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甘い香りが誘って
甘い香りが誘って2
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「山吹ハイツ」は和夫の家からニ時間近く普通列車でいかなければならない場所にあった。快速も止まらない田舎駅らしく電車も一時間に一度ほどしか来ない。手紙を封筒に入れて送れば、これほどの手間はかからなかったが、住んでいる場所まで行けば心の中でもやもやしている不可解なことが少しでもわかるような気がした。何もかもをうやむやにするには和夫に起こったことは理不尽すぎた。
車窓からの景色は森林や平地や山やところどころに民家が見える。時折広がる田んぼが見えることから農村地帯まで入ってきているようだ。こんなところで仕事なんてあるのかと思ったが紀之のやつれ具合を見ると仕事もしていなかった可能性もある。
駅に着き列車から出ると緑の強い匂いが鼻に押し寄せてきた。匂いは夏の強い気温にあぶられて山から押し寄せてくるようだった。むせ返るような青々とした匂いに肺が満たされながら駅から出ると暇そうにタクシーが一台停まっている。タクシーの運転手に道を尋ねると、「少し遠いよ。歩いていくには40分くらいはかかるね」とぶっきらぼうに言った。しょうがない、タクシーでいくか、と乗り込むと運転手は無言で発車した。
途中、錆びたシャッターがことごとく下りた商店街があった。古ぼけたスーパーや人のあまり来なさそうな和菓子屋や錆びた看板のクリーニング屋、新しいものは何一つなかった。町自体が静まり返り呼吸を忘れて死んでいるようだった。
「運転手さん。ここにはあまり人は住んでいないのかな?」
和夫が尋ねると運転手はバックミラーをちらりと見て和夫の顔の表情を確認しながら言った。
「前は炭鉱町でね。今じゃもう掘れるものもないからすっかりこのありさまだよ。昔はそりゃ立派なものだったさ。仕事がないから若い者はどんどん出て行くし、もう老人のほうが多いくらいだよ」
和夫は外を見ながら運転手の話を聞いていた。きっとこの町は成長をやめてしまったのだろう、と思った。そして、死を超えて歴史に埋もれ化石のようになっていくのだろうか。それよりも紀之はどうしてこんなところに住む必要があったんだ。
タクシーの運転手が「ああ……たぶんここらへんだな。ほら、そこのアパートじゃないか?」とタクシーを止めると、目の前には今にも崩れそうなほどにボロボロの木造アパートが現れた。
「ここが……」
和夫は思わず絶句していた。コンクリート塀には植物のつるが絡み付き、アパートの壁は朽ち果てそうなくらい古い。本当にここに人が住んでいるのだろうかと疑問に思うほどだ。錆び付いた自転車が三台置いてある。よく見ると庭のほうに洗濯物が干してある。こんなところでも誰か住んでいるのだろう。
和夫が封筒の住所を確認すると、「204号室」とあった。錆で赤茶けた金属の外付け階段をタンタンと鳴らしながら上がり、奥へと行く。扉には、順に「201号室」「202号室」「203号室」「205号室」とあった。
「……あれ?」
和夫はもう一度封筒を確認する。数字ははっきりと「204号室」と書かれている。「205号室」から手前に戻ると、「203号室」になっている。
「どういうことだ……」
すると誰かが階段を上がってくる音がして、若い女性の姿が現れた。若い女性は和夫の姿を見るなり近寄ってくる。
「あの、小沢紀之さんですよね。たまっていた家賃を払ってほしいのですが」
その言葉に和夫は慌てて手を横に振り、「いえいえいえ、ち、違うんです」と言った。
「え?」と首をかしげる目の前の大家らしき若い女性に、「僕は紀之の友達なんです」と言うと、「ああ、お友達の方だったのね。母から205号室の人が帰ってきたらちゃんと家賃もらうようにって言われていたものですから。私勘違いしてしまってごめんなさい」と若い女性は言った。
