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目を見て話せない
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実は頭をぶつけたっていうのも記憶障害なのも嘘で、急に前世の記憶が戻ったんです! って正直に言った方がいいのかな?
いやでも、そんなこと言ったら余計に頭がおかしいと思われて大事になっちゃうかも……。
「ママ、どうかしたの?」
「っ……ううん。なんでもないよ」
咄嗟に笑顔を取り繕って首を振る。
そんな俺をじっと見上げて、「だいじょうぶだよ」とリアムが手を握ってくれた。
「ぼくがついてるからだいじょうぶ」
「っ……うん」
ああ、やっぱりうちの子は天使だ。
リアムの優しさに鼻の奥がツンとして、誤魔化すようにへらっと締りのない顔で笑う。
「ママはぼくがまもってあげるね」
「え……?」
「せんせい、ママはもうしんさつイヤだって」
「リアム様……」
「ママがないちゃうから、きょうはもうおわりです」
ピョンと俺の膝から飛び降りたリアムが、「ママ、いこう」と俺の手を引いた。
バーランダー先生がびっくりした顔で固まっている。
「あ、すいません、俺……」
「……奥様、ご事情がおありなのですよね」
「へ?」
「伊達に何十年とこの仕事をしておりません。老いぼれたとはいえ、奥様が何かを隠そうとしていらっしゃることはすぐに分かりましたよ」
「っ、そ、その」
「ご安心ください。旦那様には、脳波にも異常は見られず、健康そのものであるとお伝えしておきますので」
「え……」
バーランダー先生が優しく微笑んで、パタンとカルテを閉じた。
「奥様がこのお屋敷にいらしてから、主治医としてずっとお側で診させていただいておりました。……その日々の中で、今が一番晴々としたお顔をしていらっしゃる。例えどのようなご事情があったとしても、奥様が健やかに過ごされることが私にとって一番の喜びなのです」
「バーランダー先生……」
じわ、と視界が涙で滲む。
そんな俺の顔を見て、「ママないてる!」とリアムが叫んだ。
「せんせい、ママのことなかせないで!」
「ああ、これは大変失礼致しました。ふふ、失礼、頼もしいナイトですな」
堪えきれないとばかりに噴き出した先生に、俺もつられて笑っていた。
「はい、世界で一番の頼もしいナイトです!」
「なんのはなし?」
当のリアムだけは、俺たちのやりとりの意味が分からずにきょとんとしていた。
***
昨日交わした約束の通り、一日中ずっとリアムと一緒にいた。
ドライフルーツが沢山入った焼き菓子を一緒に食べて、一緒に絵本を読んで、日が沈んで外が涼しくなった頃には手を繋いで庭園を散歩した。
リアムはずっとご機嫌で、「ママといっしょだとたのしい」って何度も言ってくれた。俺もめちゃくちゃ楽しかった。
楽しい時間ほど過ぎるのは早い。あっという間に夜になって、昨日と同じように家族三人で夕食を囲んでいた。
「それでね、ママとおにわでかくれんぼしたの」
定位置となった俺の膝に座って、リアムは身振り手振りを交えながら、今日一日の出来事を楽しそうにジュード様に報告する。
「そうか」
多少素っ気ない返事だけど、それでもリアムの話をちゃんと聞いている辺り、ジュード様なりに真摯に向き合ってくれているのだろう。
一方の俺はと言えば、ジュード様の顔を見る度に昨夜の出来事が頭に蘇ってしまって、気恥ずかしさからまともに顔を見られずにいた。
「フィオナがおにをやったの。ママといっしょにかくれたんだけど、すぐにみつけられちゃった。ね、ママ?」
「え、あ、うんっ。そうだね」
急に話を振られて、声が裏返りそうになったのを何とか咳払いで誤魔化す。
「リアムは上手に隠れられてたけど、俺のお尻が茂みから出ちゃってたんだよね」
「ママはおっちょこちょいなんだよね」
「あはは、そんな言葉誰から聞いたの?」
「バーランダーせんせい」
「先生とそんな話してたの?」
「うん!」
「ふふ、リアムはバーランダー先生と仲良しなんだね」
「うん。……ママがこわかったときも、ママのおはなしきかせてくれたんだよ」
「え……」
さっきまで楽しそうにしていたリアムが、不意に顔を曇らせる。
「ママはね、かなしいことがたくさんあって、じょうずにわらえないんだってせんせいがいってたの」
長い睫毛に縁取られた大きな瞳が俺を見上げる。
「だからぼく、ママがたくさんわらってくれてうれしい。いまのママが、とってもだいすき」
「リアム……」
胸が詰まって、うまく言葉が出てこない。
「……ありがとう」
やっとの思いで絞り出した声は掠れていたけど、リアムは満足そうに笑ってくれた。
そんな俺たちのやり取りを見て、ジュード様は何かを考え込むように口元に手を当てた。
チラ、と目を向けると、ちょうど俺のことを見ていたらしいジュード様と目が合った。
ハッとしたように僅かに瞠目したジュード様が、ふいっと顔を背ける。目を逸らされるのはいつものことだけど、今日のジュード様はいつもと少し違う気がした。
「ジュード様?」
大丈夫ですか? という意味も込めて思って名前を呼んだけど、「……いや」と短い否定の言葉しか返ってこなかった。
