人当て鬼

貴美月カムイ

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同級生と白装束の女

同級生と白装束の女1

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 空気も焼け付き炎のように揺らぐほど暑い夏が続いている。べとつく汗は服に染み付いて体に張りつき、どろりと生ぬるい汚泥をまとっている感触を受ける。
 蝉の声さえも、空っぽの頭にギンギンとエコーをかけて鋭い痛みを誘う。溶けてただれていきそうな皮膚は、そのまま地面へと落ちて這いつくばっていきそうだった。
 拭っても体中の穴から噴水のように汗が吹き出て、和夫はめまいを覚えながら街の中を歩いていた。
 久しぶりに休みを利用して趣味の鉄道模型でも見て回ろうと町へ出る途中、古い神社の鳥居をくぐって出てきた紀之を見かけた。小さい頃によく遊んだ仲だった。
 社会人になってから和夫は同級生に会うこともなかったが、ひょんなところから旧友の紀之に出会った嬉しさで反射的に声をかけていた。一瞬別人かと思ったが、人違いならしょうがないと思った。
「お、おお、紀之じゃないのか? 小沢紀之だよな?」
 森林に囲まれた神社の階段を重苦しい足取りで下りてきた紀之の顔には、目の下のクマがクッキリと浮かんでいた。それに頬のやつれ具合から、お世辞にも元気そうだねとは言えず、同級生だった頃の太めの体格も今は面影がない。
 もし人違いだったら、という不安よりも前に、あの頃の飽食の塊のような男から、汚れた藻のような気色悪さを感じると同時に、まるで死体に話しかけているのではないかという陰気臭ささえも覚えた。その見た目から微かな恐怖が背中を走った後全身を冷たく撫でた。
 少し伸びきった髪からは顔がよく確認できず、時間をかけて面影と重ね合わせていたが、まだはっきり本人だと確信は持てなかった。先走って声をかけてしまった後悔が、冷たい手を伸ばし始め和夫の胸へと触れかかりそうだった。
 青白い炎が冷たい暗闇の中で揺れているような雰囲気を醸し出している目の前の男に、和夫は過去何があったかを問える相手の余裕を微塵も感じなかった。
 街の中にある一番大きな敷地を持つ神社は繁華街から逸れているものの、違和感なく佇んでいて陰気臭さを感じる場所ではないが、旧友の姿は神社を重苦しくさせ、人々の喧騒を掻き毟り消し続けるおぞましさを与えた。
 声なく和夫を見つめる紀之の目はやつれ窪んでおり、先が見えない洞穴のようだ。揺れる髪に見え隠れする瞳は虚ろで黒い風が奥へ吹き込むかのようで、徐々に和夫の背筋に凍りつくようなざわめきを走らせた。
 紀之の第一声は旧友との出会いを懐かしむよりも前に、不気味さを嘔吐させる枯れた声だった。
「水……水、水ないか……水持ってないか……」
 右手をぐっと力なく伸ばし、和夫へと掴みかからんとする緩慢な動きは黄泉の住人が救いを求める光景を思い起こさせたが、ちらりと見えた左唇の上のほくろで、本人だと確信を持った。
 和夫は旧友がどのように過ごしていたかも聞かずに去るのも多少薄情だと思い、紀之に水ぐらい奢ってやろうと思った。
「ああ、ごめん。今はないんだ。買ってくるよ。水ぐらい奢るよ」
 背を向けると、和夫は背筋にまた寒気を感じた。冷たい無数の指で背骨を掴まれているような圧迫感を覚えて、和夫は慌てて振り向いた。紀之の視線は鬼気迫り何かを訴えかけるように鋭く不気味に輝いている。そのまま和夫を見つめたまま言う。
「彼女が……悲しむんだよ……」
「彼女?」
 今水を持っていないと彼女が悲しむ、とはどういうことだろう。水と彼女は関係ないのだろうか。それにしても自分で買ってくればいいじゃないか。こんなに暑い日に彼女に水も買ってやれないほど貧乏暮らしなのだろうか。墓から出てきて無一文でもあるまいし、水を買ってやるのも馬鹿らしくなってくる、と内心思っていた。
「お前、彼女なんているんだな」
 今なら尚更消極的で根暗なイメージを抱かせる男に彼女がいるとは、何はともあれ、おめでたいことだ、と和夫は思った。
「まあ、一緒に店行こうや。お前随分痩せたみたいだし、飯も何か奢るよ」
 髪に隠れた瞳の奥からギロリと見て、紀之は静かに言った。
「いや、いい」
 紀之は今にも途切れそうな声とともに死んだ魚のような視線を和夫に向けた。
(なんなんだ、こいつは。気持ち悪いやつだな)
 そう思いながら、和夫は紀之の体に視線を這わせると、半袖から出た腕は、細く老人のようにしわがれ、骨の形がわかるほどで、血管が盛り上がり浮き出ていた。さらによく見ると、赤い小さなあざが見える。よくキスマークをつけたときにうっ血して赤くなるようなものが所々にあった。古いものは紫がかっていて、その数も多いため、何かの病気なのだろうかと思わせるほどだった。
 あの頃に比べれば信じられないくらい変貌した旧友のことが少し心配になってきた和夫は、近くの公園でいいから何か食べよう、お前公園で座ってていいから俺が買ってくるから、と紀之の食事の拒否を押し切って、コンビニへと急いだ。
 ドアを開けるとコンビニのクーラーが頭痛を走らせる。和夫が弁当とお茶を買って外に出れば、冷えた空気は消え去り、重苦しい熱気と湿気が全身にのしかかってきて、目の前が一瞬白くなる。
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