことがあった。
「母、亡くなったんですよ。年末に」
「……そっか」
「十年って、植物状態にしてはよくもったほうみたいですよ。だから全然――」
すっかり吹っ切れているはずなのに、涙がこみ上げてきてあたしは言葉を切った。佐伯は黙って頭を撫でてくれる。
それであたしはまた、ふと気になったことを不用意に聞いてしまった。
「佐伯さん、AVやめて前の奥さんのところに戻ったのかと思ってた」
「は?なんだいきなり」
「なんとなく……子供もいるって言ってたし」
「お前な、俺の娘いくつだと思ってんだ」
「……え?」
「今年、二十歳だぞ」
「えー!?」
てっきり小学生くらいの小さな子を想像していたあたしは、先入観の恐ろしさに震えた。
「もう親父なんていらねぇよ。しかもこんな貧乏ななー」
あはは、と笑い合う。
なんとなく別れ難くてそのまま二軒目、三軒目とはしごして、あたしは久しぶりにたくさんお酒を飲んだ。
「おい、大丈夫か?」
歩道の段差につまづいてよろけると、佐伯があたしの腕を支えて言った。
「あはは、だいじょうぶですよー」
「めちゃめちゃ酔っ払ってんじゃねぇか。ひとりで帰れるか?」
「あはは、帰れませんー」
「おいおい」
喧騒に包まれる。ぎゃははは。まじでー?次どこ行く?飲みすぎたわー。おつかれ!ちょっと聞いてよー。いま何してんの?ないわー。やだぁ。もう一軒行こうぜ。これこないだ買ったんだけどさー。終電ヤバいよー。お前家どこ?つかマジむかつくんだけどー。あはははは。サイテー。見てこれやばくない?きったねぇ!ねえどこ行くの?明日仕事行きたくねー。信じらんなーい。きゃはははは。
「……おいおい」
触れ合った口唇同士のすき間から、佐伯はもう一度言った。
「……帰ります」
あたしは佐伯に背を向けた。
このまままっすぐ行けば駅だ。
さようなら。
また逢えますか。
そのとき、あなたは誰と生きていますか。
言えない言葉を呑み込んで、あたしは歩き出した。
「――ユリカ!」
佐伯が懐かしい名前であたしを呼んだ。
「……泣くなよ」
「無理です……」
追ってきた佐伯があたしの頭を抱き寄せたので、このまま時間が止まったらいいのにと思った。
高層ビルの上層階にある、シティホテルの一室。
部屋のドアが閉まるのも待ちきれずに、お互いの身体に腕を絡めてキスをする。
佐伯の噛み付くようなキス。あたしはこのキスが好き。一番好き。
佐伯があたしの服を脱がせていく。あたしも佐伯の上衣を脱がせていく。口唇を貪り合いながら。
裸になったあたしのそこに佐伯が触れて、もう十分に濡れているのを確認する。
「……ごめん、ちょっと我慢、できない」
熱っぽく言うと、佐伯はあたしを壁に押し付けたまま挿入した。
「あ……んっ……」
大きく膨らんだペニスに、少しだけあたしの入り口が戸惑う。
「あ……あ……」
あたしの躰が割り開かれていく。あたしは佐伯にしがみついて、それを受け入れる。
ああ、これが欲しかったの。躰中があなたを待っていたの。嬉しくて、爆発しそう。脳ではないどこかから、感情が全身に広がっていく。
「あっ……!」
奥に達した。そのままあたしを突き上げる。
「や、あ、あ、あんっ……」
もう性感帯がどこだとかそんなことどうでもよくて、佐伯をたくさん感じたくてあたしはぎゅうぎゅう締め付けた。
「きっつ……」
佐伯の顔が切なげに歪む。ああ、この顔だ。初めて会った時に一瞬だけ見せた顔。
もう一度あたしの奥深くを貫いて、佐伯は射精した。
「……シャワー、浴びるか」
佐伯はあたしを抱き上げて、バスルームへ行く。そしてたっぷりの泡であたしを洗う。それから背中をシャワーで流しながら、うなじにキスをする。そのまま佐伯の口唇は背筋を滑り下り、お尻の割れ目のちょっと上、背骨の終わる場所を、ぺろりと舐める。
「やんっ!」
「脚、ひらいて」
佐伯はそう言って、あたしの片脚をバスタブの上に乗せた。あたしは羞恥に震える。
「やあ……ああっ……」
ぱくりと開かれたそこを指でくちゅくちゅと弄られて、あたしはまた濡れてくる。佐伯はあたしの首筋にキスをしながら、もう片方の手であたしの乳房を愛撫する。
「ユリカ、見てご覧」
そう言われて顔を上げると、洗面台の広い鏡にあたしたちの姿が映っていた。
「――っ!」
あまりに扇情的な光景に、目眩がするほど感じてしまう。
その瞬間、あたしは後ろから貫かれた。さっきよりも激しく突かれて、あたしはすぐに溢れそうになる。
「ああっ、あんっ……さえ、きさ……っ……もう、あたしっ……」
「逝けよ、ユリカ」
「あああ――――」
