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8.放課後の約束~駅前カフェにて~

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約束のカフェは、すぐ近くにあった。僕は2人に、先に行くね、と言い残して待ち合わせのカフェまで走った。

息を切らしてカフェにたどり着くと、弟はテラスで姿勢正しく、文庫本片手にコーヒーを飲んでいた。これが母の最高傑作なのだ。息を切らして近づく兄の姿に気付くと、柔らかい笑顔でこちらを振り向く。

「あれ、一人?」

圧が怖い。張り付けた笑顔に、なんでお前一人なんだ、秋瀬くんはどうした?という意味がまざまざと込められている。

「いやー、三人かな?」

ハハッと笑うと、眉間がピクっと動く。

「昨日話したベースのアイコンの人。秋瀬が一緒に連れていきたいって言い出して…」

怒り出すかと思いきや、急にまた完璧な作り笑顔を戻した弟は、後ろに向かって深くお辞儀をした。

「いつも兄さんがお世話になってます」
「いつもお兄さんのお世話させてもらってます」

そう言いながら、秋瀬がぺこりとお辞儀をしている。その後ろを夏木くんが軽く会釈している。弟は立ち上がり、どうぞ座ってくださいと向かいの席を勧める。

初めましての夏木くんにも、兄がお世話になってますとお辞儀をする。夏木くんは、「いえいえこちらこそお世話んなってます。」と深くお辞儀をする。

え、何ここ。なんの接待?僕一人置いてけぼり?

と、一人立ち尽くしていると、「なにぼさっと突っ立ってんだよ」と秋瀬に怒られた。僕が何をしたって言うんだ。弟も秋瀬も僕に厳しすぎやしないか?

僕は二人にまた怒られないように、慌てて弟の隣に座る。そこへ店員がやって来て注文を聞きに来た。僕はココアとプリンアラモードを頼んだ。秋瀬はチョコレートパフェとコーヒーを。夏木くんはアイスコーヒーを頼んでいた。

「いやーごめんね?急に一人増やしちゃって。早川から弟くんが同じバンド好きって聞いてさー」
「え、言ったんですか?」

秋瀬の話を聞いて僕の顔をまじまじと見てくる弟。相変わらず圧が怖い。

「実は、俺も好きなバンドなんだよね」

秋瀬はスマホの待受を見せる。バンドのギタリストが写ってた。

「それ次の新譜のギタリストのアー写……ですね」
「へぇ新譜もチェックしてるんだー。すごいねー」
「いや、そんな。今はネットでいつでもすぐに新しい情報手に入りますから」

弟は初めて同じバンドについて語れたのだろう。嬉しさが溢れているのが伝わってくる。

「俺はさー、ギタリストのファンなんだけど、こいつ、夏木って言うんだけど、ベーシストのファンなんだ。弟くんもベーシスト好きなんだよね」
「はい!僕、動画ですが一昨年の年末ライブで演奏してるベーシストのkaguraさんを見て、憧れて、そこからファンなんです。」

照れながら好きなものを語る弟。こんな弟を久々に見るかもしれない。

「一昨年の年末ライブ。秋瀬と出会ったんもそのライブ会場やったな。」
「うんうん。あの時の4番目の曲だっけ。横ですごい泣きじゃくってる奴いるなぁって思って、物販のタオル渡したよな」
「せやったなぁ。あん時ちょっと人生に疲れてて、このまま東京に逃げようかなぁ思ってたんや。でも、あのベースの音聞いて、逃げたらあかんって思うた。自分のタオルべっしょべしょになってもうて、どうしよ思うた時に秋瀬がタオル渡してくれたんよな。」

そうだったそうだったと昔懐かしい話のように話してるけど、、人生に疲れるとか東京に逃げるとか、軽い話じゃないよね?僕が疑問に思っている間に話はもう別の話題に変わってた。

「今の俺がいるんはこのバンドとベーシストのおかげっちゅうわけやな。」
「俺もまあそんな感じ。本当はあと2ランク上の高校に行く予定だったけど、必死に勉強するのもしんどいし、春川もさすがにそこは無理だと思って、2ランク下げて今の高校に決めたんだ。もちろん家族は反対してきた。そこであのバンドとギタリストのことを知った。あのギタリストも、高校までは親の言う通りにやって来たけど、大学からは自分で決めてやろうって思って今に至るらしい。だから俺も自分で決めたんだ。まぁ俺の場合、大学は指定されてるんだけどね。」
「もしかして秋瀬が1番にこだわる理由っちゅうんは……」
「別に常に全教科じゃなくてもいいと思うけど。つまり、自由を得るためには対価が必要なんだよ。夏木だって、それなりの対価はあっただろ?」
「……そうやな。」