それきり、ジュード様は無言になってしまったけど、その後もリアムと笑い合う俺の顔をじっと見つめては、俺と目が合うと逸らすということが何度か続いた。
いやでも、そんなこと言ったら余計に頭がおかしいと思われて大事になっちゃうかも……。
「ママ、どうかしたの?」
「っ……ううん。なんでもないよ」
咄嗟に笑顔を取り繕って首を振る。
そんな俺をじっと見上げて、「だいじょうぶだよ」とリアムが手を握ってくれた。
「ぼくがついてるからだいじょうぶ」
「っ……うん」
ああ、やっぱりうちの子は天使だ。
リアムの優しさに鼻の奥がツンとして、誤魔化すようにへらっと締りのない顔で笑う。
「ママはぼくがまもってあげるね」
「え……?」
「せんせい、ママはもうしんさつイヤだって」
「リアム様……」
「ママがないちゃうから、きょうはもうおわりです」
ピョンと俺の膝から飛び降りたリアムが、「ママ、いこう」と俺の手を引いた。
バーランダー先生がびっくりした顔で固まっている。
「あ、すいません、俺……」
「……奥様、ご事情がおありなのですよね」
「へ?」
「伊達に何十年とこの仕事をしておりません。老いぼれたとはいえ、奥様が何かを隠そうとしていらっしゃることはすぐに分かりましたよ」
「っ、そ、その」
「ご安心ください。旦那様には、脳波にも異常は見られず、健康そのものであるとお伝えしておきますので」
「え……」
バーランダー先生が優しく微笑んで、パタンとカルテを閉じた。
「奥様がこのお屋敷にいらしてから、主治医としてずっとお側で診させていただいておりました。……その日々の中で、今が一番晴々としたお顔をしていらっしゃる。例えどのようなご事情があったとしても、奥様が健やかに過ごされることが私にとって一番の喜びなのです」
「バーランダー先生……」
じわ、と視界が涙で滲む。
そんな俺の顔を見て、「ママないてる!」とリアムが叫んだ。
「せんせい、ママのことなかせないで!」
「ああ、これは大変失礼致しました。ふふ、失礼、頼もしいナイトですな」
堪えきれないとばかりに噴き出した先生に、俺もつられて笑っていた。
「はい、世界で一番の頼もしいナイトです!」
「なんのはなし?」
当のリアムだけは、俺たちのやりとりの意味が分からずにきょとんとしていた。
***
昨日交わした約束の通り、一日中ずっとリアムと一緒にいた。
ドライフルーツが沢山入った焼き菓子を一緒に食べて、一緒に絵本を読んで、日が沈んで外が涼しくなった頃には手を繋いで庭園を散歩した。
リアムはずっとご機嫌で、「ママといっしょだとたのしい」って何度も言ってくれた。俺もめちゃくちゃ楽しかった。
楽しい時間ほど過ぎるのは早い。あっという間に夜になって、昨日と同じように家族三人で夕食を囲んでいた。
「それでね、ママとおにわでかくれんぼしたの」
定位置となった俺の膝に座って、リアムは身振り手振りを交えながら、今日一日の出来事を楽しそうにジュード様に報告する。
「そうか」
多少素っ気ない返事だけど、それでもリアムの話をちゃんと聞いている辺り、ジュード様なりに真摯に向き合ってくれているのだろう。
一方の俺はと言えば、ジュード様の顔を見る度に昨夜の出来事が頭に蘇ってしまって、気恥ずかしさからまともに顔を見られずにいた。
「フィオナがおにをやったの。ママといっしょにかくれたんだけど、すぐにみつけられちゃった。ね、ママ?」
「え、あ、うんっ。そうだね」
急に話を振られて、声が裏返りそうになったのを何とか咳払いで誤魔化す。
「リアムは上手に隠れられてたけど、俺のお尻が茂みから出ちゃってたんだよね」
「ママはおっちょこちょいなんだよね」
「あはは、そんな言葉誰から聞いたの?」
「バーランダーせんせい」
「先生とそんな話してたの?」
「うん!」
「ふふ、リアムはバーランダー先生と仲良しなんだね」
「うん。……ママがこわかったときも、ママのおはなしきかせてくれたんだよ」
「え……」
さっきまで楽しそうにしていたリアムが、不意に顔を曇らせる。
「ママはね、かなしいことがたくさんあって、じょうずにわらえないんだってせんせいがいってたの」
長い睫毛に縁取られた大きな瞳が俺を見上げる。
「だからぼく、ママがたくさんわらってくれてうれしい。いまのママが、とってもだいすき」
「リアム……」
胸が詰まって、うまく言葉が出てこない。
「……ありがとう」
やっとの思いで絞り出した声は掠れていたけど、リアムは満足そうに笑ってくれた。
そんな俺たちのやり取りを見て、ジュード様は何かを考え込むように口元に手を当てた。
チラ、と目を向けると、ちょうど俺のことを見ていたらしいジュード様と目が合った。
ハッとしたように僅かに瞠目したジュード様が、ふいっと顔を背ける。目を逸らされるのはいつものことだけど、今日のジュード様はいつもと少し違う気がした。
「ジュード様?」
大丈夫ですか? という意味も込めて思って名前を呼んだけど、「……いや」と短い否定の言葉しか返ってこなかった。
それきり、ジュード様は無言になってしまったけど、その後もリアムと笑い合う俺の顔をじっと見つめては、俺と目が合うと逸らすということが何度か続いた。
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