本好き魔導士の溺愛

夾竹桃

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お金持ち

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 テオバルト様は私の手を握りしめたまま、輝く扉を開け、再び歩き出した。
秘密の部屋に着くと、これから私が行う仕事内容をテオバルト様は説明し始める。
丁寧に説明してくれるのはいいが、ずっと手を繋いだまま。

「これで説明は以上だが、わかったか?」

「えっ、あ、はい。ええっと……、植物の……」

「植物の観察日誌だ」

「はい。観察日誌ですね。わかりました。水やりとかはしなくても大丈夫ですか?」

「それは大丈夫だ。魔法で管理しているから」

「はい」

仕事の説明が終わっても、テオバルト様は私の手を離さず、無言のまま足を進める。
なんだか、少し気恥ずかしい。
意識したくないのに、どうしても手に意識が集中する。
何か喋って気を紛らわしたいのに、何も言葉が出てこない。

 しばらく無言で散策していたが、昨日私が元気にした木、アンドロメダの目の前に行くと、テオバルト様は立ち止まり、やさしくそっと葉に触れた。
その時、テオバルト様と繋いでいた手が微かに緩む。
私はチャンスとばかりに、テオバルト様の手から逃れ、アンドロメダの隣に咲いていた濃いピンク色の花を包み込むように両手で触った。

「このピンクのお花、とても可愛いですね」

「その花はアマセスという花で、光を蓄えることができる。とても珍しい花だ」

 テオバルト様は、そう説明しながら、そのアマセスの花一凛を切り取り、私に差し出す。

「私にくれるのですか?」

「ああ。そのために切り取ったからな。アメリアに良く似合う」

「ありがとうございます」

 アマセスの花を持った私を、愛おしそうにテオバルト様は見つめ、フッと笑顔を浮かべる。
そのカッコよすぎる笑顔に、一瞬、ほんの一瞬、キュンっとしてしまった。

「さてと、俺はそろそろ部屋に戻る」

「はい。私は早速、観察日誌をつけたいと思います」

 テオバルト様がいなくなり、私は日誌を付け始めた。
昨日までの分は、テオバルト様の字で丁寧に書かれてある。
挿絵も描かれているが、とても上手。プロの絵描きになれそうなほど。
その形式をまねして私は続きを書き始めたが……、意外や意外、とても楽しい。
温室だからポカポカしているし、花々のいい匂いはするし、虫もなぜかいない。
なにより、陰気な地下空間ではなく、光あふれるところで仕事ができるのが楽しい。

 それから私は適当に昼休憩をとりつつ、仕事に没頭した。
テオバルト様も、どうやら仕事が溜まっていたらしく、忙しそう。
だからか、帰宅するときも大して何も言われず、すんなり帰れた。
まぁ、別に何かを期待してたわけじゃないけど……ね。

