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外骨格と踊る
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本番当日の出来事は、ほとんど記憶に残らなかった。
劇場の楽屋に現れたジャックが、数本のダリアを抱えていたことは覚えている。実際に使うのは一輪だが、予備も含めて持ち込んだのだろう。人の顔ほどもあるダリアなのだから随分と目立った。華やかさというよりも威圧感の方が勝ち、団員の士気が上がるなどという効果は無かったはずだ。楽屋花も届いていない。とにかく無事に終わればそれで良いという、投げやりな空気すら漂っていた気がする。
私は裏方として雑務に追われていた。受付に立ち、セットや備品を搬入し、団員の荷物を管理する。何度も初対面の相手に背の高さを驚かれながら、ほうほうの体でひと息ついた頃にはカーテンコールが終わりかけていた。観客はスタッフが誘導するほどの数もいないが、見送りくらいはしなければならない。アンケートという名の紙屑の回収。どうせろくなことが書かれていないだろうと思いつつ目を通したが、宇佐美ハルカという役者に対する称賛がいくつかあった。
まあ、これはジャックのことなのだが。
フライヤーの中央に載った名前があなたのものだと勘違いされる、という忠告は現実のものとなった。それに対するジャックの返答は「それならそれで」だったのだから、問題はないのだろう。主演がトルソーだという異様な配役に言及はあったものの、その意義を問う感想は見当たらない。ハルカは受け入れられたのだ。打ち上げの席で脚本係が寄って来てはジャックの肩を叩く。好評だったじゃないか。次もこの配役でいこうかね――数時間前まで王子だった人間はすっかりただの衣装係に戻っており、もう舞台に上がる気はありません、と返した。
それから何度か、次の公演に向けて動こうとした。脚本係はトルソーを主役とする劇もそうでない劇も書き、配役を決めて稽古も始めた。しかしそのどれもが序盤で頓挫し、外部に向けて発表するまでには至らなかった。もちろん、トルソーの絡む芝居はジャックが拒否したのもある。しかしほとんどは、月並みな言葉を使うなら「しっくり来ない」という理由だ。何をテーマに書いても、演じても、これが正解ではない気がする。そういった状態に全員が陥った。ならば「正解」とは何かというと、最後の公演こそがそうだったのだろう。クレセント劇団にはハルカがいた。ハルカがいなければ誰も集まらなかった。そんな彼女を成仏させるような儀式を、ジャックが済ませてしまったのだから。
夏の終わり、ついに私たちは解散した。
不用品を捨て、荷物を持ち出す作業を進める中、この民家をどうするかという話になった。劇団が買い上げたものだから、どこかへ返す必要はない。しかし売り出すにしても二束三文のはずで、勿体ないのではという意見もあった。議論を宙吊りにしたまま片付けを続けていたが、そんな折、役者のひとりがあることに気付く。
――ねえ。ジャックはどこに行ったの?
