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aversion
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資料番号・一九三八
資料名・月刊 La nausée 二月号 抜粋
取扱・原本持出不可 複写可
* * *
彼女は、私達取材班の姿を見付けるなり大手を振って迎えてくれた。
「ラ・ノゼさんから取材なんて、驚きましたよ。周りの子もみんな読んでますもん。売り切れたら困るから定期購読で」
――ありがとうございます。
「私達の、第二の育ての親って感じですね(笑)。この業界は子供の頃から憧れてたんで、今の私があるのはラ・ノゼさんのおかげだと思ってます」
――バラエティ番組に、ラジオ、動画配信。ここ最近、見ない日はありませんね。
「ありがたいことに、本業以外でもたくさんお仕事をいただけるようになりまして」
――近々、ドラマ出演と歌手活動も決まっているとか。
「そうなんです。自分が前に出ていいのかなって迷いもあります。私の本業は商品の引き立て役であって、商品をいかに魅力的に見せるかを考えるのが仕事なんです」
主役は私じゃないんで、と彼女は笑顔を見せる。その人懐こさからは、にわかに想像し難い奥ゆかしさだ。
愛善ひとみ、二十四歳。
この業界に足を踏み入れたのは十八のときだ。以来彼女は、流行の最前線を走り続けている。
――今日はお仕事の様子を見せていただけると。
「繰り返しになりますけど、私はずっとこの仕事に就きたかったんです。それはやっぱり先輩達の輝いてる後ろ姿が見てきたからで。だから今日は、この仕事に興味を持ってくれる子が増えるようにアピールしていきます。バシバシ撮ってバシバシ書いてくださいね(笑)」
愛善の仕事現場への道すがら、珍しい光景を目にした。
――ずいぶんと人が集まっていますね。
「あー、奴隷市場ですね」
――奴隷市場?
「ちょっと前まではコソコソやってましたけど、最近はオープンになってきましたね。時代の流れで偏見が取り除かれていくのっていいですよね」
上半身裸、首に値札を巻かれ、列をなす奴隷達。そのほとんどは子供だ。
――愛善さんは、人身売買に抵抗はありませんか。
「私は無いですねー。自由を尊重する時代ですし。法律で雁字搦めになっていた時代には奴隷も禁止されてましたけど。私はそんな時代、嫌ですね。自分が生きたいように、のびのびと生きられる方が良いじゃないですか」
――奴隷達にも自由はあるんでしょうか。
「もちろん! 誰にだって、自由に生きる権利があります。憲法でも保障されてますし」
――憲法第十八条には【何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない】とありますよね。
「あれ、ご存知ないですか? もう結構前だと思いますけど……奴隷的拘束を受けない自由を規定する憲法は、奴隷的拘束をする自由を侵害しているから違憲じゃないかって裁判があったんですよ。で、判決は『全ての人間の意思決定の自由は保証されるべき』ってなって、実質、奴隷制は解禁になったんです」
――なるほど、納得です。お詳しいんですね。
「いえいえ(笑)。 憲法なんてもうほとんどの人は意識しないで生活してますから。私は仕事柄知っておいた方がいいのかなと思って、ちょっと調べてた時期があっただけです」
プロ意識に驚かされる。今や形だけしか残っていない憲法でさえ、愛善は知識として蓄えている。
――そろそろお仕事現場ですか。
「はい。すぐそこにあるスタジオです」
彼女の指さす先には、我々の想像を超えた建物が鎮座していた。スタジオと呼ぶには大きすぎる。
――ここが、スタジオですか。
「驚きました? ここ、劇場を兼ねてるんですよ。普通の撮影ブースの他、ギャラリーが撮影の様子を見られるアリーナもあるんです。私もここでの撮影は初めてです(笑)。 さあ、行きましょ」
案内されたのは展望席だ。会場全体を見渡すと、一万人は収容できるほどの規模。席は既に埋め尽くされている。
――こんな大きなイベント全く知りませんでした。
「あーそうですよね。これ宣伝してないんですよ。口コミだけで、こんなにも集まっていただいて。そろそろ撮影が始まりますよ」
暗くなる会場。アリーナの中央がスポットライトで照らされ、天井から吊るされた大きなディスプレイにその様子がそっくり映る。
私達は息を呑んだ。
映し出されたのは、一台のベッド。
真っ白なシーツの上に、仰向けの小柄な人間。カメラが、足先から順に、全身をくまなく舐めていく。つるりとした脚、華奢な腰を覆うショートパンツ、白のTシャツ、あどけない顔。子供だ。ベッドに取り付けられた枷に、手首と足首を固定され、大の字になっている。
――あれは、奴隷市場から連れて来たんですか?
