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言葉
しおりを挟む「つっ……、んんっ……」
テオバルト様は、私の唇を、舌を、食い尽くしてしまうような激しいキスをした。
私が息苦しさに朦朧すると、ようやくテオバルト様は唇を離す。
しかしすぐに私の頬や首筋、手の甲や指先とあらゆる場所に唇を押し当てる。
汗と泥で汚れているのにも関わらず……。
「アメリアは俺のものだ。絶対に手放さない」
「でもでも、テオバルト様、私のこと好きじゃないって、もう好きじゃないって言ったじゃないですかっ」
「好きじゃないとは言っていない。好きという感情ではないと言ったんだ」
「違いが全くわかりませんっ」
「俺は、アメリアを見るたび、触れるたびに、心が満たされ幸福を感じる。しかしそれ以上に、激しい焦燥感が襲い、今までにない恐怖を感じるようになった」
「えっ……、どうして……」
「アメリアが、いつか離れて行ってしまうかもしれない、俺と別れたいと言い出すかもしれない、そんな疑念が常にあったからだと思う。だが実際そうなったら、俺は、アメリアがどんなに嫌がっても、閉じ込めてしまうと思う。もし本当に好きなら、愛しているならば、快く別れ、相手を送り出すものだろう?」
テオバルト様は、私が別れようとしていたことに、勘づいていたのかもしれない。
「……、私もそこまで恋愛経験豊富じゃないので、わからないですけど……」
「そうか、そうだな。俺もまだ愛についてはよくわからない。けれど今の俺のこの気持ち、感情を的確に表現する言葉を俺なりにずっと考えていた。その結果一番しっくりくる言葉を少し前に見いだせたところだ」
「好きとか、嫌いとか以外にあるんですね」
「ああ、そうだ。それは命だ。心臓と言ってもいい。アメリアは俺にとって命そのものだ」
「い、いのち……」
「もし俺の命が奪われそうになったら全力で取り戻すだろう。命を奪われたら死を意味するからな。まあ、そうならないよう俺は、俺の命が傷つかないよう真綿につつみ、頑丈な場所に保管しておきたい」
要は、好きすぎて、愛しすぎて、何よりも私が大事な存在だってことだよね。
そういうことでいいんだよね……。
テオバルト様って、考え過ぎというか、まどろっこしい。
まぁ、ロマンティックに愛の告白をするようなタイプじゃないか、テオバルト様は。
私が、テオバルト様の命か……、嬉しくないって言ったら噓になる。
自然と、顔がほころぶ。
その私の表情を見たテオバルト様は満足した様子で、私の手を再度握りしめ、歩き出した。
その後、ベレヌの町に到着すると、イザベラ様の馬車が勢いよく通り過ぎる。
火事があった領主のお屋敷は、一部が煤けているだけで大きな被害はなさそう。
私達は、今までの出来事を報告するために、外で指示を出している皇太子殿下を訪れた。
徹夜で作業していたと思われる皇太子殿下だけど、全く疲れを感じさせず、相変わらずキラキラ輝いている。
他の人は、目の下にクマを作り、煤と泥だらけ。
近衛兵のジョン様に至っては、手で必死に目を見開き、寝まいとしている。
私も同様、眠くてうつらうつらと船を漕ぎ、何度もテオバルト様にぶつかってしまう。
けど、私はなんとか眠気を抑えて、テオバルト様と皇太子殿下の会話に耳を傾けた。
テオバルト様は、聖獣はもう大丈夫だとか、グアン様の腕がどうとか、何とかの組織がどうたらこうたら……、と言っていた。
皇太子殿下は、イザベラ様が急に国都に戻ったとか、塀が、屋敷が、うんちゃらかんちゃら……、と話していた。
最後の方は意識が飛び、気づいた時には、なぜか私は荷馬車の中だった。
辺りを見渡すと、馬車の中は私一人しかいなく、御者はなぜかテオバルト様。
副団長なのに、公爵様なのに、御者をしてるだなんて、きっと私のためだよね……。
ほんと、申し訳ない。
「テオバルト様、今起きました。いつも寝てしまってすみません」
「目覚めたか、アメリア。隅に食料があるから適当に食べろ」
「ありがとうございます。国都に向かっているんですか?」
「そうだ。ベレヌでやることは全て完了したからな」
「ずいぶん急ですね。皆も一緒ですか?」
「そうだ」
私はテオバルト様の隣に座り、外の景色を眺めながら食事を頂いた。
馬に乗った騎士や兵士達は、疲れた表情をしつつも、目がキラキラと輝いている。
きっと、国都に帰れるのが嬉しいに違いない。