 魔塔から教会へ戻ると、珍しくレーナお姉様が部屋にいて寛いでいた。

「ただいま、レーナお姉様。見て見てー。可愛いお花でしょう?」

「おかえりなさい、アメリア。その花は、まさかっ」

花をみて、レーナお姉様は、ものすごくビックリしている。

「テオバルト様から貰っちゃった。アマセスっていう花で珍しいみたい。可愛いよねー」

「アマセス、やっぱり。その花は珍しいっていうレベルじゃないわよ。100G(100万円)以上の価値があるわよ」

「えっ、100G!? まさか~、そんなわけないと思うけど」

「まさかじゃないわ。この花は蓄光できるでしょう」

 レーナお姉様は、部屋の明かりを全て消し、部屋を暗くした。
すると、アマセスはポワっとほのかに輝きだした。

「わぁー。きれい」

「そうでしょう。このアマセスは王族でさえ手にすることが難しいの」

 レーナお姉様はそう言いながら、また部屋を明るくした。

「へぇーーー」

「って、アメリアっ! そのネックレスはどうしたの? ピンクの宝石が付いているわ。まさか、ピンクダイヤ?」

「あ、これ。これもテオバルト様から貰ったの。仕事に必要なの」

「仕事に必要って、わざわざ宝石をあげるなんて。その宝石がピンクダイヤだったら、そのネックレスも100G以上するわよ」

「まさか~……。テオバルト様って、お金持ちなの?」

「お金持ちというか、この国一番の富豪よ」

「ええーー、びっくり」

「知らないことの方がビックリだわ。それで、テオバルトとどういう関係になったわけ?」

「かっ、関係って?」

「付き合うことになったの?」

「うっ、うん。たぶん、そう」

「ふーん」

「私の態度が勘違いさせたみたいで。私がテオバルト様を好きで誘惑したことになっているんだよね。違うのに」

「まぁ、アメリアは昔からそうだったわよね。皆から好かれようと思って笑顔振りまいて」

 レーナお姉様は、私を馬鹿にしたように、呆れたような顔つきして、私に言う。
いつもそうだが、レーナお姉様は私を見下している。
ほんと、腹立つ。

「そりゃ、そうだよ。嫌われたいと思う人いるの?」

 私はレーナお姉様に刺々しい口調で言い返した。
そんな私に対して、レーナお姉様は、せせら笑う。

「アメリア、私は褒めているのよ、あなたの八方美人ぶりを。いえ、コミュニケーション能力の高さを褒めているの」

「ふーん、全く褒めている感じに聞こえないけど」

「まぁ、テオバルトはコミュニケーション能力マイナス100で、アメリアがプラス100だから、お似合いなんじゃないかしら」

「お似合いじゃないよ。私は貧乏田舎男爵家の冴えない娘で、テオバルト様は大金持ち公爵様で、なおかつ最強魔導士でしょ? どう考えてもお似合いじゃないよ。不釣り合い」

「アメリア、そこまで自分を卑下することないわ。それに今や平民と貴族が結婚する時代よ、昔とは違うわ」

「まあ、そうかもしれないけど。でも私、いまいちテオバルト様の事、好きじゃないんだよなー。顔はカッコイイとは思うけど。あーこれからどうしよう」

「簡単よ、アメリアがテオバルトの事を本当に好きになればいいだけじゃない」

「うーん、でも好きになるのって、頑張ってできるものじゃないよね」

「そうかしら」

「そうだよ」

「なら、キープってことにしといて、他に好きな人ができたら乗り換えればいいわ」

「いいのかな、そんな軽い気持ちで付き合って」

「何も問題ないわ。それでね、アメリアにお願いがあるのよ」

 レーナお姉様の表情が、今までの意地の悪い笑顔から、突如、優しくふんわりとした気品ある聖女の笑顔に変わった。

「なに?」

「今度、私主催のチャリティーパーティーを開催するの。そのパーティーにテオバルトと一緒に出席してもらえるかしら」

「私はいいけど、テオバルト様はどうかな……」

「アメリアだけ出席しても意味がないのよ。テオバルトに来てもらわないとダメなのよ」

「あ、そうなの」

「そうよ。アメリアはテオバルトの恋人なのだから、それぐらいできるでしょう。それに肝心のイザベラの情報はまだなのかしら。いい加減痺れが切れそうよ」

そうだよね。テオバルト様の妹、イザベラ様の情報をそろそろ探らなきゃだよね。はぁ、やらなければいけないのは重々わかってはいるけど、どうも私はスパイ活動というか、上手くテオバルト様から情報を引き出すことができない。
よし、今度のそのチャリティーパーティーで真正面からテオバルト様に聞いてみよう、それしかない。直球勝負だ!

「わかったよ。なんとかテオバルト様に出席してもらえるよう説得してみるよ」

「ええ、必ずお願い」

 レーナお姉様は、失敗したら許さないわよと言うような目をして、チャリティーパーティーの招待状を私に手渡した。
小さい頃から、私はレーナお姉様に色々とお世話になっているせいか、レーナお姉様には逆らえない、絶対に従わなければいけない、そう刷り込まれながら成長してきた。
だから、今回のレーナお姉様の依頼を私が断れるわけがない。
チャリティーパーティーの開催は、一カ月ちょい後。
どうか、テオバルト様が了承してくれますように。

 さてと、寝る前にテオバルト様から借りたピンク色の恋愛本を読んでみるかな。
何々~、ええっと意中の彼に好かれるためには、まずは褒めること……。
距離が縮まった時には、お酒の力を借りてボディタッチ多めで攻める……。
なんだろう、妙に既視感があるようなって、これまさに私がテオバルト様にしてきたことだ。
こんな本読んでいれば、テオバルト様勘違いしちゃうよね。
やっぱり私が悪いのかな。
きっぱりテオバルト様のこと拒絶してみる?
いやいや、そんなことしたら最悪クビで、田舎出戻りコースだ。
できれば、テオバルト様といい関係を保ちつつ、情報を獲得後、いい感じで上司部下の関係になりたい。
果たして私にそんなことできるのか?
うーーん、全くできなさそう。
ま、今はレーナお姉様が言うように、かる~く、エロなしでテオバルト様と付き合おっかな。
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