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隠れた秋猫は星を追って
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九月九日、午後八時三十分。緊急メンテナンスは予定時刻を大幅に過ぎても終わっていなかった。お知らせによれば終了予定時刻は午後八時だった。続報が無いまま三十分経過している。
メンテが長引くこと自体は特段珍しいことではなかった。そもそもこのアプリゲームはしょっちゅう緊急メンテが入る。その度に予定よりも大幅に時間をオーバーし、プレゼントボックスに詫びアイテムを配布するのだ。
メンテがよく入るのはイベント開始直後。リザルト画面で表示されるドロップ報酬がのっぺらぼうだったこともあるし、そもそもイベントページに入れないこともあった。イベントポイントが加算されない不具合が出たときなんて、テストプレイしていないのではないかと疑ったものだ。あまりにもお粗末な不具合が多いために、運営は詫び配布したがり過ぎ、プレゼントボックスにアイテムを投げる簡単なお仕事、なんてユーザー達から揶揄されるほどだった。
それでも一定数の固定ファンは離れずに残っていて、俺もその一人だった。
このゲームは、本業を持っている数人のメンバーが、同人活動の一環として運営しているそうなのだ。そう聞いてしまえば、なんとなく辞めてはならない気になってくる。イベントのときにちょちょいと走る程度のエンジョイ勢として、アンインストールすることなく、ずるずると毎日ログインボーナスを受け取っている。
それにしても、今回のメンテは、いつもとは少し違う気がした。
直近のイベントは昨日終わったばかりで、新しいイベントのお知らせも来ていない。不具合の起こりようが無い。八時にメンテというのも珍しい。もしかして、新たな詫び配布方法を編み出したのだろうか。そんな冗談をツイートでもしてみようかと愉快な気分になった反面、一つ気がかりなこともあった。
最近のイベントの、ランキングボーダー。ランキングイベントでは、限定報酬がもらえるのは上位入賞者だけで、決められた順位を下回れば、参加賞程度の報酬しかもらえない。ユーザーはそのボーダーラインを争って必死にイベントを走るものなのだが……。ここのところ、イベントのボーダーが機能していない。不具合でランキングが更新されないという意味ではなく、イベント期間中に一度でもプレイすれば、限定報酬の獲得圏内に入ってしまうのだ。
つまり、アクティブユーザーの過疎化が深刻なのだ。
アプリゲームの売り文句に「ウン万ダウンロード突破!」なんてのはよくある話だが、ダウンロードされた数と、実際にプレイしている人数は一致しない。アンインストールされた数は不明だ。プレイ人口が減れば、広告収入も課金も集まらなくなり、いずれはサービス終了を迎えることになる。
今回のイレギュラーな緊急メンテは、もしや。
もし、このゲームがサービス終了したら、フレンドのみんなとお別れだ。顔を見たことは無いフレンド。それでもイベントのときには、お互いのためサポート枠にイベ特効キャラクターを据え、一緒に限定報酬を目指して走る。イベントが終わればツイッターで「イベおつでした」と言い合う仲だ。
一番親しいフレンドのことが急に気になってきた。ツイッターのダイレクトメールを開く。宛先は、ユーザー名【あきねこ】さん。
「メンテ長いですね!」
あきねこさんも待ちわびてスマホを握りしめていたのか、返信はすぐに届いた。
「そうですね。いつものことですけど……」
「詫び缶待機!」
お詫びで配布されるアイテム名が【かんづめ】なので、ユーザー間ではそう呼ぶ。
「ログインしたら、すぐに所持缶の数をチェックですね!」
やり取りを終えてから約三十分、九時を回ったときだった。
ツイッターでゲームの公式アカウントからメンテ終了の知らせがあり、早速ログインを試みる。が、トップページは表示されても、そこから先のページに全く移動できない。「通信エラーです。リトライしますか?」のメッセージと共に、はい・いいえのボタンがあり、どちらのボタンを押しても同じメッセージが繰り返し表示される。アクティブユーザーの数は少ないはずなのに、サーバーが弱いのか、一斉のログインには耐えられないようだ。
時間をおいて、ようやくトップページの先に進むことができた。
お知らせがポップアップされる。赤い太字で、『重要なお知らせ』との題字。
まさか。
どうせ、サーバーに重大な障害が……とか、以前配布したキャラクターの性能に重大なバグが……とか、そんなところだろう。……と思いたかったが、目の前の赤文字には、どうしようもなく緊張感が滲んでいるように思えた。
頭の中でサイレンが鳴り響く。読むな。読むな。読むな。それでも、読むしかない。
胸の鼓動を大きく感じながら、メッセージに目を走らせた。
あきねこさんは、俺と同じく【にゃんだふるオーケストラ!】の事前登録ユーザーだ。サービス開始前にユーザー登録を済ませるとパスコードが発行され、限定キャラクターと引き換えられる。あきねこさんは、その限定キャラクターを持っていたのだ。