「うーん、ごめんなさい。私はショー全体のプロデュースをしてはいるんですけど、仕入れは現場に任せてるんです。大切な商品ではありますけど、だからこそ、あえて現場で判断してもらう。私は引き立て役として、前に出すぎないようにしてるんです」
白衣を着た二人の大人が、ベッドの脇に立つ。白い頭巾を首まですっぽりと被っている。
愛善の表情を窺えば、緩やかな微笑みを湛えている。いよいよ最高のショーが繰り広げられる。私達は期待に胸を躍らせた。
白衣姿の一人が、子供のTシャツに、ハサミを入れ始める。子供はその音を聞くと、恐怖に顔を強ばらせる。声を出さず、ただじっとしている。Tシャツは首元まで切り裂かれて、次はショートパンツにも刃が入る。やがて下着にも。身に着けていたものを剥ぎ取られ、肌が露わになるまで、あっという間だった。
観客達から小さく感嘆の声。我々も生唾を飲む。
ようやく子供の喉がわずかに動き、「やめて」と蚊の鳴くような声が漏れる。
もう一人の白衣姿がベッドの下に手を伸ばす。手に握られたのは、両手挽きのノコギリ。両端に取手がついていて、二人で押し引きするものだ。観客に見せ付けるように、白衣姿が掲げてみせる。会場全体から「おぉ」と控えめな歓声が上がる。大騒ぎする者は一人もいないが、徐々に観客達のボルテージが高まっていくのを感じる。
白衣姿二人は、子供の頭と腰のあたりに向かい合って立ち、ノコギリの取手を握る。刃がじわじわと子供の右腕に迫る。子供は首をもたげてその光景を目にすると、「あっ」「えっ」「やだやだ」と声を上げ始めた。何をされるのか知らされずに連れてこられたのだろう、今になって焦りを見せる。刃が皮膚に触れると、「痛いやめて」と甲高い声が響く。白衣姿はお構い無しに、ぐいぐいと刃を押し当てる。
ノコギリの前後運動が始まった。刃が腕の肉を裂いていくと、子供の声は叫びへと変わる。もう意味のある言葉は発せられていない。観客からも、悲鳴とも歓喜ともとれる声が次第に高まる。ノコギリは止まらない。腕を半ばまで切り終えると、たどり着くのは硬い音。骨だ。スピーカーからはゴリゴリと骨が削れる音が流れ出す。子供は全身で叫びを上げている。首をねじり、拘束されて動かせない足首の先で、指にぎゅっと力を込めて、必死に耐えている。
愛善は、私達に語り始めた。
「どうですか? 内容はシンプルなんですけど、スナッフムービーをショーにできないかなって、思い付いた結果です」
――愛善さんのスナッフムービーは全てチェックしています。どの作品でも無駄な演出はなくて、生々しさを直接感じられるのが特徴ですね。
「ありがとうございます。それは意識しているところで。スナッフムービーが出回り始めた頃の、ライブ感というか、作り物ではない感じというか、AVでいうと、アマチュアのハメ撮りみたいな。あの感覚が好きなんですよね。子供のときに観てすごく興奮したし、私もこういう作品を作りたいと強く思いました。最近はシチュエーション物のスナッフムービーも増えてきて……それは業界が成熟してきたってことなのかもしれないですけど……私は原点こそ頂点だと思ってます」
自分の好きなものを語る愛善は、子供のように無垢な瞳を輝かせていた。
――スナッフムービーは、長い間、アングラ扱いされてきたそうですね。
「そうみたいですね。私が生まれるよりずっと前。薬物も未成年の喫煙も人身売買も認められてない時代。なのに当時は多様性の尊重ってワケの分からない流行があったそうで。特に騒がれていたのはLGBTとかいうやつ。性の多様性運動だったそうです。レズやゲイの権利を認めろっていう」
――聞いたことあります。
「人間の体は子供を作れるようにできてますよね。人間だけじゃなくて、猫も犬も鳥もそう。子供を産んで次の世代にバトンを渡すため。それなのに、一人ひとりの性的指向を尊重する社会は矛盾してません? 子孫繁栄の責任は誰か負ってください、私達は性的指向に忠実に生きたいのでって……、ただのわがままです。人間は滅びても構わないと思ってたんでしょうね。人間誰しも欠点を持っている。性的指向がマイナーなのも同じようなもの。そんなの一人ひとり尊重してたら、世の中めちゃくちゃになっちゃうじゃないですか。少数派の幸せのために、大勢の人間が振り回されるなんて、あっちゃいけない。欠点を認め合うっていうのも考え方の一つかもしれないけど、基本的に自分の問題は自分で解決すべきだと思うんですよ」
