上 下
62 / 65

55.僕だけの彼になった。

しおりを挟む
 僕はその時、少4の夏休みの間だけ遊んでいた友達を思い出した。毎日遊ぶ約束はせずとも、行けば必ずその子はその場所にいて、門限の時間まで二人で遊んでいた。でも、夏休みの最後日、風邪をひいてしまい行けなかった。そのあと夏休みが終わっても何度か見に行ったが、会えることは無かった。

 あの頃はまだ僕はヒーローを信じていた。ヒーローものが大好きで、いつもヒーロー人形を持っていて、その子にヒーローのカッコ良さを語った。ヒーローごっこをしたり、ブランコで遊んだり、鬼ごっこをして、門限の時間まで毎日遊んでいた。

 その子に会えなくなって、また会いたいといつも持っていたヒーロー人形にお願いをしていた。

 だけど、それも終わりを迎えた。

 ある日学校から帰ると、ヒーローに関するものは僕の部屋から全て消えていた。兄に棄てられていた。

「ヒーローなんていないんだよ。」

 兄は僕にそう言った。
 僕はショックは受けるものの、その時ですら、兄の言うことをすんなりと受け入れた。

 ヒーローはいない。

 僕は、それからはもう、あの子に会いたいと願うことすらしなくなった。

 だけど、ヒーローはここにいた。
 僕のヒーローは、栗花落くんだったんだ。

「栗花落くん。僕も一緒に行く。」

 僕がそう言うと、栗花落くんは柔らかい笑顔を見せた。

「喜んで。……そう言いたいけど、だめだよ。」

 栗花落くんは、僕を真剣な眼差しで見た。

「だって、まだ夏木くんの目は生きているもの。僕の目を見てよ。もう、かなり前から、生きてないんだ。」

 僕を生きる意味にして欲しい。

 そう思いはしても、兄貴がそれを許さない。僕らは八方塞がりだった。

「栗花落くんとなんて出会わなかったら良かった。友達になんて、ならなかったら良かった。」

 僕はボソリと呟いた。

 栗花落くんは、目をぱちぱちとして驚いた。

 僕の目からは気付いたら涙が溢れていた。

 栗花落くんは体を起こすと僕の頭を撫でた。

「僕は、最期に夏木くんと出会えて良かった。毎日、すごく楽しかったよ。」

「せやから!」

 声を荒らげて、僕はもう涙が止まらない。

「なんで僕にこの感情を教えたんや?知らんかったら、こんな気持ちも知らずに済んだ……なんでや…。僕だけ、このつまらない世界に置いていくん?」

 僕は子供のように駄々をこねた。
 小4の時に僕の目の前から消えたあの子にぶつけたかった言葉を、栗花落くんにぶつけている。
 八つ当たりと言えばそうだが、この時の僕はそんな事どうでもよかった。
 もうすでに自分の感情をコントロール出来ずに、ただ、目の前の相手をずっと傍に置いておきたい。独占欲だけが、頭を占めた。

 栗花落くんは困ったように笑うだけだった。

「与えるだけ与えて、都合が悪くなったら、僕のことはもうどうでもええんか?」

 困り顔で何も言わない栗花落くんに、僕はもう言葉が止まらない。

「僕ら、恋人同士やないん?それも今日で終わりか?」

 責めるように駄々をこねる僕に、栗花落くんは僕を撫でる手を止めた。

「終わらないよ。僕らはこれからもずっと、一緒だよ。夏木くんは、僕を一生愛してくれるの?」

 僕は、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、じっと栗花落くんの目を見た。
 その時の栗花落くんの瞳は、神楽くんの写真を見ていた時のそれで、僕は、やっと栗花落くんを手に入れた気持ちになった。

 望んではだめなものを手に入れしまった時の、背徳感と優越感というのは、とても複雑な感情で、僕の鼓動はドクドクと脈打つ。声が出なくなる。僕は、こくんと頷き、その質問に肯定の意を示した。

「本当にいいの?」

 栗花落くんは表情を変えることなく、僕に再度問う。それは質問というより、懇願するように、僕の胸に切実に届く。

「愛する。ずっとこれからもこの先もずっと、僕の息の根が止まるまでその時迄、僕は、栗花落くんだけを愛する。」

 僕が答えると、栗花落くんはいつものようにふわっと人懐こい表情を見せた。

「じゃぁ、今から僕のことは紫音って呼んでよ。」

 初めて聞く聞きなれない言葉に、耳が擽ったくなった。

「しおん、紫音くん……」

「なぁに、夏木くん?」

 きっと、前の恋人にもそう呼ばせていたのだろう。僕は、分かってた。あの子には勝てるはずがない。だけど、今目の前にいる栗花落紫音を独占しているのは僕だけで、あの子は彼の思い出の中で眠ったのだ。

 その瞬間。
 僕だけの、

 ──僕だけの
 栗花落紫苑になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

元生徒会長さんの日常

あ×100
BL
俺ではダメだったみたいだ。気づけなくてごめんね。みんな大好きだったよ。 転校生が現れたことによってリコールされてしまった会長の二階堂雪乃。俺は仕事をサボり、遊び呆けたりセフレを部屋に連れ込んだりしたり、転校生をいじめたりしていたらしい。 そんな悪評高い元会長さまのお話。 長らくお待たせしました!近日中に更新再開できたらと思っております(公開済みのものも加筆修正するつもり) なお、あまり文才を期待しないでください…痛い目みますよ… 誹謗中傷はおやめくださいね(泣) 2021.3.3

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

眺めるほうが好きなんだ

チョコキラー
BL
何事も見るからこそおもしろい。がモットーの主人公は、常におもしろいことの傍観者でありたいと願う。でも、彼からは周りを虜にする謎の色気がムンムンです!w 顔はクマがあり、前髪が長くて顔は見えにくいが、中々美形…! そんな彼は王道をみて楽しむ側だったのに、気づけば自分が中心に!? てな感じの巻き込まれくんでーす♪

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...