いつの間にかジャックが消えていた。奴は自分の荷物をすっかり片付け、衣装や小道具は誰かが欲しがったものだけを残し、実に綺麗に立ち去った。さよならのひと言も無かったことを踏まえれば、失踪と定義してもいいかもしれない。しかしまさか、何者かに連れ去られたわけでもなかろう。紛れもなく自らの意思で、少しずつ気配を消した末に劇団を後にした。私は驚かなかった。元より、あいつは失踪しそうだと考えていた。皇女と王子が先に駆け落ちしたことの方が、よほど驚いたくらいだ。
そう、ジャックもまた、駆け落ちをした。
作業場のトルソーとドレスが一着、無くなっていた。もちろんあの外骨格の彼女だ。昼間に持ち出せば当然目立つので、また深夜を狙ったのだろうか。あいつはいつもそうだ。誰も見ていない隙に全て済ませてしまおうとする。芝居のために衣装や小道具を作ることも、ダンスの練習をすることも、大切な恋人と手を取り合って生きていくことも。見られたって、誰も責め立てやしないのに。
「この家、引き取らせてくれないか」
ぽっかりと空いた作業場の片隅を眺めながら、私は言った。ほとんど勝手に口が動いていた。駅もバス停も遠く、あまりに立地が良くないので、軽々しく引き受けるつもりはなかったのに。しかし言ってしまったものは仕方がない。ジャックが使っていた机も、ハルカが窓辺に落としたシャボン液の痕も、全てまとめて私のものになった。ここにいればあいつが戻ってくるかもしれないだとか、乙女のようなことを考えたわけではない。ただ、ここが取り壊されてしまったり、赤の他人に渡ったりするのは嫌な気がした。
団員たちが去ってそれぞれの生活を始めた後も、連絡はそれなりに取り合っていた。不思議だったのは、劇団が解散した途端にハルカの目撃情報が集まりだしたことだ。私たちがクレセント劇団であった頃は、どんなに探しても見つからなかったというのに。今となっては連れ戻す場所もなく、彼女を見つけたとてどうすることもできない。それに、おそらくその情報のほとんどは嘘か見間違いだと思われた。髪をばっさり切っていたとか、派手に染めていたとか。顔に傷を負っていて、だから劇団に戻らなかったのだ、とか。外国へ向かう飛行機に乗るところを見ただとか。それら全てを真だとするならば、ハルカが五人ほどいないと成立しない。だから見間違いなのだ。今まで同じ場所で過ごしていた私たちが、急に全国へ散らばった。そりゃあ、他人の空似も比例して増える。
ただ私は一度だけ、本物のハルカを見た。嘘だ間違いだと言っておきながら都合の良い話だが、私が見たハルカだけは本物だ。用があって都心の駅前をうろついていた際、見覚えのある黒髪の女が通り過ぎていったのだ。あの頃と同じ長さの髪だった。あの頃と変わらず美しい顔立ちだった。隣に男の姿は無かったが、四六時中ともにいるわけでもあるまい。駆け落ちは成功したのかもしれないし、失敗したのかもしれない。決死の覚悟で逃げ出した男女が、結局別れてしまうという話はよく耳にする。だからハルカの人生がどちらへ傾いたのか分からないが、少なくともひとつ成果はあったようだ。すれ違いざま、私はしかとそれを見た。
なだらかに膨らんだ彼女の腹。
脂肪の塊とは明らかに異なる、中に命を宿した形。
肩や四肢はかつてのすらりとした状態のままで、腹だけが形を変えていた。私は肥満体の人間に偏見を抱かないし、妊婦の身体もまた、美しい姿のひとつだと考えている。しかしハルカは、ハルカだけは異形だった。道行く人々は何も感じていないだろうが、私にはそう思えた。
きっと、ハルカ自身にとっても同じ認識なのだろう。ひとつ異なるとすれば、彼女はちゃんと想像がついていた。実際に目の当たりにするまで思い至らなかったわけではなく、腹が膨らみ始める前から知っていた。自分がいずれこうなるということを。調和を保ったまま次第に母の肉体になるわけではなく、元の美しい形を引きずったまま、腹だけが不自然に膨張する。そのような体質であることを。そして、自分がそのことに納得できないであろうことも。
だから、ジャックに作らせたのか。