――性の多様性運動は今ではもう見られませんね。
「エコ活動はご存じですか? 地球の環境を保護しようって活動。ずっと昔に世界で流行ったそうなんです。でも長続きしなかった。結局のところ、そういう活動に賛同する人達って、社会に余計な波を起こしたいだけで、中身なんて何でもいいんですよね。みんなと一緒に今までの価値観を変えようって、仲良しこよしで肩を組む。で、賛同しない人には『あいつは文明も言葉も理解できない原始人だ』って後ろ指をさす。そういう活動って、一時的な流行りで終わるものなんだと思います。『歴史は繰り返す』とは、よく言ったものです。性の多様性運動も早い内に収束したとか」
――国の政策が功を奏したのでしょうか。
「影響は大きかったと思います。マイノリティの人達に自治を認めて、文字通り住み分けをしたのは成功だったと思います。子供が生まれないからどんどん人口が減って、自治区から亡命する人も出てきて、最終的には自治を維持できなくなって。そうやって淘汰されたことまで含めて良策だったかと。結局は多数派に合わせて生きるのが正しい。数は力です。力のある者が生き残るのは、世の常ですからね」
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* 力 *
* 生 の *
* 世 き あ *
* の 残 る *
* 常 る 者 *
* で の が *
* 愛 す は *
* 善 か *
* ら *
* ひ ね *
* と *
* み *
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愛善の論説に私達は舌を巻いた。スナッフムービーを語るには、自由を求めて様々な運動が展開されてきた時代背景を知らなければならないのだ。かつてアングラ文化の一つとして弾圧されてきたスナッフムービーに、彼女は、いつだって真剣に向き合ってきた。
「あっ、これ話ずれてますね(笑)。 スナッフムービーがアングラ扱いされていたのも、そういう流れの一つなんです。未成年に悪影響だから、エロとグロは社会から排除しようって運動は昔からあって。でも時代に合わなくなってきたんです。どうして人口比率の低い未成年に配慮して、たくさんの大人の自由が制限されなきゃいけないのか、みんな疑問に思い始めたんです。国も制限を課すような法律は少しずつ撤廃して……、グロ文化を愛する多数派の自由が守られる前例になりました。見たくない人は見なければいい。周りと合わなければ少数派同士で固まってもいい。そうやって、ゾーニングが進められて、自分が生きたい環境で生きられるようになりました。他人に自分の権利を押し付けたり、逆に押し付けられたりしないで、一人ひとりの自由が本来の意味で尊重されて生きられるようになった。私も、こうして胸を張って仕事ができる。良い時代に生きてるなと思います」
愛善の言葉に揺るぎない信念を感じる。彼女が時代の最先端で活躍しているのも頷ける。皆が欲しているものを汲み取り、多数派の自由が当然に守られる時代を牽引する。
愛善ひとみ、二十四歳。
職業、スナッフムービープロデューサー。
彼女が、時代に求められているものを形にしたショーも、いつの間にか終盤だ。
商品である子供の四肢が欠けていく度、観客の熱量は増していく。腕と脚は全て、とうに切り離されている。首が落とされたとき、会場は熱狂の渦に包まれていた。
子供の陰茎がいとも容易く切り取られるクライマックスを迎えて、彼女は言う。
「男の子を使ったスナッフムービーのラストって、決まってこれだったんです。伝統美ですよね」
常に新しさを模索しながらも、原点は譲らない。彼女の職人気質な一面が垣間見えた。
私達は心ゆくまでスナッフショーを堪能した。
――今日はたくさんお話を聞けて良かったです。
「グロ専門誌のラ・ノゼさんにスナッフショーをお見せできたのは本当に嬉しいです。ありがとうございました。次のプランも準備進行中なので、また取材に来てくださいね(笑)」
そう言って、彼女は足早に撮影現場を立ち去る。次のショーの打ち合わせがあるのだそうだ。愛善の足は止まらない。自由の大地を踏みしめながら、未踏の地を探し続ける。
* * *
「そいつの居場所、交番の警察から連絡が入った。行くぞ。その資料ちゃんと棚に戻しておけよ」
「大麻ごときで逮捕なんて、平和ですよねぇ」
