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石に映る林
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「波打ち際の砂浜と、遠くまで続く春色の海」
「アマゾナイト。砂色の部分は母岩だな」
「雲の切れ間から見えた深夜の空」
「アズライト・イン・グラナイト。二種の鉱物が共生して生み出した姿だ」
「これ、蝶の翅じゃないのか?」
「ラブラドライト。青系統のものは確かにそう見えるよな」
写真を見た私が直感的に述べる感想を踏まえ、林堂が並べる順番を決めていく。どこか流れ作業のようになりながらも、作業は大詰めに向かっていた。このくらいの心構えでいい、と彼は話す。ひとつひとつ真剣に向き合って並べたなら、単なる鉱物図鑑になってしまう。これは、石の中に景色が見えるという面白さを周知するための個展だ。確かな知識はむしろ枷になる。
純度の高い石は無色透明だ。そこに景色を見出すことはさすがに難しい。ルビーやダイヤモンドのような単色の宝石も、美しくはあるが動きがない。あれはカットも含めて楽しむものなのだろう。バイカラーの石は空のように見える。色の間に継ぎ目はなく、青から紫へ、紫から赤へと移ろう。母岩ごと研磨された石は大地のミニチュアだ。自然のままに入り組んだ岩の隙間に、氷河が、海が、溶岩が流れ渡っている。
私たちはこれらの写真を、季節ごとに分類して並べることにした。もちろん、本来は鉱石にそのような概念などない。どれほど氷のように見える石であっても、手にした途端に溶けるわけもなく。ただ、それを拡大して眺めたとき、写真として切り取ったとき、そこから受ける印象を季節と定義してみた。霜柱。氷河。入道雲。海。菜の花。落ち葉。山の向こうから差す光。全て私の直感だ。感じ方は人それぞれだと聞いた通り、時には林堂が首を捻るような分類もしたが、間違っているとは一度も言われなかった。
「これで終わりだ」
林堂が最後の一枚を壁に掛ける。春から冬へ、順路に沿って季節を並べることができた。ダイレクトメールやポスターも刷り上がり、いよいよ実感が湧いてくる。枯木が冬の白い空に向かって枝を伸ばしている――ように見える景色のポストカード。林堂が仕事仲間や縁のある人々に送り、残りは君の知り合いにでも、と渡された。どうしようか、と少し考える。私は小さな劇団に所属していたので、相手がいないわけではないが、自分から連絡をとることがどうにも気恥ずかしい。とりあえず一枚は自分のために貰っておくことにした。この写真には特に惹かれるものがある。
「テンドリティッククォーツ」
ポストカードをじっと見ている私に気付き、林堂が説明してくれた。透明なクォーツに黒や茶褐色の模様が入るこの石は、想像力を働かせるまでもなく景色のように見える。だから写真展でも多く採用されていた。私はてっきり、本物のシダの葉が閉じ込められた化石の一種だと思っていたのだが、もっと化学的な要因により生じた模様らしい。イオンがどうの、粒子がどうのと解説されたが、完全には理解しきれなかった。
「やはりクォーツ系は景色が浮かびやすいな」
写真を掛けた壁から数歩離れ、全体を俯瞰しながら林堂は話す。彼の言う通り、末尾に〝クォーツ〟と付く名前の鉱物が多かった。私の胸元にもあるガーデンクォーツを始め、金色の光が降り注ぐように見えるルチルレイテッドクォーツ、窓に浮かぶ霜のように見えるデュモルチェライトインクォーツ、澄んだブルーの氷河のように見えるカイヤナイトインクォーツ。無色透明のクォーツ――水晶を基本とし、インクルージョンによって呼称が変わる。写真として切り取る前から、水晶というカンバスに描かれた絵として完成しているのだ。
「訪れた人の、思い出の景色に似ているものがあればいいが」
そんな言葉に頷きながら、私はふと、彼がある写真を注視していたことを思い出した。額縁を運び終え、ひとまず全て壁に掛けていった際のことだ。季節ごとに並べ替えた今となっては、どれがその写真だったのか分からない。まあ、私の気のせいだったかもしれないし、と流しておくことにした。
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