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36.多目的トイレにて
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僕が泣き止んだ頃、春川くんが様子を窺いにきてくれた。涙でぐしょぐしょの僕を見て、腕を取った。
「そんなに泣いたらせっかくの綺麗な顔が台無しだよ。」
アニメショップに行った時みたいに、ビュンビュンと前に進んでいく。ある程度まで進むと、少し足がゆっくりになり、僕の耳元でそっと囁いた。
「涙で前髪ぺしゃんこでしょ。顔、少し覗いてた。」
そう言うと、また前を向いて歩き出した。春川くんは僕の正体がバレないように配慮してくれていた。僕はあまり顔隠す為に下を向いて歩き続けた。
目的地のカラオケに着くと、春川くんはセルフ受付を済ませてすぐに多目的トイレに向かう。移動の間にスマホで部屋の番号を二人に送信していた。
トイレに付くと、僕は涙で濡れた髪の毛と顔をバシャバシャ洗った。拭くものがないので、借り物のTシャツではあったが、服の裾で水滴を拭った。自宅に在庫がひとつはあったはず。その新品を返せばいいだろう。
鏡に映った自分を見ると、そこには、泣き腫らした顔に、覇気も輝きもない自分の顔が映った。なんてつまらない顔なんだろう。化粧と思い込みが僕をDISTURBのkaguraに変身させる。でも、変身前の僕の顔なんて、こんなもんだ。
二人とLINEでやりとりをしていた様子の春川くんが、ひと段落を終えたようで、僕に声をかけた。
「冬月くんは、泣いたあとでも綺麗な顔をしてるんだね。」
そう言って僕の隣に来たので、僕はドキッとしてしまった。今しがたつまらない顔だと思っていたところに、綺麗な顔と褒められたのだから、これには動揺させられる。女子がこんなことを言われたら、変に意識してしまうんじゃないだろうか。天然ひとたらしとはこんな人物なのかもしれない。
「そんなことないよ。それより、春川くんはそういうこと簡単に口にしない方がいいよ。」
そう言って、前髪を乾かすためにワシャワシャとかき混ぜ水滴を飛ばす。春川くんは、「なんで?」と食い気味に聞いてきたが、僕は聞かないことにした。
自覚がないのか、ただの親切心か分からないが、お世辞ではなく、本気でそう思ってる様に言うから、タチが悪い。この場にあの人がいたら、僕はまた睨まれていただろう。
僕が無視を続けるので、さすがの春川くんも反省をしたのか、黙ってスマホを弄り始めた。友達を無視するのは僕にとっても辛い所ではあったが、このことが秋瀬くんの為にも、結果的に春川くんの為にもなるなら、僕の苦労も報われるというものだ。
スマホをじっと見つめていたかと思うと、目を細めたり目を開いたりしながら、スマホと僕を見比べ始める。春川くんは何をやってるんだろう。髪をかき混ぜているとだんだん乾いてきた。水分でペシャンコになっていた髪も、空気を含んで厚みをましてきた。これでまた顔を隠せる。そろそろセット完了だ。
「ねぇ、やっぱり一緒だよ。」
そう言って、画面を見せてきた。
ちょ、これは油断した時の顔!!!休んでたらいきなり声掛けられて振り向いた瞬間撮られたやつ!!!しかもしっかりポトレになってる…
兄貴も大和も律もちゃんとキメてるのに、僕だけぽやっとしてる顔とか、悪意ありすぎだろ。何の罰ゲームなんだよ!