「この国は、なぜか大麻だけには神経質なまでに厳しいのさ。……煙草とはえらい違いだな。お前が産まれる前の話だけどな、法律で未成年は煙草吸っちゃいけなかったんだ。なのに、禁煙だ分煙だと騒がれても、法規制は全然進まなかったし、コンビニではろくに年齢確認もしないで買えた。タッチパネルに『二十歳以上ですか』って出て、『はい』のボタンを押すだけ。簡単だろ」
「なんですか、そのザルシステム。お使い覚えたての幼稚園児だって買えるじゃないですか」
「昔も昔の大昔、煙草は国の専売だった。煙草の税収が重要なのは今も昔も変わらない。煙草事業が民営化されてからもな」
「なるほど、見えてきました。煙草事業を引き継いだ企業と国の利害は一致していた。子供の健康よりも売上や税収。何か問題が起きても売った奴の責任にすればいいってわけですね」
「さぁ、どうだかな。俺は税金でお給料をいただいている身。お上に楯突くわけにゃあいかないな」
「ズルいですよ! もう言ってるも同然じゃないですか」
「馬鹿かお前。言ってるも同然と、実際に言ってるのとでは天と地ほどの差がある。さかのぼって読み返してみろ、俺がお上の悪口言ってるか」
「さかのぼる? 読み返す? 何すかそれ」
「こっちの話だ、気にするな。話を戻すぞ。今は誰でも煙草を買えるようになった。自由の時代だ。もう誰も子供を守ってやる必要なんてないしな。今も昔も、子供の福祉を考える大人がいないのは変わらない。『デキ婚』を『授かり婚』なんて言い替えた馬鹿が出てきたときは、さすがに笑った。子供の立場を危うくしておいてよく言えたもんだ。結局はテメェの欲望が一番で、子供の福祉なんて二の次なのさ。国も、親ですらも」
「あーあ、ついにお上批判しちゃいましたね。同罪ですよ。子供の扱いはどうでもいいとしても、とにかく税金をむしり取ろうってのは、吐き気がする話ですね」
「そういうメタ発言、クソ面白くもねぇ物書きが自分では最高に面白いと思って盛り込む、究極にダセぇ手段だからやめとけ」
「自分だってやってたのに……」
「で、だ。大麻の袋を持っていけよ」
「へ? 何かの隠語ですか」
「違うよ、文字通りだ。名演技に期待してるぞ」
「どういうことですか」
「お前は、人気雑誌に取り上げられ株爆上げ中の、スナッフムービープロデューサー殿のポケットに手を突っ込む。ナニを突っ込むのは捕まえるまで我慢しろよ。そしてこう叫ぶ。『大麻所持の現行犯で逮捕する!』ってな。幼稚園児のお使いより、ちと難しいか」
「話が見えないんですが……。大麻やってる女を逮捕しに行くんじゃないんですか」
「そこの出版社な、ゴシップもやってるんだよ。『今をときめくスナッフムービープロデューサー、裏で大麻キメ放題のラリった生活!』って見出しでキメてるそうだ」
「……」
「そんな顔すんな。金のために自作自演するのも自由の内だし、そいつだって言ってるじゃねえか、『力のある者が生き残るのは世の常』だってな。……ってか『キメる』で掛けたんだ。反応しろよ」
「いやぁ、別に構いませんけどね。オジサンって汚いなぁ」
「言ってくれるなよ、俺が打診したわけじゃねぇ。ラ・ノゼの編集長兼社長さ。むしゃぶりつきたくなるくらい美味そうな若い女だった。社長は雑誌が売れて大万歳、俺は社長から手間賃をいただく。WIN―WINってこった」
「WINNERの陰には必ずLOSERありですよ」
「はて、誰がLOSERだか。俺には関係無いね」
「それより、いいんですか。『地の文無しの会話劇なんて小説とはいわない』ってクレーム飛んできますよ」
「言わせとけ。どうせ、ネットに転がってるエロ小説読んだくらいで自分も書ける気になってるか、四肢を切り落としただけでグロ書いた気になってるような底辺物書きだ。そんな連中の書いたもんなんざ、ダニの糞ほどの価値もありゃしないさ。本物の吐き気ってのはな、目や耳から感じて催すもんじゃない。服毒したときに、体の奥底から、湧き上がってくるもんなのさ」
-------------------------
Twitter企画
#La_nausée #ラ・ノゼ
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
資料名・月刊 La nausée 二月号 抜粋
取扱・原本持出不可 複写可
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彼女は、私達取材班の姿を見付けるなり大手を振って迎えてくれた。
