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石に映る林
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夢の中で、私は林を歩いている。
春の景色だ。舗装された道の見当たらない、漠然とした場所にいた。しかし山中でもないようだ。地面は隆起しておらず、ただ滑らかに四方へ広がっている。視界の限りに立木があり続ける。散布図であれば無相関と判断されそうな散らばりで。人が入ることを想定していない空間なのだから、木々は互いの干渉だけを考慮して生えるのだな、と考えた。通り道を空ける必要もなければ、景観を整える作為もない。これが彼らにとっては自然な距離感なのだ――と、傍らの樹を見上げる。満開の桜花を湛えた樹を。
花のひとつひとつは小さいので、少しでも離れて見れば点のようになる。もっと離れれば粒子となる。粒子が集まれば霞となるだろう。だから、花霞という言葉が辞書にも載っている。花の数によって濃度を変えるエアロゾル。それが空間の奥行に従って重なり、風に揺らめく。塗りたての水彩画、その紙面のような移ろいが視野を覆う。ふと、この薄紅色から逃れたくなって視線を巡らせれば、頭上にぽっかりと碧落があることに気付いた。何も無いということが、有る。この世界では、透明度の高さも価値の一種であると私は認識していた。あの男に教わったからだ。
遠くで音が聞こえる。それが私自身の目覚まし時計のものであると気付いたのは、身体が重力を受けて傾くのと同時だった。馴染みのある感覚だ。私は寝相が悪いので、夢を見る頃にはベッドから落ちかけていることが多い。
左肩が床に着く。強制的に目が覚める。敷布の上にかろうじて残った右手は、組み紐で構成されたペンダントを握りしめていた。サイドテーブルにあったのを寝ぼけて引っ掴んだのだろう。卵型の鉱石を浮き球のように結い留めたデザインで、どちらかといえば男物のように思えた。
「ガーデンクォーツ……」
透き通った水晶の中に、桜色の靄が見える。石の名前を呟いてみたが、決して詳しいわけではない。昨日、これを手渡された際に聞いたばかりの単語だった。その模様をどう受け取るかは人それぞれだ――そうも聞いた気がするが、私の目には桜花繚乱のようにしか映らない。指に挟んで光にかざしてみる。やっぱり桜にしか見えないけどな。そうひとりごちてから朝の身支度に取り掛かった。
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