ゲームの略称は【にゃんオケ】で、公式も使っている。いわゆる音楽リズムゲームで、画面の上から肉球の形をしたマーカーが降ってきて、画面下に五つ並んだ肉球のマークと合わさったときにタップする。判定タイミングとぴったりタップできれば、曲に合わせて「ニャー」と猫の鳴き声がする。鳴き声はきちんとドレミの音階が付いているので、まるで猫の合唱団が歌っているようになるのだ。それならば、オーケストラではなく、コーラス隊なのでは? などとツッコむのは無粋というものだろう。
他のソシャゲがそうであるように、このゲームも、キャラクターもとい猫を入手する方法としてガチャがある。一番高いレア度は星5で、排出確率は十パーセント。他のソシャゲと比べれば高めの設定だ。
初期状態の猫メンバーは、星1が四匹と、星2が一匹。事前登録特典で限定猫をもらえば、星3を一匹入手できた。初回のみ、かんづめを消費せず無料で十連ガチャを回すことができる。ガチャから排出されるのは星2以上なので、星1の猫はすぐにお役御免となってしまうだろう。
星1の四匹は、それぞれ春夏秋冬をイメージした背景に、猫のシルエットが描かれている。顔は無い。バグでのっぺらぼうなのではなく、そういうデザインだ。でも、そのすらりとしたシルエットが好きで、ガチャを引いた後もしばらくはそのままにしていた。
猫のイラストは詳細情報を表示すればイラストレーター名が分かるようになっていた。実装されている星1の猫は四匹だけで、全て【亜声INK】という人によるイラストだ。名前にインクが入っているなんて、イラストレーターっぽさがある。いや、実際にそうなのだけれど。亜声は【あせい】ではなく【あこえ】と読むらしい。
特にお気に入りだったのは秋のイラストだ。画面の奥からぐるりと一周渦を巻くように枯葉が舞っている。枯葉はこちらに近付くほど濃い橙を帯び、遠近法によって大きく描かれている。それを見上げるように座っている白猫の後ろ姿。猫の両脇には、枯れて色を失った草が侘びしく傾いている。
春、夏、冬も、それぞれ印象的な場面を切り取っていて、素人目から見てもセンスが良いと思った。星5のイラストはツイッターでも人気のイラストレーターが担当しているようで、そちらと比べてしまうと、どうしても力量の差を感じざるを得ないけれども。
運営はイラストの利用におおらかで、ツイッターアイコンとして使うこともできたし、コメントを添えて投稿する機能もあった。俺もお気に入りの一枚を投稿した。
「この子が最推しです! #にゃんオケ」
ツイートして五分と経たないうちに、いいねが付いた。
これが、あきねこさんとの出会いだった。
あきねこさんのアイコンは、俺が投稿したのと同じイラストだ。名前も「あきねこ」にわざわざ変えたのだろうか。同じものを好きな人がいるのは、なんとなく嬉しい。
それからは、ガチャの結果をツイートして一喜一憂し合ったり、イベント終わりにはお互いの健闘を称え合ったり、実装されている曲でどれが好きなのか語り合ったりした。日常のツイートにリプライを送る仲にもなれた。顔も年齢も性別も分からないけれど、好きなコンテンツをとおして繋がる上で、そんなことは何の障壁にもならないのだ。
ガチャを引くために必要なかんづめが、かなり集まっていた頃。
それはそれはかわいい猫が追加された。【星5 メインクーン】の降臨である。
メインクーンはイエネコの一種で、【ジェントルジャイアント――穏やかな巨人】との愛称を持つように、鼻先から尻尾の先までが一メートルに及ぶものもいる、大きくて、もふもふの長毛種だ。イラストでは、雪のように真っ白で大きな体に、アクアマリンと琥珀を埋め込んだようなオッドアイ、ルビーをはめこんだ可憐なティアラを頭に載せていて、どっしりとした佇まいと相まって女王の風格さえ感じた。名前を並べ替えれば、「クイーン」の文字が見出だせることすら運命のようである。それは言い過ぎか。
ガチャ画面への誘引力は過去最強だった。当然のように十連ボタンを押す。
目指すは、十パーセントの向こう側!
小さな猫達がニャーニャー鳴きながら画面端を埋めていく。新しくやって来る仲間を見守るように。画面中央がキラリと光って「ニャ~ン」という鳴き声と共に、一匹目が現れる。【星4 サイベリアン】。
お前、もふもふだけど、今じゃない!
でも初っ端から星4というのは好調の滑り出しだ……と思ったが、その後は、星3が三匹、星2が五匹と排出されて、残すところは、最後のレア枠のみとなってしまった。最後の一枠だけは、星4以上が確定で排出されるのだ。意味は無いと分かっていながら、両手を擦り合わせて画面を拝む。
キラリンとエフェクトが光る。続けざまに、画面全体に星が降る演出。なんだこれ、見たこと無いぞ。突然の暗転。何が起きているのか分からないまま呆然としていると、画面の中央に文字が。
Please love me!
I'm……
Maine Coon!!
なんて読むんだこれ? と目を凝らしていると、画面が明るくなり、そこに映し出されたのは、待ち望んでいた【星5 メインクーン】。
言葉が出なかった。初めての星5。そうか、あの演出は、星5の排出のときだけ見られる特殊演出だったのだ! メインクーンの英語表記を見ると、Queen を構成している文字は n しかない。クイーンとは一切関係無いじゃないか。自分の無知を恥じる。
胸が高鳴っている。この高揚感を味わうために、人はガチャを引き続けるのだろう。なんて恐ろしい! ガチャは悪い文明!