「ラ・ノゼさんから取材なんて、驚きましたよ。周りの子もみんな読んでますもん。売り切れたら困るから定期購読で」
――ありがとうございます。
「私達の、第二の育ての親って感じですね(笑)。この業界は子供の頃から憧れてたんで、今の私があるのはラ・ノゼさんのおかげだと思ってます」
――バラエティ番組に、ラジオ、動画配信。ここ最近、見ない日はありませんね。
「ありがたいことに、本業以外でもたくさんお仕事をいただけるようになりまして」
――近々、ドラマ出演と歌手活動も決まっているとか。
「そうなんです。自分が前に出ていいのかなって迷いもあります。私の本業は商品の引き立て役であって、商品をいかに魅力的に見せるかを考えるのが仕事なんです」
主役は私じゃないんで、と彼女は笑顔を見せる。その人懐こさからは、にわかに想像し難い奥ゆかしさだ。
愛善ひとみ、二十四歳。
この業界に足を踏み入れたのは十八のときだ。以来彼女は、流行の最前線を走り続けている。
――今日はお仕事の様子を見せていただけると。
「繰り返しになりますけど、私はずっとこの仕事に就きたかったんです。それはやっぱり先輩達の輝いてる後ろ姿が見てきたからで。だから今日は、この仕事に興味を持ってくれる子が増えるようにアピールしていきます。バシバシ撮ってバシバシ書いてくださいね(笑)」
愛善の仕事現場への道すがら、珍しい光景を目にした。
――ずいぶんと人が集まっていますね。
「あー、奴隷市場ですね」
――奴隷市場?
「ちょっと前まではコソコソやってましたけど、最近はオープンになってきましたね。時代の流れで偏見が取り除かれていくのっていいですよね」
上半身裸、首に値札を巻かれ、列をなす奴隷達。そのほとんどは子供だ。
――愛善さんは、人身売買に抵抗はありませんか。
「私は無いですねー。自由を尊重する時代ですし。法律で雁字搦めになっていた時代には奴隷も禁止されてましたけど。私はそんな時代、嫌ですね。自分が生きたいように、のびのびと生きられる方が良いじゃないですか」
――奴隷達にも自由はあるんでしょうか。
「もちろん! 誰にだって、自由に生きる権利があります。憲法でも保障されてますし」
――憲法第十八条には【何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない】とありますよね。
「あれ、ご存知ないですか? もう結構前だと思いますけど……奴隷的拘束を受けない自由を規定する憲法は、奴隷的拘束をする自由を侵害しているから違憲じゃないかって裁判があったんですよ。で、判決は『全ての人間の意思決定の自由は保証されるべき』ってなって、実質、奴隷制は解禁になったんです」
――なるほど、納得です。お詳しいんですね。
「いえいえ(笑)。 憲法なんてもうほとんどの人は意識しないで生活してますから。私は仕事柄知っておいた方がいいのかなと思って、ちょっと調べてた時期があっただけです」
プロ意識に驚かされる。今や形だけしか残っていない憲法でさえ、愛善は知識として蓄えている。
――そろそろお仕事現場ですか。
「はい。すぐそこにあるスタジオです」
彼女の指さす先には、我々の想像を超えた建物が鎮座していた。スタジオと呼ぶには大きすぎる。
――ここが、スタジオですか。
「驚きました? ここ、劇場を兼ねてるんですよ。普通の撮影ブースの他、ギャラリーが撮影の様子を見られるアリーナもあるんです。私もここでの撮影は初めてです(笑)。 さあ、行きましょ」
案内されたのは展望席だ。会場全体を見渡すと、一万人は収容できるほどの規模。席は既に埋め尽くされている。
――こんな大きなイベント全く知りませんでした。
「あーそうですよね。これ宣伝してないんですよ。口コミだけで、こんなにも集まっていただいて。そろそろ撮影が始まりますよ」
暗くなる会場。アリーナの中央がスポットライトで照らされ、天井から吊るされた大きなディスプレイにその様子がそっくり映る。
私達は息を呑んだ。
映し出されたのは、一台のベッド。
真っ白なシーツの上に、仰向けの小柄な人間。カメラが、足先から順に、全身をくまなく舐めていく。つるりとした脚、華奢な腰を覆うショートパンツ、白のTシャツ、あどけない顔。子供だ。ベッドに取り付けられた枷に、手首と足首を固定され、大の字になっている。
――あれは、奴隷市場から連れて来たんですか?