なんだこのカフェ。夕焼けに高校生が語る内容じゃないぞ。この、重い空気をどうしたらいいんだ。幸いなのは、ちょうど周りにお客さんがいないことだけだ。平凡な僕の日常にこんなぶっ飛んだ日常が隠されていたなんて思いもよらなかった。平凡じゃないのは弟だけで十分。……いや、そもそも平凡って、なんだろう。

そこへ、空気を読んだかのように店員が注文の品を次々と運んできた。僕の前にはココアとプリンアラモード。夏木くんの前にはアイスコーヒー。秋瀬の前にはコーヒー。そして、弟の前にはチョコレートパフェが運ばれてきた。
弟は自分のじゃないと首を横にふるが、秋瀬がそれでいいからと店員を下がらせる。
弟が秋瀬になにか言おうとすると、それを阻止するかのように、秋瀬が話し出す。

「俺たちはあのバンドのおかげで少しだけでも変わることが出来た。弟くん、君はじゃぁいつその仮面を外すのかな?」

秋瀬が頬杖をつき、パフェのグラスをコンコンと叩く。弟の作り笑顔がどんどんひきつり、目には大粒の涙が溜まってくる。

泣ーかした泣ーかした
あーきせくんが
下の子を泣かしたぞー
せーんせいに言ってやろー

僕の頭の中で、呑気な僕が喚いている。
今そんなこという空気では無い。
そもそも先生って誰だよ。
誰か僕をこの場から逃がしてください。
重い空気は苦手です。

どうすればいいかわからず、夏木くんを見ると、真剣な顔で弟を見ている。
秋瀬も夏木くんも何やってんだ?
僕の可愛い弟を2人で追い詰めなくても……

可哀想に、あんなに泣いてるじゃないか。
2人ともなんて酷いやつだ。
酷い?
酷いと思うなら兄が助けるべきだろ?
残念ながら、兄はあの二人に太刀打ちできるほど強くないんです。
兄は弟と違って凡人で何も出来ない。
か弱い人間なんです。
助けるなんてとてもじゃないけど……

僕は酷いやつじゃない。
僕はやらないんじゃなくてやれない。
だから逃げるしかない。見て見ぬふりするしかない。
僕は悪くない。

僕は弱い人間だもの。


───────⋯         ⋯──────



プツンと何かが切れた。

僕は目の前のプリンアラモードとココアを堪能することにした。ここのプリンアラモードはプリンの周りにバナナとリンゴとさくらんぼ、そして生クリームがたっぷり乗っかってる。プリンの部分は手作り感たっぷりのカスタードでカラメルソースと甘みと苦味が絶妙なバランスを取っている。しいていうならメロンがあれば最高だったけど、今は旬じゃないからここはわがままを言わないでおこう。食べ終わったあとは、ココアを胃に流し込む。先程までにキリキリと傷んでいた胃の痛みはもうすっかりココアで満たされている。幸せだ。変わらないいつもの日常は僕を幸せな気持ちにさせてくれる。

「あ、ねぇ僕見たいアニメがあるから先に帰るよ。秋瀬、夏木くん僕の弟を宜しく。」


後ろは振り向かない。足取り軽く家路に向かう。今日はいつもの勉強会が無いから、久々に早く帰れるぞー。帰ったらアニメを見て、明日は日曜日だからゴロゴロするんだ。早く家に帰らなきゃ。


────

「あ、春川!急にどないしたんや。ちょい待っ…」

様子のおかしい春川を追いかけようと立ち上がると、秋瀬に腕を掴まれる。

「春川はほっといていいよ。」

そう言われても、いきなり笑顔で目の前のデザートとココアを平らげて幸せそうに帰っていく姿を見ると、平常とは思えない。どうするべきか戸惑い立つも座るもできない状況でいると、秋瀬は掴んだ腕を離す。

「春川にはしんど過ぎたんだろ。あいつもいつか向かい合わないといけないだろうけど。今じゃない。」

そうかと椅子に座り、改めて弟の方を向き直る。両手で顔を擦りながら泣きじゃくっている。こう見るとただの中学生か、見ようによっては小学生のようにも見える。

「君がチョコレートが好きなの、俺は知ってる。春川は、君の秘密については何も言わないけど、あいつの優しさは、色々バレバレなんだよね。だからさ、これ食べなよ。もしなんかあっても俺に強いられたって言えば大丈夫。」

