しゃれこうべの誘惑

貴美月カムイ

文字の大きさ
上 下
4 / 8

しゃれこうべの誘惑4

しおりを挟む
「あったぞ! これだろう!」
 と両手に掲げているのはまさしくおしろいと紅であったから松兵衛大興奮。
「どれどれ」
 としゃれこうべを覗き込んだ安次郎も
「うおおおおおおおおおおっ! これはまさしく千代ではないか!」
 と息を荒くさせていた。
「少し待っておれ」
 とあくまで興奮している様子を見せぬよう取り計らった松兵衛はおしろいを塗り、唇に紅を塗りかけるところで手が震えてくる。
 震えが少しずつ大きくなり、手を離し作業を中断せねばならぬほどで、心の臓が縦横無尽に飛び跳ねていた。
 安次郎もその気持ちがわかるのか、松兵衛を急かそうとしない。
 松兵衛、鼓動と共に男根も天を突かんばかりにはち切れてくる。千代の顔が目の前にある。
(いかんいかん。まだ早い。まだ早いぞ)
 しかしもはやふんどしを緩めたいほどに痛くなってきている。あれほど夢見てきた、千代の顔。瞳をうっすらと閉じ、静かに口の中に男根を誘い込み、柔らかな舌に溶けるようにねぶられる。雁首や亀頭を丹念に包み込ませ、声を押し殺して己のために尽くす愛しい姿。今までの夢想の全てがぶり返してきて溢れんばかりとなっている。
 それにしても安次郎のやつはなんだ、と気になった。
 松兵衛の後ろで随分と息を荒くしたままにしている。このしゃれこうべが千代のものであった、という気持ちとは、どうにも程遠いもの、いやむしろ松兵衛と同種のものをひしひしと感じていた。
 気が散ったおかげで少し冷静さを取り戻せた松兵衛は、最後の一仕事、紅を唇に塗り、そして最後は墨で眉毛を書くことを終えた。
「やった……やったぞ……」
 感無量であった。仕事が全部終わったからには、まずは安次郎に早々に帰ってもらい、二人きりのひと時を過ごしたいと焦りだし、安次郎へと向き直った。
「さすがは松兵衛。俺の夫婦茶碗を作ってくれた時も、いやこれはたいそうなものだと思っていたが、このような才まであるとは知らなかった」
 と千代の方ばかりを見て松兵衛を見ようともしない。まるでだらしなく呆けている。それに正座をしているがやたらともじもじしている。明らかに様子がおかしい。
「どうした? 腹の具合でも悪いのか」
「あ、いや。そうでもないのだ。こうして見ると、やはり美人であるのぉと、引かれる思いで見ておったのだ」
「そうか。惜しいことをした。千代はやはり亡くなっておったのだな」
「うむ……」
「うむ……」
 一瞬の静寂が流れる。それにしても何故この男は動こうともしないのだと松兵衛から切り出した。
「すまんが安次郎。俺も連日の作業で疲れ果てている。今日のところはすまんが休ませてくれんか。このことは日を改めて文十郎に伝えようではないか」
「お、おう」
 あからさまに催促をされて、安次郎も留まるわけにはいかなくなったのだが、立ち上がった次の瞬間松兵衛の目の前に盛り上がった股間と、盛り上がりの先に地味に見える濡れた染みがあったのだ。
「お、お、お、お、お前!」
 貴様俺の千代で! と言いそうになったがぐっと堪え、あくまで冷静に
「なんたる不届き者。お前には妻がおるだろう。その妻を差し置いて他人の女で発情するとはなんたること! 恥を知れ!」
 さぞ動揺して平謝りになるであろうかと思われたが意に反して平然としている。それどころか、じとっとした目で松兵衛を見下ろしているから気圧されそうな程であった。
「松兵衛」
 低い声。
「なんだ」
 憮然とした表情で答える松兵衛。
「お前、立ってみろ」
「馬鹿を言うな。現におっ立てているのはお前のほうではないか」
「違う。立ち上がれというのだ」
「ぐっ……」
 言葉に詰まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

