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しゃれこうべの誘惑2
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情けのためではなく、己の助平な心持ちのためにやり始めるとは口が裂けても言えなかった。
安次郎は快い返事に上機嫌で「では頼んだぞ!」と笑顔で帰っていった。
安請け合いをしたかもしれんと、しゃれこうべを見ながら溜息を一つついた松兵衛は、もう一度夜にしっかりといろりの火に当てながら見たが、薄気味悪いといえばそうだが、どこか惹きつけられるものがある。歯並びもよし、全体に傷一つない。よく良い状態のまま見つかったものだと感心すらした。
考えていてもしょうがない。まずは朝を待ってから取り掛かるかと、睡眠後早朝から粘土を貼り付ける作業をしだした。
最初は苦心したが、慣れてくると粘土の凹凸もなくなり、少しずつムラのない形を成すようになってきた。
まずは頭部からしっかりと肉付けしていく。その後ヘラで形を整えながら徐々にあご側へと貼り付けていくが、困ったことが起きた。
鼻の骨がないため想像で作るしかない。はて、千代の形は、などと思い浮かべる。
不意に頬を染めてにやける松兵衛の脳裏には、何度となくまぐわった光景がしっかりと焼き付いている。何度となく思い浮かべ、一度として叶わなかった夢。そのせいで何度子種を虚空に解き放ったか数知れぬ。
ムクムクともたげてくる男根の痛みにも耐え、松兵衛は一心不乱に粘土をつけていった。
没頭してみると、それほど時間はかからなかった。耳も鼻と同じように「こんなものか」という具合で作れた。
気がつけば夕闇が迫ろうかというところで出来上がったから、二日とかからなかったのだ。
瞳のところは空洞ではさすがに気色が悪かったので目を閉じる形をとった。出来上がってみると千代に似てなくもない。髪がないせいで、まだ実感がわかない。下手に持ち上げてしまうと顎の方が落ちてしまうので、置いておかなければならなかった。
「よし、髪を植えてやろう」
さて、千代の髪はというと、前は綺麗に揃えてあり、肩口まで伸びた髪はいつも艶めいていた。探すのにそれほど苦労はしないだろうとタカをくくっていたが、翌日探してみると難儀な事であった。
出床と言って、外で髪結い業をしている箇所をあたってみたが、徒労に終わった。男の髪のみを切る場所であるから、当然の結果であったが、廻り髪結いならば女の家やその手の店に出入りすることもあるだろうと、場所を突き止め四人目にようやく髪があると言った髪結いに出会った。
ぜひとも譲って欲しいことを告げると「一分銀六枚」と法外な値段を要求してくるので怒りすら込み上げてきて食い下がった松兵衛に、若いすました成り立ちのこの男は、いかにも馬鹿にしたような流し目で興味なさそうにあちらを向き、
「この髪はそこらの町民のものではございません。由緒あるお家柄の人の物で不運にも若後家となりまして出家を決意なされたのです。私が手に入れた髪の中でも上もの。お兄様もご事情おありでしょうが、私も涙を呑みまして、その銭勘定になったのです」
と、すっと耳の奥へ通るような涼しげで色気すらあるような声で言われたが、だが松兵衛は腹の虫がざわつき「何が涙を呑んでだ。氷水でピシャリ冷やし続けたような血も涙もない顔しやがって」と心の中で悪態をついていた。
実際どこか千代を失った文十郎のようでもある。毎日顔色を白くして幽霊のようだが、持っていた美しさまで即座に消えるわけではない。覇気がないだけ動きがゆらりと遊女のようなしなやかな身のこなしをする時があって胸を打たれることがあった。この床屋も女ばかりを相手にしているのだろうか。男相手の無骨な様相とはまったく違って仕草一つ一つにどこか艶がある。
文十郎と似通ったところを見つけてしまうと、どこか哀れにも思えてくる。松兵衛は文十郎のことを思い浮かべて一芝居打つ事にした。
安次郎は快い返事に上機嫌で「では頼んだぞ!」と笑顔で帰っていった。
安請け合いをしたかもしれんと、しゃれこうべを見ながら溜息を一つついた松兵衛は、もう一度夜にしっかりといろりの火に当てながら見たが、薄気味悪いといえばそうだが、どこか惹きつけられるものがある。歯並びもよし、全体に傷一つない。よく良い状態のまま見つかったものだと感心すらした。
考えていてもしょうがない。まずは朝を待ってから取り掛かるかと、睡眠後早朝から粘土を貼り付ける作業をしだした。
最初は苦心したが、慣れてくると粘土の凹凸もなくなり、少しずつムラのない形を成すようになってきた。
まずは頭部からしっかりと肉付けしていく。その後ヘラで形を整えながら徐々にあご側へと貼り付けていくが、困ったことが起きた。
鼻の骨がないため想像で作るしかない。はて、千代の形は、などと思い浮かべる。
不意に頬を染めてにやける松兵衛の脳裏には、何度となくまぐわった光景がしっかりと焼き付いている。何度となく思い浮かべ、一度として叶わなかった夢。そのせいで何度子種を虚空に解き放ったか数知れぬ。
ムクムクともたげてくる男根の痛みにも耐え、松兵衛は一心不乱に粘土をつけていった。
没頭してみると、それほど時間はかからなかった。耳も鼻と同じように「こんなものか」という具合で作れた。
気がつけば夕闇が迫ろうかというところで出来上がったから、二日とかからなかったのだ。
瞳のところは空洞ではさすがに気色が悪かったので目を閉じる形をとった。出来上がってみると千代に似てなくもない。髪がないせいで、まだ実感がわかない。下手に持ち上げてしまうと顎の方が落ちてしまうので、置いておかなければならなかった。
「よし、髪を植えてやろう」
さて、千代の髪はというと、前は綺麗に揃えてあり、肩口まで伸びた髪はいつも艶めいていた。探すのにそれほど苦労はしないだろうとタカをくくっていたが、翌日探してみると難儀な事であった。
出床と言って、外で髪結い業をしている箇所をあたってみたが、徒労に終わった。男の髪のみを切る場所であるから、当然の結果であったが、廻り髪結いならば女の家やその手の店に出入りすることもあるだろうと、場所を突き止め四人目にようやく髪があると言った髪結いに出会った。
ぜひとも譲って欲しいことを告げると「一分銀六枚」と法外な値段を要求してくるので怒りすら込み上げてきて食い下がった松兵衛に、若いすました成り立ちのこの男は、いかにも馬鹿にしたような流し目で興味なさそうにあちらを向き、
「この髪はそこらの町民のものではございません。由緒あるお家柄の人の物で不運にも若後家となりまして出家を決意なされたのです。私が手に入れた髪の中でも上もの。お兄様もご事情おありでしょうが、私も涙を呑みまして、その銭勘定になったのです」
と、すっと耳の奥へ通るような涼しげで色気すらあるような声で言われたが、だが松兵衛は腹の虫がざわつき「何が涙を呑んでだ。氷水でピシャリ冷やし続けたような血も涙もない顔しやがって」と心の中で悪態をついていた。
実際どこか千代を失った文十郎のようでもある。毎日顔色を白くして幽霊のようだが、持っていた美しさまで即座に消えるわけではない。覇気がないだけ動きがゆらりと遊女のようなしなやかな身のこなしをする時があって胸を打たれることがあった。この床屋も女ばかりを相手にしているのだろうか。男相手の無骨な様相とはまったく違って仕草一つ一つにどこか艶がある。
文十郎と似通ったところを見つけてしまうと、どこか哀れにも思えてくる。松兵衛は文十郎のことを思い浮かべて一芝居打つ事にした。
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