さっそくツイッターにガチャ報告をアップすると、あきねこさんからリプライが付く。
「おめでとうございます! かわいいですね~!」
高いレア度を引き当てたガチャ報告は疎まれることもあるが、あきねこさんはそんなことなく祝福してくれる。なんて素晴らしいフレンドなのだろう。
お礼のリプライを送らねば。
「@akineko_meow ありがとうございます! かわいがります!」
ツイートボタンを押した後、不思議な感覚が残った。なんだろうか、言葉にするのは難しい。一番近い感覚で言い表すなら、既視感といった具合だ。星5を引き当てたことで脳から変な物質がドバドバ溢れているのかもしれない。きっと、そのせいだ。
猫メンバーの編成画面を開く。今までメンバーの一員から外さずにいたお気に入りのイラストを、メインクーンに差し替えた。サポート枠もメインクーンにしておく。
そういえば、あきねこさんだって星5を引いたことはあるはずだ。ツイッターで報告を見たことがあるし、そのときは俺から「おめでとうございます」とリプライを送った覚えがある。それなのに、あきねこさんのサポート猫は、あの秋猫のままだった。
名前に合わせて、そのままにしているのかもしれない。
スマホを手から離しても、全力疾走した後のように、まだ胸は高鳴り続けていた。
今は、全く違う理由で、鼓動は強く脈打っている。運営からのお知らせは、こうだ。
猫コレクション&音楽リズムゲームアプリ【にゃんだふるオーケストラ!】は、今年十月三十一日の九時をもちまして、サービスの提供を終了いたします。これまで多くのお客様にプレイいただきましたことを、運営一同、心よりお礼申し上げます。
緊急メンテナンスが終了予定時刻を大幅に過ぎたお詫びとして【かんづめ十個】と、サービス終了に伴うお詫びとして【かんづめ四十個】を、プレゼントボックスに配布いたしました。(かんづめは、プレゼントボックスから受け取らないと所持缶に加えられません。 ※プレゼントボックスの受け取り期限は配布から三ヶ月です)
寝耳に水、どころではない。寝耳にノルウェージャンフォレストキャットなレベルだ。
いや、ふざけたことを考えている場合ではない。でも何を考えろというのか。
サービスの終了はもう決定事項なのだ。
とりあえず、詫び缶の配布を確認しておこうとプレゼントボックスを開く。
なんだ! 配布されてないじゃないか!
運営のドジっ子っぷり、ここに至ってまで発揮されるとは……と思ったが、所持缶の数を見れば明らかに増えている。なんだ、直接、所持缶に配布されたのか。お知らせを訂正するお知らせが、そのうち入るだろう。なんて間の抜けたお知らせだろうか。
スマホが振動する。ダイレクトメールの通知だ。画面を開くと、あきねこさんからのメールが届いていた。
「とても残念です……。せっかく親しくなれたので、サービスが終わっても仲良くしていただけると嬉しいです」
俺も全く同じ気持ちだ。
アクティブユーザーが減ってきても、数曲でも演奏すればイベントの上位に食い込めてしまうようになっても、それでも俺は、あきねこさんは、このゲームに愛着を持って留まってきたのだった。そこにフレンドとの繋がりが大きく関わっていたのは明らかだ。たとえゲームから始まった繋がりであっても、俺達は、今やゲームを超えたフレンドと言ってもいいんじゃないか。
ふいに、星1イラストの、亜声INKさんのことを思い出した。自分が生んだ猫達が消えていくのを、どんな気持ちで見守るのだろう。メインクーンに差し替えたことを、少し後悔した。なんだか悪いことをしたような気がする。
お知らせの衝撃はまだ受け止めきれないが、あきねこさんに返信する。
「突然のお知らせですね……。亜声INKさんの秋猫イラストも消えちゃうんですね。残念です……。こちらこそ、今後とも仲良くしてください!」
送信ボタンを押そうとして、また、あの既視感にも似た感覚が蘇った。
自分の文面を読み返す。そして、宛先は、@akineko_meow ……。
頭の中で、メインクーンをお迎えしたときの演出が思い起こされた。メインクーンは女王じゃなかった。だけど。俺は今、既視感の正体に理由を見出していた。
返信の文面を入力し直して、送信する。
「秋猫イラストが消えちゃうの、残念です。あのイラストを描いたのは、あきねこさんですね?」
あきねこ、亜声INKとも称しているであろうフレンドからの返事は早かった。
「どうしてですか」