鈍牛 

綿涙粉緒
歴史・時代
     浅草一体を取り仕切る目明かし大親分、藤五郎。  町内の民草はもちろん、十手持ちの役人ですら道を開けて頭をさげようかという男だ。    そんな男の二つ名は、鈍牛。    これは、鈍く光る角をたたえた、眼光鋭き牛の物語である。

桜の舞う時

唯川さくら
歴史・時代
『約束する。いつか…いつかきっと…』      咲き誇る桜になって、帰ってくるよ…。    フィリピン ルソン島決戦  ―― 燃え上がる太陽 ――  染矢 雪斗  『この国は…負けて目覚める…。…それでも…それでも俺は…。』      大切な友の帰る場所を、守りたい ―――――。                             神風  ―― 桜色の空 ――  相澤 剣 『…なんぼ遠くに離れても、この世におらんでも…。』      俺らはずっと友達やからなあっ…!!                             ヒロシマ ―― 雨の跡 ――  赤羽 光 『…地位も名誉もいらない…。人の心も自分の命も失ってかまわない…。』      僕にはそれよりも、守りたいものがあるんだよ…。    フィリピン ルソン島決戦  ―― 燃え上がる太陽 ――  影山 龍二 『勝てると思って戦ってるんじゃない。俺たちはただ…』      平和な未来を信じて戦ってるんだ…。 沖縄本土決戦  ―― パイヌカジの吹く日 ――  宜野座 猛   あなたには   彼らの声が   聞こえますか? 『桜が咲くと、“おかえり”って言いたくなるのは…あの人たちに言えなかったからかな…?』     桜の舞う時         written by 唯川さくら

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

下級武士の名の残し方 ~江戸時代の自分史 大友興廃記物語~

黒井丸
歴史・時代
~本作は『大友興廃記』という実在の軍記をもとに、書かれた内容をパズルのように史実に組みこんで作者の一生を創作した時代小説です~  武士の親族として伊勢 津藩に仕える杉谷宗重は武士の至上目的である『家名を残す』ために悩んでいた。  大名と違い、身分の不安定な下級武士ではいつ家が消えてもおかしくない。  そのため『平家物語』などの軍記を書く事で家の由緒を残そうとするがうまくいかない。  方と呼ばれる王道を書けば民衆は喜ぶが、虚飾で得た名声は却って名を汚す事になるだろう。  しかし、正しい事を書いても見向きもされない。  そこで、彼の旧主で豊後佐伯の領主だった佐伯權之助は一計を思いつく。

リュサンドロス伝―プルターク英雄伝より―

N2
歴史・時代
古代ギリシアの著述家プルタルコス(プルターク)の代表作『対比列伝(英雄伝)』は、ギリシアとローマの指導者たちの伝記集です。 そのなかには、マンガ『ヒストリエ』で紹介されるまでわが国ではほとんど知るひとのなかったエウメネスなど、有名ではなくとも魅力的な生涯を送った人物のものがたりが収録されています。 いままでに4回ほど完全邦訳されたものが出版されましたが、現在流通しているのは西洋古典叢書版のみ。名著の訳がこれだけというのは少しさみしい気がします。 そこで英文から重訳するかたちで翻訳を試みることにしました。 底本はJohn Dryden(1859)のものと、Bernadotte Perrin(1919)を用いました。 沢山いる人物のなかで、まずエウメネス、つぎにニキアスの伝記を取り上げました。この「リュサンドロス伝」は第3弾です。 リュサンドロスは軍事大国スパルタの将軍で、ペロポネソス戦争を終わらせた人物です。ということは平和を愛する有徳者かといえばそうではありません。策謀を好み性格は苛烈、しかし現場の人気は高いという、いわば“悪のカリスマ”です。シチリア遠征の後からお話しがはじまるので、ちょうどニキアス伝の続きとして読むこともできます。どうぞ最後までお付き合いください。 ※区切りの良いところまで翻訳するたびに投稿していくので、ぜんぶで何項目になるかわかりません。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

少年忍者たちと美しき姫の物語

北条丈太郎
歴史・時代
姫を誘拐することに失敗した少年忍者たちの冒険

処理中です...