「うーん、ごめんなさい。私はショー全体のプロデュースをしてはいるんですけど、仕入れは現場に任せてるんです。大切な商品ではありますけど、だからこそ、あえて現場で判断してもらう。私は引き立て役として、前に出すぎないようにしてるんです」
白衣を着た二人の大人が、ベッドの脇に立つ。白い頭巾を首まですっぽりと被っている。
愛善の表情を窺えば、緩やかな微笑みを湛えている。いよいよ最高のショーが繰り広げられる。私達は期待に胸を躍らせた。
白衣姿の一人が、子供のTシャツに、ハサミを入れ始める。子供はその音を聞くと、恐怖に顔を強ばらせる。声を出さず、ただじっとしている。Tシャツは首元まで切り裂かれて、次はショートパンツにも刃が入る。やがて下着にも。身に着けていたものを剥ぎ取られ、肌が露わになるまで、あっという間だった。
観客達から小さく感嘆の声。我々も生唾を飲む。
ようやく子供の喉がわずかに動き、「やめて」と蚊の鳴くような声が漏れる。
もう一人の白衣姿がベッドの下に手を伸ばす。手に握られたのは、両手挽きのノコギリ。両端に取手がついていて、二人で押し引きするものだ。観客に見せ付けるように、白衣姿が掲げてみせる。会場全体から「おぉ」と控えめな歓声が上がる。大騒ぎする者は一人もいないが、徐々に観客達のボルテージが高まっていくのを感じる。
白衣姿二人は、子供の頭と腰のあたりに向かい合って立ち、ノコギリの取手を握る。刃がじわじわと子供の右腕に迫る。子供は首をもたげてその光景を目にすると、「あっ」「えっ」「やだやだ」と声を上げ始めた。何をされるのか知らされずに連れてこられたのだろう、今になって焦りを見せる。刃が皮膚に触れると、「痛いやめて」と甲高い声が響く。白衣姿はお構い無しに、ぐいぐいと刃を押し当てる。
ノコギリの前後運動が始まった。刃が腕の肉を裂いていくと、子供の声は叫びへと変わる。もう意味のある言葉は発せられていない。観客からも、悲鳴とも歓喜ともとれる声が次第に高まる。ノコギリは止まらない。腕を半ばまで切り終えると、たどり着くのは硬い音。骨だ。スピーカーからはゴリゴリと骨が削れる音が流れ出す。子供は全身で叫びを上げている。首をねじり、拘束されて動かせない足首の先で、指にぎゅっと力を込めて、必死に耐えている。
愛善は、私達に語り始めた。
「どうですか? 内容はシンプルなんですけど、スナッフムービーをショーにできないかなって、思い付いた結果です」
――愛善さんのスナッフムービーは全てチェックしています。どの作品でも無駄な演出はなくて、生々しさを直接感じられるのが特徴ですね。
「ありがとうございます。それは意識しているところで。スナッフムービーが出回り始めた頃の、ライブ感というか、作り物ではない感じというか、AVでいうと、アマチュアのハメ撮りみたいな。あの感覚が好きなんですよね。子供のときに観てすごく興奮したし、私もこういう作品を作りたいと強く思いました。最近はシチュエーション物のスナッフムービーも増えてきて……それは業界が成熟してきたってことなのかもしれないですけど……私は原点こそ頂点だと思ってます」
自分の好きなものを語る愛善は、子供のように無垢な瞳を輝かせていた。
――スナッフムービーは、長い間、アングラ扱いされてきたそうですね。
「そうみたいですね。私が生まれるよりずっと前。薬物も未成年の喫煙も人身売買も認められてない時代。なのに当時は多様性の尊重ってワケの分からない流行があったそうで。特に騒がれていたのはLGBTとかいうやつ。性の多様性運動だったそうです。レズやゲイの権利を認めろっていう」
――聞いたことあります。
「人間の体は子供を作れるようにできてますよね。人間だけじゃなくて、猫も犬も鳥もそう。子供を産んで次の世代にバトンを渡すため。それなのに、一人ひとりの性的指向を尊重する社会は矛盾してません? 子孫繁栄の責任は誰か負ってください、私達は性的指向に忠実に生きたいのでって……、ただのわがままです。人間は滅びても構わないと思ってたんでしょうね。人間誰しも欠点を持っている。性的指向がマイナーなのも同じようなもの。そんなの一人ひとり尊重してたら、世の中めちゃくちゃになっちゃうじゃないですか。少数派の幸せのために、大勢の人間が振り回されるなんて、あっちゃいけない。欠点を認め合うっていうのも考え方の一つかもしれないけど、基本的に自分の問題は自分で解決すべきだと思うんですよ」
