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しゃれこうべの誘惑8
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千代の顔を自分に断りもなく汚したことは罪ではあるが、それだけ男を惹く女であったことは文十郎もよくわかっていただけに、多少は誇らしい気持ちもあった。生々しい顔つきである上に、仏を穢す行為をしたのだから、皆殺しにしてもいいくらいだとも思ったが、文十郎にとっても家や村というものを突きつけて強引に婚約を迫った身、負い目があった。千代の気持ちを聞く間もなかったのだから、もしかしたら好いている男がいたのかもしれないと思うと、好みはわからぬが松兵衛のような男をもしや好いていたのかもしれぬ。安次郎はありえぬが。
と、考えると、安次郎はともかく、いや、今まで実直一筋で通ってきた松兵衛が唯一好いた女なのかも知れぬ。その松兵衛に力を貸そうと安次郎も尽力し、このようなことになったのかもしれぬ、と色々頭を巡らすと二人を許す気持ちも出てきたのであった。
「うっ……くっ……うぅ……」
とはいえ、文十郎は涙が噴き出てくるばかりで言葉が出ない。しかと千代の死を認めざるを得ない証拠が目の前にあるのだ。
「文十郎。こういう時はおおいに泣くとよいのだ」
さすがは松兵衛。恋多き男だけに、痛みへの処置もよく知っていた。
言葉を受けて文十郎は号泣した。千代、千代と何度も名前を呼び、突っ伏しながら床を叩いて泣きじゃくった。
二人、文十郎の様子を受けてふんどしを締めぬまま、もらい泣き。「わかる。わかるぞ」と深く頷きながら同情していたが三者の心中の事情はまったく違うものであった。
文十郎が泣き止むと
「明日は千代の通夜としよう」
しんみり切り出した。
二人とも異存はなかった。
「だがその前に」
さらに続ける。
「あまりにも見事な出来栄えなので、私も叶えられなかった想いを遂げたい」
安次郎、呆けたように口を開けて驚いたが、松兵衛の機転は早かった。自分らの負い目を洗い流そうとする意図もあったが、痛々しい文十郎の気持ちもよくわかっただけに、「よし、今夜は二人で楽しむがよい。俺が準備する」と言って外に出て行き、カブを一つ取ってきて洗い出した。
「松兵衛。そのカブをどうするのだ」
安次郎の問いに無言で冷たい水の中でカブの泥を落とす。次にいろりの火をつけ、湯を沸かす間に中をくり貫き、湧いた湯の中に何度かつけて、やや人肌より熱くする。
文十郎は何をしだすのか理解できなかったが、松兵衛の言葉を信じてじっと黙っていた。
松兵衛、おもむろにカブを文十郎の目の前に出し
「このカブを白肌の千代のボボだと思ってイチモツを入れるがよい。きつめに作っておいた」
全てを察していた松兵衛の言葉少な目の計らいに、文十郎は男を感じていた。正に粋とはこのこと。何も喋っていないのに全てを知っているかのような行為に感涙しそうだった。
「感謝する。松兵衛。安次郎。二人ともありがとう」
カブを手に取り深く頭を下げる文十郎に「俺の床を使うがよい」と松兵衛は言い放ち、二人揃って外へ出た。
「ひとまずは、よかったな」
何がよかったのか。安次郎の言葉に様々な否を突きつけたかったが、今は外へも聞こえる文十郎の多様な叫びに松兵衛も胸を撫で下ろすしかなかった。
顔を床に置き、覆いかぶさるようにして掛け布団をかぶり、その中でカブへと何度も挿入し、文十郎は果てた。それも二人が外に出て言葉を長く交わすまでもなく、ほとんど出てすぐ。
あまりにも早く文十郎が戸を開けるものだから、「いや、もう少し長く楽しまれていてもいいんですぞ」と安次郎が気を使うほどであったが「もう出ぬ」と、何の疲れか察しのつかぬ顔で言うため、二人は顔を合わせ、ひとまずはよしとした。
千代の葬儀はすんなりと済み、粘土を落とした千代の頭蓋骨のみ埋めることにし、千代の墓は出来上がった。
千代の両親も若くして亡くした娘に涙し、文十郎も泣き、松兵衛と安次郎は惜しい気持ちを抱いて、すべては終わったかに見えたが、ある日松兵衛は懐も寂しいため気分だけと魔が差し、遊郭付近をうろついていた。ここら一帯を少し離れても銭があまりない客を引こうとする夜鷹がいるため、雰囲気だけは味わえた。
やはり二度、否、それ以上の千代への喪失を味わった松兵衛の心中は空虚なものがあっただけに、虚しい気晴らしをする心持ちになったのであろう。
二度目の失恋はさらに胸の中に空っ風を吹かすばかりであったが、その時に見た光景が松兵衛をたまげさせた。
なんと、死んだはずの千代が有名な豪商の旦那の傍についてしっかりと歩いているではないか。
「あ、ちっ……」
あまりの驚きに完全に言葉を失い腰までぬかさんばかりであった松兵衛の横を通り過ぎる時、千代も薄暗がりでも気がついたのか「あ! まっ…・・・」とまで言いかけた。
「どうした。知っている男なのか」
と豪商は千代に静かに尋ねたが「いえ」とだけ告げ、体を離さぬように歩いていった。
「ま」と「ま」と言いかけたではないか! と訴えたい気持ちであったが、もはや千代の様子を見るに、あれではどうにもならぬな、と全てを諦める気持ちもついたのであった。
では、あの墓まで作って埋めた骨は誰のものであったのか。
いやいや、あれは千代の骨でよい。