びくびくと痙攣して達したあたしを、佐伯が抱き止めた。
「お前、綺麗になったよなぁ」
湯船にお湯を溜めて、後ろから抱かれながら浸かる。
「何、いきなり……あんっ……やあん……」
佐伯は指であたしのクリトリスを転がしている。おかげであたしの言葉は全然文章にならない。
「最初っからすげぇエロかったけど。お前」
「ひど……そんっ……な、あぁんっ……ひとを、変態みたい、にっ……あぁっ」
佐伯は腕の中で悶えるあたしを見つめて、キスをした。それが嬉しくて、あたしは子犬が尻尾を振るように佐伯の首に抱きついた
「雰囲気が変わった……前より凛としてて、大人になって」
そんなことを言いながら、指は相変わらずあたしを感じ狂わせることに余念がない。
「やあ、ぁあ、あぁあっ……」
「……色っぽくなった」
そしてまたキスを交わしながら、お風呂の栓を抜いて、ふかふかのバスタオルで身体を拭く。そして佐伯はまたあたしを抱き上げると、ベッドの上にそっと寝かせた。
「……どうしてさっき、帰そうとしたの?」
佐伯はあたしを見下ろして、形のきれいな指で髪を梳いた。
「こんないい女、抱いていいのかって思ってさ」
なんてことを言うのだろう。あの頃佐伯に触れたくても触れられなかったのはあたしの方なのに。
そんなことを言われたら泣きたくなってしまう。
「……なんて表情してんだよ」
佐伯があたしの睫毛にキスをする。そのまま口唇が頬を滑り降り、あたしの口唇をついばむ。
そしてまたあたしたちは繋がった。
「んっ……」
もう性急さはない。代わりにあたしの反応を確かめながら、一番感じる場所を探り当てていく。
次から次へと襲ってくる波に耐えきれず、あたしは佐伯の腕の中で身をくねらせる。
「さえきさ……っ、あたし、もう……もう、イッちゃ……」
「だめ」
「ああ……っ」
「まだ」
びくんびくんと腰が跳ねる。あたしは何度も絶頂に達しているのに、佐伯はまだ突き上げてくる。
「おねが……もう、ゆるして……っ、あたし、おかしくなりそう……」
感じすぎて朦朧としているのに、佐伯が動くたびに躰のあちこちが敏感に反応する。
佐伯の指や口唇に触れられた場所が、針で突かれたように疼く。
「綺麗だなぁ――なんか、もったいなくて終われねぇ――」
「酷い……っ」
佐伯が愛おしむようにあたしの髪を掻き上げる。
「もう、AVなんかに出せねぇな……」
そう言って佐伯はようやく果てた。
広い窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
きらきらと光る海に沈んでいくように、眠りに落ちていく。
真夜中にふと目が覚めた。
佐伯がいない。
「……佐伯さん?」
あたしはベッドをおりて、バスルームをのぞく。つめたく冷えた部屋のどこにも佐伯はいなかった。
「佐伯、さん」
呼んでみても、静けさが返ってくるだけ。
「佐伯さん、佐伯さん」
あたしは迷子のように佐伯の名を繰り返した。
足元から力が抜けていって、立っていられない。そのまま床に座りこむ。
カチャリ、とドアが開いた。
「え……おい、ユリカ、大丈夫か?」
「あ……あああ……」
ぼろぼろ泣いているあたしを、佐伯がソファに座らせる。
「ああ……あたし、佐伯さんが……いなく、なっちゃ……たかと」
「タバコ吸いに行ってただけだよ。ごめんな」
佐伯は隣に座ると、あたしの頭を抱き寄せて撫でた。
「……佐伯さん」
「んー?」
「あたし、まだ……佐伯さんの近くにいたい……AVでもなんでもいいから」
「……俺はもうAVの仕事は振ってやれないし、お前をAVに出したくもない」
「……」
わかってる、そんなこと。だけど。
そんなふうに、困ったように言わないで――。
「――再婚も、今は」
あたしはぶんぶんと首を振った。その先を聞きたくなかった。
佐伯の首に腕を回して、口唇を口唇で塞ぐ。そのまま佐伯に跨って、ワイシャツのボタンを外し、ベルトも外す。
口に含むと、ペニスはすぐに硬くなった。
あたしはそれを丹念に舐め回して、啜り上げた。
「……くっ……は」
佐伯が吐息を漏らす。
その表情が愛しくて、あたしは喉奥深くそれを咥え込む。
「……っ!」
唐突に佐伯は腰を引いた。あたしの顔を両手で包むと、親指で口唇をなぞる。
「泣きながら咥えんなよ……おかしな気分になるじゃねぇか」
佐伯はあたしにキスをすると、あたしを腰の上に乗せて下から突き上げた。
「やぁん……っ!」
騎乗位なのに完璧に佐伯のペースで振り回される。内側から掻き乱されたあたしは大きく仰け反って、乗っているのがやっとだ。
「ああ、あーーーっ……」