――性の多様性運動は今ではもう見られませんね。
「エコ活動はご存じですか? 地球の環境を保護しようって活動。ずっと昔に世界で流行ったそうなんです。でも長続きしなかった。結局のところ、そういう活動に賛同する人達って、社会に余計な波を起こしたいだけで、中身なんて何でもいいんですよね。みんなと一緒に今までの価値観を変えようって、仲良しこよしで肩を組む。で、賛同しない人には『あいつは文明も言葉も理解できない原始人だ』って後ろ指をさす。そういう活動って、一時的な流行りで終わるものなんだと思います。『歴史は繰り返す』とは、よく言ったものです。性の多様性運動も早い内に収束したとか」
――国の政策が功を奏したのでしょうか。
「影響は大きかったと思います。マイノリティの人達に自治を認めて、文字通り住み分けをしたのは成功だったと思います。子供が生まれないからどんどん人口が減って、自治区から亡命する人も出てきて、最終的には自治を維持できなくなって。そうやって淘汰されたことまで含めて良策だったかと。結局は多数派に合わせて生きるのが正しい。数は力です。力のある者が生き残るのは、世の常ですからね」
* * * * * * * * * * * * *
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* 力 *
* 生 の *
* 世 き あ *
* の 残 る *
* 常 る 者 *
* で の が *
* 愛 す は *
* 善 か *
* ら *
* ひ ね *
* と *
* み *
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愛善の論説に私達は舌を巻いた。スナッフムービーを語るには、自由を求めて様々な運動が展開されてきた時代背景を知らなければならないのだ。かつてアングラ文化の一つとして弾圧されてきたスナッフムービーに、彼女は、いつだって真剣に向き合ってきた。
「あっ、これ話ずれてますね(笑)。 スナッフムービーがアングラ扱いされていたのも、そういう流れの一つなんです。未成年に悪影響だから、エロとグロは社会から排除しようって運動は昔からあって。でも時代に合わなくなってきたんです。どうして人口比率の低い未成年に配慮して、たくさんの大人の自由が制限されなきゃいけないのか、みんな疑問に思い始めたんです。国も制限を課すような法律は少しずつ撤廃して……、グロ文化を愛する多数派の自由が守られる前例になりました。見たくない人は見なければいい。周りと合わなければ少数派同士で固まってもいい。そうやって、ゾーニングが進められて、自分が生きたい環境で生きられるようになりました。他人に自分の権利を押し付けたり、逆に押し付けられたりしないで、一人ひとりの自由が本来の意味で尊重されて生きられるようになった。私も、こうして胸を張って仕事ができる。良い時代に生きてるなと思います」
愛善の言葉に揺るぎない信念を感じる。彼女が時代の最先端で活躍しているのも頷ける。皆が欲しているものを汲み取り、多数派の自由が当然に守られる時代を牽引する。
愛善ひとみ、二十四歳。
職業、スナッフムービープロデューサー。
彼女が、時代に求められているものを形にしたショーも、いつの間にか終盤だ。
商品である子供の四肢が欠けていく度、観客の熱量は増していく。腕と脚は全て、とうに切り離されている。首が落とされたとき、会場は熱狂の渦に包まれていた。
子供の陰茎がいとも容易く切り取られるクライマックスを迎えて、彼女は言う。
「男の子を使ったスナッフムービーのラストって、決まってこれだったんです。伝統美ですよね」
常に新しさを模索しながらも、原点は譲らない。彼女の職人気質な一面が垣間見えた。
私達は心ゆくまでスナッフショーを堪能した。
――今日はたくさんお話を聞けて良かったです。
「グロ専門誌のラ・ノゼさんにスナッフショーをお見せできたのは本当に嬉しいです。ありがとうございました。次のプランも準備進行中なので、また取材に来てくださいね(笑)」
そう言って、彼女は足早に撮影現場を立ち去る。次のショーの打ち合わせがあるのだそうだ。愛善の足は止まらない。自由の大地を踏みしめながら、未踏の地を探し続ける。
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「そいつの居場所、交番の警察から連絡が入った。行くぞ。その資料ちゃんと棚に戻しておけよ」
