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第一章・暗号は春風のように
昼休み
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本当に手荷物検査は徹底していた。
それはもう、ほんっとうに厳しかった。ほうほうの体でゲートを抜け、花房と合流する。彼はこれを見越して対策していたのか、案外と涼しい顔をしていた。
「身ぐるみ剝がされるかと思ったよ」
「最近は精巧な隠しカメラも多いからね。ペンとか、ネジに偽装した……」
花房の言うとおり、特にカメラに対する警戒が強かったと思う。かろうじてスマホは取り上げられなかったものの、生徒を勝手に撮らないようにという厳重な注意があった。たとえ普段は男子禁制であろうと、学園祭の日にカメラを仕込まれてはたまらないものな。アラクネも盗撮には悩まされているので同情する。いや、十代の少女たちを預かる学園の方が、問題としてはずっと深刻だろう。
イベント自体の雰囲気としては、一般的な学園祭と変わらない。屋外ステージでは軽音楽の演奏があり、ジャンクフードの屋台も並んでいる。ただ、その端々に、保護者や教師の強力なバックアップを感じた。
ここに通っている女生徒たちは、こうやって「普通」を学んでいくのだろう。
意外なことに、波久亜学園には指定制服がなかった。客と生徒は雰囲気で見分けるしかない。教室がある棟のほとんどは立ち入り禁止で、講堂や食堂、体育館などの共有スペースのみが開放されている。俺の通っていた高校では、クラスごとに教室で出し物をしていたので、それがない学園祭は初めてだった。
幼稚園から大学までを有する一貫校だけあって、敷地は広く建物の数は際限ない。驚くほどあちこちに設けられた講堂のひとつが、今回の特別講義の会場だった。そこへ荷物を運び込んだとき、俺はあまりの広さに呆然とした。
「こんなに広くて大丈夫なんですか」
思わず蜂須に話しかける。学園祭というハレの日に、この講堂が埋まるほどの生徒が集まるはずがない――そう思ったのだ。行われるのは歌でも踊りでもなく、真面目な講義なのだから。
「事前アンケートでは『参加したい』という声が多かったそうよ」
蜂須は笑顔で答える。ならばこちらも信じて準備するのみだ。
学園側からも数名の教師が派遣されていた。若手から年配の方まで様々だ。この中に少女時代の蜂須を知っている者もいるのだろうな、と考えた。彼女がここを卒業したのは十数年前。長く勤めている人ならば、記憶に残っているだろう。
それなのに誰も言及しないし、懐かしむ様子も見せない。うっかり蜂須の本名を呼ぶこともない。名前を変え、過去を捨てて活動することを決めた彼女に対する、応援の形のひとつだと感じた。
準備はつつがなく進行した。プロジェクターを設置し、映し出す資料を確認する。蜂須のTシャツ姿も目に馴染んできた頃、作業はひと段落ついた。
「鳥辺野くん、休憩に行っていいわよ」
マリアにそう言われ、時計を見上げた。いつの間にかお昼前だ。今のうちに食事をとっておこう。花房は蜂須と話していたので、ひとりで講堂を後にした。
波久亜学園を実際に歩いて気づいたのは、クラスの教室の配置がばらばらだということだ。中学生の棟、高校生の棟、という風に分かれているのではなく、唐突に二、三クラスずつ並んでいたりする。正門から近い場所も遠い場所もあり、クラス替えの度に運を試されそうだ。
近くにいた教師に尋ねてみたところ、構内の増改築を繰り返した結果こうなってしまったらしい。さすがに小学校や大学は独立しているが、中高はほとんど同じ学校として扱われている。
「六年制の学校みたいなものですね。うちは一学年九クラスですから、中高合わせて五十四の教室が必要になります。クラス替えの度に配置をシャッフルして、なるべく平等に使えるようにはしているのですが……」
運によっては最後まで遠い教室、ということもあり得るそうだ。それは本当に申し訳ないと思っている、と苦笑していた。
まあ、大変なのは先生も同じだ。誰が悪いという話でもない。様々な形・構造の棟が集まる構内は、リゾートホテルのようにも見えて美しかった。プールも屋内にあるそうだし。グラウンドはふたつあり、その片方で飲食物を提供していた。
ここは普通の学園祭と変わらない。クラスや部活動ごとに屋台があり、おなじみの軽食を売っている。大勢の生徒や客が楽しそうに周遊していた。俺はチケットを使って焼きそばを購入すると、座る場所を探すためにあたりを見渡した。
そのとき。
(……あれ?)