そう言って秋瀬は弟の頭を撫でた。少し震えながら、目の前で少し溶けかけているチョコレートパフェを泣きじゃくりながら食べ始める。

夕日に照らされるカフェテラスで、高校生2人組に中学生が泣きながらパフェを食べさせられている光景は確かに脅しているようにも見える。秋瀬なら大丈夫というのはどういう意味なのだろうか。どの家庭にも様々な事情がある。俺の兄がそうであるように、きっと春川家にもなにか複雑な事情があるに違いない。

泣きじゃくりながら最後の一口を飲み込むと、弟は静かに言った

「ごちそうさまでした。」
「どういたしまして。少しは落ち着いた?」

今までに見たことの無いような柔らかな表情や声色で、秋瀬は弟に語りかける。弟はコクンと頷き、ぽつりぽつりと離し始めた。

「僕は、母さんが好きです。だから、母さんの期待に応えたかった。姿勢やマナー、喋り方や振る舞い方、友達や学校、好きな物や得意なこと。全て母の言うようにやって来ました。母の通りにやってると母は褒めてくれます。それが嬉しくて、僕はなんの疑問も持たなかった。兄さんは、僕から見ても平凡で、僕ほど褒められることも無く、僕ほど怒られることも無い。兄さんが何をしても何を言っても、母は、あなたには秋瀬くんがいるから大丈夫ねと笑っていました。僕はそういうものなのだと思ってました。そんな時、兄さんがこの難関の高校に合格したんです。その時から母は少しずつ兄さんに期待するようになりました。褒めたり怒ったりするようになったんです。それは僕の役目だったはずなのに。最初はそう思いました。そんな時、あの動画を見てあのバンドのベーシストの音を聞いていると、何故か泣けてきたんです。色々考えてみると、おかしいのは僕じゃないかって思うようになりました。僕は変わりたい。もう母の傑作にはなりたくない。だから、このままエスカレーター式の高校には行かず、秋瀬くんと同じ高校に行きたい。秋瀬くんに力添えしてもらえないか、今日はお願いに来ました。」

春川の弟は肩を震わせ、大腿の上で拳を握っている。

「いいよ。協力してあげる。」

あまりにも呆気なく承諾がもらえ、弟はキョトンと秋瀬の方を見上げる。

「口添えくらいいくらでもしていいよ。君の母さんは何故か僕に無駄に重い信頼を置いてるみたいだからね。僕がなんか理由つけたら、すぐにでも許可が出そうだね。」

秋瀬は悲しそうな笑顔でそう言った。そしてすぐに厳しい表情に切り替わる。

「ただし、俺らがそうであったように、自由には対価が必要だ。それがなんなのか俺たちにはわからない。その対価を払う覚悟が、君にはあるのか?」

物腰は柔らかいが、なんて残酷な問いかけだろうか。秋瀬はまだ中学生でしかない彼に非常な選択を突きつけていることは十分承知している。隣で聞いている夏木も同様だった。秋瀬も夏木も過去に自由を望みその対価を払ってきた。そして今がある。だからこその覚悟が必要だった。

「対価は、選択する前には分からないものなんですか?」
「ある程度予測はつくときもあるけど、予想もしない事態になることもある。夏木はどう思う?」

いきなり振られて戸惑ったが、2人には隠さなくてもいい気がしたので話すことにした。

「俺は元々関西の出なんやけどな。兄が過干渉というか、心配性というか。とにかく何するにも兄が関わってきてな。中学1年とき、友達の家に家族には無断で外泊したんや。そしたら警察沙汰なってもうて。兄が誘拐やって騒いだらしい。両親がなんとか説得はしてくれたんやけど、そのあと兄に半年くらい家ん中閉じ込められてなー。両親は兄の言いなりやし、ほんで年末にじーちゃんが遊びに来て色々話したんや。そしたら友達の家あのあとしばらくして、引越したことを知った。親友やったんに。その家はもう更地になっとるってじーちゃんが教えてくれた。家族も親類もみんなお前の兄は心配性やてゆうてるけど、そんなもんちゃう、おかしいって言って、家から逃がしてくれたんや。札束10枚渡してくれてな。それ持って新幹線乗ってこっちの方きた。そこで偶然入ったライブハウスで俺の人生は変わったんや。しばらくこっちで逃亡生活してたけど、結局は未成年や。1ヶ月くらいで家に戻された。そこで知ったんはじーちゃんの死や。たった1ヶ月やで?そんな偶然あるか?偶然でもなんでも起こるんが夏木家っちゅうことやな。それで今こうして平穏に高校生活遅れてるん不思議やろ?うちの担任、俺の兄の親友なんや。どれが俺の対価やと思う?こんなん予測つかんやろ?そういうことやで。」