ジャックの望みを聞き、その作業に付き合ったように見せかけて。実際は、ハルカの方がジャックを操っていた。いずれ失う己の身体を複製させ、ついでに管理も任せることにした。最も良い状態で美術品を保管するには、作った本人に任せておくのが確実だ。身も蓋もない話だが、現に、あの外骨格は作り手の元にある。もう二度とハルカ自身の目には触れないだろうが、この世で最も安全な場所だ。
馬鹿な女だ。ジャックを選んでおけば、こんな回りくどい方法はとらずに済んだのに。並みならぬ感情を抱かれていると知っていたはずだ。ハルカだってまんざらでもなかったのではないか。ジャックは絶対に彼女を蔑ろにしない。外側も、内側も。三人でいつまでも平和に暮らせば良かったものを。
とはいえ。まあ――なるべくしてこうなった、のか。
近寄るつもりはなかったが、人波に押されてゆらりと距離が縮まる。妊婦と肩が触れ合うほどの距離をすれ違おうとする。春の香りがした。種類は知らないが、何かの花束を抱きしめるような香り。彼女の顔がこちらを向く。微笑んでいた。愛した男の姿は隣にないが、腹の中にはその成果が宿っている。私に気付いたのかどうかは分からない。気付いたとしても、反応する義理はもう無い。お互いに。私はそのまま改札へと流され、相変わらずの絵に描いたような田園風景を目指し、列車に乗り込む。脳裏にあの笑顔が絡まっている。孕まされたわけではなく、むしろ、これが彼女の最大の目的だったのだろうな、と確信した。ハルカは実に幸せそうだった。まさに、この世の春。
文字通り漢字の「田」のような形をした田圃を突っ切り、自宅へ帰る。今となっては稽古場ではなく私の住処だ。これからどうしようか、とぼんやり考えながら歩いた。ひとりで住むには無駄な広さであるが、何に使えるわけでもない。綺麗に改築すればカフェでも始められるかもしれないが、いかほどかかるだろう? 家具屋のアルバイトは続けているものの、何かもうひとつ金策が欲しい。
斜陽の中、畦道を歩く。南から北へ。二階の窓を開けたまま出てしまったことに気付いた。雨も降らなかったことだし、泥棒が入るような立地でもない。だから些細な問題なのだが。かつてその窓から身を乗り出していたハルカのことを思い返しながら、見た目以上に距離のある道をまだまだ進む。近づくにつれ、家の前に佇む人影が視認できた。近隣住民か、押し売りか、はたまた宗教勧誘か。アウトローな雰囲気の若い男のようだ。セールスマンの可能性を脳内から消した。
「何か?」
ようやく庭先に着く。門やら垣根といったものは申し訳程度しか無く、男はほとんど庭に入り込んでいた。何かを見ていた様子の彼は、私の声に振り返る。
「クレセント劇団……」
会社勤めには向かない程度に伸びた髪に、サングラス。髭が似合いそうだが生やしていない。柄物のシャツにインディゴブルーのジーンズ、鉱物のアクセサリを着けていた。私は彼が見ていたであろう位置を覗き込む。唐突に劇団の名を呟いた理由が分かった。そこには廃材にペンキで字を書いただけの簡素な看板がぶら下がっている。もうここは劇団の拠点ではないのに、取り去ることを全員が忘れていたのだ。
「ああ。それ、もう解散したんですよ」
半信半疑の心地で私は言った。まさか目に入った文字を片端から復唱していく癖があるわけではなかろう。その名を呟いたということは、少なからず縁があったのだ。それは察したものの、本当に? という気持ちが強い。
「知っている。最後の会報に書いてあった。でも、ここを見つけたのは偶然だぞ。押しかけたわけじゃないから安心してくれ」
そう話しながらサングラスを外す。露わになった目元を見て、私は声をあげそうになった。見覚えのある顔なのだ。おそらく相手の方も、私の姿を知っていることだろう。私たちは会ったことがある。少なくとも、最後の公演の際に受付で顔を合わせた。要するに劇団員と観客という関係であり、あり得ない話でもないのだが、そもそもファンの存在自体に驚いたのだ。わざわざ会報まで受け取っている。目を通している。民家の軒先に掛けられた廃材に、その劇団の名を見つけて立ち止まるほど、我々のことを意識しながら生きている。天然記念物レベルの存在だ。