その夜何度目かの射精を受け止めて、あたしは佐伯の胸の上に突っ伏した。
その後もあたしたちは、空が薄紫色に明けてくるまで、肌を重ね合った。
――朝。
すうすうと寝息を立てている佐伯の腕をすり抜けて、あたしは洗面所に立った。
濃厚すぎた夜の代償に、腰に力が入らない。下腹部はまだじんわりと熱を帯びている。
大きな鏡の前で歯磨きをしていると、佐伯が起きてくる。
「早いな」
背後からあたしを抱きしめると、また胸やお尻を撫で回し始める。
「フゴフゴフゴ」
「何言ってんだよ」
歯磨き粉で喋れないあたしにお構いなしに、佐伯は背後からあたしに挿入した。
「かふっ……!」
あたしは後ろから突かれながら、口をゆすぐ。
「綺麗だよ、ユリカ」
佐伯は鏡に映ったあたしを眺めて、更に激しく動く。
「やっ、あん……もう、朝から……っ」
「ああもう限界だ。年寄りに何回やらしてんだよ、お前は」
「そんっ……なのっ……じこせきに、んっ……やぁあっ!」
一晩中愛された膣は熟れきって、すぐに絶頂に昇りつめる。
「いや、お前がエロすぎるせいだ」
佐伯があたしの首元に腕を回して顔を上げさせる。
「顔、見せろよ」
鏡に写った、重なり合うあたしと佐伯が目に飛び込んでくる。
「――ゃ……っ」
鏡の中の自分が、感じすぎて潤んだ瞳であたしを見返している。
「あ――……たまんねぇな、この表情――」
佐伯は鏡越しにあたしを見つめながら、ゆっくりと奥深く、あたしを突き上げてくる。
その動きに合わせて、鏡の中のあたしの乳房が揺れる。ウェストの細くくびれたところを、佐伯の手が撫でる。朝の光が肌の表面に集まって、柔らかく輝いている。
「ユリカ、最っ高に綺麗だ――」
「……そんな……きれい、なんかじゃ……あぁっ……」
あたしは知ってる。自分が汚れきっていることを。
男に犯されて、汚されて、それでようやく自分を少しだけ好きでいられることを。
そんなあたしに。
「綺麗だよ。ユリカ」
そう言って佐伯は、深く深くあたしに沈む。
「……んっ……」
「綺麗だよ」
何度も、何度も、囁く。
深く、沈みながら。
「……ぁあ……っ……」
あたしの内部がきゅうっと佐伯を絞り上げる。
「……っく……」
佐伯が小さく喘いだ。それが愛しくて、あたしはまた佐伯を締めつける。
「あー……独り占めしてぇ――」
呪いのような言葉をあたしに刻み込んで、佐伯は放った。
そしてあたしは二度と自分を汚すことができなくなった。
シャワーが二人の汗を流していく。
明るい朝の光が細かい粒になってあたしの身体に降り注いでいる。
佐伯はあたしの肩を抱いて言った。
「寂しくなったら電話してこいよ。いつだって抱いてやる」
「……うん。佐伯さん」
*****
「はいカットォー!」
「お疲れさまでしたー!」
「ちょっと佐伯さーん、あっこはちゃいますやろー!『ユリカ、結婚しよう』てゆうとこですがな!」
「まあまあ梅やん、なんでも言葉にしたらええってもんでもないんやないの?東京の人らは」
「理解できひんわ!なぁ?ユリカちゃん?」
あたしはクスクス笑う。久々の梅鮫漫才だ。
「でも佐伯さんがプロポーズとか、想像できない」
「確かに!」
ガチャリ、とドアが開いて、仙波さんとみゆさんが顔を出す。
「終わったー?」
「はい!お疲れさまです!」
「いやー、今日でラストかぁー。ユリカちゃんともう一回、現場入りたかったなー」
「ちょっと!」
みゆさんが仙波さんの耳を引っ張る。
「いてててて!ごめんみゆ、冗談冗談!リップサービス!」
「もう!」
「おー、こわ。あ、これね、聖さんから」
そう言って、仙波さんは大きな花束をあたしにくれた。
「わあ!ありがとうございます!」
「今日来られなくて残念がってたよ」
「伊勢崎さんもね」
二人の後ろから顔を出したのはほなみさんだ。
「伊勢崎が?冗談だろ」
佐伯が心底嫌そうな顔をする。
「ホントですよー。かなり残念そうだったんですから。ほんとはあの日、佐伯さんと武藤さんを地下室の檻に入れて目の前でユリカちゃん輪姦すつもりだったんですって。悔しがってましたよー」
「……どこまで悪趣味なんだ、あの野郎は」
「じゃ、気を取り直して、打ち上げ行こーぜ!打ち上げ!」
「もうみんなお店に移動してますよ。さ、ユリカちゃん早く!」
「待って待って!ラストカット、ユリカちゃん、最後締めて!」
梅屋敷さんがカメラを回す。あたしはカメラに駆け寄って両手を振った。
「OLユリカ、AV女優、引退します!」
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