なぜ分かったのかを聞かれているのか、意味不明な指摘に困惑しているのか、文面からは読み取れなかった。いずれにせよ、俺の発見を述べるまでだ。
「まずは、名前です。 akineko を並べ替えると akoeink になる。単純なアナグラムです。どちらの名前を先に使われていたのかは分かりませんが」
「偶然じゃないですか」
本当にわけが分からないのか、白を切るつもりなのかの二択のようだ。
「もう一つは、運営からの詫び缶。お詫びが所持缶に配布されていました」
一旦ここで区切って送信する。
「まだ確認してませんけど、それのどこがおかしいんですか」
どうやら、俺の予想は的中した。おかしいと思わなかったことが、既におかしいのだ。
「お知らせでは、『プレゼントボックスに配布される』と書いてありました。詫び缶は、いつもプレゼントボックスに配布されるんです。でも今回は、所持缶に配布されました。運営の伝統芸、うっかりミスですね」
返信が途絶える。五分ほど経って、メッセージが届く。
「私が、所持缶の数をチェック、と言ったからですか」
ようやく気付いてくれた。そのとおりだ。
いつもプレゼントボックスに詫び缶が配布されるのに、わざわざ所持缶に配布されると言ったのは、詫び缶が所持缶に直接配布されると知っていたからに他ならない。
訂正のお知らせは、どんな文面で出るだろうか。
『プレゼントボックスに配布するとお知らせしましたが、誤って所持缶へ直接配布してしまいました』
だろうか? いや、そうじゃない。
『プレゼントボックスへの配布というお知らせは誤りで、正しくは所持缶への配布でした』
となるはずだ。結果的には同じだが、運営の意図を考えれば文面は違ってくる。運営が訂正するのは、配布先の誤りではなく、お知らせの文面にある誤りだ。
サービス終了のお詫びとして配布する詫び缶を、受け取り期限が三ヶ月のプレゼントボックスに配布するのは不自然だ。サービス終了まで二ヶ月弱しかないのに。恐らく文面の後半は、いつも使っているテンプレートをコピペしたものだろう。運営は初めから所持缶に直接配布するつもりだった。実際にそうしたが、テンプレを使ったためにお知らせの文面を間違った。
といっても、これは俺の予想に過ぎない。事実を確かめるなら、本人に直接尋ねるのが確実だ。
「詫び缶の配布先を事前に知っていたのは、あきねこさんが運営の一員、もしくは運営にとても近しい人がいるからですか」
運営が配布場所をミスっただけで私は運営とは無関係だ、なんて答えが返ってきたら、もう追及するのはやめよう。それ以上は確かめようが無い。
「私は運営の人間ではありません。ただの星1イラストレーターですよ」
そんな自虐的なことを言われては、何も言えない。今後の関係を壊さないためにも、やはり聞くべきではなかったか……と悔やんでいると、もう一通メッセージが届く。
「でも、私の父は運営責任者です。サービス終了の件も、詫び缶の配布先も聞かされていました。誰にも口外しないよう言われていたので黙っていました。私自身のことも、サービス終了のことも。私のうっかりミスで、こうしてバレてしまいましたが」
父は運営責任者という破壊力のある言葉に面食らったが、納得できた。ツイッターで亜声INKではなく、あきねこを名乗っていたのは、そういうことだったのか。
またメッセージが届く。
「父から謝られました。私がイラストレーターとして活動できる場を守れなかったって。そんなの気にしなくていいのに。イラストレーターが活躍する場は他にも沢山あるし、私にもっと実力があればいいだけの話だし」
「俺が、あきねこさんの、亜声INKさんのイラストを好きなのは本当です」
「でも、サポート枠はメインクーンちゃんに変えましたよね」
ギクリとした。何と返せばいいものか迷っているうちに、一通受信。
「ごめんなさい、意地悪を言いました。いつか、星5にふさわしい実力を付けて、他のゲームでもイラストを描かせてもらえるように頑張ります。どうぞ応援してください! サービス終了の十月三十一日、運営からプレゼントがありますので、楽しみにしていてください。他の人には内緒ですよ。大切なフレンドさんだけへの、お知らせです」
十月三十一日。日付が変わったのを確認してからゲームを起動し、お知らせを読む。
本日をもちまして、サービスの提供は終了となります。
そこで、全てのユーザーに、本日限定の猫ちゃんをプレゼントします!
