本好き魔導士の溺愛

夾竹桃

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四六時中

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「駄目だ。アメリアは帰らない」

 私を絶対に帰さない、テオバルト様からそんな気迫を感じる。
その気迫に、私もレーナお姉様も驚き、固まった。
けれど皇太子殿下は、その気迫に気取られることなく、テオバルト様に言い返した。

「しかしテオバルトはもう回復しただろう。これ以上、アメリアをここに滞在させるのは良くない」

 そう言われてもテオバルト様は、頑なに私の手首を離さない。

「あの……、テオバルト様。私も明日、助手として王宮に伺いますので、今日は教会に帰ります」

「もう一日だけだ」

 テオバルト様は、私の手首をさらにギュッと強く掴む。

「仕方がありませんわね。アメリア、もう一日だけ、テオバルト様の看病なさい」

 あれ、おかしいな。
いつものレーナお姉様だったら、何とかテオバルト様を説得して、私を帰らせるのに。
今日のレーナお姉様は、明らかに私よりも、テオバルト様の味方をしている。
でも、まだ帰る準備とか全然できていなかったから、もう一日ゆっくりできた方がいいかも。

「うっ、うん。じゃあそうするね」

「テオバルト、あまりアメリアを困らすようなことはするなよ」

「わかってます」

「ならいいが。じゃ、また明日」

 皇太子殿下とレーナお姉様は、帰って行った。
その後すぐに私とテオバルト様は無言のまま、部屋に戻った。
ただ部屋に入っても、テオバルト様はずっと私の手首を握りしめたまま。
仕方がないので、そのまま二人してベッドに腰かけた。

 目覚めた時は、あんなに上機嫌だったのに、今は悲しいほどテオバルト様は落ち込んでいる。
何て言って慰めよう……。

「あの……、テオバルト様、大丈夫ですか?」

「大丈夫ではない」

「どうすれば元気になりますか?」

「アメリアが帰らないと、ずっとここにいると約束してくれたなら、元気になる」

「それは、さすがに難しいような……」

 私がそう言った瞬間、テオバルト様は私の手首を離し、今度は私を後ろから抱きしめた。

「もう、アメリアを離したくない、一人は嫌だ」

 テオバルト様って、たまに駄々っ子のように我儘になる。
私よりも大人なのに……。
でもなぜか、そんなテオバルト様が愛おしい。

「テオバルト様、私の心はテオバルト様のものです。だからテオバルト様が手放さない限り離れません」

「手放しはしない」

「はい。絶対に手放さないで下さいね。ずっと、ずっと一緒です。約束ですよ」

「約束する」

「それとですね、テオバルト様に差し上げる物があります。ちょっと待ってて下さいね」

 私は自分のバッグを取りに立ち上がろうとしたら、テオバルト様に拒まれ、逆に強く抱きしめられてしまった。
幸い、私のバッグはテオバルト様の視界内にあるので、魔法で取ってもらうことに。
そしてバッグを受け取ると、その中からテオバルト様にあげるプレゼントを取り出した。

「はい。どうぞ」

 プレゼントは、可愛らしい紙袋に入れてある。

「これは……」

「以前、マダム・ポワンで購入したハンカチで、それに刺繍を施したものです」

 テオバルト様は紙袋を開け、刺繍されたハンカチを取り出した。

「どうですか? あまり刺繍は得意じゃありませんが、頑張って作りました。私の汗と努力の結晶が詰まった作品です」

「これは花か? こっちは……、棒と蝶々か?」

「ええっとですね、銀色の花が咲き誇っているアンドロメダと、そのアンドロメダの周りで踊っている、私とテオバルト様です。テオバルト様は一人じゃありません。いつも私と一緒です」

「……」

テオバルト様は無言で刺繍を見つめている。
じっと真剣に見つつ、指で刺繍の感触を確かめている。

「気に入って頂けましたか?」

「ああ。大切にする、ありがとう」

「どう致しまして」

「それにしても、これが俺か……」

「あはは……。もっと練習します」

「また、くれるか?」

「はい。あ、今度は私達と皇太子殿下やレーナお姉様も一緒に刺繍しましょうか?」

「いや、俺とアメリア、2人だけでいい」

「はい。わかりました」

 テオバルト様は、まだじっと、刺繍を見つめている。
それも、とても嬉しそうに。
ようやくテオバルト様の機嫌も直ったことだし、さっきのことを謝ってしまおう。

「あの……、テオバルト様……、庭園にいた時、変なこと言って、ごめんなさい」

「変なこと?」

「はい。テオバルト様以外の魔導士の助手になると言ったことです。なんか私のせいで、無理やり宮廷魔導士を続けなきゃいけない感じになってしまって、本当にごめんなさい。でも、テオバルト様が嫌なら、宮廷魔導士を辞めて下さい。私のことは、ほっておいても大丈夫ですから」