という心の声は表に出せず、僕の口から出たのは、「あ」とか「う」とかどもってしまっていて実際には声になっていない。
その時ドアがノックされた。そういえばここは多目的トイレ。人目を避けて顔を洗う為に入ったが、長居し過ぎたかもしれない。春川くんは僕の手を取ると、反対の手で扉を開けて外に出る。
その途端、腕が後ろへグイッと引かれ、 僕の体は後方へ傾く。足がもつれそのまま倒れそうになる。「転ける」と思ったと瞬間、背中に何かが当たり、転倒は防がれた。頭上の方で嘲る様な不快な声が聞こえた。
「多目的トイレで二人でナニしてたの?」
「そんなに泣いたらせっかくの綺麗な顔が台無しだよ。」
アニメショップに行った時みたいに、ビュンビュンと前に進んでいく。ある程度まで進むと、少し足がゆっくりになり、僕の耳元でそっと囁いた。
「涙で前髪ぺしゃんこでしょ。顔、少し覗いてた。」
そう言うと、また前を向いて歩き出した。春川くんは僕の正体がバレないように配慮してくれていた。僕はあまり顔隠す為に下を向いて歩き続けた。
目的地のカラオケに着くと、春川くんはセルフ受付を済ませてすぐに多目的トイレに向かう。移動の間にスマホで部屋の番号を二人に送信していた。
トイレに付くと、僕は涙で濡れた髪の毛と顔をバシャバシャ洗った。拭くものがないので、借り物のTシャツではあったが、服の裾で水滴を拭った。自宅に在庫がひとつはあったはず。その新品を返せばいいだろう。
鏡に映った自分を見ると、そこには、泣き腫らした顔に、覇気も輝きもない自分の顔が映った。なんてつまらない顔なんだろう。化粧と思い込みが僕をDISTURBのkaguraに変身させる。でも、変身前の僕の顔なんて、こんなもんだ。
二人とLINEでやりとりをしていた様子の春川くんが、ひと段落を終えたようで、僕に声をかけた。
「冬月くんは、泣いたあとでも綺麗な顔をしてるんだね。」
そう言って僕の隣に来たので、僕はドキッとしてしまった。今しがたつまらない顔だと思っていたところに、綺麗な顔と褒められたのだから、これには動揺させられる。女子がこんなことを言われたら、変に意識してしまうんじゃないだろうか。天然ひとたらしとはこんな人物なのかもしれない。
「そんなことないよ。それより、春川くんはそういうこと簡単に口にしない方がいいよ。」
そう言って、前髪を乾かすためにワシャワシャとかき混ぜ水滴を飛ばす。春川くんは、「なんで?」と食い気味に聞いてきたが、僕は聞かないことにした。
自覚がないのか、ただの親切心か分からないが、お世辞ではなく、本気でそう思ってる様に言うから、タチが悪い。この場にあの人がいたら、僕はまた睨まれていただろう。
僕が無視を続けるので、さすがの春川くんも反省をしたのか、黙ってスマホを弄り始めた。友達を無視するのは僕にとっても辛い所ではあったが、このことが秋瀬くんの為にも、結果的に春川くんの為にもなるなら、僕の苦労も報われるというものだ。
スマホをじっと見つめていたかと思うと、目を細めたり目を開いたりしながら、スマホと僕を見比べ始める。春川くんは何をやってるんだろう。髪をかき混ぜているとだんだん乾いてきた。水分でペシャンコになっていた髪も、空気を含んで厚みをましてきた。これでまた顔を隠せる。そろそろセット完了だ。
「ねぇ、やっぱり一緒だよ。」
そう言って、画面を見せてきた。
ちょ、これは油断した時の顔!!!休んでたらいきなり声掛けられて振り向いた瞬間撮られたやつ!!!しかもしっかりポトレになってる…
兄貴も大和も律もちゃんとキメてるのに、僕だけぽやっとしてる顔とか、悪意ありすぎだろ。何の罰ゲームなんだよ!
という心の声は表に出せず、僕の口から出たのは、「あ」とか「う」とかどもってしまっていて実際には声になっていない。
その時ドアがノックされた。そういえばここは多目的トイレ。人目を避けて顔を洗う為に入ったが、長居し過ぎたかもしれない。春川くんは僕の手を取ると、反対の手で扉を開けて外に出る。
その途端、腕が後ろへグイッと引かれ、 僕の体は後方へ傾く。足がもつれそのまま倒れそうになる。「転ける」と思ったと瞬間、背中に何かが当たり、転倒は防がれた。頭上の方で嘲る様な不快な声が聞こえた。
「多目的トイレで二人でナニしてたの?」
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