限定猫ちゃんは、プレゼントボックスではなく控え室に直接お贈りします。
イラストは長押しすることで端末に保存できます。
ぜひ、最後まで猫ちゃん達との合唱をお楽しみください。
控え室の画面には、お知らせどおり限定猫が仲間入りしていた。最後にミスが無くて良かった。
レア度は、なんと星5だ! 拡大表示すると、画面いっぱいにイラストが表示される。
赤く色付いたもみじの葉が、秋風に吹かれて舞っている。その中の一葉にじゃれつくようにして後ろ足で立つ白猫。シルエットで描かれた猫は、つばの広い大きなとんがり帽子を被っていた。まるで魔女の使い猫のようだ。なるほど、限定猫はハロウィン秋猫というわけだ。
詳細情報を見ると、イラストレーターは亜声INKさんだった。星1の秋猫イラストと比べると、格段に上手くなっているのが分かる。このゲームがリリースされてから、ずっと腕を磨き続けていたのだろう。星5猫として、堂々たる仕上がりだと思う……が、どうだろう、俺には絵の良し悪しはよく分からない。好き嫌いはあるかもしれないが。
フレンド達のサポート枠を見れば、ハロウィン秋猫がずらりと並んでいる。
サポート設定画面を開く。かわいいかわいいメインクーンちゃんに「ありがとう」と声をかけて、新たな推し猫、ハロウィン秋猫と差し替えた。
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Twitter企画タグ:#三題茶会
お題:
・予定時刻を大幅にすぎて
・十パーセントの向こう側
・サイレンが鳴り響く
※この作品はTwitter(@ojitw)・カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・アルファポリス・pixiv等に掲載しています。
メンテが長引くこと自体は特段珍しいことではなかった。そもそもこのアプリゲームはしょっちゅう緊急メンテが入る。その度に予定よりも大幅に時間をオーバーし、プレゼントボックスに詫びアイテムを配布するのだ。
メンテがよく入るのはイベント開始直後。リザルト画面で表示されるドロップ報酬がのっぺらぼうだったこともあるし、そもそもイベントページに入れないこともあった。イベントポイントが加算されない不具合が出たときなんて、テストプレイしていないのではないかと疑ったものだ。あまりにもお粗末な不具合が多いために、運営は詫び配布したがり過ぎ、プレゼントボックスにアイテムを投げる簡単なお仕事、なんてユーザー達から揶揄されるほどだった。
それでも一定数の固定ファンは離れずに残っていて、俺もその一人だった。
このゲームは、本業を持っている数人のメンバーが、同人活動の一環として運営しているそうなのだ。そう聞いてしまえば、なんとなく辞めてはならない気になってくる。イベントのときにちょちょいと走る程度のエンジョイ勢として、アンインストールすることなく、ずるずると毎日ログインボーナスを受け取っている。
それにしても、今回のメンテは、いつもとは少し違う気がした。
直近のイベントは昨日終わったばかりで、新しいイベントのお知らせも来ていない。不具合の起こりようが無い。八時にメンテというのも珍しい。もしかして、新たな詫び配布方法を編み出したのだろうか。そんな冗談をツイートでもしてみようかと愉快な気分になった反面、一つ気がかりなこともあった。
最近のイベントの、ランキングボーダー。ランキングイベントでは、限定報酬がもらえるのは上位入賞者だけで、決められた順位を下回れば、参加賞程度の報酬しかもらえない。ユーザーはそのボーダーラインを争って必死にイベントを走るものなのだが……。ここのところ、イベントのボーダーが機能していない。不具合でランキングが更新されないという意味ではなく、イベント期間中に一度でもプレイすれば、限定報酬の獲得圏内に入ってしまうのだ。
つまり、アクティブユーザーの過疎化が深刻なのだ。
アプリゲームの売り文句に「ウン万ダウンロード突破!」なんてのはよくある話だが、ダウンロードされた数と、実際にプレイしている人数は一致しない。アンインストールされた数は不明だ。プレイ人口が減れば、広告収入も課金も集まらなくなり、いずれはサービス終了を迎えることになる。
今回のイレギュラーな緊急メンテは、もしや。
もし、このゲームがサービス終了したら、フレンドのみんなとお別れだ。顔を見たことは無いフレンド。それでもイベントのときには、お互いのためサポート枠にイベ特効キャラクターを据え、一緒に限定報酬を目指して走る。イベントが終わればツイッターで「イベおつでした」と言い合う仲だ。
一番親しいフレンドのことが急に気になってきた。ツイッターのダイレクトメールを開く。宛先は、ユーザー名【あきねこ】さん。
「メンテ長いですね!」
あきねこさんも待ちわびてスマホを握りしめていたのか、返信はすぐに届いた。
「そうですね。いつものことですけど……」
「詫び缶待機!」
お詫びで配布されるアイテム名が【かんづめ】なので、ユーザー間ではそう呼ぶ。
「ログインしたら、すぐに所持缶の数をチェックですね!」
やり取りを終えてから約三十分、九時を回ったときだった。
ツイッターでゲームの公式アカウントからメンテ終了の知らせがあり、早速ログインを試みる。が、トップページは表示されても、そこから先のページに全く移動できない。「通信エラーです。リトライしますか?」のメッセージと共に、はい・いいえのボタンがあり、どちらのボタンを押しても同じメッセージが繰り返し表示される。アクティブユーザーの数は少ないはずなのに、サーバーが弱いのか、一斉のログインには耐えられないようだ。
時間をおいて、ようやくトップページの先に進むことができた。
お知らせがポップアップされる。赤い太字で、『重要なお知らせ』との題字。
まさか。
どうせ、サーバーに重大な障害が……とか、以前配布したキャラクターの性能に重大なバグが……とか、そんなところだろう。……と思いたかったが、目の前の赤文字には、どうしようもなく緊張感が滲んでいるように思えた。