「え? 204号室じゃないのですか?」
思わず封筒を見ながら和夫は問いかけると、「前から205号室でしたよ? ここ三ヶ月ほどいらっしゃらないみたいで困っていましたけれど」と若い女は答えた。
「三ヶ月? 三ヶ月前から失踪していたんですか?」
車窓からの景色は森林や平地や山やところどころに民家が見える。時折広がる田んぼが見えることから農村地帯まで入ってきているようだ。こんなところで仕事なんてあるのかと思ったが紀之のやつれ具合を見ると仕事もしていなかった可能性もある。
駅に着き列車から出ると緑の強い匂いが鼻に押し寄せてきた。匂いは夏の強い気温にあぶられて山から押し寄せてくるようだった。むせ返るような青々とした匂いに肺が満たされながら駅から出ると暇そうにタクシーが一台停まっている。タクシーの運転手に道を尋ねると、「少し遠いよ。歩いていくには40分くらいはかかるね」とぶっきらぼうに言った。しょうがない、タクシーでいくか、と乗り込むと運転手は無言で発車した。
途中、錆びたシャッターがことごとく下りた商店街があった。古ぼけたスーパーや人のあまり来なさそうな和菓子屋や錆びた看板のクリーニング屋、新しいものは何一つなかった。町自体が静まり返り呼吸を忘れて死んでいるようだった。
「運転手さん。ここにはあまり人は住んでいないのかな?」
和夫が尋ねると運転手はバックミラーをちらりと見て和夫の顔の表情を確認しながら言った。
「前は炭鉱町でね。今じゃもう掘れるものもないからすっかりこのありさまだよ。昔はそりゃ立派なものだったさ。仕事がないから若い者はどんどん出て行くし、もう老人のほうが多いくらいだよ」
和夫は外を見ながら運転手の話を聞いていた。きっとこの町は成長をやめてしまったのだろう、と思った。そして、死を超えて歴史に埋もれ化石のようになっていくのだろうか。それよりも紀之はどうしてこんなところに住む必要があったんだ。
タクシーの運転手が「ああ……たぶんここらへんだな。ほら、そこのアパートじゃないか?」とタクシーを止めると、目の前には今にも崩れそうなほどにボロボロの木造アパートが現れた。
「ここが……」
和夫は思わず絶句していた。コンクリート塀には植物のつるが絡み付き、アパートの壁は朽ち果てそうなくらい古い。本当にここに人が住んでいるのだろうかと疑問に思うほどだ。錆び付いた自転車が三台置いてある。よく見ると庭のほうに洗濯物が干してある。こんなところでも誰か住んでいるのだろう。
和夫が封筒の住所を確認すると、「204号室」とあった。錆で赤茶けた金属の外付け階段をタンタンと鳴らしながら上がり、奥へと行く。扉には、順に「201号室」「202号室」「203号室」「205号室」とあった。
「……あれ?」
和夫はもう一度封筒を確認する。数字ははっきりと「204号室」と書かれている。「205号室」から手前に戻ると、「203号室」になっている。
「どういうことだ……」
すると誰かが階段を上がってくる音がして、若い女性の姿が現れた。若い女性は和夫の姿を見るなり近寄ってくる。
「あの、小沢紀之さんですよね。たまっていた家賃を払ってほしいのですが」
その言葉に和夫は慌てて手を横に振り、「いえいえいえ、ち、違うんです」と言った。
「え?」と首をかしげる目の前の大家らしき若い女性に、「僕は紀之の友達なんです」と言うと、「ああ、お友達の方だったのね。母から205号室の人が帰ってきたらちゃんと家賃もらうようにって言われていたものですから。私勘違いしてしまってごめんなさい」と若い女性は言った。
「え? 204号室じゃないのですか?」
思わず封筒を見ながら和夫は問いかけると、「前から205号室でしたよ? ここ三ヶ月ほどいらっしゃらないみたいで困っていましたけれど」と若い女は答えた。
「三ヶ月? 三ヶ月前から失踪していたんですか?」
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