「ほっとけるわけないだろう。それに宮廷魔導士になる利点もあるから、アメリアは気にしなくていい」

「利点ですか?」

「ああ。魔塔では、基本、給料も研究費も支給されない。魔導士一人一人が遠征などの依頼を受けて資金を得るか、もしくは後援者を見つけるしか資金は得られない。しかし宮廷魔導士は、国から給料も研究費も支給される、それが利点だ」

「魔塔の魔導士様って、大変だったんですね……」

「そうだ。それと気にするなと言ったが、今後は二度と、俺以外の助手になるなどと、言うなよ」

「わかりました……。あ、そういえば、イザベラ様の件もほぼ解決しましたし、テオバルト様のもう一つのお願い事って何ですか?」

 何かな、何かな、ドキドキする。
どうか、エロすぎるお願い事じゃありませんよーに。
でも、ちょっとくらいエロくてもいいかな~。

「それは……、また今度言う」

「ええーーっ。凄く気になります」

「そうか?」

「はい。だから教えて下さい」

「駄目だ」

「何でですか?」

「その方が俺の願いが何か、四六時中、考えざる得ないだろう」

「テオバルト様って意地悪ですよね。でもわかりました。四六時中、テオバルト様のことを考えます」

「それでいい」

「あ、考察するには、観察が重要ですよね、テオバルト様」

「そうだな」

「じゃあ、テオバルト様が生まれ育ったこの屋敷を案内して下さい」

「別に構わないが、大して楽しくないぞ」

「それでもいいです。ぜひぜひお願いします」

 まずは、メインホールにリビングルーム、次に書斎、社交室、ダイニングホール、サンルーム、ゲストルーム……、時間をかけてゆっくり見て回った。
どれも素敵で豪華絢爛、けれど何かが足りない……、なんだろう。
あ、あれが無いんだ。

「そういえばテオバルト様。今まで歩いてきて肖像画が一枚もないんですけど、なぜですか? 私、テオバルト様のお父様やお母様の肖像画を見てみたいです」

「肖像画は一枚もない」

「えっ……、ええっ!?」

 嘘でしょ……。だって確かマーレンベルク公爵家って相当歴史があるはず。
肖像画が何十枚あっても、おかしくないのに。

「全て破かれ、燃やされたからな」

「誰にですか……、あっ、もしかしてお継母様に?」

「そうだ。俺の両親の物は、ただ一つを除いて全て破棄された」

「一つだけ?」

「そう、アメリアが元気にしたアンドロメダだ。俺の母はアンドロメダが好きで、数多く庭園で育てていたんだが、燃やされた。その中で唯一生き残っていたのが、あのアンドロメダだ」

「そうだったんですね……」

「俺はそこまで気にしてないから、アメリアもあまり気にするな」

「はい……」

 そういえば、テオバルト様を拭いた時、古い傷がいくつもあった。
てっきり大戦時の傷かと思っていたけど、その時は既にテオバルト様は最強の魔導士だ。
怪我なんて滅多にしないはず。
もしかして、あの古い傷は幼少時代のものなの……?
テオバルト様は、あのお継母様に虐待されていたってことなの?
そんな……、私、どうしたら……。
どうしたらテオバルト様を幸せにしてあげることができるんだろう。
テオバルト様には、これからいっぱい、幸せになって欲しい。
そうだ、いいこと思いついた。

「あの、テオバルト様、もう部屋に戻りませんか?」

「そうだな」

 今度は私がテオバルト様の手首を掴んで、部屋へと戻る。
そしてベッドの手前で立ち止まり、私はテオバルト様に提案を持ちかけた。

「テオバルト様、これからアメリア式の幸せになる時間を体験しませんか?」

「なんだそれは?」

「まずは、自分の好きなものを、ベッドに集めます。多ければ多いほどいいです」

「好きな物?」

「はい。私がお手本をお見せしますね」

 まずは、山盛りのお菓子、沢山のフカフカクッション、執事のローマンさんから借りたお花の画集をベッドに置く。
次に、テオバルト様をベッドの中央に座らせ、私がその前に座り、テオバルト様の手を私の腰に巻き付ける。

「これが私のお手本です。お菓子を食べながら画集を見つつ、ベッドの上をゴロゴロする。そして一番大好きなテオバルト様に後ろからギュッと抱かれる、これこそ、私にとって最高に幸せなひと時なんです」

「なるほどな」

「では、テオバルト様も実践してみてください」

「俺は、このままでもいいが……」

「だめです、だめです。ちゃんと真剣にやってみてください」

「わかった」

 テオバルト様は立ち上がり、色々な場所から何かを手に取り、ベッドに運んだ。
うっ、しっ、しっ、これでテオバルト様の好きな物が大体把握できる。
テオバルト様の好きなものを観察して、テオバルト様がどうしたら幸せになるかを考察する。
うん、これなら四六時中考えていられる。
私って、意外に頭いいかもー。
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