頭の中でサイレンが鳴り響く。読むな。読むな。読むな。それでも、読むしかない。
胸の鼓動を大きく感じながら、メッセージに目を走らせた。
あきねこさんは、俺と同じく【にゃんだふるオーケストラ!】の事前登録ユーザーだ。サービス開始前にユーザー登録を済ませるとパスコードが発行され、限定キャラクターと引き換えられる。あきねこさんは、その限定キャラクターを持っていたのだ。
ゲームの略称は【にゃんオケ】で、公式も使っている。いわゆる音楽リズムゲームで、画面の上から肉球の形をしたマーカーが降ってきて、画面下に五つ並んだ肉球のマークと合わさったときにタップする。判定タイミングとぴったりタップできれば、曲に合わせて「ニャー」と猫の鳴き声がする。鳴き声はきちんとドレミの音階が付いているので、まるで猫の合唱団が歌っているようになるのだ。それならば、オーケストラではなく、コーラス隊なのでは? などとツッコむのは無粋というものだろう。
他のソシャゲがそうであるように、このゲームも、キャラクターもとい猫を入手する方法としてガチャがある。一番高いレア度は星5で、排出確率は十パーセント。他のソシャゲと比べれば高めの設定だ。
初期状態の猫メンバーは、星1が四匹と、星2が一匹。事前登録特典で限定猫をもらえば、星3を一匹入手できた。初回のみ、かんづめを消費せず無料で十連ガチャを回すことができる。ガチャから排出されるのは星2以上なので、星1の猫はすぐにお役御免となってしまうだろう。
星1の四匹は、それぞれ春夏秋冬をイメージした背景に、猫のシルエットが描かれている。顔は無い。バグでのっぺらぼうなのではなく、そういうデザインだ。でも、そのすらりとしたシルエットが好きで、ガチャを引いた後もしばらくはそのままにしていた。
猫のイラストは詳細情報を表示すればイラストレーター名が分かるようになっていた。実装されている星1の猫は四匹だけで、全て【亜声INK】という人によるイラストだ。名前にインクが入っているなんて、イラストレーターっぽさがある。いや、実際にそうなのだけれど。亜声は【あせい】ではなく【あこえ】と読むらしい。
特にお気に入りだったのは秋のイラストだ。画面の奥からぐるりと一周渦を巻くように枯葉が舞っている。枯葉はこちらに近付くほど濃い橙を帯び、遠近法によって大きく描かれている。それを見上げるように座っている白猫の後ろ姿。猫の両脇には、枯れて色を失った草が侘びしく傾いている。
春、夏、冬も、それぞれ印象的な場面を切り取っていて、素人目から見てもセンスが良いと思った。星5のイラストはツイッターでも人気のイラストレーターが担当しているようで、そちらと比べてしまうと、どうしても力量の差を感じざるを得ないけれども。
運営はイラストの利用におおらかで、ツイッターアイコンとして使うこともできたし、コメントを添えて投稿する機能もあった。俺もお気に入りの一枚を投稿した。
「この子が最推しです! #にゃんオケ」
ツイートして五分と経たないうちに、いいねが付いた。
これが、あきねこさんとの出会いだった。
あきねこさんのアイコンは、俺が投稿したのと同じイラストだ。名前も「あきねこ」にわざわざ変えたのだろうか。同じものを好きな人がいるのは、なんとなく嬉しい。
それからは、ガチャの結果をツイートして一喜一憂し合ったり、イベント終わりにはお互いの健闘を称え合ったり、実装されている曲でどれが好きなのか語り合ったりした。日常のツイートにリプライを送る仲にもなれた。顔も年齢も性別も分からないけれど、好きなコンテンツをとおして繋がる上で、そんなことは何の障壁にもならないのだ。
ガチャを引くために必要なかんづめが、かなり集まっていた頃。
それはそれはかわいい猫が追加された。【星5 メインクーン】の降臨である。
メインクーンはイエネコの一種で、【ジェントルジャイアント――穏やかな巨人】との愛称を持つように、鼻先から尻尾の先までが一メートルに及ぶものもいる、大きくて、もふもふの長毛種だ。イラストでは、雪のように真っ白で大きな体に、アクアマリンと琥珀を埋め込んだようなオッドアイ、ルビーをはめこんだ可憐なティアラを頭に載せていて、どっしりとした佇まいと相まって女王の風格さえ感じた。名前を並べ替えれば、「クイーン」の文字が見出だせることすら運命のようである。それは言い過ぎか。
ガチャ画面への誘引力は過去最強だった。当然のように十連ボタンを押す。
目指すは、十パーセントの向こう側!
小さな猫達がニャーニャー鳴きながら画面端を埋めていく。新しくやって来る仲間を見守るように。画面中央がキラリと光って「ニャ~ン」という鳴き声と共に、一匹目が現れる。【星4 サイベリアン】。
お前、もふもふだけど、今じゃない!
でも初っ端から星4というのは好調の滑り出しだ……と思ったが、その後は、星3が三匹、星2が五匹と排出されて、残すところは、最後のレア枠のみとなってしまった。最後の一枠だけは、星4以上が確定で排出されるのだ。意味は無いと分かっていながら、両手を擦り合わせて画面を拝む。
キラリンとエフェクトが光る。続けざまに、画面全体に星が降る演出。なんだこれ、見たこと無いぞ。突然の暗転。何が起きているのか分からないまま呆然としていると、画面の中央に文字が。
Please love me!
I'm……
Maine Coon!!
なんて読むんだこれ? と目を凝らしていると、画面が明るくなり、そこに映し出されたのは、待ち望んでいた【星5 メインクーン】。
言葉が出なかった。初めての星5。そうか、あの演出は、星5の排出のときだけ見られる特殊演出だったのだ! メインクーンの英語表記を見ると、Queen を構成している文字は n しかない。クイーンとは一切関係無いじゃないか。自分の無知を恥じる。
胸が高鳴っている。この高揚感を味わうために、人はガチャを引き続けるのだろう。なんて恐ろしい! ガチャは悪い文明!