「もしかして、応援してくれてました?」
男は大きく頷く。
「していたさ。元々、オールフィメールの芝居に興味があった。ここは女性だけの劇団だろう? そう聞いている。まあ、裏方には男もいるんだろうが……」
「いや。正真正銘、女だけですよ。私も大道具係でしたし」
身長は目の前の男を越しているが、声は女だ。疑われはしないだろう。私は数歩あるいて縁側へ鞄を投げ置いた。腰を下ろしてから右側を手で示すと、彼もそこへ座った。隣り合ってから、茶でも出すべきだったかな、と思い至る。私はいつもこうだ。女のくせに気が利かないとよく言われたが、男でもこの状況では茶くらい出すだろう。
まあいい。急にやって来たのはあちらの方だ。
「白百合女学院の演劇同好会だった頃から贔屓にはしていた。あの頃は女子大サークルだから女性ばかりなのだと思っていたが、独立した後もオールフィメールを貫いているのだから、そういう方針だったんだな。とにかく芝居が売れない時代だ。普通の劇団でも苦戦しているというのに、芯のある試みだったと思う。もっと続いてほしかった」
「それはどうも。ありがとうございます。いや、ございました、かな……」
とはいえ、別に我々は女性だけでやっていこうと思っていたわけではない。軸となったのが女子大学の演劇サークルだったというだけで、ひとりでも男性が紹介されていれば、あっけなく男女混合の劇団になっただろう。結局誰も最後まで男を連れてこなかった。男と一緒に出ていった者ならいるが。オールフィメールという自覚もなかったわけだから、最後の公演では男の俳優を呼んでいた。彼が失踪し、代役を立てたので、結果的にひとりのファンを裏切らずに済んだのか。
そこで一旦、会話が途切れた。男の方はまだ言いたいことがあるようだったが、切り出すタイミングを計っている様子だ。気まずげに揺れた視線が庭の片隅へ向かい、雑然と植えられた花を認めた。
「ダリアか。もうすぐ咲きそうだ」
よく分かったな、と思った。確かにそれはダリアだが、まだ蕾は固くそれらしい形をしていない。咲く前の花なんてどれも似たような見目だ。私が正解を知っているのも、以前に咲いているところを見たからで。ダリアは初夏と晩夏に二度咲くのだ。
「詳しいですね」
正直に感想を述べると、男は柔らかい表情をした。
「興味があるんだ。自然に対して」
「失礼ですが、お仕事は何を?」
「写真家だよ」
納得はしたが、自然に対して興味があるというのは面白い表現だと感じた。対象の幅が広すぎる。それこそ、男女の営みだって自然と言えば自然だ。もちろん口にはしないが。首から提げたペンダントの石も、きっと本物だろう――いや、これも不正確な言葉か。ガラスや石油製品のことを、偽物と呼ぶ権利が人間にあるのだろうか?
無意識に息を漏らして笑っていたようだ。怪訝な視線が横顔を撫でる。思い切って見つめ返してみると、彼はためらっていた話題を切り出した。
「最後の公演。フライヤーに名前はあったのに、宇佐美ハルカがいなかった」
ああ。そりゃあそうだ。ファンと元劇団員が偶然にも出会ったなら、真っ先に確認したいことはそれだろう。我々の間では当然のように「ハルカはここに居る」と交わし合っていたが。あれは一種の暗示のようなものだったのかもしれない。冷静に、第三者の立場になってみればすぐに分かる。宇佐美ハルカは居ない。いるわけがない。
「代わりに、見たことのない役者が主役を張っていた。新人か? 粗削りだが、不思議な魅力のある女性だと感じた。もちろん不満はない。俺はハルカ個人を贔屓にしていたわけじゃないし……。ただ、気にもなるだろう」
そうですね。すみません。嘘をつきました。返すべき言葉はいくらでも浮かんでくる。それとも、単に編集のミスをしただけだと伝えようか? その方が丸く収まるだろう。だが、胸中のもうひとりの自分が「待て」と言っていた。待て、すぐに答えるんじゃない。彼の話の続きを聞け、と。