もちろん、私も嬉しい。
帰ったら、まずお風呂に入って、甘いものいっぱい食べて、それから髪もきれいにカットしに行こう。
この遠征で手当ても出るはずだから、洋服も新調しよう。
それで、テオバルト様とデートしたいなぁ。
うふふ、すっごく楽しみ。
「テオバルト様、戻ったら私、デートしたいです」
「アメリアは気楽でいいな。色々と問題は山積みだが、デートは確かにいい。帰ったら計画を立てよう」
「はい」
私は甘えるように、テオバルト様に寄りかかり腕を絡めた。
テオバルト様も終始、顔が綻んでいる。
少し周りの目が冷ややかだけど、気にしない、気にしない。
国都に戻ると、テオバルト様は私を教会まで送ってくれ、遠征での出来事をレーナお姉様に説明してくれることとなった。
「ただいま~、レーナお姉様」
私は、髪が切られたことに対して、しょげていないようにふるまったが、レーナお姉様は青ざめ、怒りを滲ませながら、テオバルト様に詰め寄る。
「テオバルト様、これは一体どういうことですか」
テオバルト様は淡々と、遠征での出来事をレーナお姉様に伝えた。
イザベラ様に毒を付けられたこと、ヒーラキを元気にさせたこと、聖獣と会話ができること、グアン様に襲われたことを。
「遠征での出来事は以上だ。レーナ、アメリアの髪を治すことは可能か?」
「無理です。テオバルト様が付いていながら、こんなことになるなんて。非常に失望しました。アメリア、テオバルト様のお付き合いですけど、今後は考え直した方が良さそうだわ」
「レーナお姉様、私はもう髪のことは大丈夫だから」
髪の件は、テオバルト様のせいじゃないのに、なんでここまでレーナお姉様が怒るんだろ。
その態度に、私の方がレーナお姉様に腹が立つ。
「全然、全くもって大丈夫ではないわ。一歩間違えば、アメリアは死んでいたかもしれないのよ。そうですわよね、テオバルト様」
レーナお姉様は、強い口調でテオバルト様を責める。
「そうだな。だが、俺とアメリアの付き合いを、レーナにとやかく言われる筋合いはない」
「いいえ、あります。アメリアは私の妹ですもの。口を出す権利は十分あります。それにアメリア自身が私の意見を尊重してくれますわ」
レーナお姉様は、当然私の言う事に従うわよねっていう目つきで私を見る。
「アメリア、俺とレーナ、どちらを選ぶ? どちらの意見を聞くんだ?」
テオバルト様は、威嚇するように腕を組み、私を見下ろす。
テオバルト様も、当然俺の言う事に従えっていう目つきだ。
「どっちって……、」
もちろん私は、テオバルト様を選ぶし、テオバルト様の言うことに従うつもりだ。
けれど、それを察したレーナお姉様は、私の肩にポンと手を置き、私とテオバルト様の間を遮るようにして立つ。
そして、誰もが騙される聖女スマイルをテオバルト様に向けた。
「テオバルト様、そうカリカリしないでください。わたくし、もしテオバルト様がイザベラ様の毒の件を、公に罪に問う事ができたならば、もう一度テオバルト様のこと、信頼できると思いますわ。そしてアメリアの恋人として認めることができると思います」
「毒の件は、レーナに言われなくても考えている。しかし公となると……、いや、なんとかする」
「期待していますわ、テオバルト様。それにもし、4年前の事件も同じく解決できたなら、信頼できるテオバルト様に、アメリアを永遠にお任せしたいわ」
「4年前の事件か……」
「どうか、よろしくお願いします」
珍しいことに、レーナお姉様が真剣に、切実に、テオバルト様にお願いしている。
けれど、テオバルト様は無言。
YESとも、NOとも答えない。
なんとも言えない重苦しい雰囲気が漂う。
一体、4年前に何があったのだろう。
「レーナお姉様、4年前に何がっ」
私がレーナお姉様に質問している途中で、テオバルト様が口をはさむ。
「アメリアには関係ない。知る必要もない」
「そうね、アメリアは、知る必要はないわ」
「そろそろ俺は行く。アメリアは、2日休んだら出塔しろ。わかったな」
「はい、わかりました」
テオバルト様は帰り際、フッと笑顔になり、私の頭をポンポンして帰って行った。
それを見たレーナお姉様は、ウゲーっていう顔をしている。
どうやら本当に、レーナお姉様とテオバルト様は仲良くないようだ。
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