さっそくツイッターにガチャ報告をアップすると、あきねこさんからリプライが付く。
「おめでとうございます! かわいいですね~!」
高いレア度を引き当てたガチャ報告は疎まれることもあるが、あきねこさんはそんなことなく祝福してくれる。なんて素晴らしいフレンドなのだろう。
お礼のリプライを送らねば。
「@akineko_meow ありがとうございます! かわいがります!」
ツイートボタンを押した後、不思議な感覚が残った。なんだろうか、言葉にするのは難しい。一番近い感覚で言い表すなら、既視感といった具合だ。星5を引き当てたことで脳から変な物質がドバドバ溢れているのかもしれない。きっと、そのせいだ。
猫メンバーの編成画面を開く。今までメンバーの一員から外さずにいたお気に入りのイラストを、メインクーンに差し替えた。サポート枠もメインクーンにしておく。
そういえば、あきねこさんだって星5を引いたことはあるはずだ。ツイッターで報告を見たことがあるし、そのときは俺から「おめでとうございます」とリプライを送った覚えがある。それなのに、あきねこさんのサポート猫は、あの秋猫のままだった。
名前に合わせて、そのままにしているのかもしれない。
スマホを手から離しても、全力疾走した後のように、まだ胸は高鳴り続けていた。
今は、全く違う理由で、鼓動は強く脈打っている。運営からのお知らせは、こうだ。
猫コレクション&音楽リズムゲームアプリ【にゃんだふるオーケストラ!】は、今年十月三十一日の九時をもちまして、サービスの提供を終了いたします。これまで多くのお客様にプレイいただきましたことを、運営一同、心よりお礼申し上げます。
緊急メンテナンスが終了予定時刻を大幅に過ぎたお詫びとして【かんづめ十個】と、サービス終了に伴うお詫びとして【かんづめ四十個】を、プレゼントボックスに配布いたしました。(かんづめは、プレゼントボックスから受け取らないと所持缶に加えられません。 ※プレゼントボックスの受け取り期限は配布から三ヶ月です)
寝耳に水、どころではない。寝耳にノルウェージャンフォレストキャットなレベルだ。
いや、ふざけたことを考えている場合ではない。でも何を考えろというのか。
サービスの終了はもう決定事項なのだ。
とりあえず、詫び缶の配布を確認しておこうとプレゼントボックスを開く。
なんだ! 配布されてないじゃないか!
運営のドジっ子っぷり、ここに至ってまで発揮されるとは……と思ったが、所持缶の数を見れば明らかに増えている。なんだ、直接、所持缶に配布されたのか。お知らせを訂正するお知らせが、そのうち入るだろう。なんて間の抜けたお知らせだろうか。
スマホが振動する。ダイレクトメールの通知だ。画面を開くと、あきねこさんからのメールが届いていた。
「とても残念です……。せっかく親しくなれたので、サービスが終わっても仲良くしていただけると嬉しいです」
俺も全く同じ気持ちだ。
アクティブユーザーが減ってきても、数曲でも演奏すればイベントの上位に食い込めてしまうようになっても、それでも俺は、あきねこさんは、このゲームに愛着を持って留まってきたのだった。そこにフレンドとの繋がりが大きく関わっていたのは明らかだ。たとえゲームから始まった繋がりであっても、俺達は、今やゲームを超えたフレンドと言ってもいいんじゃないか。
ふいに、星1イラストの、亜声INKさんのことを思い出した。自分が生んだ猫達が消えていくのを、どんな気持ちで見守るのだろう。メインクーンに差し替えたことを、少し後悔した。なんだか悪いことをしたような気がする。
お知らせの衝撃はまだ受け止めきれないが、あきねこさんに返信する。
「突然のお知らせですね……。亜声INKさんの秋猫イラストも消えちゃうんですね。残念です……。こちらこそ、今後とも仲良くしてください!」
送信ボタンを押そうとして、また、あの既視感にも似た感覚が蘇った。
自分の文面を読み返す。そして、宛先は、@akineko_meow ……。
頭の中で、メインクーンをお迎えしたときの演出が思い起こされた。メインクーンは女王じゃなかった。だけど。俺は今、既視感の正体に理由を見出していた。
返信の文面を入力し直して、送信する。
「秋猫イラストが消えちゃうの、残念です。あのイラストを描いたのは、あきねこさんですね?」
あきねこ、亜声INKとも称しているであろうフレンドからの返事は早かった。
「どうしてですか」
なぜ分かったのかを聞かれているのか、意味不明な指摘に困惑しているのか、文面からは読み取れなかった。いずれにせよ、俺の発見を述べるまでだ。
「まずは、名前です。 akineko を並べ替えると akoeink になる。単純なアナグラムです。どちらの名前を先に使われていたのかは分かりませんが」
「偶然じゃないですか」
本当にわけが分からないのか、白を切るつもりなのかの二択のようだ。
「もう一つは、運営からの詫び缶。お詫びが所持缶に配布されていました」
一旦ここで区切って送信する。
「まだ確認してませんけど、それのどこがおかしいんですか」
どうやら、俺の予想は的中した。おかしいと思わなかったことが、既におかしいのだ。
「お知らせでは、『プレゼントボックスに配布される』と書いてありました。詫び缶は、いつもプレゼントボックスに配布されるんです。でも今回は、所持缶に配布されました。運営の伝統芸、うっかりミスですね」
