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第六章「一角馬の角」

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 ◇ ◇ ◇


 花がなくなり、殺風景になった景色を横目にオズはガゼポへと足を踏み入れる。そこにはスカーレットへの対応が嘘のように縮こまった、腹違いの弟が居た。
「で、話って?」
 鷹揚に尋ねながら対面の椅子に腰を下ろす。向かい合うのではなく背もたれに片腕を預けるような座り方で。
「随分と寵しているのですね」
 呆然とレオナルドが呟く。
 良くも悪くも純粋なその言葉にオズの心の澱がざわりと揺らいだ。仄暗い笑みを湛えて喉を鳴らす。
「彼女が望めばお前をこの手にかけるのもやぶさかでは無いさ」
 距離はある。だが、剣の切っ先を目の前に向据えられているような冷ややかな殺意に、レオナルドの背中を冷や汗が滑った。逃げようと怖気付く心を無理やり押しとどめて眼光を受け止め返す。
「それは、困ります」
 まだ王位を諦めてはいない、なによりここで舞台から降りてしまえば今まで以上に大勢の人々の期待を裏切ってしまう。ユリアを一人にしてしまう。
 一人の男としての矜持を返され、オズは小さく嘆息した。
「悪かった」
 弾かれたようにレオナルドが顔を上げる。
 視線は向けないまま、オズは言葉を続けた。
「お前に罪は無いのに、つい皇后の顔が過ぎって冷静になれなかった」
「いいえ、母上の所業を思えば当然かと」
 欲しいのは謝罪では無いのだと態度が物語っていた。
 ぽつぽつとレオナルドも自分の思いを吐露していく。
「先の査問会で」
 突如として現れたスカーレットにまず驚いた。ずっと裏方に徹していたのに表舞台に立ったオズにも。そして一番驚いたのは手を取り合いながら微笑む二人の姿だった。
「初めてスカーレットの心からの笑顔を見た気がします」
 貼り付けたような笑みは浮かべても心の底から湧き出る感情が作る笑みは見たことがない。いつも小言を言うために目を釣り上げるか、何を考えているか分からない透明な表情。
 自分が彼女の表情を曇らせていた。その事実に打ちのめされた。
 項垂れたレオナルドにオズは素直に驚く。
「本当に目が覚めたようだな」
 その言葉に何かを感じ取ったのかレオナルドはオズを見つめる。
「あなたは本当にどこまで見通していたのですか」
 オズはつい言い淀んでしまった。見通していたというのはあまりにも都合の良すぎる解釈だ。オズワルドの記憶が最適解を叩き出し、物語としてこの世界を認識していた少年が立ち回りを手伝った。
「こちらも好きに動いていただけで深い意味は無い」
 スカーレットを幸せにする。笑顔を守る。昔も今も変わらないオズの行動原理だ。
「今更、お前を弟として扱うことは出来ない」
 互いにすれ違い過ぎてしまった。その事を痛感しているのかレオナルドに反論の気配は無い。
「だが、お前がどうのこうのと働きかける分には好きにしろ」
 オズはレオナルドを弟のように可愛がることは出来ない。だが、レオナルドがオズを兄として慕う分には否定も拒否もしない。随分回りくどい言い方だが言いたいのはこんなところだろう。
「はい………っ」
 意味を正しく理解したレオナルドが鼻に力を込めたような声で返事する。
「それから」
 びし、とオズは指先をオズに向けた。
「レティはもう僕のだから許可なく寄るな触れるな」
「は…………」
 突然の惚気にレオナルドは言葉を失ってしまった。
「話は終わりか?」
 その沈黙が会話の切り上げ時だと思ったかオズは機敏な動作で立ち上がる。
「先に戻っている」
 規則的な足音でももってオズはガゼポから庭に降りた。二、三歩芝生を踏んで肩越しに少しだけ振り返る。
「お前も体が冷えないうちに戻るんだぞ」
 

 ◇ ◇ ◇
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