皆の知っている千代は死んだのだ。だから、生きていることなど皆知らぬ方がよい。
松兵衛にも一つの踏ん切りがつき、真一文字に結んだ唇で雲で隠れた空を見上げると、雲間から一瞬だけ三日月が垣間見え、すぐさま隠れた。
その夜だけ松兵衛は人の世を肩で切るように歩き帰った。
松兵衛のわらじの足跡に一つ、紅く色づいたモミジが落ちる。
と、考えると、安次郎はともかく、いや、今まで実直一筋で通ってきた松兵衛が唯一好いた女なのかも知れぬ。その松兵衛に力を貸そうと安次郎も尽力し、このようなことになったのかもしれぬ、と色々頭を巡らすと二人を許す気持ちも出てきたのであった。
「うっ……くっ……うぅ……」
とはいえ、文十郎は涙が噴き出てくるばかりで言葉が出ない。しかと千代の死を認めざるを得ない証拠が目の前にあるのだ。
「文十郎。こういう時はおおいに泣くとよいのだ」
さすがは松兵衛。恋多き男だけに、痛みへの処置もよく知っていた。
言葉を受けて文十郎は号泣した。千代、千代と何度も名前を呼び、突っ伏しながら床を叩いて泣きじゃくった。
二人、文十郎の様子を受けてふんどしを締めぬまま、もらい泣き。「わかる。わかるぞ」と深く頷きながら同情していたが三者の心中の事情はまったく違うものであった。
文十郎が泣き止むと
「明日は千代の通夜としよう」
しんみり切り出した。
二人とも異存はなかった。
「だがその前に」
さらに続ける。
「あまりにも見事な出来栄えなので、私も叶えられなかった想いを遂げたい」
安次郎、呆けたように口を開けて驚いたが、松兵衛の機転は早かった。自分らの負い目を洗い流そうとする意図もあったが、痛々しい文十郎の気持ちもよくわかっただけに、「よし、今夜は二人で楽しむがよい。俺が準備する」と言って外に出て行き、カブを一つ取ってきて洗い出した。
「松兵衛。そのカブをどうするのだ」
安次郎の問いに無言で冷たい水の中でカブの泥を落とす。次にいろりの火をつけ、湯を沸かす間に中をくり貫き、湧いた湯の中に何度かつけて、やや人肌より熱くする。
文十郎は何をしだすのか理解できなかったが、松兵衛の言葉を信じてじっと黙っていた。
松兵衛、おもむろにカブを文十郎の目の前に出し
「このカブを白肌の千代のボボだと思ってイチモツを入れるがよい。きつめに作っておいた」
全てを察していた松兵衛の言葉少な目の計らいに、文十郎は男を感じていた。正に粋とはこのこと。何も喋っていないのに全てを知っているかのような行為に感涙しそうだった。
「感謝する。松兵衛。安次郎。二人ともありがとう」
カブを手に取り深く頭を下げる文十郎に「俺の床を使うがよい」と松兵衛は言い放ち、二人揃って外へ出た。
「ひとまずは、よかったな」
何がよかったのか。安次郎の言葉に様々な否を突きつけたかったが、今は外へも聞こえる文十郎の多様な叫びに松兵衛も胸を撫で下ろすしかなかった。
顔を床に置き、覆いかぶさるようにして掛け布団をかぶり、その中でカブへと何度も挿入し、文十郎は果てた。それも二人が外に出て言葉を長く交わすまでもなく、ほとんど出てすぐ。
あまりにも早く文十郎が戸を開けるものだから、「いや、もう少し長く楽しまれていてもいいんですぞ」と安次郎が気を使うほどであったが「もう出ぬ」と、何の疲れか察しのつかぬ顔で言うため、二人は顔を合わせ、ひとまずはよしとした。
千代の葬儀はすんなりと済み、粘土を落とした千代の頭蓋骨のみ埋めることにし、千代の墓は出来上がった。
千代の両親も若くして亡くした娘に涙し、文十郎も泣き、松兵衛と安次郎は惜しい気持ちを抱いて、すべては終わったかに見えたが、ある日松兵衛は懐も寂しいため気分だけと魔が差し、遊郭付近をうろついていた。ここら一帯を少し離れても銭があまりない客を引こうとする夜鷹がいるため、雰囲気だけは味わえた。
やはり二度、否、それ以上の千代への喪失を味わった松兵衛の心中は空虚なものがあっただけに、虚しい気晴らしをする心持ちになったのであろう。
二度目の失恋はさらに胸の中に空っ風を吹かすばかりであったが、その時に見た光景が松兵衛をたまげさせた。
なんと、死んだはずの千代が有名な豪商の旦那の傍についてしっかりと歩いているではないか。
「あ、ちっ……」
あまりの驚きに完全に言葉を失い腰までぬかさんばかりであった松兵衛の横を通り過ぎる時、千代も薄暗がりでも気がついたのか「あ! まっ…・・・」とまで言いかけた。
「どうした。知っている男なのか」
と豪商は千代に静かに尋ねたが「いえ」とだけ告げ、体を離さぬように歩いていった。
「ま」と「ま」と言いかけたではないか! と訴えたい気持ちであったが、もはや千代の様子を見るに、あれではどうにもならぬな、と全てを諦める気持ちもついたのであった。
では、あの墓まで作って埋めた骨は誰のものであったのか。
いやいや、あれは千代の骨でよい。
皆の知っている千代は死んだのだ。だから、生きていることなど皆知らぬ方がよい。
松兵衛にも一つの踏ん切りがつき、真一文字に結んだ唇で雲で隠れた空を見上げると、雲間から一瞬だけ三日月が垣間見え、すぐさま隠れた。
その夜だけ松兵衛は人の世を肩で切るように歩き帰った。
松兵衛のわらじの足跡に一つ、紅く色づいたモミジが落ちる。
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