返信が途絶える。五分ほど経って、メッセージが届く。
「私が、所持缶の数をチェック、と言ったからですか」
ようやく気付いてくれた。そのとおりだ。
いつもプレゼントボックスに詫び缶が配布されるのに、わざわざ所持缶に配布されると言ったのは、詫び缶が所持缶に直接配布されると知っていたからに他ならない。
訂正のお知らせは、どんな文面で出るだろうか。
『プレゼントボックスに配布するとお知らせしましたが、誤って所持缶へ直接配布してしまいました』
だろうか? いや、そうじゃない。
『プレゼントボックスへの配布というお知らせは誤りで、正しくは所持缶への配布でした』
となるはずだ。結果的には同じだが、運営の意図を考えれば文面は違ってくる。運営が訂正するのは、配布先の誤りではなく、お知らせの文面にある誤りだ。
サービス終了のお詫びとして配布する詫び缶を、受け取り期限が三ヶ月のプレゼントボックスに配布するのは不自然だ。サービス終了まで二ヶ月弱しかないのに。恐らく文面の後半は、いつも使っているテンプレートをコピペしたものだろう。運営は初めから所持缶に直接配布するつもりだった。実際にそうしたが、テンプレを使ったためにお知らせの文面を間違った。
といっても、これは俺の予想に過ぎない。事実を確かめるなら、本人に直接尋ねるのが確実だ。
「詫び缶の配布先を事前に知っていたのは、あきねこさんが運営の一員、もしくは運営にとても近しい人がいるからですか」
運営が配布場所をミスっただけで私は運営とは無関係だ、なんて答えが返ってきたら、もう追及するのはやめよう。それ以上は確かめようが無い。
「私は運営の人間ではありません。ただの星1イラストレーターですよ」
そんな自虐的なことを言われては、何も言えない。今後の関係を壊さないためにも、やはり聞くべきではなかったか……と悔やんでいると、もう一通メッセージが届く。
「でも、私の父は運営責任者です。サービス終了の件も、詫び缶の配布先も聞かされていました。誰にも口外しないよう言われていたので黙っていました。私自身のことも、サービス終了のことも。私のうっかりミスで、こうしてバレてしまいましたが」
父は運営責任者という破壊力のある言葉に面食らったが、納得できた。ツイッターで亜声INKではなく、あきねこを名乗っていたのは、そういうことだったのか。
またメッセージが届く。
「父から謝られました。私がイラストレーターとして活動できる場を守れなかったって。そんなの気にしなくていいのに。イラストレーターが活躍する場は他にも沢山あるし、私にもっと実力があればいいだけの話だし」
「俺が、あきねこさんの、亜声INKさんのイラストを好きなのは本当です」
「でも、サポート枠はメインクーンちゃんに変えましたよね」
ギクリとした。何と返せばいいものか迷っているうちに、一通受信。
「ごめんなさい、意地悪を言いました。いつか、星5にふさわしい実力を付けて、他のゲームでもイラストを描かせてもらえるように頑張ります。どうぞ応援してください! サービス終了の十月三十一日、運営からプレゼントがありますので、楽しみにしていてください。他の人には内緒ですよ。大切なフレンドさんだけへの、お知らせです」
十月三十一日。日付が変わったのを確認してからゲームを起動し、お知らせを読む。
本日をもちまして、サービスの提供は終了となります。
そこで、全てのユーザーに、本日限定の猫ちゃんをプレゼントします!
限定猫ちゃんは、プレゼントボックスではなく控え室に直接お贈りします。
イラストは長押しすることで端末に保存できます。
ぜひ、最後まで猫ちゃん達との合唱をお楽しみください。
控え室の画面には、お知らせどおり限定猫が仲間入りしていた。最後にミスが無くて良かった。
レア度は、なんと星5だ! 拡大表示すると、画面いっぱいにイラストが表示される。
赤く色付いたもみじの葉が、秋風に吹かれて舞っている。その中の一葉にじゃれつくようにして後ろ足で立つ白猫。シルエットで描かれた猫は、つばの広い大きなとんがり帽子を被っていた。まるで魔女の使い猫のようだ。なるほど、限定猫はハロウィン秋猫というわけだ。
詳細情報を見ると、イラストレーターは亜声INKさんだった。星1の秋猫イラストと比べると、格段に上手くなっているのが分かる。このゲームがリリースされてから、ずっと腕を磨き続けていたのだろう。星5猫として、堂々たる仕上がりだと思う……が、どうだろう、俺には絵の良し悪しはよく分からない。好き嫌いはあるかもしれないが。
フレンド達のサポート枠を見れば、ハロウィン秋猫がずらりと並んでいる。
サポート設定画面を開く。かわいいかわいいメインクーンちゃんに「ありがとう」と声をかけて、新たな推し猫、ハロウィン秋猫と差し替えた。
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Twitter企画タグ:#三題茶会
お題:
・予定時刻を大幅にすぎて
・十パーセントの向こう側
・サイレンが鳴り響く
※この作品はTwitter(@ojitw)・カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・アルファポリス・pixiv等に掲載しています。
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