ゲーム「3日間だけ生き延びろ!」の世界。~兄上お願いだからそんなに簡単に死なないで!~

野々宮なつの

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12.1日目の夕食を再び

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 城下町の散策から帰って来た後、ルーサーは兄と別れて晩餐の為の準備をした。
 前回同様に、コリンを始めとした使用人のみんなが頑張って飾り立ててくれて、鏡の中には舞台俳優も白旗をあげそうな美少年が出来上がっていた。
 そのまま部屋で時間まで兄の命を狙っている犯人を、穏便にどうにかするにはどうしたら良いのだろうかと悩んでいたが、もちろんすぐに良い方法なんて浮かばず。

 あっという間に晩餐の時間になってしまった。
 前回と同じ時間、同じメニュー。テーブルの中央に飾られている、フルーツが蝋燭の炎に照らされている。
 
 スモークサーモンとサバのパイ包みにナイフを差し込む。
 ちらりと視線をあげると、アルバートは美味しそうにもりもりと皿の上の食事を食べているが、ルーサーはソワソワと落ち着きなく食事を進める。
 この後毒入りのワインがやって来るのだと思うと、全然喉を通らないのだ。

 ――もうすぐ毒入りワインが来るんだよね。上手く飲めるかな……。

 本当は毒入りワインなんて飲まなければ良い。
 実際、前回勧められた時アルバートは断っていた。
 だからそのままにしておけば飲まなくて済むはずだ。でも毒を仕込んだ犯人を捕まえて、兄上を取り巻く環境を変えたいと思った時、それでいいのかわからなくなった。

 毒を入れた犯人を捕まえたいが、いつ毒を誰が入れたのかわからない。
 それならワインが来るのを待つ方が確実だ。
 そして絶対に捕まえたいなら、ルーサーが飲んでみて倒れる芝居をしたらいいんじゃないかと思ったのだ。

 ――ほんの少しだけ口に含んで倒れる。怪しい人はすぐに捕縛されるはず……。尋問で毒を仕込むように仕向けた犯人を見つけられるはずだ!
 
 そして、その時が来た。
 一度はワインを断った兄に遠慮せず飲むように伝えるルーサー。
 心臓がドキドキと苦しい。

 ――うまくやらないと。自然なセリフになるように言わなきゃ。

 ルーサーは小さく咳払いをした。
 全然進んでいなかった皿の上に、銀のナイフとフォークを置く。
 鈍く反射するナイフにルーサーの顔が映る。

「兄上、やっぱり僕もワイン飲んでみたいです」
「ん? 構わないが体調は大丈夫なのか? 昼間寒そうにしていただろう」
「ええ、大丈夫です! せっかくですので兄上と同じものを飲んで一緒に食事を楽しみたいんです」

 ふわりと笑うアルバートにルーサーの心臓が引きつる。
 だましているような気持になったからだ。

「嬉しいことを言ってくれるな。では弟に同じものを」
「いえ、僕そんなに飲みませんから、兄上のを一口だけもらえませんか?」
「新しいものを用意させるが」
「それには及びません!」

 そう言うと、ルーサーは立ち上がりアルバートの手元にあったグラスを持ち上げてグイッと煽った。
 動作は大きいが、口に含むのはほんのちょびっとだ。
 口を湿らせる程度で。

 ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりとグラスをテーブルに置く。
 微笑むつもりで唇の端を持ち上げると、ルーサーは「うっ」とうめき声をあげながら座り込んだ。

 アルバートが慌ててルーサーの傍らにしゃがみ込む。

「っ! どうした!」
「あ、あにうぇ……」
「誰か、医師を!」

 アルバートに抱え込まれながら、使用人が走って行く足音を聞く。

「ルーサー! ルーサー聞こえるか!」

 意識を保たせるためだろうけれど、至近距離で声をあげられてすごくうるさい。
 眉をしかめて瞼をぎゅっと閉じると、反応があったと思ったのかアルバートがさらに大きな声で名前を呼んでくる。

 ――み、耳がっ……。

「誰か水も……。ルーサー、気が付いたか?」
「あ……」

 うるささと皆をだましているという罪悪感から、あっさりと意識が戻ったふりをしてしまった。

「今医師が来る。大丈夫だ」
「ええ……」

 弱々しく微笑んでみせると、アルバートがほっとしたような表情になった。
 そうしているうちに、医師がやってきて処置が施されルーサーは速やかに自室のベッドへ運ばれたのだった。