「どうして彼女は外骨格だけになっちまったんだ」
そこから先は、まるで糸の切れた数珠のようだった。留めるものを失った珠が、重力のままにぽろぽろ落ちて転がっていく。咄嗟に受け止めようとしても間に合わない。そんな空気をまとった言葉が、次々と彼の口から紡ぎ出されて。
「中身はどこへ行った? あるいはどこにも存在しないのか? 羽化に失敗した? 中でどろどろに溶けてしまって、切り裂いても何も出てこなかったのか? どうして殻だけを抱えて平然としている? あの王子役の女は誰だ? あいつがやったのか?」
わけが分からない、と一蹴してしまえばそれまでだ。気味の悪いことを言うな、と拒絶することもできただろう。ここを見つけたのは偶然だと話していたが、執拗なストーカだという可能性も排除できない。つまり私にとって彼は油断ならない存在になったのだが、なぜかさかしまに好意的な感情が湧いてきた。
少なくとも、あれがハルカであることは伝わっていたのだな、と。
私たちの幻覚ではなかった。分かる者には分かったのだ。彼は写真家だそうなので、常人より目が良いのかもしれない。豪奢なドレスをまとった状態でもあれがハルカだと気付いた。ハルカの身体だと認識した。そして殻はあるのに中身は無い状態に疑問を抱き、やり場のない言葉を今まで抱えて生きてきた。
こちらとしては、やはり感謝を伝えなければならないだろう。
「ありがとうございます。我らが宇佐美ハルカを、探してくださって」
一般に、居ると気付かれないのは寂しいことだが、居ないことに気付かれないのはもっと寂しい。その点ではハルカは幸せ者だ。劇団の仲間である我々でさえ、本番が近付くにつれて本来の彼女を忘れていた。ジャックさえいればどうにかなると安心していた。我々にとってジャックが主でハルカは従になりかけていたが、それでもハルカは私たちの統率者だ、と。いるべき場所にいないのはおかしいのだと。そう、ひとりの観測者が訴えてくれたのだから。
本人に届けられたら良かったのだが、残念ながら、それはもう。
意識的に微笑を作りながら私は応えた。
「中身は分かりません。どこにいるのか、どうなったのか。でも、もう忘れたっていいのでは? 標本にされた虫を見て、中身はどこに行ったのかって、あなた考えます?」
男の目が見開かれる。長く無言が続いた。想像していたのかもしれない。黒いドイツ箱の白い台紙に、ピン止めされた虫が一匹。どのような種類だろう。蜂か? 蟷螂か? 殻があるのだから、蝶というのは違う気がする。ああでも。羽化と言っていたから、選択肢にはあるのかも。自然を愛する彼なら私よりも多くを知っているはずだ。
「標本、か……」
壁に掛けられた箱の前を通り過ぎるとき。ふとラベルを見る。宇佐美春花。それが白い外骨格の名前だ。中身ではない。結局は外側。見える部分だけ。手を伸ばしてみても、透明なガラスに阻まれる。ここから先は駄目。私に触れていいのは、丹精込めて私の身体を組み立ててくれた人だけ。だからあなたは眺めていてね。
「彼女は、標本になったのか……」
片手で顔を覆い、項垂れる男がひとり。悲しいのだろうか。よく分からない。元より、彼は舞台上の彼女しか知れない立場にいた。直接の付き合いがあるわけではないし、あわよくばそうなろうと狙っていたのでもないだろう。節度を持って、観客のひとりとして。だったら同じことではないか? 見える部分しか分からないという点では、生身であっても標本であっても。
――それじゃあ、戻って来いとも言えないか。
涼風にかき消されるほど弱々しい声は、いったいどちらが発したものだったか。私たちは振られたのだ。彼女を取り巻く存在として、もう要らないと切り捨てられた。自分にかしずき、居場所を整える従者も。美しさを讃えてくれる観測者も。今のハルカに必要なのはジャックだけだ。伴侶である王子ですら、隣にいるところは見なかった。関係が続いているかは五分といったところか、と他人事のように考えた。
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