しゃれこうべの誘惑

貴美月カムイ

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しゃれこうべの誘惑1

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 昔焼き物を売り、生計を立てていた松兵衛という三十過ぎの男がいた。この男、美濃や九谷、織部などといった名だたる焼き物とは縁もゆかりもなく、庶民が使う茶碗や湯のみを作っており、妻もめとらず一人でひっそりと暮らしていた。
 この男、何故妻をめとらぬかと言うと、惚れ込んだ女のことごとくが他の男に嫁いでいくという、不運なのか、はたまた一種の癖とも言っていいのか、誰かに惚れている女を好くことが多く、そのため松兵衛がいかようにしようにも結局は「親切な方」止まり、強引に振り向かせる器量もなく、ただただ餌を与えた魚を逃がし続けることを続け、年も取り、若い女も寄り付かなくなったという有様であった。
 その松兵衛の元を安次郎が尋ねてきた。どうにも神妙そうな面持ちであったから、結婚の時に渡した夫婦茶碗でも割ったのかと尋ねると、勝手に上がりこんで、ぼろきれのような紺色の風呂敷をさっと開いた。
 茶碗かと思い込んで覗き込んだものがしゃれこうべであったから度肝を抜かれて松兵衛は後ろにのけぞりかけたが、一度冷静になりこんなものを持ち込んで何を相談するのか、もしやよからぬことではと「厄介ごとは余所でやってくれ」と早々に包んで持って帰らせようとしたが、安次郎「いやいや、俺がやったのではない。河原でな、拾ったのだ」と珍妙なことを言い出すので「何故拾った」と、当然問い返した。
 夫婦生活十二年の男が今更家庭内の不和があって思い立ち、無縁仏を成仏させようと坊主を目指すということでもあるまい、と思っていたが「実はな、もしかしたら知っている女かもしれないのだ」と困ったような顔をした。
「そもそも、どうして女だとわかるのだ」
 よく見れば傷一つない綺麗なしゃれこうべであったし、頭の形も美しい円形で見事なもの、と思えなくもない。だが、別に見慣れているというわけでもなく、医術をしている身でもない。当然しゃれこうべからは男か女か素人目にはまったくわからなかった。
「実はな、この間の夏の大雨の際に、うちの村から一番の美人が消えたのはお前もよく知っているだろう」
 今は秋も深まったころであるから、忘れもしないこの間のことである。松兵衛は胸を木槌で叩かれたような衝撃を受けた。既に婚約が決まっていて、挙式の日を待つばかりであったが、大雨の日突如姿をくらましてしまった齢十六の乙女がいた。いいなずけの男の名は文十郎と言って、これもまた村一番の美青年で村長の息子でもあったから、良縁ともっぱらの村人たちの言い草であった。
 女の名は千代。その名を口に出すだけで松兵衛は動悸がした。好いていたのだ。
「し、知っているが、これが千代だという証拠でもあったのか」
 松兵衛は声を上ずらせた。さすがに動揺が隠し切れない。
「しゃれこうべ以外は見つからんのだ。流されてしまったか、もしくはこれだけ流れ着いてしまったのか」
「ふむ」
 松兵衛は右手であごを擦っている。考え及ばぬことであった。
「しかし、これを俺のところへ持ってきてどうしろというのだ。証拠もないのではどうしようもないではないか」
「いやいや、そこでお前の出番なのだ」
「うん?」
 安次郎はぐっと松兵衛の顔を覗き込み声を低くして言った。
「焼き物のために粘土を使っておるだろう。その粘土でなんとか生前の顔を作れんものかと思ってな」
「いや、それは……」
 松兵衛言いかけ、ふと頭をよぎったことを考え出す。
 確かに俺はこの手のことに関して素人だし一度もやったことがない。一つも確かな事は約束でぬがやってみたら面白いかもしれん。もしこれが本当の千代のものなら俺はもう一度千代の顔を、しかもまじまじと見ることができるのだ。
「どうだ。やってくれるか。途方にくれている文十郎のためにもぜひ」
「よしわかった」
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