遠くを見つめる。俺の自由にその対価を超えるほどの価値はあるんだろうか。親友の引越し、祖父の死。そして今も行われている兄の親友からの監視。俺は本当に自由なのだろうか。それでも、兄の元で暮らすよりはいくらか自由に過ごせているように思う。

話終わると、2人は沈黙していた。

「いや、すまんすまん暗い話してもうたわ」
「夏木は、今幸せか?」
「おう、幸せやで。好きな音楽聴けて、秋瀬や早川とも仲良う出来て。あ、弟くん。同じベーシスト好き同士これからは仲良うしよな」
「は、はい」

弟は再び目に涙を浮かべている。夏木の自由の対価の重さを知り改めて自由と対価について考え始めたようだった。

「すっかり外も暗くなってきたなー。」
「わーほんまやー。はよスーパー行かんとええもんなくなりそうやわ。」
「自炊してるのほんと偉いよな夏木は。」
「自分で作るご飯が1番美味しいから、自分で作らなしゃーないわ。」
「夏木の料理旨いもんなー」
「今度の休み良かったらうちにおいでや。腕により掛けて旨いもんいっぱいおもてなしすんでー」
「おーいいの?じゃあ美味しいお肉持っていくよ」
「わー助かるわー。楽しみにしとるでー。弟くんも是非おいで。うちにベーシストと同じベースあるからお披露目するで。」
「え、いいんですか?是非行きたいです」
「じゃあまた予定決めよ。明日はゆっくり休めよ」
「おおきに。秋瀬も弟さんも気ぃ付けてな」

並んで歩く2人の影を見送る。家庭にはそれぞれ大なり小なり事情がある。自分だけが不幸とは決して思わない。秋瀬に尋ねられたが、今は幸せだ。だから、過去も未来も置いといて、今のこの幸せを享受しよう。作り物だとしても幻だとしても、これを感じる俺の感情だけは本物なんだから。





───


帰り道。街灯に照らされ、ふたつの影が伸びる。
「秋瀬くん。僕、自分だけが不幸だと思ってました。」
「んー。君の環境だけ見ると、そう思うのは当然だよね。」
「秋瀬くんは、学年1位を維持する対価は辛い?」
「俺を誰だと思ってんだよ。そんな負担じゃないよ。夏木が手ぇ抜いてるのはちょっと腹立つけど。」
「夏木さんにも夏木さんの理由があって手を抜いてるんでしょうね」
「だろうな。俺にとってはラッキーだった。」
「僕の対価って、なんなんでしょうか。」
「さぁなー?それは俺にはわからないよ。」
「僕の対価……まさか兄さんだったりしないですよね?」
春川の名前が出てきて今日にドキッとして足取りが止まる。
「わからない」
秋瀬はポツリと答えたが、少し置いて言葉を続ける。
「でも、春川は俺がなんとかする」
どうやってなんとかするかまだ見当がつかない。でも、絶対自分がなんとかしないと。その思いだけが強く渦巻いている。

「兄さんは、僕にとっても大切な人です。この件については、もう少し慎重に考えてみます。」
「うん、そうだな。」
今はそれしか答えることが出来なかった。
そろそろ俺たちの家が見えてきた。俺は、遅くなった理由を考えながら、春川の家のチャイムを押す。

──はーい。
明るい声が玄関口で聞こえる。
──秋瀬です。弟さんと戻りました。

すぐに足音が聴こえ、玄関が開けられる。

「うちの息子がお世話になりました。急に秋瀬くんと話がしたいなんて言うから、秋瀬くんの迷惑になってなかったかと。」
「いえいえ、僕も久々に弟くんと楽しく会話が出来てリフレッシュ出来ました。」
「秋瀬くん、今日はありがとうございました」
「またいつでも誘ってね。」
「はい、是非お願いします。」