関係者しか入れない――つまり生徒とその友人・家族くらいしかいないはずの場所で、明らかに異質な存在を目にした。まばゆい金髪のツインテールにピンクのカーディガン。チェックのスカートの下にはルーズソックス。やや厚底のローファー。まごうことなき平成ギャルだ。大人しい恰好をしている生徒たちの中、そこだけ異世界であるかのように浮いていた。
「何してるの、茜さん」
「あ、先輩」
思わず駆け寄って声をかける。異質なギャル――茜ミコトがそこにいた。
彼女は片手にたこ焼き、片手にフランクフルトの乗ったトレイを持ち、口をもごもごさせている。絵に描いたような食べ歩きスタイルだ。
「今日、お休みだったんじゃ?」
「お休みだからここに来たんすよ。これが仕事に見えます?」
それもそうか。学園祭とは本来、遊ぶためのイベントだ。ふたりとも手がふさがっていて不便なので、とりあえず近くのベンチに腰かけた。
「めちゃくちゃ満喫してるね……」
「まあ、楽しまなくちゃ損ですからね。先輩はお仕事ですよね?」
「そうだよ。蜂須さんとマリアさんの講義の手伝い。今は休憩中」
改めて茜の姿を確かめる。休日でも制服を着ているのは律儀だと思ったが、今の学生の間では流行っているのかもしれない。持ち物検査対策なのか、アクセサリーは普段より控えめだった。派手なシュシュも着けておらず、ピンクのヘアゴムで縛っているだけだ。
「ここに友達でもいるの?」
「妹の友人が。あいつらはふたりで回るそうなんで、お姉ちゃんは置いてけぼりですよ。先輩が仕事じゃなかったらデートできたんですけど」
「こら。デートとか言わないの」
こっちは本当に気を遣っているのだ。相手は高校生なのだから、そういう風に見られることがあってはならない。外聞が良くないし、茜も傷つくことになる。
「それにしても、変ですよね」
手にしているものを食べ進めながら、彼女は言った。脈略のない話だったので首を捻ってしまう。
「変って、何が?」
「学園祭でわざわざ講義をするってことですよ」
食べ終えたフランクフルトの串をトレイに収め、丁寧にまとめる。ケチャップのついた唇をちり紙でぬぐった後、彼女は話を再開した。
「人が集まる見込みがあるから、アラクネが呼ばれてるんですよね。変だなぁ。学園祭くらい、朝から晩まで遊んでいればいいのに。ここにいる人たちは、そんなに勉強が好きなんでしょうか。勉強ばっかりして、楽しいんすかね」
少し乱暴で、突き放すような口ぶりだ。けれども理解できる部分はある。平日の授業の一環ではなく、学園祭のゲストとして声が掛かったと聞いて、俺も驚いた。しかもサイン会や講演会などではない、ガチの授業ときた。
それでも、ちゃんと生徒は集まるのだろう。最初は半信半疑だったものの、ここの空気に浸っていると次第に考えが変わった。
「茜さんだって、大学に興味があるんじゃないの」
お金さえあれば受験したい、というスタンスだったはずだ。
「それって、勉強が好きだってことでしょ?」
「まぁ~、それはそうですけど……」
ブーメランが刺さったのか、指先を見詰めながら口ごもっている。ラメの乗った爪が春の日差しを受けてきらめいていた。
「将来のこととかも踏まえた上で、っていうか。ウチは断然、遊ぶ方が好きっすよ。勉強ばっかりやってられません」
「それでもいいと思うよ。それも健全だ」
話しながら、そういえば彼女の得意科目すら知らないな、と思い至った。文系か理系か、どんな学問に興味があるのか、聞き出すタイミングを掴めないままだ。そういったことを気軽に話せるようになったら、おすすめしたい本やコンテンツが色々とあるのだが。
勉強のため、ではない。この面白さを共有したいだけだ。
「何を面白いと感じるかって、紙一重だと思う。どんなに難しそうに見えても、少し視点を変えればゲームみたいだったり……。今回の特別講義は、別に強制じゃないからね。受けたい人が受けに来るだけ。遊びと変わらないよ」
「遊びと変わらない……っていうのは暴言にも聞こえますけど、それ自体が先入観だってことですよね」
「そうだね。遊びは悪いことだっていう先入観が邪魔してる。屋外ステージの出し物を見るような感覚で来てくれて構わないんだよ」
君も受けに来る? と言いかけたが、すんでのところで口をつぐんだ。あの講義は波久亜学園の生徒限定だったのを忘れていた。あぶないあぶない。当の彼女はもっぱら遊ぶ気分の様子だが。
「んー、やっぱりウチは遊び回りたいな!」
無邪気にそう言うと、立ち上がって雑踏へと姿を消した。
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