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魔物
しおりを挟むテオバルト様と私は、軍と合流すべく、歩き出した。
今日は、実際に魔物を討伐するらしいので、心なしかテオバルト様は焦っているように思われる。
きっとテオバルト様は戦闘の主力なのだろう。
2時間ほど、ノンストップで歩くと、叫び声や、魔物らしき奇声が聞こえてきた。
それを聞きつけたテオバルト様は、私の手を握りしめ、駆け出した。
駆け出しながら、何やら呪文と唱えている。
その次の瞬間、赤黒い煙のようなものが、テオバルト様の身体にまとわりついた。
まとわりついた煙は徐々にテオバルト様の腰辺りに集まり、長細い形になった。
と同時に、本物の長剣になり、テオバルト様の腰に装着される。
その剣をテオバルト様は鞘から抜いた。
もうすぐそこには、魔物がいる。
その魔物は、5匹もいて、ナメクジのような体をしているが、体が2メートルを超えそうなぐらい大きい。
また、背中には突起物が無数にあり、その突起物から、水泡を勢いよく飛ばして攻撃してきている。
恐ろしいことに、その水泡は物を溶かす作用があるらしく、兵士が持っている盾が何個も溶かされている。
どうやら、先に到着していた兵士や騎士達は、このナメクジみたいな魔物にかなり手こずっているよう。
「アメリアはここで待機だ。俺がいいと言うまで絶対に動くな」
テオバルト様は、私を安全そうな場所に誘導すると、透明なバリアみたいなものを魔法で施す。そのまま臆することなく、テオバルト様は魔物に向かい走りだした。私と手を繋いでいた時よりも、倍以上の速さだ。
魔物の直前まで近づくと、テオバルト様は高くジャンプした。
一番高い地点に到達した瞬間、テオバルト様は剣を勢いよく振り下ろす。
振り下ろすと同時に、剣から赤黒い炎が噴き出し、その炎は全ての魔物に襲いかかった。
そして一瞬の内に、魔物が焼ただれ、薄緑色の蒸気を出しながら崩れていく。
どうやら、テオバルト様が到着するや否や、勝負がついたようだ。
あまりの呆気なさに、そこにいた兵や騎士は茫然としている。
しかし、皇太子殿下だけはテオバルト様に近づき、声を掛けた。
「さすがだね、テオバルト」
「いえ。他には魔物はいませんか?」
「この近辺にはいない。それにしてもすごい悪臭だ。一旦ここを離れよう」
焼ただれた魔物から悪臭が立ち込めているので、皆、鼻を覆い隠しながら、風上に移動し始める。
その時、私を殺そうとしたイザベラ様がチラっと見える。
イザベラめ~、絶対に許さない。
なんとか、復讐してやる。
そうだ、この魔物をうまく利用できないかな。
この悪臭をイザベラに擦り付けられたら一番いいのに。
私は、誰にも気づかれないようにそっと、魔物に近づく。
魔物は、テオバルト様の炎でほとんど消滅しかけていたが、まだヘドロのような残骸が残っている。私は、様子を見るため、その辺に転がっていた木の棒を拾い、魔物の残骸をツンツンと突っついた。
「何している、アメリア」
テオバルト様は、腕を組み、仁王立ちして、私を見下ろしている。
どうやら怒っているよう。
「ええっと、あの、その、魔物が倒れたから金貨とか、宝物とか、魔石とか見つからないかなと思って、探していました」
さすがに、この悪臭ただよう物体をイザベラ様に擦り付けようとしていたとは、幼稚すぎて言えない。だから私は前世のRPGゲームの知識を頼りに変な言い訳をしてみた。
「魔石?」
「ええ、そんなようなものないかなって思いまして。もしかして魔物を殺しても、何も得るものはないんですか?」
「魔物を倒しても何も出てこないと思うが……、きちんと確認したことはない」
そうテオバルト様は言うと、呪文を唱え、魔物の残骸を全て焼き尽くした。
そこには、金貨や宝箱はもちろん、魔石らしき物も見当たらない。
現実はそんなものだよねっと納得し、私も皆がいる場所に移動しようとした。
そんなとき、テオバルト様の「ん?」という声が聞こえた。
「どうかしましたか、テオバルト様」
「これはもしかすると……」
テオバルト様は魔物の残骸があった場所から、何かを拾い上げる。
「えっ、私にも見せてください」
テオバルト様の手に、米粒ぐらいの小さな黄色い石がチョコンとのっている。
よく見ようと、私が手に取った瞬間、パリンと砕けてしまった。
「アメリア、むやみやたらに触るんじゃない。もしこれが本当に魔石で、人体に害をなすものだったらどうするんだ」
「ごめんなさい。つい……。でもその辺にあるような石ぽいですよね」
「石なら今みたく砕けないと思うが。これは確認する必要があるな」
テオバルト様はそう言うと、他にも黄色い石がないか辺りを念入りに探す。
結局、4つほど見つかり、テオバルト様が保管することとなった。