3人ともニコニコと、上辺だけの挨拶を交わしている。本当に馬鹿馬鹿しいなと思いながら階段の上から眺めている栗毛の青年。

「あの。春川くんと10時から明日またうちで勉強するんですが、もし寝てたら起こしてもらってもいいですか?」
「あらそうなの?秋瀬くん、いつも勉強見てくれてありがとうね。任せて。ちゃんと起こしてお菓子折り持たせてそちらにお伺いするわね」

その会話を聞いて慌ててダダダッと階段を駆け下りてくる姿が見える。思わず横を向いて噴き出した。サンダルを慌てて履いてパジャマ姿で栗毛を振り乱しこちらに走り寄ってくる。
「おい秋瀬、明日勉強するなんて聞いてないぞ。明日は漫画読んでゴロゴロする予定だったんだ」
「え、春川なんて?明日はやっぱり9時にしたいって?しょうがないなぁ。そういう事なので、9時までにはうちに寄越してもらっていいですか」
「何言ってんだよ秋瀬」
「あらー、お兄ちゃん最近本当にやる気になってるのね。お母さん今から明日のオヤツ作りしてこようかしら。」
「ほらー。いい事あって良かったな。」
「じゃぁホットケーキ、がいい。」
「お母さん春川ドーナツが食べたいそうです。チョコ掛けの。」
「ホットケーキだってば。ちょっと母さん僕はホットケーキが食べたいの。」
「はいはい。じゃあ両方作るわね。」
「弟くんも良かったら」
そう言われて弟は母親の顔色を窺ってる様子だった。
「あなたが行きたいなら行ってきなさい」
母親の許可が出て、嬉しそうに微笑む。
「良かったな、春川。これで先生が2人できた」
「生き地獄でしかない。ぴえん。」
恨み言を呟いている春川は無視して、春川の家を後にする。すぐ隣の我が家に帰る。人感センサーが反応しすぐに玄関を明るく照らす。持っている鍵を取り出そうとすると、玄関のドアが開かれた。
「遅かったのね。おかえりなさい。」
「ただいま。父さんは?」
「あの人はまだ仕事に決まってるじゃない。仕事じゃなかったらなんだって言うの?」
ニコニコと綺麗な笑顔を浮かべるが、目が笑っていない。
「別に。あ、明日春川兄弟が俺の部屋来るから。」
「そう、コーヒーか紅茶どっちがいいかしら」
「ココア3つ入れて。」
「でも、あそこの弟さん、甘いのダメでしょ。」
「ココアは脳にいいんだよ。」
「そう。まぁ、春川さんには内緒にしとくわね」
「そうしてくれると助かるよ。」
「あ、内緒と言えば」
「どうしたの?」
「今日ね。母さんゴミ出しに出たら春川さんとこのお兄ちゃんと玄関前で出会ったの。」
「何時くらい?」
「6時過ぎくらいかしら」
「早いねー。珍しい。」
「そしたら、ここであったのあなたには秘密にしててってお願いされちゃった。あ、今言っちゃったわ。」
お昼のサプライズの為にうちの母にすら秘密にさせようとするなんて、朝から春川がんばったんだなぁ。そう思うとホッコリした
「それもう時効だから言って大丈夫なやつだよ」
「そうなのね、良かったわ」
「でも、秘密は話しちゃダメだよ母さん。」
「はーい。あ、そうそう。お風呂湧いてるから先に入っちゃいなさい。お風呂上がる頃に夕飯準備しとくね。」
「うん。母さんいつも、ありがとう。」
「え、どうしたの急に。」
「いつも思ってるよ。誰よりも綺麗で可愛くて最高に努力家の母さんは、僕の自慢だからね。」
母はサッと後ろを振り向き、涙をこらえた声で答える。
「ありがとう。貴方も私の自慢の息子よ」
母さんを泣かせるクズを俺は軽蔑している。でもたかだか高校生に出来ることは限られている。世の中は金と名誉と権力。その為にはあの大学に行って学んで、たくさんコネを作ってのし上がってやる。あのクズをいつか潰してやるんだ。

俺はキッチンを後にして、浴室に向かった。
そして、短くも長い一日がおわった。












おまけの落書き。







※もう気づいてるかもしれませんが、彼らが名前で呼ばれたことは1度もありません。
名前というのは、個を表す大切なものなのに。
家族にも友達にも彼らの名前は、呼んだことも呼ばれたこともないのです。苗字以外は全て固有名詞で呼ばれています。
(あなた、お前、あいつ、君、お兄ちゃん、兄、兄さん、弟、母さん、母⋯
それでも日常会話が成り立つこの異常さが真の恐ろしさではないかと私は思ってます。
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