「大麻ごときで逮捕なんて、平和ですよねぇ」
「この国は、なぜか大麻だけには神経質なまでに厳しいのさ。……煙草とはえらい違いだな。お前が産まれる前の話だけどな、法律で未成年は煙草吸っちゃいけなかったんだ。なのに、禁煙だ分煙だと騒がれても、法規制は全然進まなかったし、コンビニではろくに年齢確認もしないで買えた。タッチパネルに『二十歳以上ですか』って出て、『はい』のボタンを押すだけ。簡単だろ」
「なんですか、そのザルシステム。お使い覚えたての幼稚園児だって買えるじゃないですか」
「昔も昔の大昔、煙草は国の専売だった。煙草の税収が重要なのは今も昔も変わらない。煙草事業が民営化されてからもな」
「なるほど、見えてきました。煙草事業を引き継いだ企業と国の利害は一致していた。子供の健康よりも売上や税収。何か問題が起きても売った奴の責任にすればいいってわけですね」
「さぁ、どうだかな。俺は税金でお給料をいただいている身。お上に楯突くわけにゃあいかないな」
「ズルいですよ! もう言ってるも同然じゃないですか」
「馬鹿かお前。言ってるも同然と、実際に言ってるのとでは天と地ほどの差がある。さかのぼって読み返してみろ、俺がお上の悪口言ってるか」
「さかのぼる? 読み返す? 何すかそれ」
「こっちの話だ、気にするな。話を戻すぞ。今は誰でも煙草を買えるようになった。自由の時代だ。もう誰も子供を守ってやる必要なんてないしな。今も昔も、子供の福祉を考える大人がいないのは変わらない。『デキ婚』を『授かり婚』なんて言い替えた馬鹿が出てきたときは、さすがに笑った。子供の立場を危うくしておいてよく言えたもんだ。結局はテメェの欲望が一番で、子供の福祉なんて二の次なのさ。国も、親ですらも」
「あーあ、ついにお上批判しちゃいましたね。同罪ですよ。子供の扱いはどうでもいいとしても、とにかく税金をむしり取ろうってのは、吐き気がする話ですね」
「そういうメタ発言、クソ面白くもねぇ物書きが自分では最高に面白いと思って盛り込む、究極にダセぇ手段だからやめとけ」
「自分だってやってたのに……」
「で、だ。大麻の袋を持っていけよ」
「へ? 何かの隠語ですか」
「違うよ、文字通りだ。名演技に期待してるぞ」
「どういうことですか」
「お前は、人気雑誌に取り上げられ株爆上げ中の、スナッフムービープロデューサー殿のポケットに手を突っ込む。ナニを突っ込むのは捕まえるまで我慢しろよ。そしてこう叫ぶ。『大麻所持の現行犯で逮捕する!』ってな。幼稚園児のお使いより、ちと難しいか」
「話が見えないんですが……。大麻やってる女を逮捕しに行くんじゃないんですか」
「そこの出版社な、ゴシップもやってるんだよ。『今をときめくスナッフムービープロデューサー、裏で大麻キメ放題のラリった生活!』って見出しでキメてるそうだ」
「……」
「そんな顔すんな。金のために自作自演するのも自由の内だし、そいつだって言ってるじゃねえか、『力のある者が生き残るのは世の常』だってな。……ってか『キメる』で掛けたんだ。反応しろよ」
「いやぁ、別に構いませんけどね。オジサンって汚いなぁ」
「言ってくれるなよ、俺が打診したわけじゃねぇ。ラ・ノゼの編集長兼社長さ。むしゃぶりつきたくなるくらい美味そうな若い女だった。社長は雑誌が売れて大万歳、俺は社長から手間賃をいただく。WIN―WINってこった」
「WINNERの陰には必ずLOSERありですよ」
「はて、誰がLOSERだか。俺には関係無いね」
「それより、いいんですか。『地の文無しの会話劇なんて小説とはいわない』ってクレーム飛んできますよ」
「言わせとけ。どうせ、ネットに転がってるエロ小説読んだくらいで自分も書ける気になってるか、四肢を切り落としただけでグロ書いた気になってるような底辺物書きだ。そんな連中の書いたもんなんざ、ダニの糞ほどの価値もありゃしないさ。本物の吐き気ってのはな、目や耳から感じて催すもんじゃない。服毒したときに、体の奥底から、湧き上がってくるもんなのさ」
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#La_nausée #ラ・ノゼ
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
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