その後、軍と合流し、テオバルト様は皇太子殿下らと打ち合わせをし、私は休憩を取る。
休憩場所にはイザベラ様もいて、あの毒のことを問い詰めたいけど、テオバルト様曰く、もうそんな毒は処分済みで、私が何を言っても無駄だと言われてしまった。
また今後一切イザベラ様に近寄るなと、テオバルト様に釘を刺されている。
だから、私はイザベラ様とは真逆の方向に座り、目を合わせないようにした。
その後、すぐに出発となった。
この森の奥地には聖獣がいて、その聖獣の様子を確認しに森の奥地に進む。
通常、聖獣がいる場所は、常に清らかさが保たれているため、魔物が発生しにくい。それにも関わらず、今は相当数魔物が発生している。このことから、聖獣に何かしらあったと考えざるを得ないらしい。
森の奥地へ進めば進むほど、魔物が多く出没しているが、テオバルト様が大半を倒している。意外にも皇太子殿下は剣の腕が立つらしく、テオバルト様の次に多く魔物を倒している。その次に近衛兵。その活躍している人たちの中心になぜか、私がいる。
一番役立たずで、一番下っ端の私が、皆に守られながら移動している。
どうやら皇太子殿下の配慮で、そうなったよう。
おそらく、また私が一人離れてしまうと、テオバルト様もまた私を追いかけて軍から離れてしまうと思ったようだ。
そうこうしているうちに、森の一番奥地と思われる場所へと到着した。
その奥地には聖なる木、ヒーラキが数多く生息しているが、ほとんどが燃やされ枯れている。辛うじて一番大きなヒーラキがまだ葉をつけているが、所々燃やされた箇所があり、今にも枯れてしまいそう。
その一番大きなヒーラキの片隅に、隠れるように聖獣がいる。
聖獣は、美しい銀色の毛と角を持ち、豹のようなしなやかな体つきをしている。
その美しい聖獣が、私達を睨んでいる。
また聖獣の近くには血糊がべったりついたような、汚れている箇所がいくつもある。
「聖獣がいます。けれど様子がおかしい、怪我をしているようだ」
テオバルト様が状況を報告する。
「うん。どうやら怪我をした際に、血が飛び散り、その血が魔物を呼び寄せているようだね」
皇太子殿下はそう言うと、皆に、剣を鞘に納め、動かないように指示した。
次に、テオバルト様や隊長、聖女のイザベラ様を集め、今後の対応の話し合いが行われることとなった。どうやら聖獣の怪我を治すことは急務らしい。
そのまま放っておいてしまうと、聖獣の血に誘われた魔物が増え続け、最後には聖獣が魔物に食い殺されてしまう。
そうなってしまうと、その地は穢れ、魔物の巣窟になってしまうらしい。
「聖女イザベラ。聖獣を治癒することは可能かな?」
皇太子殿下は、イザベラ様に問う。
しかし、イザベラ様は顔を横に振る。
「いいえ。わたくしの力では聖獣は治癒できません。わたくしが治癒できるのは人間のみです」
「そう。何か他にいい方法はないかな? テオバルト」
「薬はどうでしょうか? ただ私の薬は普通の獣には効果がありますが、聖獣に効果があるかどうかはわかりません」
「そうか。今はその薬に賭けるしかないな。ただ、その薬を試すにしても、聖獣を大人しくさせる必要がある。眠らせることはできれば一番いいが、できるだろうか? テオバルト」
「難しいですね。聖獣には、魔法は効きませんから。麻酔薬を弓で射ってもいいですが、もし麻酔も効かなかった場合、聖獣は人間を嫌悪するでしょう」
「なんとか近づいて、薬を塗るしかないのか……」
テオバルト様達の話し合いは、なかなか終わらない。
その間ずっと、聖獣はこちらを睨み、同じ言葉を発している。
“人間、友達殺した、許さない”
“人間、友達殺した、許さない”
“人間、友達殺した、許さない”
聖獣は友達を殺されたと言っているけど、他にも仲間がいたのだろうか。
それらしき死骸はないけれど……。
もしかしたら、生きてどこかに逃げてたりしないかな。
そう思って、私はキョロキョロと辺りを見渡した。
するとテオバルト様が、私の行動を制するように、肩に手を置いた。
「どうした? アメリア」
「あ、あの。聖獣の友達が実は死んでなくて、近くにいたらいいなと思って、辺りを確認してみたんです。でもいなさそうですね」
「友達? 聖獣の友達とは何だ?」
「私も知りません。テオバルト様の方が詳しそうですけど」
「聖獣の友達なんて初耳だ。それで星獣の友達が実は死んでないとは、どういうことだ?」
「えっ……。だから聖獣が、人間に友達を殺されたって言っているじゃないですか。でも、実は生きてるんじゃないかと思って。だって、友達の死骸ないですよね?」
私がそう発言すると、私の周りにいた人たち、皇太子殿下や隊長、聖女イザベラ様、近衛兵達みんなが、一斉に私を見た。
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