 * * *

「大事なくてよかった」
「はい、ご迷惑をおかけしまして……」

 濃紺を基調とした落ち着きのある寝室。
 陽が落ちた室内に、柔らかな蝋燭の光が揺らめく。
 天蓋付きの大きなベッドに横たわりながら、ルーサーは椅子に腰かけたアルバートへ向かって笑みを作った。
 アルバートの手が伸びて、ルーサーの額に張り付いていた前髪をかき分ける。
 優しく繊細な壊れやすい物を扱うような手つきだ。

「迷惑なことなどないさ。……毒かと思い驚いたが違ったようで安心したよ。だがまさかなんて思わなかったぞ」
「はい……」

 そうなのだ。
 ルーサーの倒れ方が悪かったのか、毒物ではなくてルーサーの体調のせいで倒れたことになっているのだ。
 食事や飲み物の毒物検査をしたはずなのだが、そのどれからも毒物は出なかったらしい。

 ――そんな訳ない。だって、前回はワインの毒で死んだんだから!

 詳しいことを聞きたいけれどアルバートはゆっくり休めと言うだけだし、ルーサーがしつこく「ワインに毒が入っているからちゃんと調べて」なんて言えるわけがない。

 結局、言われたままを受け入れるしかなかった。

 ――毒が出なかったなんて……。もしかしてすり替えられた?  それともコリンならもっと詳しいことを知っているかな? 何か知っていても兄上じゃ教えてくれなさそうだもの。

「以前にもこんなことがあったな」
 
 考え込んでいたが、声をかけられて顔を上げる。

「以前? ああ、そうですね」

 ワインを飲んで目を回した時のことだ。
 その時の事を思い出して小さく笑う。

「あの日は、久しぶりの兄上との食事で……」
「お前の好きなから揚げが出てたな」
「ふふっ、そうでした。兄上よく覚えてますね……。嬉しくて、それで兄上が飲んでる飲み物が美味しそうに見えて。一緒に飲んでみたくなって……」

 アルバートも思い出したのか、ククッと笑う。
 深夜だからか押し殺したような、抑えた笑い声がルーサーの耳には色っぽく聞こえて。目じりに少しだけ浮かんでいる笑い皺。意志の強そうな濃い眉毛。わずかに開いた唇。
 何故だろう、目が離せない。

 ルーサーは自分の口が半開きになっているのにも気が付いていなかった。
 蝋燭の光がアルバートの顔に陰影を作り、明るい日差しの下で見る兄の表情とは全く違う印象が違う。
 濃い影がしっとりした夜の雰囲気を感じさせ、普段は隠されているアルバートの色気を見せつけてくる。
 
 濃密な夜の雰囲気にルーサーの頬に血が上っていくのを感じた。
 表情が取り繕えなくなり、真面目な顔をしようとして失敗して唇が歪んだ笑顔のような表情になる。

 ひとしきり笑って満足したのか、アルバートがそんなルーサーの顔を見て「あっ」という表情になった。

 自分の内に眠っていた邪な考えに気が付かれたのかと思って、一瞬身を固くするルーサー。

「長居してしまったな。疲れているだろうに済まなかった」
「あ、いえ……」

 ほうっ、と安堵の息を漏らす。

 アルバートの暖かな手のひらが、ルーサーの少し冷えた頬を撫でる。
 昼間の外出の疲れと、晩餐の緊張から解放された反動からか手の暖かさが心地よい。急速な眠りの気配に瞼がぐぐっと重さを増す。
 その結果、ルーサーはうっとりと目を細めたような表情になっていた。それをジッと見ていたアルバートが椅子から立ち上がった。
 もう出て行くのかな? もう少し居てくれてもいいのに。そんな事を思いながらとろんと眠気に身をゆだねていたルーサー。
 アルバートはそのままルーサーへ覆いかぶさるように身を乗り出すと、ぼんやりとしているルーサーの額に口づけた。

「よく眠れるようおまじないだ」

 とろとろと眠りに落ちかけていたルーサーの反応が遅れた。

「――へっ?」
 
 間の抜けた声を出した時には、アルバートはルーサーの前髪を整えて、燭台を持って寝室から出て行った後だった。



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